なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
毘沙門天の化身、上杉謙信に完膚なきまでにやられ、北ノ庄城まで撤退した私たち。
そこで信長様の本隊が北陸へ到着し、権六おじさまを筆頭に敗戦報告をしていく。
「敗北は過ぎたことだ。追撃されなかった幸運を噛み締めるがいい」
信長様は怒らず、謙信の軍事行動と川を両断させるスイングスピードを真面目な顔で聞いてくれた。
「七尾城陥落は内通が直接の原因。手取川でも霧を利用した奇襲。毘沙門天の化身は本人の強さだけじゃない。沈黙する軍勢も敵へ与える恐怖心理と軍の規律を重んじている証、奴の行動は兵法に基づいている。つまり、俺らと同じ人よ」
「いやいや、信長様。川を割ったんですよ? あの白頭巾」
「やろうと思えば、俺でもできるだろうよ」
真顔で言わないでよ信長様。みんな、なんだ、できるのかと納得してるけど、それ、人を辞めてるからね?
『そうともよ! 儂だってやろうと思えばできるわい! ワンチャンにシンゴらめ。次あったら三途の川に沈めてくれるわ!』
人じゃない英霊ボールなセンイチは黙っててくれたまえ。
「それより、秀吉はどうした? なぜあやつの軍の者すら1人もいない?」
「別の箇所を受け持ってるわけではありますまい。包み隠さず述べるように」
信長様と半兵衛君からの詰問に権六おじさまたちの沈黙が続く中、私と又左さんが前に出て説明していく。
権六おじさまと大喧嘩して、上杉謙信は深入りしてこないと告げ、それよりも大和だと言って去ったことを。
「何?」
信長様の顔が朱に染まる。
半兵衛君もまた、険しい顔をして口にする。
「無断帰陣。信じがたいことを。……それと、大和ですか」
「信長様、松永久秀殿も救援に来るという話でしたが、かの者は今何処に?」
長秀さんの質問に、半兵衛君が代わりに答える。
「軍の編成に少し手間取っている、と書状を貰っています。……ですが、そうですか。なるほど。信長様、急ぎ信盛殿と光秀殿、それに順慶殿に信貴山城に向かうようご指示を」
「だな。ったく、久秀め。そう動きやがるか」
「え……久秀さん、絶望的な天王寺砦でも率先して助けに来てくれたよね? どうしてここで裏切ろうとするの? 上杉謙信に私たちが負けたから?」
だとしたら、余計に手取川での敗北の代償が重くなる。
信長様より、謙信に付いたほうが得だと思わせた責任が追加されたから。
「そう、単純ではありますまい。現状、久秀殿が我らを裏切るメリットは皆無です」
「ああ、普通はあり得ん。しかも大和で籠城する意味もない。死ぬだけよ。天王寺砦で裏切っていれば俺らは死んでいた。あの好機を逃し、ここで裏切る。久秀らしくねえな」
半兵衛君と信長様が腕組みをしていると、安土城にいるお市ちゃんから急報が届いた。
「申し上げます! 羽柴秀吉殿、奥方のねね殿を連れ、自ら安土の牢に入られたとのこと。羽柴軍、武装解除をし、信長様の沙汰を待つとのことですが、『貰いますね。貰っていいですよね? 全部私が貰うことにしますね。あーっはっはっは、近江は私の物、帰蝶お姉様も私の物』とお市様が……」
言い終わる前に、信長様は立ち上がった。
てかやべえよお市ちゃん。どこまで本気なんだよ。
「秀吉はそのまま牢に入れておけ! ついでに市もだ! 権六!」
「はっ!」
「越前を固め、上杉の西上に備えよ! 手取川を教訓とし、無理な進軍はするな!」
「ははっ!」
「遠征組も持ち場に戻れ! 此度の救援、ご苦労であった!」
長秀さんと一益さんが平伏し、ここに対上杉の戦いは一旦幕を下ろすこととなった。
でも、残った火種は大きすぎる。
私は馬に乗る信長様の横に並び、低い声でジト目で囁く。
「信長様……」
「助命は無駄だ。無断帰陣は許せぬ」
「暴れるからね? 私」
「面白い。とことん付き合ってやる」
そう言って、信長様は馬を走らせるのだった。
付き合うって、どっち側でだよ。
「ねえ、半兵衛君も秀吉さんを死なせたくないでしょ? 半兵衛君の旧主の娘の帰蝶様なんだし」
声を潜めて私は半兵衛君にも囁いていく。
その他大勢に聞かれたら大変だからね。
「秀吉殿が何を告げるか次第ですが、疑念は3つあります」
「3つ? 上杉謙信が西上してこないと、大和だと言ったこと以外にもあるの?」
