なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第190話 長谷川真昼、もしも長尾景虎に就職していたら

 この世は憎悪で満ちている。

 父・為景は戦乱に苦しむ越後を駆け抜けたが、擁立した守護・上杉定実の名の元で越後を平和にするも、定実に裏切られた。

 兄・晴景は父の失敗を教訓にし、国衆に譲歩を重ねたが侮られ、敵対していた定実に敗れた。

 定実が目を付けたのは己。寺にいた己を還俗させたのは晴景を陥れるだけの目的。

 

「クソしかいない世よ」

 

 雷雨が外から聞こえる。

 毘沙門天の堂で座禅し、瞑る瞳に見えるは裏切り者たち。

 黒田秀忠、長尾政景、北条高広。

 大熊朝秀も怪しい動きを見せている。

 

「黒田は致し方あるまい。あれは兄の忠臣だ」

 

 一族ことごとく自刃した黒田に後悔が残る。

 

「裏切るなら裏切ればいい。降伏すれば許す」

 

 政景も高広も許した。

 今後も多くの家臣が裏切るのは承知だ。

 なぜ許す? 決まっている。毘沙門天が裏切られて激怒するか? するわけない。圧倒的な武を見せ、かなうわけがないと思わせるだけだ。

 

 定実は病死し、父と兄の宿敵は消えた。

 奴の悲願だった伊達家から養子を入れ、越後を継がせる策は葬り、この地は名実ともに長尾景虎——己の物となった。

 さらに足利義輝公に守護に任じられ、大義を得た。

 

「が、国衆どもは俺に従う気は一切ない。誰もが己だけが私欲を満たし、他人を蹴落とすことしか頭にない」

 

 雷の光が、毘沙門堂を照らす。

 

「毘沙門天よ! いるなら我が身に宿れ! この世に義を満たす力を我によこせ! ……いないのなら、俺が毘沙門天を名乗ろう。偽物の堂は不要よ、消し炭にしてくれるわ!」

 

 景虎が言い終わると、大きな雷鳴が蠢き、毘沙門堂に雷が落ちた。

 白光にやられた瞳に、徐々に視界が戻る。

 すると毘沙門堂に人の影が現れた。

 

 再び雷が光り、シルエットに色がつく。

 短い袴に細い両足。……顔貌は少女。

 

「……毘沙門天様?」

 

 おなごだった? いや、おなごはどうでもいい。強いのか弱いのか、己に力を貸すのか貸さないのかが問題だ。

 

「毘沙門天? ……って! 七福神の闘神でしょ? どこどこ⁉ あれって実在してたの!」

 

 キョロキョロする少女に、景虎は指をさす。

 その指先を眺め、自分に向いてることを悟り、少女はニッコリと笑った。

 

 ゴツン!

 

「なっ⁉」

 

「誰が毘沙門天じゃ! 私は弁天だっての!」

 

「いや、この俺を反応させず殴っただと⁉」

「ウッキッキッキ」

 

 呆然とする景虎の横で、いつの間にか猿がいて爆笑してる。

 

「弁天は芸術の神でお前は芸術に無縁だろって、失敬な猿だなぁ。……これ、あなたの猿ですか?」

 

 指をパキポキさせる少女に、景虎と猿が後ずさる。

 

「違う。俺の猿ではない。……ハッ⁉ 貴殿が弁天だとしたら、この猿が毘沙門天か!」

 

「ウキッ! ウッキッキノキ」

 

「違うって。名前は小一郎。私と同じじゃん。なんか歩いてたら知らないところに飛ばされるなんて。んで? ここどこ? あなたは誰? 今令和何年何月ですか?」

 

「待て! 急かすな。一旦落ち着かせろ」

 

 景虎は深呼吸して、告げる。

 

「俺は長尾景虎、足利義輝様より正式に任ぜられた、ここ越後の守護だ。今は弘治2年3月」

 

「こうじ……えちご……ながおかげとら……うん、さっぱりわからん。小一郎、わかる?」

 

「ウキー……」

 

