なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
私は玉ちゃんの屋敷の前で、愛用の金属バットを握りしめていた。
背筋にゾクゾクと嫌な汗が流れる。
五右衛門から伝え聞いた、村井貞勝さんによる敵の襲撃予測。
それだけじゃない。確実に来るという空気が、長年の戦場経験で感じ取る。
(……来た!)
屋敷の塀を越える、複数の殺気が音もなく近づいてくる。
『女子供を狙う卑怯者どもがああああ! ワシの闘志の波動、全力で叩き込んでやる!』
センイチが飛び出し、爆発的な赤いオーラを放って屋敷全体を威圧した。
闘気に当てられ、闇に潜んでいた刺客たちの足が一瞬鈍る。
「そこだ!」
私はバットをフルスイングし、庭に飛び込んできた刺客を吹っ飛ばしていく。
斎藤利三さんも長槍を構え、私の死角をカバーする。
玉ちゃんは金属音と悲鳴が響き渡っているというのに、表情が一切崩れない。
逆に怯える侍女さんを庇うように薙刀を構えてる。
凄い子だな。さすがまだ小さくても光秀さんの娘、織田家女子労働組合に今すぐ入ってもらいたいよ。
私と利三さんの連携で襲撃者を寄せ付けないが、どうやら手練れのようだ。
距離を取り、慎重に、残忍に私たちの一挙手一投足を睨んでいる。
一歩でも動いたら、玉ちゃんに狙いを定めるために。
「姉ちゃん! アカンで! 仲間のクソガキ衆からの知らせや! 光秀のダンナが囲まれとる! 多勢に無勢や!」
膠着状態に陥った中、屋根の上から五右衛門が叫んできた。
「なんだって⁉」
私は血の気が引くのを感じた。
「父上が?」
玉ちゃんも青ざめてるのがわかる。
どうすれば――と焦っていると、屋敷の正門から若々しく力強い声が響き渡った。
「長岡熊千代にございます! 信長様のご命令により、明智屋敷の守備を固めに参上いたしました!」
駆けつけたのは近習の一人、長岡藤孝さんの息子である熊千代君だ。
まだ若いけれど、手勢を率いて残りの刺客たちを蹴散らしていく姿は頼もしい。
「ヒャッハー! 首狩りの時間じゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
さらに森勝三君もいる。
勝三君まで連れてくるとはありがたい。
単純な戦闘能力ならこいつは織田家若手ピカイチだ。
ナイス信長様! こういう後詰を用意する周到さ、いつもながら助かるよ。
それともう一人。
マジで? この人は完全に予想外だよ。
「ほな、ゴミ掃除といきまひょか。帝のお膝元での蛮行を許したらあきまへんで」
なんと、近衛前久様も手勢を率いてやって来たのだ。
「熊千代君! 勝三君! 前久様! ちょうどよかった!」
私が安堵の声を上げると、熊千代君は血振るいをして刀を納め、玉ちゃんに向かって片膝をついた。
「玉殿。ご安心くだされ。ここから先は、この熊千代が命に代えましてもお護りいたします」
彼の力強い宣言に、玉ちゃんが少しだけ微笑する。
恐怖の中でも凛とした眼差しを保つ、聡明で気品のある少女。
そんな玉ちゃんを見た熊千代君の動きが、まるで石化の魔法にでもかかったようにピタリと止まった。
「……あ」
熊千代君の顔が、見る見るうちに耳の先まで真っ赤に染まっていく。
さっきまでの勇ましい顔が、完全に恋に落ちたただの少年の顔になっていた。
「た、玉殿は……その……お、お怪我などは……」
「……大丈夫です。駆けつけてくださり、ありがとうございます、熊千代様」
玉ちゃんの穏やかな微笑みと声に、熊千代君の顔がさらに限界突破して赤くなった。
これ、完全に落ちたね。
「は、ははっ! 傷一つ、指一本触れさせませぬ! 必ずやお護りいたしまする!」
そんな青々しい様子に、襲撃者を屠りながら利三さんが苦笑いを浮かべてきた。
「……あの若武者、大丈夫でしょうか」
「大丈夫。あれは最強の魔法にかかってるから」
私も戦いながら、熊千代君の真っ赤な顔と必死に握りしめられた拳を見て確信した。
この子は本気だ。絶対に、死んでも玉ちゃんを守り抜く。
「血よりおなごで顔真っ赤になるとは、熊千代は変わった男でござるな。見よそれがしの顔! 返り血で真っ赤でござる!」
ちょっと勝三は黙ってて。
「青い恋はええどすなあ。藤孝はんの息子はんと光秀はんの娘はん。これはええ組み合わせや」
前久様、そういうなんか大人の都合見え見えな発言もあとにして!
