なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第180話 長谷川真昼、軍神の出撃を聞く

 越後国・春日山城の薄暗い毘沙門堂の中で、上杉謙信は一本足打法を構えている。

 心弱き者が見れば神を見たと錯覚し、一振りを浴びれば閻魔の許へ送られるだろう。

 

 謙信は外で鳴く蝉の声を聞いている。

 

「俺は今まで、己から盟約を破棄しないことを信条に生きていた」

 

 宿敵武田信玄は世を去り、武田を継いだ勝頼は信長に挑み敗北、己に土下座外交をしてまで和議を結んだ。

 本願寺もまた、長年裏で操っていた越中の一向一揆の鉾を納め、越中の土地を譲渡する提案までして和議を求めてきた。

 

「頼まれれば救う。相手に策があろうが関係ない」

 

 武田の説得により北条は上杉の上洛を邪魔せず、徳川に圧力を強める念書まで交わした。

 

「俺が氏政なら、仇敵の上洛に屈辱的な外交をしない。拒否するだろう」

 

 未だ織田信長と交わした、対本願寺戦線の同盟は有効である。

 徳川家康とも、対武田・北条戦線で協力してきた仲だ。

 

「俺の上洛に義があるなら蝉よ鳴きやめ。義なきなら鳴き続けよ」

 

 ブンッ!

 

 蝉の鳴き声が、消えた。

 

『見事だ謙信。一本足打法を毘沙門天に昇華させるとは。今なら170キロのストレートも、160キロのスイーパーも、軽々スタンドへ消えるだろう』

 

 毘沙門堂にオレンジ色の輝きが溢れる。

 英霊ボール『ワンチャン』の光だ。

 

「景勝、与六、晴家を呼べ」

 

 毘沙門堂の外で待機していた近習が、気絶していた身体に活を入れ、走り出した。

 

「お呼びでございますか、父上」

 

 謙信の養子の1人、景勝。

 彼は呼ばれた面子にもう1人の養子、北条から来た景虎がいないことを不審に思う。

 これはついに、北条との決戦をする決意をされたのかと。

 

「樋口与六」

「柿崎晴家」

「「お呼びにより参上仕りました」」

 

 謙信は短く告げる。

 

「織田との盟約を破棄し、本願寺・武田と同盟を結ぶ。全軍、能登へ向かえ」

 

「「「!」」」

 

 衝撃が景勝たちを貫く。

 盟約破棄などと言う言葉を、この毘沙門天の化身が口にしたのが初めてだからだ。

 

「ち、父上。景虎に知らせぬは不平等。奴もこの場に呼ぶべきかと」

 

 景勝の反応が予想外だったのか、謙信は笑みを浮かべた。

 

「出陣の要を呼んだのみ。景虎には留守を任せる」

 

「お言葉ながらそれも危険かと。景虎は北条の息がかかりすぎてます。春日山を留守にすれば乗っ取られるかと」

 

 故・直江景綱が才を見込み、英霊ボール『モトシ』を継承させた与六が慌てて苦言を呈するも、謙信はただこう言うのである。

 

「それが盟約破りの代償よ。するならすればよい。春日山を落とす手間が増えるだけだ」

 

 見ている次元が違う、と呼ばれた3人は唾を飲み込む。

 この人間を辞めた存在に、勝てる者がこの世にもあの世にもいるはずがない。

 

「ここに呼ばれた者、みなが英霊ボール所持者。お任せくだされ、守備を盤石にして失点を防ぎ、謙信様へチャンスを回すが我らの役目!」

 

 晴家が力強く叫ぶと、彼の懐から英霊ボール『タカダ』が飛び出す。

 

『ついにこの時が来たな。ワンチャンと一緒に引退した後楽園を思い出す。さあ行きましょう、謙信様。ワンチャン、また塁に出た俺をのんびりホームに還してください』

 

『タカダ。スピードスターにして守備の名手よ、頼む』

 

 与六の懐からも英霊ボール『モトシ』が飛び出す。

 

『ワンチャンのホームランに何度救われたか。勝利を与えるのが我が役目』

 

『モトシさん。お礼を言いたいのはこっちです。つなぎの監督なんて揶揄されても紳士を貫いた貴方の情念、勝利こそ餞』

 

 そして景勝の懐からも英霊ボール『シンゴ』が飛び出す。

 

『なんか僕だけ世代も球団も違うんですけど! みんな、なんで僕が越後にいるんだよって思ってない?』

 

 ちょっとだけ、全員が沈黙した。

 

『ひどい! 初めて監督したのが独立リーグ越後だった縁なのに!』

 

 泣き叫ぶシンゴだったが、その白球の頭上に謙信の手が乗る。

 

「フッ。お前はそれでよい。真っ直ぐな景勝のところで得意のサイドスローを投げ続けよ」

 

