なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第191話 長谷川真昼、越後の龍の死を知る

 裏切り、己が欲望、功名心。

 戦国の世の当たり前の常識を否定するかのように、義という曖昧な定義で戦場を引っ掻き回した上杉謙信の急死。

 

「これぞ好機! 越後に介入し、景虎に跡目を継がせるぞ!」

 

 関東の覇者、北条氏政は当然の如く実弟の支援を公言した。

 

「妹婿の勝頼にも景虎の支援を公言させよ。甲相同盟はこの時のためにある」

 

 氏政の指示に、朝比奈泰朝が使者となり躑躅ヶ崎館の門を潜った。

 

「おお、朝比奈殿。ご無沙汰でございます」

 

「これは真田殿、お出迎えありがとうございます」

 

 勝頼の懐刀である真田昌幸と会い、泰朝の顔は綻んだ。

 昌幸の肩に英霊ボール『アオタ』が乗る。

 高坂昌信から、昌幸に継承された英霊ボールだ。

 

「ああ、アオタですか。上杉謙信の死でワンチャンが消えたように、死に近い俺よりも若いお前が持つべきと継承されました」

 

「ほう? たしかに持ち主の死で行方不明になるボールは多い。さすが高坂昌信殿、よく考えておられる」

 

 泰朝に見られ、アオタは上機嫌で声を出す。

 

『よう泰朝。ジジイが使者とは大変だな。のんびり余生過ごす気ないのか? 昌信はこいつにみっちり叩き込んで、隠居しようとしたら病よ。謙信といい戦じゃ負けねえのがあっさり死ぬ。お前さんも気いつけろよ』

 

「ご忠告痛み入る。しかし俺はまだ身体が動く。ならば北条のため、今川再興のため、身を粉にして働くのみ」

 

『ま、熱いのは嫌いじゃねえぜ』

 

 アオタに一礼し、泰朝は昌幸に目線を向ける。

 

「して、勝頼殿のご様子はいかがですかな? 謙信の死にしょげられてたら困りますが」

 

「問題ありません。景虎様を支援するは当然。勝頼様も朝比奈殿の到着を待ってました」

 

 談笑しながら勝頼のいる大広間に入る2人。

 そこで信じられない言葉を耳にすることになる。

 

「俺は景勝を支援する」

 

 勝頼の決定事項の口調に、昌幸と泰朝の顔色が変わった。

 

「御屋形様。それは桂様を離縁し、北条にお返し同盟破棄するという意味ですか?」

 

 桂とは勝頼の妻の名。

 

「なぜそうなる」

 

 勝頼の声色から、昌幸は悟った。我が主はすべてを理解した上で、危険な賭けをしようとしてる。

 勝頼の横で座布団に座る英霊ボール『ワカダイショウ』も苦渋の決断したのだろう。いつも眩しいオレンジ色が、いつもより鈍くなっている。

 

 理由はこうだろう。 

 上杉謙信は、頼まれたら動いた。そこに利害を絡めず、見返りを求めず。

 主は謙信亡き今、義を俺が引き継ごうと思っているのだ。

 ——それより重要なのが。

 

「北条と武田の力関係は北条が上でございます。氏政殿を怒らせれば、武田は織田・徳川だけではなく、北条とも戦うことになるでしょう」

 

 昌幸は泰朝のため、背後の北条のために口にする。

 答えがわかっていようと。

 

「ならば聞く。景虎を勝たしたあと、我が武田は関東と越後を飲み込んだ北条に、甲斐と信州だけで同盟者面できるか? そうなれば武田の国衆どもは、北条に鞍替えするだろうさ」

 

 昌幸は黙るしかない。

 たしかにその危険がある。しかしそれでも、妹婿として北条で一定の発言権があるはずだ。

 敵対するより、生存する確率は高い。

 

「氏政様は勝頼殿を尊重しております! 決して併呑を目論んではおりませぬ!」

 

 泰朝が決死で説得するが、勝頼の意思は変わらない。

 

「桂を離縁せぬは人質のつもりもない。俺と桂の夫婦仲は円満だ。北条と同盟破棄するつもりもない。現状維持を望み、その上で俺は景勝殿のために越後で働く。氏政殿にそうお伝えくだされ」

 

 勝頼が言い終わると、泰朝は立ち上がった。

 

「勝頼殿の覚悟、しかと伝えましょう」

 

 越後のみで済むべき戦乱の渦は、関東と甲信越に戦火が拡大する。

 たった1人、上杉謙信の死で。

 

『景勝が勝てば、僕たちは甲信越を強固に畿内の織田、関東の北条と互角に渡り合える。……勝つしかないよ、勝頼』

 

