なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第171話 長谷川真昼、バハンの船を制圧する

 堺での南蛮船突入作戦はすぐさま実行に移された。

 

「お待ちしておりました。十兵衛殿、真昼殿」

 

 堺に着いた私たちを迎えたのは長岡藤孝さんだ。

 すでに港を厳重に封鎖していたのだ。

 

「藤孝さん⁉ いつ堺へ?」

 

 私が驚いて叫ぶと、藤孝さんはフッと笑みを浮かべる。

 

「貞勝殿から連絡を頂いた時、十兵衛殿なら私がどう動くのが嬉しいか考えたまで」

 

「さすがは藤孝殿。ありがたい。それで状況は?」

 

「今井宗久殿に頼みましたが、1日、出港の不可が限界でございます。ペレイラ船はあちら」

 

 藤孝さんが指さす船、通常の安宅船と同じ……いや、全く同じだ。傍目では全然分からないほどに。

 

 てか、光秀さんと藤孝さんも阿吽の呼吸で話してるけど、傍から見ると異端だからね?

 光秀さんが襲われるかもの情報から、先回りして堺に行くって常人には理解できないぞ?

 

「さあ……チェックメイトの時間だ」

 

 光秀さんの一言に、私たちはペレイラ船に突入していく。

 

「ワタシハ、ポルトガル国王ノ庇護下ニアリマス! 手ヲ出セバ、国際問題ニナリマスヨ!」

 

 甲板に引きずり出されたペレイラが片言の日本語で喚き散らす。

 光秀さんは船の舳先に立ち、夜風に衣をなびかせながら、絶対的な確信を持って言い放った。

 

「ここは信長様の御膝元。いかなる外国の権力も、この地のルールの外には立てません。……ルールとは、守るためにある。守れぬ者は排除する」

 

「中を改めよ!」

 

 利三さんの号令で兵たちが船倉に雪崩れ込む。

 が――。

 

「光秀様!」

 

 しばらくして、兵の一人が青ざめた顔で戻ってきた。

 

「船倉は……空です!」

 

「なっ……!」

 

 私は思わず船縁を掴んだ。

 空? そんなはずない。

 じゃあ、80人以上の女の子たちはどこに消えたの?

 

 ペレイラが、醜く口元を歪めた。

 

「何ヲ探シテイルノカ知リマセンガ残念デシタネ。コノ落トシ前、ドウ取ルツモリデスカナ? 切腹デスカ? 打首デスカァ?」

 

 マジで? ここにきてまさかの空振り三振?

 私が動揺して慌てているも、光秀さんは動揺しなかった。

 積荷目録を手に取り、船底を見下ろす。

 

「……妙だ」

 

「光秀さん?」

 

「この船は積荷目録上では重いが、船倉が空なら喫水が浅くなりすぎるはずです。しかし実際には、船は目録通り沈んでいる」

 

『うん。逃げる投手ってさ、まっすぐ逃げないんだよね』

 

 イシイが淡々と口に出す。

 

『安全な二塁に走ったように見せて、一塁へ戻る。相手が先を読んでるなら、元の場所に隠すんだよ』

 

「元の場所……」

 

 光秀さんの目が鋭く光る。

 

「船倉ではない。重さを偽装できる場所――船底の積み石の下か!」

 

「石の下⁉」

 

「また石⁉ 蛇石といいイシイといい最近、石に縁ありすぎじゃない⁉」

 

「真昼殿!」

 

「任せて!」

 

 私は船底へ駆け下りると、積み上げられた重石を見つけた。

 普通なら人力でどかすのに時間がかかる量だ。

 なら、金属バット一閃! 私の怒りのフルスイングを見よ!

 

「女の子たちを石の下に隠すなんて……! ふざけんなあああああ!」

 

 ――ガゴォォォンッ!

 

 金属バットのフルスイングで、積み石が次々と弾け飛ぶ。

 

 利三さんや兵たちが石の下から木板を剥がすと、さらに下へ続く狭い空間が現れた。

 

 そこから、すすり泣く声が聞こえてくる。

 

「いた!」

 

 私は手を伸ばす。

 

「大丈夫! もう終わったよ! お家に帰れるよ!」

 

 薄暗い船底の下から、恐怖に震える少女たちを発見したのだ。

 

 私と同じくらいの年の子たちもいる。もっと幼い子もいる。

 

 この子たち、本当なら友達と笑いながら買い物して、親に叱られたり、好きな人の話でキャッキャしてるだけで良かったはずなのに。

 

 いつもなら『乱闘じゃあ!』とやかましいセンイチが、今は一言も発さず、ただ優しく温かい赤い光を放って少女たちを照らしていた。

 

 ペレイラは膝から崩れ落ちた。

 

「ナゼ……ナゼ分カッタ……」

 

 そんな犯人を光秀さんは冷たく見下ろしていく。

 

「貴様の帳面が、綺麗すぎたのが敗因だ」

 

 ***

 

 京の町のとある木戸番の小屋の裏手で、利三さんが逃げようともしない一組の夫婦を拘束していた。

 

