なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
大坂の石山本願寺を支える最大の武力、紀州の雑賀衆。
彼らは鉄砲という最新兵器を自在に操る傭兵集団であり、織田家にとって最も厄介な敵の一つだ。
けれど、内部は決して一枚岩ではなかった。
「雑賀衆に内乱の兆しあり。本願寺派の土橋平次と太田左近と雑賀衆頭領・鈴木孫一の対立が深刻化しております」
安土の陣所で、この報告を受けた信長様の決断は早かった。
「孫一め。紀伊の土地で本願寺を盲信せぬ根性、大うつけよ。半兵衛!」
「はっ」
「鈴木孫一を織田陣営に迎える好機ぞ」
「お任せを。さしもの孫一も、織田の支援を断れば地元に殺されるのみと理解してるでしょう」
すぐに軍を編成。
信長様が、足の傷がまだ癒えてないのに行く気満々なのは困ったもんだけど、ここは半兵衛君以下諸将が説得して、名目上の総大将は信忠君が引き受けることとなった。
「父上、後方でごゆるりと。此度の紀州攻めは孫一殿の説得が主筋。私でも十分達成できることをお見せします」
「……わかった。任せよう」
こうして、志摩から滝川一益さんと九鬼嘉隆さんが紀伊湾に出陣して封鎖完了。
本願寺を固める毛利水軍が、木津川口で不気味に漂うも、紀伊まで行って不測の事態に陥るのを恐れてるように沈黙している。
連中からすれば北上して来いと思ってるんだろうけど、ここは信忠君が「此度は紀伊のみ」と厳命してるので、統率に優れた織田軍に違反者が出るはずもない。
あの勝三君ですら、人間無骨バットで威嚇するのみだ。
まあ、嘉隆さんは、鉄甲船造り命じられたと思ったら出陣だよって思ってそうだったけど。
「孫一さん、織田家に味方してくれたこともあるし、地元と揉めてるんなら頼ってよね」
信長様の陣で、私は空を眺めて囁く。
強敵で、何度も命の危機を与えてきた相手。
でも、それでも、彼からは一度も敵意を感じなかったから。
***
紀州・平井の町で、土橋平次と太田左近が苦々しい顔で鈴木孫一を睨みつけていた。
「降伏だと? 織田に膝を屈する気か! 恥を知れ、孫一ィィィィィィ!」
「まさか、織田を呼び寄せたのも貴様じゃなかろうな?」
憎悪に染まる2人に、孫一はキセルをプッと吐いてから答える。
「あ? 呼び寄せてんなら、とっくに織田に行って道案内してるだろうよ。それによ」
ポンとキセルから灰を出し、孫一は続ける。
「恥で飯は食えねえよ。紀伊湾と陸地封鎖されてどう戦えってんだ。このまま意地張ってたら、雑賀の町ごと灰にされるぜ」
「貴様、本願寺への義理を忘れたか!」
「織田に膝をつくなど、雑賀の恥ぞ! 仏敵に頭を下げるくらいなら、我らは最後まで石山と共に戦う!」
平次と左近の声が荒げるも、孫一は冷めた顔で返す。
「義理? ああ、大事だな。散々助けてやった本願寺は援軍に来やしねえ。毛利も俺らを助ける義理がねえ。ハッハッハ。ほんっと、大事だなあ、義理はよ!」
「き、貴様! 本願寺を愚弄する気か!」
再びキセルから煙を吹かせ、孫一は本願寺派に問い返す。
「いいか、よく聞け。天王寺砦の敗戦で、本願寺はもう守勢一辺倒よ。毛利や俺ら雑賀衆を利用するしか策はねえ。本願寺首脳陣は義理でもなけりゃ信心でも動かねえ。連中が生き残る現実で行動するだけよ。それを俺らがやって何が悪い?」
「もうよい! 我らはこれより孫一を雑賀衆頭領と認めぬ!」
「我ら太田衆も、鈴木孫一の下で働く気が失せたわ。……義理と信心に見返りを求める俗物が!」
「交渉決裂か。おい! 他の連中も俺に従わねえなら出ていけ。……ただし、出て行くなら覚悟しろよ。次に会う時は敵だ。容赦しねえ」
孫一の最後通牒に、平次と左近を筆頭に雑賀衆の半数が出て行った。
「俺、人望ねえな。つーか舐められたもんだ。俺の鉄砲を敵に回す覚悟するとはよ」
『仕方あるまい。連中にとって孫一より本願寺が大事だった、というだけだ』
