なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
巨大な石垣が積まれ、少しずつ偉容を現し始めた安土山の築城現場。
紀伊から戻り、私は安土の自室で障子に耳を当てて足音が近づいてこないことを確認する。
「今までの流れだと、金属バットで襖が粉砕されて、信長様が次の戦に向かうぞって言ってくる頃合い。……よし! 足音しない!」
信長様は忍び足苦手だからね。
ふう、今日はなんもないみたいだ。
よっしゃ! 今日これからゆっくり、10日間ぐらい布団にくっついて離れないぜえ。
「お休みなさーい!」
そう言い、私が目を瞑った直後だ。
——バシャッ! ヒュン! ゴツン!
障子が破れ、私の耳元をかすめ、畳にセンイチがめり込んだのだ。
『おい小娘! 信長が呼んでるぞ! とっとと着替えて大広間へ行かんか!』
「……こういうパターンあるのね」
私は目に涙を溜めながら、センイチが部屋にいたらやかましくて眠れないと諦め、信長様の待つ大広間に向かうのだった。
大広間に入ると、上座に不敵に笑う信長様。
それに半兵衛君と光秀さん、センイチとモリミチが控えている。
そして下座に、見慣れぬ毛皮の装束を身に纏った男が平伏していた。
今、夏なんだけど?
「おお! 真昼様ですね。お噂はかねがね。それがしは奥州探題、伊達輝宗が家臣……遠藤基信と申しまする。此度は我が主君の命を受け、遥々まかり越しました」
「あっ、どうも。長谷川真昼です。奥州って東北ですよね? えへへ、そこまで知名度広がってるなんて、さすが私。めっちゃ可愛いもんね」
「いえ、英霊ボールを狩る阿修羅が……コホン。いやあ、信長様がお羨ましい。このような天女を側に置いているなんて」
うんうん、わかってくれて嬉しいよ。
……なんで冷や汗滲ませてるのかな?
あれ? なんで私、手に金属バット持ってるんだっけ。
危ない危ない。天女って言葉がなかったら火サスのテーマソングが流れてたとこだよ。
「彼は奥州の有力大名、伊達輝宗殿の腹心。わざわざ信長様と真昼殿に会うため、安土まで来てくれたのです」
説明サンキューです、光秀さん。
てか私にも? なんだろう。
「信長様。我が主・輝宗は、織田様の天下布武の志に深く賛同し、ここに名馬や奥州特産の鷹を献上します」
基信さんが恭しく頭を下げていく。
「輝宗の心意気、たしかに受け取った。遠藤よ、大儀である」
「ははっ!」
「奥州からの鷹献上は、信長様の威が遠国まで及んだ証となりましょう。遠藤殿、面をあげなされ」
光秀さんに促され、遠藤さんが頭をあげると、彼の懐から見慣れたサイズの白球がフワリと顔を出した。
落ち着いた光を放つ英霊ボールだ。
『どうも。ヒライシといいます。お見知りおきを』
おお、久しぶりに真面目系英霊ボールキタコレ。
律儀に挨拶するボール、誰以来ぶりだよ。
私が感銘を受けていると、センイチがひょこひょことヒライシに近づいていく。
『お前……ヒライシか?』
『お久しぶりです。センイチ監督』
ヒライシも、空中で声を震わせる。
『おうおう、そうかそうか! お前か! 奥州で苦労したやろ!』
『まあ、いろいろありました。奥州は寒くて寒くて。でも、戦場で浴びた血は熱くて熱くて……なんとか若手たちをまとめてます』
ヒライシが光を明滅させると、光秀さんの袖口からも、フワフワとイシイが飛び出してきた。
『あ、何これ。イーグルス会じゃん? 僕も混ぜてよ』
「イーグルスって何? 鷲? 奥州の空でも飛んでたの?」
私の素朴な疑問に、空中でバチバチと盛り上がっていたセンイチ、イシイ、ヒライシの三つの球が一斉に沈黙した。
『小娘、お前はもうちょい野球を勉強せえ。イーグルスを知らんとはモグリやぞ』
『真昼ちゃん、東北のファンの熱さを舐めちゃいけないよ』
『フフフ、イーグルスは弱いけどね』
「いや、野球史の勉強は戦国じゃ無理じゃね?」
私がムスッとしてると、例のごとくモリミチが解説してくれる。
と思いきや、センイチがモリミチを突き飛ばして嬉しそうに語りだした。
『全くこれだから小娘は! いいか、ヒライシはなあ、イーグルス草創期の苦難を乗り越え、選手として、コーチとして儂を支えてくれた男じゃ! そして儂が成し遂げた球団初の日本一、あの歓喜の瞬間に共にグラウンドに立っとった教え子よ!』
へえ、センイチとヒライシさん。
熱い師弟コンビの感動の再会だったんだね。
『監督の熱い闘志、東北の地でしかと受け継いでおります! 関東でふんぞり返るテツハル監督の冷徹な野球に、我らの結束とデータ分析で対抗してみせますよ!』
ヒライシのボールが、誠実で頼もしい光を放って宣言する。
『ガッハッハ! 頼もしいのう! テツハルの血も涙もない管理野球なんぞ、東北の底力でぶち破ってやれ!』
空中で喜び合う二つのボールを見上げて、私はなんだか胸がジーンと熱くなってしまった。
「プロ野球の師弟愛って、時空も距離も超えるんだね……」
いがみ合ってばかりの英霊ボールたちの中で、こういう真っ直ぐな絆を見せられると、ちょっとホロリときちゃうよ。
という感動的なシーンが続くかと思いきや、イシイが嬉しそうに呟く。
『あはは、僕は彼をクビにしたけどね』
すると空気が一変し、温厚な白球のヒライシが真っ赤に染まる。
『あのGMめ!』
ちょっ⁉ ヒライシさん? いきなりブチギレないで!