「熊千代君、勝三君、前久様、ここは頼みます!」
私はそう叫び、利三さんと五右衛門に向き直った。
「行こう。光秀さんを助けに」
***
京の入り組んだ路地の中で、光秀さんの正確な場所なんて分からない!
「センイチ! 光秀さんの場所、分かる⁉」
『ダメじゃ! 殺気が多すぎて絞りきれん! イシイに聞け! アイツは石の中に閉じこもっていたくらいだ。微かな気配を感じ取る能力があるかもしれん!』
私はもう一つのボールを握りしめた。
「イシイ! お願い、教えて!」
すると、淡い光を放つイシイがフワリと浮かび上がり、マイペースな声で答えた。
『……うん、なんとなく分かるよ。怒りと恐怖が混ざった気配って、意外と目立つんだよね。あっちだね』
イシイの光が、ある方角を指し示す。
「五右衛門、案内して! 利三さんも行くよ!」
「はっ!」
私たちは玉ちゃんたちの安全を恋する若武者に託し、夜の京の街を全力で駆け出した。
***
私たちが駆けつけると、光秀さんは血と泥にまみれ、息で肩を上下させながら、迫り来る刺客たちを睨みつけていた。
追い詰められているけど生きてる! 良かった、間に合った。
私の金属バットが、光秀さんの背後から迫っていた刺客の刀をへし折る!
「真昼殿……! なぜここに!」
「ヘイ光秀のダンナ、京の裏道は全部ワイが知ってるで! 退き道を開けたる!」
五右衛門が煙玉を投げつけ、視界を奪う。
「……光秀様を傷つけることは、このそれがしの命をもって阻む!」
利三さんが鬼神の如く槍を振るい、刺客の壁をこじ開けた。
『アホンダラアアアアア! 正面から堂々と来んかい!』
センイチが真っ赤な怒号と共に正面の敵を威圧し、さらにイシイが淡い光の残像を空中に描き出す。
『こっちにも敵がいるよ。みんな気をつけて』
イシイの光が示した綻びに、私と利三さんが一気に突撃する。
「ちっ、退け。ここで命を散らすことなか」
刺客の陣形は崩壊し、連中はさっさと逃げ出した。
ちっ、逃げ足速い!
「真昼殿! 深追いは危険です!」
光秀さんが刀を鞘に収め、荒い息を吐きながら制止し、五右衛門が屋根の上から逃げていく影を冷静に凝視して告げてくる。
「向かう方角……堺や」
バラバラだった事件の全容が、一つに収束していく。
木戸番の偽造記録。
お清さんの南蛮宝石。
堺に停泊するペレイラの船。
光秀さんを陥れる偽文書。
そして刺客たちの逃げる方角。
「……光秀さん。玉ちゃんは無事だよ。熊千代君が、ちゃんと守ってくれてる」
私が告げると、光秀さんの張り詰めていた糸が切れ、膝から崩れ落ちそうになった。
利三さんが慌てて支える。
「……感謝します。真昼殿、利三、五右衛門……」
光秀さんの瞳にはいつもの冷徹な光ではなく、深い安堵と、燃え盛るような決意の炎が宿っていた。
「逃げた方角は堺。……ペレイラを必ず引き摺り出す!」
反撃のプレイボールは、これからだ。