孫一の肩で、英霊ボール『オニヘイ』が嘆息する。
「変えたかったんだがな。この土地を」
寂しそうに呟き、孫一は立ち上がる。
織田に降伏するために。
***
「各隊、包囲を狭めよ。ただし、無闇に発砲してはならぬ。降る者には道を残すのだ」
総大将として指揮を振るう信忠君により、紀伊攻略戦は粛々と進んでいく。
雑賀の国衆たちは様子見して、上の下知を待ってるのがわかる。
戦らしい戦もなく、孫一のいる平井の町を包囲していった。
すると、1人の男が両手を上げて近付いてきた。
肩に乗るオニヘイとともに。
「鈴木孫一だ! ここに宣言する! 織田に降ろう! 総大将、織田信忠へのお目通りを願いたい!」
織田軍が最初どよめき、次に歓声があがる。
長年、織田を苦しめた人物がついにこちら側になるのだから。
「よう。相変わらず元気そうだな、真昼」
両手を上げたまま、周囲を織田兵に囲まれているのに孫一さんは余裕綽々で私に話しかけてきた。
「あの時、よく信長を押し倒したな。さすが真昼だぜ。ったく、信長が死んでれば立場は逆だったろうによ」
「えへへ、それほどでもぉ。……って、あの銃弾、孫一さんかい」
私のツッコミに、孫一さんはアハハと笑う。
やがて信忠君と信長様の前まで行くと、孫一さんは片膝をついた。
「よく決断してくれた、鈴木孫一殿。織田は貴殿を歓迎する。……どのくらい、孫一殿とともに降伏してくれる?」
「半分。残る半分は敵だ」
信忠君の確認にも、孫一さんは淡々と答えた。
「そうか。ではこれから、我ら織田が敵を屠ろう」
「いや、そいつぁ、俺に任せてくれねえかな? 織田は要らねえ」
まさかの孫一の返答に、囲む織田側に動揺が広がる。
「ほう? 任せてどうなる?」
「俺が紀伊を織田のために平らげてやるよ」
「負けたら?」
「遺体を気が済むまで鞭で打てばいいさ。いや、銃の練習台になるのもいいか?」
なっ……! 降伏の態度を全くしてないけど、大丈夫なの? 孫一さん。
私が焦っていると、信忠君がフッと笑みを浮かべる。
「よかろう……紀州は、お前に任す。頼んだぞ、鈴木孫一!」
「御意! この鈴木孫一、生涯を織田信忠様のために捧げましょう!」
信忠様のところを強調したとこに、孫一さん、ちょっと嫌味入ってるでしょ?
信長様、苦笑してるし。
「それと真昼」
「……何? ここで呼ぶなんて。まさか一緒に残って嫁になって戦ってくれってこと? 気持ちは嬉しいけど、急すぎて困るよ~」
「バッカ、ちげえよ」
「なぬ⁉ じゃあ、私の金属バットの錆になりたい、かなあ?」
「それもいいが……ほらよ」
なんと孫一さんは私にオニヘイをポンと投げ渡したのだ。
「え? いいの? 以前言ってたじゃん。オニヘイは親友だから勝負は受けねえし渡さねえって」
すると孫一さんは自嘲気味に笑ってきた。
「こっからは、雑賀の身内同士の泥沼の殺し合いだ。んな地獄、オニヘイに見せられっかよ」
孫一さんは背を向け、紀州の空を見上げる。
「それに、『英霊ボールがあったから生き残れた』なんて言われるのも癪だからな。俺たちの火縄は、俺たちの腕で撃つ。じゃあな、真昼」
『世話になったな、孫一。儂とお前は離れていようが親友だ』
オニヘイから放たれた言葉に、孫一さんは振り返らないまま右手を掲げた。
去っていく男の背中を見送りながら、私は手の中のオニヘイをそっと握りしめる。
「信長様、よく口出ししなかったね」
安土へ帰る支度をする陣所で、私は信長様に訊ねる。
だって孫一さん、ずっと信忠君のことばっか見てたし。
「なあに、俺の次は信忠なら織田は安泰だと思っただけよ。……嬉しいじゃねえか」
信長様? その笑顔、ちょっと怖いよ?
「でもこれから味方として、一緒に働けないのは残念だね」
そんな私の呟きに、信忠君が前を向いたまま答えてくれる。
「私は心配していません。孫一殿は勝ちますよ」
信忠君の信じ切っている声色に、私の心は少しだけ軽くなった。