なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第172話 長谷川真昼、闇に光を放つ

 ペレイラによる京の行方不明事件を解決した数日後。安土の建築現場。

 事件の顛末を報告するため、村井貞勝さんと光秀さんが信長様の御前に並んでいた。

 

「……吉兵衛(貞勝)。今回も裏方で全てを支えたな」

 

「はっ、身に余るお言葉で……」

 

「胃薬を倍にしてやろう」

 

「いえ、それはいらないです」

 

 貞勝さんの悲鳴を華麗にスルーし、信長様の視線が光秀さんへと移る。

 

「十兵衛」

 

「はっ」

 

「南蛮だろうが下京の民だろうが、罪を犯した者を捉え、法で裁く。お前以外にこの事件を解決するのは難しかっただろう」

 

「……恐れ入ります」

 

「だが、京の木戸番が加担し、記録も偽造された。貴様の管轄で事件が起きたのも事実だ」

 

「はっ。私の不徳にございます」

 

「責めているわけではない」

 

 信長様は、肘掛けに頬杖をついて続ける。

 

「人は弱い。金、名誉、色、宝石。どんな制度を作っても弱いところから腐る。今回露見したのが、たまたま京だったということよ。さすが都よ。人が多く集まれば集まるほど事件は起きる」

 

「……」

 

「丹波の件はまだ片付いていないが、今回、貴様の目の付け所は正確だった。……次につなげろ」

 

「はっ」

 

「いやあ、よう頑張ってくださりはった。帝も大喜びどすえ。信長はん、光秀はん。これからも京をよろしゅう頼みますわ」

 

 当たり前のようにいる近衛前久様が上機嫌で扇子を開く。

 まあ、今回は助けに来てくれたし、この人はこの人で京と帝が大事なのは伝わるから文句言わないでおきまひょか。

 あっ、口調が移っちゃったよ。

 やっぱ危ないわ、このお公家様。

 

「にしても信長はん。京はこの通り魑魅魍魎渦巻く危険な場所どす。どやろ? 光秀はんにも英霊ボールを与えるっちゅうんわ? そうすれば帝も京の者も安心すると思いはります」

 

「ふむ」

 

 信長様が思案げにする中、私は迷わず決める。

 

「……イシイ。光秀さんのところに行ってあげて」

 

 イシイはフワリと浮かび上がり、光秀さんの目の前でゆっくりと光を揺らした。

 

「よかろう。イシイよ。十兵衛の補佐、頼むぞ」

 

『信長様に言われちゃしょうがないなあ。……でもま、十兵衛君のこと、ちょっと気になっちゃったしね。これからよろしく、十兵衛君』

 

 そんなイシイに、光秀さんはフッと笑う。

 

「……よろしく頼む、イシイ」

 

 するとセンイチが勢いよく飛び出し、先輩風をふかし始めた。

 

『イシイ! お前、儂のあとにイーグルスのGMやったそうやないか! イーグルスのように十兵衛をしっかり支えてやれよ!』

 

『アハハ、イーグルスより簡単そうだねえ』

 

『なんやてぇぇ! お前、イーグルスをなんだと思ってるんやああああああ!』

 

 空中でバチバチと火花を散らす二つの白球のやり取りを見て、私は思わず吹き出してしまった。

 

 光秀さんもなんかリラックスしたようだしね。

 

「ホッホッホ。真昼はんも中々粋なお人どすなぁ」

 

「いえ、ナイス提案ですよ前久様。ありがとうございます。私も光秀さんをなんとか励ましたいって思ってましたんで」

 

「あの人は励ましいらんのとちゃいはります?」

 

「そうでもありませんよ」

 

 私は光秀さんを見て、そっと囁く。

 

「信長様の言う通り、人は弱く、制度だけだと追い込まれていきますから」

 

 ***

 

 その後、事件後の処理に一度京に戻った私は仕事を終え、明智屋敷の縁側で玉ちゃんと並んで座り、暖かいお茶を飲んでいた。

 

 冬の気配を含んだ風が、庭の木々を揺らしている。

 

「真昼様、今回は守っていただいて、本当にありがとうございました」

 

「お礼なんていらないよ。……玉ちゃん、怖くなかった?」

 

「……怖くはありませんでした」

 

 湯呑みを両手で包みながら玉ちゃんは言う。

 

「でも、父上が狙われたと聞いて……私は初めて、怖いと思いました」

 

 愛する父を失う恐怖が一番怖かったという言葉が、私の胸の奥にチクリと痛みを与える。

 

「お父さん、大事にしてあげてね。光秀さん、ちょっと不器用だけど、玉ちゃんのこと大好きだから」

 

「はい」

 

 花がほころぶように玉ちゃんは微笑んだ。

 

 庭の奥から、斎藤利三さんが玉ちゃんの様子を親のような温かい目で見守っている。

 少し後ろで、長岡熊千代君が柱の陰からこちらをチラチラと覗いていた。

 

「熊千代君、丸見えだよ」

 

 私が声をかけると、熊千代君は「み、見ておりませぬ!」と慌てて柱の後ろに完全に隠れた。

 

 玉ちゃんがくすっと小さく笑うと、利三さんが小声で私に囁いた。

 

