なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第177話 長谷川真昼、剣聖の最期を知る

 木津川口での敗戦を覆すため、信長が発案した鉄甲船製造計画。

 

 伊勢・志摩方面。

 九鬼嘉隆との連携や、大量の木材、鉄材、そして船大工を手配するため、岡部又右衛門は数人の織田兵に護衛されながら、鬱蒼とした伊勢の山道を進んでいた。

 彼の頭の中は、巨大な船体を浮かべるための浮力と重量の均衡、分厚い鉄板の配置計算がこうじゃない、ああじゃないと思考がグチャグチャになっている。

 揺れる籠の中で迫る脅威に気づくこともなく。

 

 秋の虫の音も、鳥のさえずりも、いつの間にか完全に途絶え、先頭を歩いていた護衛の足が止まった。

 首筋から一筋の血糊を噴き出し、死んだのだ。

 

「?」

 

 後続の護衛が斃れる仲間の姿を確認するより前に次なる白刃が閃く。

 骨を断つ音すらさせない洗練された一太刀により、残る護衛も瞬く間に命を刈り取られていった。

 

 籠の御簾が跳ね上げられ、血の匂いが鼻を突いた時、又右衛門はようやく意識を外界に戻した。

 

「おい、どうかしたか? なっ……!」

 

 目前に、音もなく空中に跳躍した刺客の姿。

 振りかざされた刃は、すでに又右衛門の眉間を両断する軌道に入っている。

 

 ――刃が、額の皮を一枚裂く刹那。

 刺客の首が胴からおさらばする。

 血飛沫が又右衛門に噴出する。

 

「……なんだと?」

 

 刺客の1人が驚き周囲を確認するも、いるのは味方の刺客のみ。

 生存している標的は又右衛門のみ。

 刺客たちは頷き合い、もう一度、又右衛門へ刃を振りかざした。

 

 が、結果は同じ。

 その刺客もまた首から胴を無くし、期間限定の血の噴水器となった。

 

「……忍びか」

 

 残った刺客は舌打ちし、仲間に散れと合図すると闇夜に消えていった。

 

 静寂が戻った伊勢の森で唖然とする又右衛門。

 

「礼がしてえ。顔を見せてくれ」

 

 すると闇夜と同化を解除し、滝川一益が姿を現した。

 

「襲撃に間に合わなく、済まなかったでござる」

 

「そいつは死んだ連中に言ってやれ。……にしても、凄い技だな」

 

「鋼糸を手元以外極限まで薄くした、忍び道具の一つでござる。あまり使うべき品でなかったが、襲撃者どもは手練だった様子」

 

「連中、何だったんだ? 護衛は一太刀で死ぬほど弱かったわけでもあるめえ」

 

 一益は死体を検分しつつ、断言して囁く。

 

「秘伝・一の太刀」

 

「塚原卜伝の奥義か」

 

「これほどの腕前、伊勢広しといえど使える者の数は限られているでござる。さらに……」

 

 転がってる襲撃者の首の覆面を取り、一益は続ける。

 

「三瀬の館で見たことがある御仁。やはり首謀者は……」

 

 一益の目が、鋭く光った。

 

 ***

 

 安土の陣所に届いた一益さんからの報告書を読んだ私はホッとため息をつく。

 

「嘘……又右衛門さん無事で何よりだよ」

 

 暗殺なんて、嫌なことをする人がいるもんだ。

 でも、末尾に書かれた首謀者の名を見て私の顔は見る見る青ざめていった。

 

「北畠具教さんが……なんで?」

 

 かつて伊勢攻略の際、信長様は北畠具教さんの養孫として次男の茶筅丸(北畠具豊)君を送り込み、和睦という形で伊勢を平定した。

 具教さんは降伏し、三瀬御所で隠居生活を送っていたはずだ。

 ちなみに具豊君は最近、信意(のぶおき)に改名してる。

 

「具教、ここで賭けに出たか」

 

 私が読み終わったのを見て、信長様がつまらなそうに言ってきた。

 

「賭け?」

 

「そうだ。奴は織田に屈服せず、表舞台から消えた振りをしつつ、虎視眈々と狙ってたのさ。伊勢奪還をな」

 

「ここで岡部又右衛門殿を失えば、我らは毛利との再戦に大きく出遅れます。毛利・本願寺が織田を破れば、伊勢からも織田の血を駆逐する気なのでしょう」

 

 半兵衛君も呆れた声で言ってくる。

 

『策として愚策じゃな。剣の一閃でしか好転できない時点で詰んどるわ』

 

 半兵衛君の扇子の上で、モリミチも嘆息する。

 

『職人を狙う根性が気に食わん。トップへ来ぬか! 返り討ちにしてくれるわ!』

 

 信長様の横で、センイチも怒り狂って真っ赤になっている。

 

「いやいやセンイチ? 剣客に狙われるのさすがにヤバいっしょ」

 

 センイチにツッコミつつ、私は信長様に向き合う。

 

「どうするんですか? 信長様」

 

「北畠具教は信意の養祖父よ。信意に任せる」

 

「信意君が負けたら?」

 

「その程度だったってことよ」

 

 もう、信長様はドライすぎる!