ガチで怖いんだけど。
『ちなみに、前年最下位から3位に躍進してのクビじゃ』
モリミチが嬉しそうに補足してくれた。
いや、なんで嬉しそうなんだよ。
……前言撤回、全く英霊ボールって連中はどいつもこいつもヤベえよ。
信長様はそんなやり取りを見て大爆笑しつつ、基信さんに向かって本題を切り出した。
「遠藤。伊達は奥州を治める気があるか」
低く響く声に、広間の空気が一瞬で引き締まる。
基信さんは顔を上げ、迷うことなく即答した。
「ございます」
「ならば、これを見よ」
信長様が久太郎君たちに巨大な日本地図を広げさせていく。
地図上には、西の毛利、大坂の本願寺、北陸の上杉、そして関東の北条といった強敵たちの配置が示されている。
この通り織田家は今、西と北に巨大な戦線を抱え込んでいるのだ。
半兵衛君がスッと地図の関東の部分を扇子で指し、手元のモリミチが守備位置を確認するように鋭く点滅する。
「遠藤殿。現在、関東は北条氏政とテツハルが席巻しつつあります。しかし常陸の佐竹義重は北条の軍門に降ることを良しとせず、強硬に反発している」
半兵衛君は、ニッコリと腹黒い笑みを浮かべて続ける。
「北条という強打者を抑えるため、外野を広く守る必要があります。……南から我々が圧をかけ、東から佐竹義重を動かす。そして、北の伊達家。この三方向からの牽制で、北条をグラウンドの隅に釘付けにしていただきたい」
「……なるほど。佐竹と結び、我らで北条の背後を突けと」
遠藤基信の顔に、武将としての鋭い光が宿る。
信長様はそれに被せるように言い放った。
「北条がこれ以上北へ伸びるなら、伊達が押さえよ。俺は西と北陸を片づける。……伊達の奥州統治、俺が認めてやる」
「そのお言葉をいただき、真に感謝いたします。伊達は織田の天下一統を全面的に支持いたしましょう」
おお、仲間が増えた。いいねこういうイベント。他の遠国大名もこういうふうに来てくれたらいいのに。
「ところで、私に会いたかった理由って?」
私が訊ねると、基信さんは真面目な顔つきでこう言ってきやがった。
「はい。ヒライシ殿のことです。噂では英霊ボール所持者を血祭りにして回収しているとのこと。どうか、それがしにヒライシ殿の所持をお許しくだされ」
ん?
「いずれ必ず、女夜叉・真昼様にお返しするゆえ」
なぜか金属バットを両手で持って振り上げる私を、光秀さんが慌てて羽交い締めにしていくのだった。
***
夏の匂いが木々の揺らめきと蝉の鳴き声で、鼻腔を刺激するこの季節。
越後・春日山城でついに軍神が重い腰を上げようとしていた。
毘沙門堂にて刀の刃の上で一本足打法で静止する上杉謙信。
その横で、英霊ボール『ワンチャン』がバットを構えるような鋭い殺気を放つ。
『北条は背後を襲わぬと確約した。行くか、謙信』
そこに蝉が飛び込み、謙信の足元を通過する。
蝉は刀に両断され、ジジジと鳴き、ピクリとも動かなくなる。
「……蝉が煩いな」
ブン!
スイングの風圧が暴風となり、毘沙門堂から外へ吹き荒れた。