「ああ、ワカダイショウ。設楽原の悪夢はもうごめんだ」

 

 ***

 

 安土にも謙信の死が届く。

 

「何? 謙信が病で死んだ?」

 

 信長は当初耳を疑った。

 雪解けとともに決戦となるはずだった、対上杉謙信戦は永遠に訪れなくなったのだ。

 幾重と考えた策がすべて霧消したのと同時に。

 

「鶴千代(氏郷)、どう見る?」

 

 信長の問いに、控えていた氏郷は淡々と答える。

 

「越後が織田領になるは時間の問題だと。景勝と景虎が一致団結しないのは愚かの一言」

 

「ああ、そうだな。その通りよ。フフフ、権六(勝家)に早急に越中まで進軍するよう伝えよ! 景勝と景虎、勝ったほうを喰らうためにな」

 

 そう言いつつ、信長は壁を殴った。

 

「結局、俺と直接対決なしか。地獄で獄卒率いて待ってろよ」

 

 ***

 

 一報は私たちのいる姫路城にも届く。

 

「あの白頭巾の人間辞めたおっさんが……病で?」

 

 手取川をバットスイングで割った怪物だよ、あれ。

 しかもほんのちょっと前の話。

 あんなのが病で死んだなんて信じられないよ。

 

 ——ザザッ。

 

 あれ? 一瞬だけ砂嵐のように何かが脳内で見えた。

 どこかの山の上からの景色。

 目の前でぴょんぴょん飛び跳ねてやる気をアピールしてるのは秀長?

 隣で笑みを浮かべてくるのは……上杉謙信?

 

 なんだこれ。

 体験してない記憶なのに、実際にあったかのような?

 デジャブってやつかな?

 

「上杉謙信は酒好きで有名。さもありなん」

 

 秀吉さんは淡々と受け入れたようだ。

 

『ワンチャンが行方不明? ふむう』

 

 センイチ的には英霊ボールが気になってるようだ。

 

「織田にとってこれ以上ない朗報かと。北陸の情勢がたった1人の死で劇的に変化します」

 

 官兵衛さんは表情を変えずに、あくまで合理的に戦況の好転を喜んでいるけど、私はそんな気分になれない。

 

「戦場でどんなに無敵でも病気には勝てないんだ。信長様が言ってたように人間だったんだね。……今でも人間じゃないって思ってるけど」

 

 すると、ずっと無言だった半兵衛君から音がする。

 いつもなら感想と今後の越後情勢はこうなると言うのに、何も言わないまま。

 

「コホッ」

 

「半兵衛君……大丈夫? なんか、顔色悪いよ?」

 

 謙信が人間じゃなかったみたいに、半兵衛君もそうだ。ずっとあらゆる局面で策を出して、私や信長様を救った人間じゃないかのような頭脳の持ち主。

 

「……ええ。ただの風邪ですよ、真昼殿」

 

「じゃあ休む! はい、布団に直行!」

 

「フフフ。大袈裟ですね、真昼殿。……まあ、お言葉に甘えますか」

 

「もう、体調悪いなら無理しないで! 半兵衛君がいなくなったら困るんだから。ね? 秀吉さん」

 

「ああ、真昼の言う通りだ。半兵衛殿、ゆっくり休んで体調を整えてくれ」

 

「ええ、明日には治しますよ」

 

 半兵衛君は、ジッと秀吉さんの顔色を覗った。

 秀吉さん、謙信の死を聞いた時より顔色悪い?

 

「秀吉さんも風邪? なら今日は休む! あとは私や三成ちゃん、官兵衛さんに任せて!」

 

 私の提案に官兵衛さんも頷く。

 

「じゃあ……お言葉に甘えるかな」

 

 ***

 

 半兵衛は布団に入り、天井を見つめていく。

 布団の横で英霊ボール『モリミチ』が、低い声で問いかける。

 

『半兵衛。謙信の死を聞いた時の秀吉の顔、どう思う?』

 

「驚かない者は二通りしかいません。何も考えていないか、考えすぎているか」

 

『秀吉は、後者じゃろうな』

 

「ええ。ですが……」

 

 半兵衛はそこで言葉を切った。

 燭台の火が揺れ、部屋が一瞬暗くなる。

 

「僕の病も知ってますね。おそらく、死期も」

 

『悪人……ではないか』

 

「まあ、僕らにとっては」

 

『少し眠れ、半兵衛。無理せず、明日以降も生きることを考えるのじゃ』

 

「クスッ。無理しないといけない場面は無理しますよ。モリミチさんたちと稲葉山城を乗っ取った、あの時のように」

 

 半兵衛はフッと息を吐き、燭台の火を消した。

 

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