なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
戦の喧騒から隔絶された信貴山城の茶室。
単身で通された私は、金属バットを強く握りしめながら極度の緊張で肩をこわばらせていた。
案内で先導してくれる大男のおじさまも、無言なんだけどいきなり剣抜いてきそうなくらいピリピリしてる。
やがてたどり着いた一室。
「お連れしました」
大男の呟きのすぐ、襖の奥から久秀さんの声が届く。
「御苦労。宗厳、今まで儂によく仕えてくれた。……このまま去れ」
「……なっ⁉ それがしは最期まで弾正様のお側で!」
「以前話したであろう。命に価値はない、役割に価値がある、と。貴様の剣の才、まだまだ役割がある。それを忘れるな」
「それが弾正様の側より大事だと言うのですか!」
「宗厳。……儂の言うことが間違いだと抜かすか?」
「……ぐっ。弾正様……お世話になりました」
宗厳と呼ばれた大男の人は、顔を歪ませ、拳を震わせながら去っていった。
「いいの? 久秀さん。あのおじさま、めっちゃ久秀さんのこと好きみたいだったけど。あっ、変な意味じゃなく!」
開かない襖越しに私が言うと、「クックック、入りなされ」と久秀さんが促してきた。
緊張する。襖開けたら火縄銃構えた久秀さんが「さらばだ」ドーン! なんてしてきたらどうしよう。
ここは慎重に、そ~っと開けないと。
そんな私のマックス警戒心だったけど、私を迎えた松永久秀さんは驚くほど穏やかで、好々爺のような笑みを浮かべていた。
「よう来たな、真昼殿。……さぞかし、怖かったであろう」
「……そりゃあ、怖いですよ。久秀さん、私のお父さんを笑いながら戦場に放置した人に、そっくりなんだから」
私の軽口に、久秀さんは楽しそうに肩を揺らして笑った。
「クックック。その者と友人になりたいものよ。無論、真昼殿の父ともな」
茶室は、お香が焚かれ、茶釜が沸いていて、極上のお饅頭も置かれている。
アロマとは違うけど、精神が落ち着く匂いだ。
久秀さんは滑らかな手つきで茶を点て、飲み、無造作に饅頭を掴んで口に入れる。
おお! 黒糖じゃん! めっちゃ高級品だ!
「毒見のつもりだ。どれ、もう一つ饅頭を真昼殿が選び、儂が口に入れよう」
「……えっと。じゃあ、これで」
私の手前側にあるのを指さすと、久秀さんはあっさりと口に入れた。
「信じてもらえたかな?」
「毒って色とか臭いでわかるんで、最初からないのはわかってます」
「ほう、それは凄い。それも父君の教え、かな?」
「まあ、敵が多い人だったので。外食とかキャンプすると、ヒ素とかトリカブトとか蛇やカエルの毒が混ざってることがよくあったんです」
「クックック、ますます興味深い。真昼殿も、真昼殿の父君も」
「そんなに興味深いなら、毎日話しますよ?」
饅頭を食べ、お茶を飲みながら私は久秀さんに向き合う。
興味持ってくれる。これは説得が上手くいってる証拠だ。
「毎日、か。それは楽しいだろう」
「でしょ? でも私ばかり話すのはズルいんで、久秀さんも話してください。今までのことを」
「クックック。儂のこともか?」
「ええ。楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、面白かったこと、全部です」
私の言葉に久秀さんは目を瞑った。
脳裏に何が浮かんでるんだろう?
三好長慶という久秀さんの恩人? それとも信長様?
「全部、か。そうだな。なら一番面白かったことを早速話すとしよう」
「めっちゃ興味あります!」
私は内心ガッツポーズする。
これもう説得大成功でしょ?