『さすが謙信様! わかった、火消しなら任せて! ……ちょっとだけ、遠くに投げられるのかと思って三途の川でフリップに「はよこっちに来い」って手を振ってくる、つば九郎の姿が見えたよ』

 

「フフフ。無駄話、楽しかったぞ。織田信長の死後、またしよう」

 

「「「おおっ!」」

『『『『ああっ!』』』』

 

 こうして上杉軍は動き出す。

 この軍に悪意を持って見る者は、別の景色を見ることになるだろう。

 迫りくる、毘沙門の金属バットを。

 

 ***

 

 越前・北ノ庄城の柴田勝家の許に、上杉謙信が織田との盟約破棄、及び能登の七尾城へ進軍の報が届く。

 

「……越中が、上杉軍を通すだと⁉ バカな! 上杉と本願寺は不倶戴天の敵だったではないか!」

 

 北陸の織田軍総司令官として、苦労して攻略した能登の空気が一変したのを勝家は肌で感じた。

 

「至急、信長様へ援軍を! 利家、成政ら北陸軍全軍招集せよ! ……能登が落ちたら、北陸は転がるように上杉に寝返るぞ」

 

 勝家の脳裏に七尾城の光景が浮かぶ。

 

(長続連は見殺しにするわけにいかぬ。奴は織田に……この儂を頼って能登の国衆を説得してくれたのだから)

 

 その、能登・七尾城の城代・長続連。

 彼は絶望の淵に立たされていた。

 

「柴田殿へ至急援軍要請を! 織田は我らを見捨てぬ! ここで足止めするぞ!」

 

 続連は声を張り上げて兵を鼓舞するが、城内の空気はすでに重い。

 軍神・上杉謙信来たる。

 それだけで力が抜け、身体の震えが止まらない。

 

 やがて毘の文字と、龍の文字が描かれた軍旗が七尾城周辺を覆い尽くす。

 

「……あ」

 

 城壁から外を見下ろした兵士が、ガタガタと震え、落下した。

 先頭にいる謙信と目が遭い、あまりの恐怖で落下してしまったのだ。

 

「上杉謙信を見るな! 迫りくる敵兵の対処へ全力を注げ! 毘沙門の化身といえど、率いている兵は人間……人間のはず!」

 

 上杉軍から雑音が全くしない。

 下知の声、城攻めの合図、雄叫び。

 これら戦場で当たり前な声が全くしないのだ。

 

「兵は人間……嘘だろ?」

「なんであんなに静かなんだよ……これ、戦だろ?」

「ひっ! 笑みも恐怖の顔もしてねえ! なんだよ上杉って!」

 

 恐怖が、七尾城に蔓延していく。

 

「これが戦国最強の軍神……柴田殿、助けてくだされ」

 

 絶望の暗闇が広がる七尾城で、長続連は焦燥して呟いた。

 

 ***

 

 安土にいる私たちへ、権六おじさまからの切羽詰まった援軍要請が届くと、聞いた人全員が顔色を変えた。

 

「……上杉謙信って、同盟結んでいたよね? しかも裏切らないって超有名人。……そんな人が裏切るなんて」

 

 家康さんだったら、あっ、タヌキの変化が解けて血迷ったんだなって納得できるのに。

 

「厳しいですね。毛利と本願寺と睨み合っている以上、全軍集結させるわけにいきません。しかし、全軍集結させねば敗北は必定」

 

 半兵衛君も厳しい表情で思案中だ。

 

「……まずは動ける者、長浜の秀吉に至急救援に行ってもらうしかあるまい」

 

 信長様の声も苦虫を噛み潰したようだ。

 

「ですね。その間に、各戦線の敵の動きを封じ、北に向ける兵を多くするしかありますまい」

 

「ああ、急ぐぞ、半兵衛!」

 

 どうやら信長様と半兵衛君もすぐに動けないみたい。

 だったらここは私が。

 

「はいは~い。秀吉さんが行くんだし、私も行くよ」

 

 秀吉さんには、戦国に来てからお世話になりっぱなしだもんね。

 彼女だけ先行させるわけにいかない。

 それに、権六おじさまや又左さん、成政さんのピンチでもあるのだ。

 

「……わかった。センイチと久太郎(秀政)を連れて行け!」

 

「了解です!」

 

「真昼殿、勝家殿は七尾を見捨てられぬと、我らが到着前に上杉へ挑む恐れがあります。全軍集結まで自重するように伝えてください」

 

「……それ、難易度高くね?」

 

 だって権六おじさまだよ?

 パワーイズジャスティスの正義感だよ?

 しかも仲間を見捨てられないって理由なら、私の説得も言葉詰まりそうだし。

 

「ま、とりあえずやってみますか」

 

 こうして私は、堀久太郎君と共に越前へと向かう。

 まさかそこで、悪夢のような出来事を体験するとも知らずに。

 

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