「全軍率いて安土に行き、自ら牢に入る。まるですぐさま大和に向かえるように」
半兵衛君の表情は、いつになく険しかった。
***
そうして戻った安土城。
私たちはすぐに牢まで行くと薄暗い牢の中で、秀吉さんは正座態勢のまま私たちにお辞儀をしてきた。
「……申し開きはあるか、秀吉。いや――帰蝶」
信長様の開口一番に、秀吉さんは真っ直ぐ目を向けてきた。
「私の処分は、いかようにも。しかし許されるなら、このまま信貴山攻めの先鋒を承る所存」
傍若さもなければ悪意もない、凛として咲き誇る花のような誇り高き姿勢で。
「……根拠は何でしょう? どうして久秀殿が裏切ると思ったかを述べよ」
半兵衛君の尋問に、秀吉さんは少しだけ間を置き、スラスラと答えた。
「播磨の官兵衛殿より、怪しい動きがあると聞いておりましたゆえ」
黒田官兵衛さんか。
彼ならあり得なくもない。
石山戦線にいた久秀さん情報は、播磨のほうがすぐにキャッチできるもんね。
「官兵衛殿は、いつそれを? どうやって秀吉殿に伝えたのです?」
秀吉さんは一瞬だけ目を伏せ、答える。
「……越前に行く前、安土で信長様から名刀・へし切長谷部を頂戴した官兵衛殿が、長浜を訪れ世間話をした際に、久秀殿は石山攻めで手を抜いておられると苦言を耳にいたしました」
官兵衛さんが初めて岐阜城に来た際、取次して面倒を見たのは秀吉さんだ。
その縁で交流は続いているし、久太郎君が確認すると、たしかに官兵衛さんは長浜に行って秀吉さんに会いに行った記録が残っていた。
「直後に勝家殿救援依頼が入り、しかるべき裏を取ったわけではありませぬが、久秀殿のこと、疑ってかかるべきかと」
秀吉さんの回答に半兵衛君は、にっこりと微笑んだ。
「そうですか」
「であるか。無断離陣は死罪に値する。……が、松永の不穏を知らせ、自ら牢に入り、先鋒を志願する気概。今回のみ、死罪は許す」
私はほっと胸を撫で下ろしたが、信長様の声は緩まない。
「次はない。次に同じ理屈で無断帰陣すれば即刻首を刎ねる。覚悟しておけ!」
「はっ。ありがたき幸せ」
秀吉さんは深く頭を下げた。
「うわあああああん! 良かったよ! また無茶しちゃって秀吉さああああああん!」
牢から出された秀吉さんに飛びつく私。
「すまない。心配かけたね」
いつもの秀吉さんの柔和な笑みだ。
信長様は久太郎君を連れてスタスタ去ってっちゃったけど、そんな私たちを半兵衛君は冷ややかな目で見ていた。
***
牢から出た秀吉は翌日に出陣する準備を整え、寝るためにねねと秀長のいる部屋へと入った。
「随分危ない橋を渡りましたね……秀吉様」
ねねの声には呆れが混じっている。
「ウキー、キッキッキ!」
「そう言うな、ねね、秀長。たしかに失態を演じた。私なら、権六を説得できると踏んでいたが……怒らせただけだったな」
「そりゃあ、帰蝶様じゃないんですから」
「ああ。その通りだ。しかし参ったな。まさか権六に、信長様の奥方に戻ってほしいと思われていたとは。反応に困る」
「ま、私たちの正体がバレないで助かりましたが、ヒヤヒヤします。いつまで経っても、秀吉様は帰蝶様の感覚が抜けないんですから」
「ウキー……」
秀長の嘆息に、ねねの顔色が変わる。
「半兵衛君に気づかれた……かも?」
すると部屋の中にいるもう1人——いや、もう1球が姿を現す。
『官兵衛の名を出すからだ。相変わらず詰めが甘い』
英霊ボール『ヒロミツ』の冷めた声に、秀吉は苦笑するしかない。
「参ったね。咄嗟に官兵衛君の名前を出したのはしくじった。鋭すぎて、こっちの考える時間を与えてくれないのが半兵衛君の悪い癖だ」
秀吉は、窓の外の暗い安土の空を見上げる。
『全て話すか?』
「ウキッ!」
「いや、ヒロミツ、秀長。まだ言えぬ。話せば本能寺が早まる恐れがある。それは避けたい。信長様と真昼の運命が変わったら対処できぬ。……毛利攻めの総大将、そろそろ決まるだろう。前回は半兵衛君だった。……今回は」
秀吉は自嘲するように笑った。
「秀吉など、元々この世にはいない名だ。でも、歴史に刻む実績は十分作った。……仕上げは、この大和問題だ」
『毛利攻めの総大将になれば大軍を得られる。もう少しだ』
「ああ、ここで梟雄の首を取り、誰もが納得する武功を立てよう」
秀吉の力強い発言に、ねねたちは大きく頷いた。