なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
信貴山城に到着した光秀さんたちからの、松永久秀謀叛確実の報に、私は信長様にこう言うしかない。
「ずっと信長様や私を助けてくれたのに。……朽木谷でも、天王寺砦でも」
そりゃ信玄上洛で裏切ろうとしてたのも覚えてるよ?
でもあっさり元通りに降伏してくれて、吊るし柿とか饅頭とかいっぱい送ってきたし。
信長様の手元で、センイチも赤く明滅しながら問う。
『久秀のジジイめ。主力として使われてるのに何が不満なんじゃ! あのボケぇ! アホンダラああああああ!』
うっさい。ショックなのはわかるが黙れセンイチ。
「十兵衛らに説得させよ。平蜘蛛を差し出せば許す、とな」
信長様の判断に、私はお願い久秀さん、また饅頭送ってくるいいおじいちゃんに戻ってと祈るも、半兵衛君がゆっくりと首を振る。
「説得はするべきかと。ただし、成功は望み薄。出陣した秀吉殿に加え、信忠様を総大将に軍を編成すべきかと」
「……俺も行こう。久秀の最期、間近で見てやる」
「なら、私も行く。私にも説得の機会ちょうだい」
宣言する私に、信長様は相変わらずスタスタ歩いていく。
なんか言えっての!
***
松永久秀が籠る信貴山城では、毎日のように説得の使者が訪れていた。
光秀が理路整然と降伏の利を説いていく。
「松永殿。今、織田に背く理がありますまい。天王寺砦の一戦で本願寺は大打撃を被り、紀州は孫一殿らが織田のために働いています。今、毛利と上杉に劣勢に見えども、今まで何度も劣勢を跳ね返した我ら! その一翼を担った久秀殿ならわかるはず!」
久秀は薄ら笑いを浮かべる。
「明智殿。そなたの申すことはまことに正しい。だがな、正しすぎて……退屈だ」
光秀の肩で、イシイがフワリと揺れてぼそりと言う。
『十兵衛君、このお爺ちゃん、理屈やデータで動くタイプじゃないね。完全に自分の美学のグラウンドでプレイしてるよ』
次に説得にかかるのは佐久間信盛。
「久秀殿。天下の名物『平蜘蛛』の茶釜ひとつのために、己の命と大和を焼くおつもりか。多聞山城をあっさり引き渡した貴殿はどこに消えたのだ」
久秀は、手元の茶碗を愛おしそうに撫でながら返す。
「平蜘蛛ひとつ? 信盛殿。あれは儂の命より重いのよ」
久秀の凄みに、信盛は二の句が継げなかった。
次に説得に来たのは筒井順慶と軍師黙阿弥だ。
なぜ拙僧が説得役などと順慶は憤然している。
かつて大和を巡り、幾度も煮え湯を飲まされた不倶戴天の敵だからである。
「原田直政殿の死後、大和の裁量が拙僧になったのが不満なだけだろ! なぜ今さら信貴山に籠る! 無駄なことを嫌うのが貴様だったはずだ!」
「大和の裁量? クックック、くだらぬ。もっと大きな裁量を裁ける儂にとっては些事よ」
「な、なんだと⁉」
順慶は絶句した。大和を争っていた頃の久秀の言葉と思えない。
「たしかに、久秀殿は不平不満を口にせず、信長様もまた、石山陥落後を久秀殿に任せようとしていた形跡が見えます」
盲の黙阿弥の言葉に、順慶が噛み付く。
「なら、こやつが謀叛する理由がまるでないではないか!」
「さて。謀叛の理由は人それぞれ。久秀殿は明確な意思を感じます」
黙阿弥の言葉に、久秀は一瞬だけ目を細め、クックックと喉の奥で笑った。
「盲者は、よく見えるらしい。……さて、そろそろ去るがよい」
ここに松永久秀降伏勧告は決裂した。
***
使者たちが去った後の信貴山城。
久秀は激しく咳き込んだ。口元を押さえた手拭いに黒い血が滲んでいる。
そこに隠れていたくすんだ炎のような英霊ボール『ブレイザー』が現れる。
『寿命……か。無念だな』
「老いは人の宿命よ。……が、まだ死んではおらん」
久秀は血のついた口元を拭い、凄惨な笑みを浮かべる。