「……熊千代殿は、あの夜からずっとああなのです。毎日、何かと理由をつけて屋敷に顔を出しては、玉様の様子を確認して帰っていきます」

 

「初恋って、大変だね」

 

 私はそう言いながら、ふと思った。

 この子たちの恋が、この乱世でどんな形になるのか。

 どうか、おつやさんと虎繁さんのような悲しい終わり方にはなりませんように。

 

 すると、玉ちゃんが柱の方へ向かって声をかけた。

 

「熊千代様」

 

「は、はいっ!」

 

 柱の陰から、熊千代君が跳ねるように姿を現した。

 

「先日のこと、改めてお礼を申し上げます。……よろしければ、こちらのお菓子を召し上がりませんか?」

 

「お、お、お菓子……!」

 

 熊千代君の顔がまた赤くなり、私はニヤニヤが止まらない。

 この子、本当に分かりやすい。

 

「いただきまする! 一生の誉れにございます!」

 

「お菓子だよ⁉ そんな重く受け取らないで⁉」

 

 私がツッコむと、玉ちゃんも堪えきれずに笑った。

 彼女の笑い声は事件の闇を少しだけ追い払ってくれるような、澄んだ音だった。

 

(光秀さん、今は穏やかだけど……。イシイと組んで、今回は本当にいい仕事をしたと思う。でも)

 

 お清さんを見た時の、光秀さんの冷たい目を私は忘れられない。

 

 悪人を憎むんじゃない。

 人間の弱さそのものを、心の底から許せないんだ。

 それは、まだ完全には癒えていない気がする。

 

 センイチが無言で赤く明滅していた。

 いつもなら何か一言いうのに、今日は黙ったまま。

 きっと、私と同じで簡単な答えを見つけられずにいるんだ。

 

 戦国の闇は、まだ完全に晴れたわけではない。

 次なるプレイボールのサイレンが、遠くで鳴り響くのを私は感じていた。

 

 ***

 

 真昼が明智屋敷にいた頃、禁裏に近い屋敷にて。

 一人の公家が白球に語りかけていた。

 

「ホッホッホ。これで面白うなりますなぁ。ネモトはん。石からイシイが出てきて石頭の光秀はんが持つ。フフフ、雅どすわぁ」

 

『お前の笑いのツボ、嫌いやないで。前久』

 

「おおきに、ネモトはん。さあて、盤面はどう動くやろか?」

 

『わざわざ九州まで行ってバハンをおびき寄せたのに、あっさり切り捨てるとはな。策を考えるこっちの身にもなってくれ』

 

「なんのことか知りまへんなあ。近衛前久のこの字でも出てくれたら教えてほしいわぁ」

 

『フッ。まあいい。信長のほうが使えると思っただけ、ということにしておこう』

 

「それは合ってるんで、認めまひょ」 

 

『……もう一つ、英霊ボールの現状だ。お前が俺の所持者だと見破ったのは、まだヒロミツのみよ。あいつも事情があるようだ。しばらく漏れんやろ』

 

「ほんま英霊ボールも一物ある者ばかりで、見てて飽きんわぁ。はよ108個並べて眺めたいわぁ」

 

 前久の笑い声が、灯籠を揺らしていった。

 

 ***

 

 京の事件の余波は近江・長浜城にも届く。

 

「秀吉様、京でこのようなことが」

 

 近習から手紙を受け取った秀吉は一読して「フッ」と笑みを零すと、控えている近習が眉をひそめる。

 

「私の幼名と同じ名が犯人というのが、少し不愉快でございます」

 

「ウキー、キッキッキ」

 

 それを秀吉の横にいる純日本猿・秀長が茶化すように笑う。

 

「何をおっしゃいますか秀長様。私が佐吉と名乗ったのは事実でございます。おなごだからと馬鹿にするなら、今度から秀長様に淹れるお茶は全て熱湯にしますよ?」

 

「ウキッ⁉」

 

 恐怖して後ずさりする秀長を見て秀吉はクスクスと笑う。

 

「懐かしい。真夏で汗を流していた私に、ぬるま湯、ほどほどの湯、熱い湯の順に出したお主の機転」

 

「ありがたきお言葉です。ですが、そこで私を男装と見抜き、仕官させられるとは思ってもいませんでした。……帰蝶様」

 

 近習の真っ直ぐ向ける瞳に、秀吉――いや、帰蝶はそっと視線を京に向けた。

 

(十兵衛がイシイを得た。これも前回通り。ヒロミツの言う通り、英霊ボール所持者に違いはない)

 

 帰蝶が手紙を畳む窓の外では、琵琶湖から吹く風が長浜城の瓦を撫でていた。

 帰蝶の瞳に、遠い記憶の影が宿る。

 

(羽柴秀吉の存在で盤面はわずかに変わったが、まだ奴だけは姿を見せぬ)

 

 秀長が、妙に真剣な顔で帰蝶を見上げる。

 

「ウキ?」

 

「ああ。次は権六の窮地。そして……あの男」

 

 呟く帰蝶に、近習――石田三成は、帰蝶の横顔を尊敬の眼差しで見つめた。

 

 ――【平安楽土の道険し、安土築城編】完

 

 【進撃の軍神、梟雄の最期編】に続く

 

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