なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
第173話 長谷川真昼、天王寺の危機を知る
越前一向一揆の鎮圧、安土城の築城開始、そして京の少女失踪事件の解決。
立て続けに起きた難題を乗り越え、織田家は天下統一へ向かって順調に歩みを進めているように見えた。
けれど戦国の騒乱は、ますます激しさを増していく。
織田信長を仏敵と名指しし、包囲網の中核として立ち塞がる巨大な要塞、大坂の石山本願寺の本堂の奥深くで、本願寺顕如は祈りを捧げていた。
顕如の側に、深緑色の巨大な座布団に鎮座する英霊ボール『ツルオカ』。
本願寺の軍事司令官である下間頼廉の側に、武闘派英霊ボール『ポッポ』。
三河国出身の参謀、本多正信と、彼の手元で鈍く光る最強頭脳系英霊ボール『ノビタ』。
雑賀衆の頭領・鈴木孫一と、彼の肩に銀色の英霊ボール『オニヘイ』。
外交に東奔西走している下間仲孝と、彼の英霊ボール『アキヒロ』以外の主力が揃っている。
「仲孝からの報告だ。上杉との和議は成立した。これで対信長戦線、我ら本願寺と武田、上杉と毛利が加わったことになる」
顕如による現状確認に、正信が付け足す。
「北条は上杉に出した氏康の息子、景虎に上杉の跡目を継がせるのを条件にしましたが、上杉謙信は拒否。本願寺・武田・北条・毛利・上杉の大同盟は破綻しました」
越相同盟を破棄し、甲相同盟を結んだ北条への嫌悪は上杉家中に多い。
北条も、武田と結んだのは上杉を叩き潰すためなのに、という不満が噴出している。
「それでも真田喜兵衛と朝比奈泰朝が北条を説得中。北条が上杉の背後を襲わぬ確約ができれば、上杉の西進が始まります」
「上杉謙信め。こいつはこいつで独自の美学で動く厄介者だ。奴が信じるのは毘沙門天のみ。我らの阿弥陀如来と真逆の存在よ」
頼廉が呟くと、孫一が腕組みしながら問う。
「へっ、この世は厄介者だらけだからいいんじゃねえか。……つーか他勢力に祈ってる時点で、追い詰められてるのはこっちだろ」
「たしかにな。全勢力が足並み揃えて織田領に同時侵攻できればいいが、武田は設楽原の傷がまだ癒えぬ。毛利は尼子遺臣のゲリラに手を焼き、我らは原田直政ごときに手こずっている」
顕如が忌々しげに吐き捨てた名、原田直政。
信長に清須時代から付き従い、赤母衣を経て対本願寺戦線の司令官に抜擢された人物。
元々の姓は塙。朝廷にわざわざお伺いをたて、由緒ある平家の姓、原田に変えさせるほどの信長の信頼っぷりだ。
『北陸の柴田勝家に次ぐ地位。こう言えば聞こえがいいが、原田は大軍を擁しているわけでもあるまい』
『喝だ喝! ツルオカの大親分の言う通りよ! こっちのほうが原田の率いてる兵より多い! 死ぬ気で攻めよ! そうすりゃ活路が開けるわ!』
『ポッポ親分に僕も賛成だね。直政は調子に乗ってる。味方の軍勢と距離を取ってるのは、手柄を独り占めしようとしてる証拠。……こっちに、各個撃破してくださいとばかりに』
『孫一。ノビタの言う通りだ。今、原田直政は三津寺にいて、天王寺砦の明智光秀、長岡藤孝、佐久間信栄、木津川の荒木村重と距離を取っている』
オニヘイが英霊ボールの意思のまとめをすると、顕如以下、本願寺勢は頷いた。
「他の織田方に気づかれず、原田勢に全軍突撃せよ。直政を討てば天王寺砦は孤立する。その後に天王寺砦へ向かえ! 光秀や藤孝の首を信長に見せてやれ!」
顕如の号令に、頼廉と孫一率いる1万5千の本願寺軍が怒涛の勢いで原田直政軍に襲いかかった。
***
「敵襲! 直政様、本願寺軍が迫っておりまする!」
「なに? ……まさか。石山防衛に徹していた連中がなぜここにいる!」
夜更けに報告を受けた直政は当初混乱した。
本願寺戦線は織田方の優勢が続いている。
直政がこの戦線の総大将になってから、一度もなかった本願寺勢の攻勢だ。
しかし待てよ、と敵の数を確認し、逆に直政は笑った。
「血迷ったか。ここに来たということは石山が空っぽの証。撃破し、逆に石山を落してくれるわ」
これで長かった本願寺戦線が終わる。
この俺の手で。
直政は高らかに指示する。
「天王寺砦にいる光秀殿ら、木津口にいる村重殿に知らせよ! 本願寺攻めの決戦ぞ!」
直政はすぐさま各地に伝令を放ったが、その者らは陣を出た直後、銃弾一撃で頭蓋を貫かれ、死ぬ。
「フッ。俺ら雑賀衆の役目は果たしたぜ。頼廉、あとは任せた」
孫一の見る光景に、織田兵を虐殺する坊主の姿が映り出される。
「持ちこたえよ! 救援が来れば俺たちの勝ちだ!」
直政は決死に立て直しを図るが、頼廉率いる本願寺勢に次々と兵は斃れていく。
「なぜだ……木津口ならもうすぐ来るはず」
絶望に染まる直政の顔を遠目で見ながら、孫一はキセルをプッと吹かす。
「伝令を殺されることも念頭に置くべきだったな。来世があれば、教訓にしろよ」
パンッ! パンッ!