久秀さん、私に心開いてるし。
「儂がこの世で出会った中で、もっとも面白いと思った男は信長だ」
「あれ、面白いというより色々狂ってる気が?」
「クックック。それがまた面白い。儂が見てきた誰よりも……この淀んだ世を根底から変える、強烈な匂いがした」
「まあ、比叡山焼いちゃったり、足利幕府滅ぼしたり、普通の人ができないことをあっさりやっちゃいますからね」
久秀さんは茶碗を置いて柔らかく微笑んでくる。
「信長は天下静謐を夢見ている。戦を終わらせ、銭を流し、道を整え、寺も公家も武士も商人も、すべてをひとつの理の中に置こうとしている」
「久秀さん……信長様のこと、凄い理解してるんですね」
「理解しておるとも」
「ならこのまま、私と一緒に信長様のところ……え?」
――グラッ。
突然、視界が激しく揺れる。
立ち上がろうとした私の膝がふにゃりと崩れ落ちていく。
久秀さんは、変わらず穏やかな顔で私を見下ろしていた。
「すまんな、真昼殿。茶・饅頭・お香。この3種の組み合わせで発動する毒は見破れなんだようだな」
「久秀、さん……なんで……」
「なんで儂が無事かは、お香の風向きよ」
意識がブラックアウトする。
抗えない猛烈な眠気が、私の意識を泥のように沈めていく。
違う。私が言いたかったのは……。
「安心しろ。ただの眠り薬よ」
両目に最後に映ったのは、優しそうな久秀さんの微笑みだった。
***
真昼が眠りに落ちた茶室に、招かれざる者が現れた。
羽柴秀吉。いや、羽柴秀吉ではない冷たい気配を纏う者。
「……やはり来たか」
久秀は待っていたかのように笑みを深めた。
秀吉は倒れている真昼を一瞥した後、低い声で問う。
「……なぜ、裏切った。信長様の天下静謐を見たいのではなかったのですか?」
久秀はクックックと喉の奥で笑い、そして血を吐くように叫んだ。
「信長の作る天下静謐など永遠に来ない! 無論、儂のもな! ならば! この寿命が果てる前に、一瞬でも天下を我が掌中に収めるまでよ!」
信長の夢を認めながらも信じてはいない。
己の寿命も尽きると知っている。
それでも最後の一刻まで天下に牙を剥く。
それが乱世の梟雄の執念だった。
「……どういう意味だ」
秀吉の冷たい問いに、久秀はニヤリと笑った。
「どういう意味? それはこっちの台詞だ、羽柴秀吉。……貴様、なぜ儂の動きを見破った?」
秀吉は沈黙し、久秀を凝視する。
「手取川の陣で言い当てたそうだな? ……知っておらねば、分かるわけがない」
久秀の傍らのブレイザーが不気味に光を放った。
『Of course。……羽柴秀吉。お前、過去に何をした? いや……未来かな?』
すると秀吉の表情が劇的に変わった。
それは図星を突かれた人間の、焦りと恐怖と憎悪の綯い交ぜに。
「黙れ!」
かつて美濃の姫として戦国を生き抜いてきた帰蝶の凄まじい体術が久秀を襲う。
けれど久秀は茶釜をひっくり返し、湯気を立てて躱す。
「クックック、一つだけ教えろ。貴様がいた世の儂はどうなった?」
「……」
「答えぬか。きっとこうだろう。信長を苦しめるも、最期は信貴山城ごと爆死……かな?」
「おのれ! あの時、一体何人が巻き添えになったことか! 信長様も私も危うく……!」
秀吉から引き出した一言に、久秀は満足げに笑みを浮かべた。
そして――
久秀は眠っている真昼の手に、ブレイザーを握らせる。
『Good game、久秀、You never won、But you never stopped swinging』
(いい試合だった、久秀。勝てなかったけど、最後までバットを振り続けたな)
「ああ、さらばだ。ブレイザー」
久秀が呟き終わると茶室の壁に外へ通じる隠し窓が開き、そこへ真昼ごと放り投げた。
「なっ⁉ 隠し窓だと⁉」
「どうした、秀吉。……真昼殿を見捨てるか?」
久秀を止めるか。それとも真昼を助けるか。
秀吉は体勢を捻り、真昼に向かって飛んで抱き止め、城外に落下していく。
「そうだ。それでよい。貴様は神でも化け物でもない。ただの人よ」
久秀は最期まで愉快そうに笑い、茶釜『平蜘蛛』を手にする。
「さらばだ、羽柴秀吉。精々、足掻くがいい」
***
同じ頃、城の別郭。
久秀の嫡男・松永久通は、迫り来る織田軍を前に刃を抜いていた。
「父上……思う存分、乱世を掻き回しましたな。それがしも、松永の血に殉じましょう」
久通は自刃し、松永家の誇りを守り抜いて炎の中に倒れ伏した。
***
久秀は稀代の名器「平蜘蛛」に爆薬を詰めていく。
脳裏に去来するのは、三好の栄華、義輝の最期、大和の争乱、そして信長との出会い。己の手には届かなかった天下。
「儂の寿命がもう少しあれば、な……」
導火線に火が走り、大音響とともに平蜘蛛が爆ぜ、信貴山城が紅蓮の炎に包まれた。
意識を取り戻しかけた私の耳に、崩れ落ちる城の轟音と秀吉さんのポツリと呟く声が聞こえた。
「……久秀殿」
それは時代を駆け抜けた稀代の梟雄への、哀悼の響きだった。
――【進撃の軍神、梟雄の最期編】完。
【半兵衛最期の策、秀吉の正体編】へ続く。