「そっか、猿だもんね、元号や場所気にしたことないかあ」

 

「俺もれいわという元号を知らぬ。しかし弁天様、なにゆえ毘沙門堂に降臨なされたので?」

 

 景虎が訊ねると、少女は憤慨する。

 

「聞いてよ! 神様が野球の英霊ボール108個を戦国にばら撒いちゃったんだって! それを回収してこいって突然だよ突然! こんなの許せるわけないでしょ? ないよね? だから英霊ボール回収して、神様をぶっ殺……もとい私が元の世界に帰るの協力して!」

 

 両手を掴んで満面の笑みを浮かべる少女と、俺も任せよと言ってるかのように胸を張る小一郎。

 

 景虎はフッと笑みを浮かべる。

 本当にクソみたいな世の中だ。弁天が降臨して己を頼るとはな。

 

「わかった。まずは俺の師・天室光育がいる林泉寺に行き、もう1人の師・清胤がいる高野山に向かおう。霊峰だ、何か手がかりがあるやもしれん、弁天様」

 

「ありがとう、景虎さん! あっ、私弁天様じゃないから。普通の令和JKの長谷川真昼なんで、そこんとこよろしく!」

 

「ウキー」

 

「うん、小一郎もよろしくね」

 

 ***

 

 手取川の戦いから数ヶ月後。

 

(雪解けと同時に織田と一大決戦だな)

 

 雪景色を眺めつつ、毘沙門堂の日本刀の刃先の上で一本足打法を構えていた謙信がそう思った直後だ。

 

 ——グラッ。

 

 生涯で初めて、一本足打法が揺れた。

 

『どうした謙信! おい! しっかりしろ! 誰か! 誰か来てくれ!』

 

 突如の出来事に、謙信の相棒の英霊ボール『ワンチャン』が取り乱した。

 

『……やはり、ここで倒れるか』

 

 遠く、毘沙門堂を見下ろす木々の隙間から見ている英霊ボールがいる。

 帰蝶の相棒『ヒロミツ』だ。

 

『討ち死には多少変わっている。長谷川真昼によって若干の変動がある。が、病死に変わりはない』

 

 前回と違うのは帰蝶が消え、秀吉がいることのみ。

 

『本能寺は、この藁にも縋る思いで行くしかあるまい。残念だったな、ワンチャン。悪いが継承される前に回収する。……何?』

 

 そこでヒロミツは、信じられない光景を目にした。

 

 なんと謙信が立ち上がり、一本足打法でワンチャンを高々とトスしたのだ。

 

『謙信、無理するな! 吐血してるのに気づいてないのか!』

 

 ワンチャンが懇願するように叫ぶが、謙信は聞く耳を持たない。

 

「毘沙門天に近づいた代償か、はたまた死の直前だからか。……俺にはわかる。このままだと、英霊ボール大戦は永遠に終わらぬ。奴を倒さぬ限り! 行け、ワンチャン。ヒロミツが待っている」

 

 強烈なスイングがワンチャンをジャストミートし、ヒロミツは決死の覚悟で受け止めた。

 

『おい! ワンチャン! 奴は……上杉謙信は何を言っているのだ!』

 

 英霊ボール大戦は永遠に終わらない? そんなわけはない。少なくとも、昭和・平成・令和の世に英霊ボール大戦はなかったはずだ。

 

『謙信よ……俺の主はお前のみだ。安らかに眠れ。俺も眠る。任せたぞヒロミツ。あの時の高野山の誓いのように……zzz』

 

『……何を言っている?』

 

 もう、ヒロミツの問いに答えるものはいない。

 毘沙門堂に謙信の養子・長尾政景の息子の景勝と、北条氏康の息子の景虎が急ぎ駆け寄り、父の遺体を抱いて号泣していた。

 

『長居は無用。ここから先、越後は地獄だ』  

 

 眠りについたワンチャンを抱え、ヒロミツは闇に消える。

 戦国最強の軍神、上杉謙信の急死。

 衝撃は、瞬く間に全土に広がった。 

 

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