『信長に降れば、安らかな余生を生き延びられるかもしれないぞ。好々爺として御伽噺をする立場よ』
「くだらん。興味ない。それよりも、ここまで早く悟られるとはな。信長め、天王寺砦で奮戦した儂を疑うとは驚くよりも疑問が浮かぶ。どこで疑う? 儂に綻びはなかったはずだ」
そこへ息子の久通が足早に入ってきて、久秀に耳打ちする。
「……何? 儂の動きを信長に伝えたのは、羽柴秀吉だと?」
久秀の目が、ギラリと猛禽類のように光った。
「手取川の前に陣を離れ、大和に注目しろと言ったというのか? ……あり得ん」
『何を疑っている、久秀』
「信長にも、あの竹中半兵衛にも、明智光秀にも気づかれなかった。それをなぜ、遠く北陸にいた羽柴秀吉が、あのタイミングで言い当てた?」
久秀は、咳き込みながらも楽しそうに笑い声を上げた。
「クックック、知っておらねば分からぬことを知っている。そういう輩は、二通りしかおらん。神か、化け物か……だ」
ブレイザーが、不気味に光を強める。
『奴の出世街道は異常すぎる。……帰蝶という噂があるが、それでも実績が異常だ』
久秀の脳裏に、天王寺砦攻防戦の記憶が蘇る。
真昼に信長の側から離れるなと告げた言葉、あれが実際に狙撃されることを知っていたのなら?
奴の見方が180度変わる。
「面白い。……羽柴秀吉、貴様も儂らと同じ、叶わぬ夢に焦がれる亡者であったか」
***
安土の陣所で、半兵衛は播磨の黒田官兵衛から届いた密書を読み終え、息を吐いていた。
『否。松永久秀殿を疑う根拠なし。それを羽柴殿へ告げた覚えもなし。むしろ、なぜ羽柴殿が私の名を出したかと疑念を抱くのみ』
「やはり」
半兵衛の手元で、モリミチが重々しい光を放つ。
『あの者だけ別のサインで動いとるようじゃな。定位置に付かず、勝手にセカンドの後ろに立っているショートのようじゃ』
「ええ。羽柴殿だけ、私たちとは別の戦場に居るようですね」
半兵衛の瞳が光る。
——も。
「ゴホッ……ゴホッ!」
『半兵衛! お主……!』
慌てるモリミチを、半兵衛は手で制す。
「……なんとなくわかりますよ。久秀殿の謀叛の理由。僕も天下静謐を見る夢は叶わないでしょうから」
『……!』
血でべっとりした手のひらを眺め、半兵衛は悲しそうに囁いた。
***
降伏勧告が不発に終わり、信長様はいよいよ大和への総攻撃準備を進めていた。
信忠君が立ち上がり、総攻撃を告げる直前、私が立ち上がる。
「信長様、約束です。私にも説得させてください。いいよね? 信忠君!」
信長様は渋い顔をし、信忠君も顔を歪ませる。
「ことここまで及ぶと久秀は降るまい。時間の無駄だ」
「真昼様、気持ちはわかりますが、真昼様は人質にされる恐れがあります。許可できません」
もう、硬いなあ。
「信忠君! 私が捕まると思う?」
「いえ、それは思いませんが……」
「でしょ? それに私は直接聞きたい。信長様を裏切った理由を。本音がわかれば思いっきりぶん殴って、ここまで持ってきます!」
するとセンイチが呆れたように言ってくる。
『小娘、それ説得やなく暴力やぞ』
うっさいセンイチ。
「信長様、後詰に私が控えます。真昼の安全はお任せを」
おおっ! さすが秀吉さん、私のことわかってるぅ。
「……わかった。ならば戻るまで総攻撃は待とう。無茶せず、無理ならすぐに引き返せ」
「よっしゃ! 任せて、信長様」
私は意気揚々と信貴山城に向かう。
後ろから少し離れてついてくる秀吉さんと共に。
「頼もう! 織田家の長谷川真昼、久秀さんの説得に来ました!」
信貴山城の門がゴゴゴと開く。
さあ、ここからが私の出番だ。
***
松永久秀は美しく整えられた茶器の前に座り、真昼を待っていた。
『さあ、Checking answersの始まりだ』
ブレイザーの不気味な英語混じりの呟きが、信貴山城の虚空に溶けていった。