 木戸番の佐吉と、妻のお清さんだ。

 

 お清さんは抵抗する素振りも見せず、地面に崩れ落ちた。

 

「……南蛮の宝石が、欲しかった」

 

 ぽつりとこぼれ落ちた声は、あまりにも小さい。

 

「ただ、それだけだったんです……」

 

 私は何も言えなかった。

 

 悪魔のような大悪党じゃない。

 町ですれ違っても、きっと気に留めないような普通の人。

 でもその普通の人の、ほんの小さな欲望が、80人以上の女の子の人生を壊しかけた。

 

 私は怒鳴りたかった。

 

「80人以上の女の子の人生、どうしてくれるの!」

 

 って。

 

 でも、お清さんの泣き顔を見ていると、言葉が喉につかえて出てこなかった。

 

「最初は……みんなにも喜んでもらいたいだけで……」

 

 お清さんは、震える指で地面を掻く。

 

「南蛮の首飾りをもらったんです。あれをつけて井戸端に立ったら、町の女たちが羨ましがってくれました」

 

 彼女は泣き笑いみたいな顔をした。

 

「いつもは木戸番の女房、貧乏な佐吉の妻としか見られなかったのに……あの日だけは、綺麗な女として見られたんです」

 

 私は胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 分かりたくないのに、少しだけ分かってしまう。

 

 令和の世で、欲しいものは大体手に入る環境で育った私だって、綺麗なものを見れば欲しくなる。

 誰かに羨ましがられたら、きっと少し嬉しくなる。

 

 この時代に生まれていたら、私は絶対に揺れなかったなんて、そんな偉そうなことは言えない。

 

「それで……ペレイラの手先に言われました。女を一人、番小屋へ連れてくるだけでいいと。南蛮へ渡れば、今よりずっと良い暮らしができる。綺麗な服も、食べ物も、寝る場所も……戦国じゃない平安楽土の世があると……」

 

「そんな言葉、信じたの?」

 

 私の問いに、お清さんは、首を横に振った。

 

「信じたかったんです」

 

 佐吉さんも縛られたまま地面に額を擦りつけた。

 

「わしが止めねばならんかった……! 木戸を預かる身でありながら、わしが、わしが門に穴を開けたばかりに……!」

 

 光秀さんの視線が佐吉さんに突き刺さる。

 

「佐吉」

 

「は、はい……!」

 

「貴様は門を開けたのではない。京の秩序そのものに穴を開けたのだ」

 

 光秀さんの総括に、佐吉さんは声にならない呻きを漏らした。

 

「最初は……妻が喜ぶ顔を見たかっただけでした。木戸番の稼ぎでは簪一つまともに買えませぬ。ですがペレイラの者どもは宝石をくれた。銭をくれた。女どもも、南蛮へ行けば幸せになれると言った。だから……だから、つい……!」

 

「つい、で80人か」

 

 五右衛門の声に怒りが混じる。

 

「おっちゃん。あんた、木戸番やろ。夜の京で、町のもんが最後に信じる門番やろ。その門番が女を売ったら、誰が町を信じたらええんや」

 

 佐吉さんは何も言い返さず、啜り泣くだけだった。

 

 私は拳を握った。

 怒りたい。怒鳴りたい。でも、怒りのぶつけ先が一つじゃない。

 

 お清さんの欲望、佐吉さんの弱さ、ペレイラの悪意を可能にした南蛮船。

 人を荷物として運べるこの時代。

 

 全部が絡み合って、女の子たちを闇へ引きずり込んでいた。

 

「……姉ちゃん、泣いてええんやで」

 

 五右衛門が、いつになく優しい声で囁いた。

 

「……泣いてない。ただ、悔しいだけ」

 

 私は袖で乱暴に目元をこすった。

 戦国の世は、やっぱりどこか徹底的に狂っている。

 

 ***

 

 主犯であるペレイラは安土建築現場まで運ばれ裁きを受けることとなった。

 南蛮交易の利益、及び異国との関係悪化は避けるべしという意見もあったけど、信長様は迷わなかった。

 

「フロイス! 南蛮の法なら、こやつはどう裁かれる?」

 

「奴隷売買デス。シカモ異国ノ地デ、人ヲ欺キ、鎖ニ繋ギ、売リ払オウトシタ。極刑シカアリマセン」

 

 フロイスさんの返答に、信長様は大きく頷く。

 

「オノレ、フロイス! ジパングニ骨ノ髄マデ染マリオッタカ!」

 

 ペレイラの罵詈雑言に、フロイスさんは一切合切無視を決め込んでいる。

 

「神ノ名ヲ汚シタ者ニ、返ス言葉ハアリマセン」

 

 その後、ペレイラを始め、捕らえられた者たちは全て処刑された。

 

 佐吉とお清さんも、罪を免れることはなかった。

 

 悪が裁かれ、女の子たちは助かり、事件は解決した。

 それなのに、私の心の奥に泥みたいなものが残っていた。

 

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