「ぐあっ!」
やがて直政の身体に銃弾が貫き、それでも血を吐きながら刀を振るう直政だったが、本願寺勢の槍が突き刺さる。
「……無念」
血だまりの中、直政は崩れ落ちた。
***
直政の敗死と、原田軍全滅を光秀たちが知った時、すでに彼らがいる天王寺砦は本願寺勢に包囲完了されていた。
「下間頼廉……さすがは名将の誉れ高き御仁。敵ながら見事」
朝焼けの日の光に、光秀の額に汗が滴り落ちる。
一瞬の隙を逃さず、夜中で一気に直政を討ち取り、天王寺砦を王手にした敵将の姿を思い浮かべながら、この詰みの状況をどうひっくり返すか考えに考えぬく。
「包囲を突破し、村重殿と合流しますか?」
信盛の嫡男、信栄が進言するも、光秀は首を横に振る。
「考えてもみよ。直政殿は我らに伝令を放ったはず。なのに我らに届かなかった。雑賀衆の鉄砲隊の仕業だ」
「撃って出れば詰み、ですな」
藤孝も、天運尽きたかのように天を仰いで嘆息した。
「籠城しかあるまい。ここに本願寺を釘付けにすれば諸将が気づき、援軍を送ってくれるのを祈るしかない」
光秀が悲痛な声を上げると、彼の懐にいる英霊ボール『イシイ』がふわりと浮かび上がる。
『十兵衛君、援軍を呼ぶなら任せて。僕を高々と投げて!』
「……わかった」
何をするのか聞かず、光秀はイシイを真上に投げた。
すると——
ピカッ!
朝焼けの光が、眩いクリムゾンレッドに包まれたのだ。
『まずい。孫一、奴を撃て!』
オニヘイが叫ぶと同時に、孫一が照準を合わせるも、イシイは急降下して光秀の手元に戻っていく。
「ちっ。変な英霊ボールがいやがるな。まあいい、援軍も血祭りにするだけよ」
孫一は火縄の火を消し、天王寺砦を見上げた。
***
『ムッ……あの光は……』
『あやつがいるのは天王寺砦じゃったな。ちゅうことは……』
京で朝廷の政務をしていた信長様は、センイチとモリミチのただならぬことが起こった声の響きに、すぐに立ち上がった。
「どないしはりました? 信長はん」
「失礼、続きの政務は吉兵衛に任せます」
近衛前久様に挨拶し、村井貞勝さんに後を任せ、信長様は私たちと合流。
「天王寺砦ですか。……ということは、直政殿はもうこの世にいないと思ったほうがいいでしょう」
半兵衛君も険しい顔で呟く。
「嘘……直政さんが?」
本願寺攻めの総大将任命された時、私に挨拶してくれて、にこやかに『一軍レギュラー死守してみせます』なんて言ってたのに。
「動ける者、全員天王寺へ向かえ!」
信長様は即断するも、現実は厳しい。
「京にいるの、私と半兵衛君だけなんだけど!」
「まずは若江城に向かいましょう。今から手配すれば、若江に着いた頃、3千は集まると思います」
珍しく、半兵衛君も焦燥している。
「十分だ」
信長様は、それだけ言うと急いで馬小屋に向かう。
「お待ちくだされ。信長様は若江城まで来れば十分です。直政殿を仕留めたということは、本願寺は主力を結集しているはずです。ざっと1万5千。あとは我らにお任せを」
嫌な予感を漂わせて言う半兵衛君だったけど、信長様は、ただこう返すのだった。
「仲間の危機に、駆けつけぬ俺になるつもりはない!」
信長様の返事に、私と半兵衛君は頷きあう。
この無茶苦茶なボスを死なせるわけにいかない、と。
天王寺へ急ぐ私たち。
全滅寸前の光秀さんたちを囲むは、1万5千の本願寺主力部隊。
対するこちらの兵は推定3千。
久々の、絶望の劣勢スタートが幕を開けた。