 天国で吉乃さんが聞いたら雷落としてくると思うぞ。

 私は居ても立っても居られず、伊勢にいる信意君へ手紙を書いた。

 

『具教さんは義理のお祖父さんでしょ? 話し合いで蟄居に持っていくのはどう?』と。

 

 全面対決だと信意君に分が悪いと思ってる自覚があった。

 でも、それよりも義理とはいえ彼に祖父を殺させる決断をさせたくないから。

 

 ***

 

 信長の意向を受け取った北畠信意は、伊勢・田丸城の広間で長野左京亮、滝川雄利、柘植保重ら重臣たちに短く命じる。

 手に、真昼から届いた手紙をクシャクシャにし。

 

「……三瀬へ向かえ。北畠具教を、討て」

 

「「「御意」」」

 

 いかに多勢といえど、剣聖相手に勝てるか?

 信意に一抹の不安がなかったといえば嘘になる。

 ただ、養祖父を殺害することに、信意の中に迷いはなかった。

 

 命令を受け、向かう左京亮たち。

 穏やかな秋の空気が漂う三瀬御所の庭先に立った北畠具教は、押し寄せてきた信意の軍勢を前にして、ふっと笑みをこぼした。

 

「信意め、ようやく武家の子になったか」

 

「北畠具教! 岡部又右衛門殿を狙ったことに異議申し立てはあるか!」

 

 長野左京亮の激昂に、具教はただこう返す。

 

「異議なしよ! さあ、来い! 剣に生きた者の最期、貴様ら全員道連れにしてやるわ!」

 

 そう言うや、具教は屋敷に戻る。

 弓矢と火縄で包囲されたらひとたまりもない。

 ここの戦場は、死ぬまで儂が支配してやろう。

 

「くそっ! 追えっ! 追うのだ!」

 

 柘植保重が焦燥して叫び、兵を突入させていく。

 

「いや、中に潜るなら火攻めでいいのでは⁉」

 

 滝川雄利が慌てて叫ぶも、左京亮と保重が否定する。

 

「隠し通路で逃げられたらどうする!」

「死体だ。剣聖の死に我らが安心するのは死体のみだ!」

 

 廊下を2人ずつ進む信意の兵であったが具教の思う壺。

 秘伝・一の太刀の一閃が、敵と1合も交えることなく両断していく。

 凄まじい剣技と無駄のない体捌き、地の利が次々と死体を量産していく。

 

「どうした! 織田の犬ども、その程度か!」

 

 しかし、いつの間にか背にするは壁、部屋の中に無数の養孫の兵。

 さらに老齢が具教の肩を揺らしていく。

 

「どうした! 突撃だ! 突撃せよ!」

 

 左京亮が兵を叱咤するも、一様に顔を青ざめ、足が動かない。

 たった1人に、こっちは何人死んだ?

 50人以上じゃないかとの思いが、身体が動くのを拒否したのだ。

 

「なんだ、来ぬのか? ならこっちの番よ。突破し、田丸城にいる信意を屠ってくれるわ」

 

 刀を横にし、一直線に突撃する具教。

 

「う、うわぁああああああああ!」

 

 パニックに陥る信意兵だったが、動かぬ身体たちが、逆に自らの身を守るために刃を振るうのみに集中される。

 

 ガシュッ! ズブッ!

 

 崩れ落ちる具教の目に映るのは、かつて大河内城で信長軍相手に籠城した日々。

 決戦せずに和睦という名の降伏を受け入れた決断。

 友である英霊ボール『ベットウ』を渡した屈辱。

 

「ベットウ……儂は……今度こそ……やりきった……ぞ。」

 

 ここに剣聖・北畠具教は壮絶な討死で最期を遂げた。

 

 ***

 

 ——カタッ。

 

 安土の陣所で、寝ようとしている私に回収済みの英霊ボールから、墨でベットウと私の達筆で書かれているボールが転がってきた。

 

「どうしたの? ……泣いている?」

 

 手に取ったベットウは濡れていた。

 静かな寝息だったけど、悲しみが伝わってくる。

 

『具教が死んだんじゃな。元主に共鳴したんじゃろ』

 

「……そっか」

 

 センイチの説明に、私はこれ以上言葉を続けられなかった。

 

 ギュッとベットウを抱きしめる。

 信意君から手紙の返答は、まだ届いてない。

 いずれ、事後処理の手紙は来るかもしれない。

 でも……それでも、相談ぐらいしてもらいたかった。

 

 そんな私に、センイチが優しく明滅してくる。

 

『忘れんな、小娘。勝った側は都合よく歴史を書く。じゃから、お前だけは負けた奴の顔も覚えとけ』

 

 センイチの言葉は厳しいけれど、今の私にはそんな真っ直ぐさが少しだけ救いだった。

 

 同じ夜。

 伊勢の造船所で、岡部又右衛門さんも眠ることもなく鉄甲船の図面に向かっていた。

 彼の目にも、狂気にも似た執念が宿っている。

 

「伊勢の地には色々な血が吸われてやがんな。なら、無駄にしねえのが俺の役目だ。必ず造る! 沈まぬ鉄の船をな!」

 

 戦国の闇に葬られた命を燃料にして、織田の巨大な歯車は、また一つ前へと進もうとしていた。

 

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