なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
裏切り、己が欲望、功名心。
戦国の世の当たり前の常識を否定するかのように、義という曖昧な定義で戦場を引っ掻き回した上杉謙信の急死。
「これぞ好機! 越後に介入し、景虎に跡目を継がせるぞ!」
関東の覇者、北条氏政は当然の如く実弟の支援を公言した。
「妹婿の勝頼にも景虎の支援を公言させよ。甲相同盟はこの時のためにある」
氏政の指示に、朝比奈泰朝が使者となり躑躅ヶ崎館の門を潜った。
「おお、朝比奈殿。ご無沙汰でございます」
「これは真田殿、お出迎えありがとうございます」
勝頼の懐刀である真田昌幸と会い、泰朝の顔は綻んだ。
昌幸の肩に英霊ボール『アオタ』が乗る。
高坂昌信から、昌幸に継承された英霊ボールだ。
「ああ、アオタですか。上杉謙信の死でワンチャンが消えたように、死に近い俺よりも若いお前が持つべきと継承されました」
「ほう? たしかに持ち主の死で行方不明になるボールは多い。さすが高坂昌信殿、よく考えておられる」
泰朝に見られ、アオタは上機嫌で声を出す。
『よう泰朝。ジジイが使者とは大変だな。のんびり余生過ごす気ないのか? 昌信はこいつにみっちり叩き込んで、隠居しようとしたら病よ。謙信といい戦じゃ負けねえのがあっさり死ぬ。お前さんも気いつけろよ』
「ご忠告痛み入る。しかし俺はまだ身体が動く。ならば北条のため、今川再興のため、身を粉にして働くのみ」
『ま、熱いのは嫌いじゃねえぜ』
アオタに一礼し、泰朝は昌幸に目線を向ける。
「して、勝頼殿のご様子はいかがですかな? 謙信の死にしょげられてたら困りますが」
「問題ありません。景虎様を支援するは当然。勝頼様も朝比奈殿の到着を待ってました」
談笑しながら勝頼のいる大広間に入る2人。
そこで信じられない言葉を耳にすることになる。
「俺は景勝を支援する」
勝頼の決定事項の口調に、昌幸と泰朝の顔色が変わった。
「御屋形様。それは桂様を離縁し、北条にお返し同盟破棄するという意味ですか?」
桂とは勝頼の妻の名。
「なぜそうなる」
勝頼の声色から、昌幸は悟った。我が主はすべてを理解した上で、危険な賭けをしようとしてる。
勝頼の横で座布団に座る英霊ボール『ワカダイショウ』も苦渋の決断したのだろう。いつも眩しいオレンジ色が、いつもより鈍くなっている。
理由はこうだろう。
上杉謙信は、頼まれたら動いた。そこに利害を絡めず、見返りを求めず。
主は謙信亡き今、義を俺が引き継ごうと思っているのだ。
——それより重要なのが。
「北条と武田の力関係は北条が上でございます。氏政殿を怒らせれば、武田は織田・徳川だけではなく、北条とも戦うことになるでしょう」
昌幸は泰朝のため、背後の北条のために口にする。
答えがわかっていようと。
「ならば聞く。景虎を勝たしたあと、我が武田は関東と越後を飲み込んだ北条に、甲斐と信州だけで同盟者面できるか? そうなれば武田の国衆どもは、北条に鞍替えするだろうさ」
昌幸は黙るしかない。
たしかにその危険がある。しかしそれでも、妹婿として北条で一定の発言権があるはずだ。
敵対するより、生存する確率は高い。
「氏政様は勝頼殿を尊重しております! 決して併呑を目論んではおりませぬ!」
泰朝が決死で説得するが、勝頼の意思は変わらない。
「桂を離縁せぬは人質のつもりもない。俺と桂の夫婦仲は円満だ。北条と同盟破棄するつもりもない。現状維持を望み、その上で俺は景勝殿のために越後で働く。氏政殿にそうお伝えくだされ」
勝頼が言い終わると、泰朝は立ち上がった。
「勝頼殿の覚悟、しかと伝えましょう」
越後のみで済むべき戦乱の渦は、関東と甲信越に戦火が拡大する。
たった1人、上杉謙信の死で。
『景勝が勝てば、僕たちは甲信越を強固に畿内の織田、関東の北条と互角に渡り合える。……勝つしかないよ、勝頼』
「ああ、ワカダイショウ。設楽原の悪夢はもうごめんだ」
***
安土にも謙信の死が届く。
「何? 謙信が病で死んだ?」
信長は当初耳を疑った。
雪解けとともに決戦となるはずだった、対上杉謙信戦は永遠に訪れなくなったのだ。
幾重と考えた策がすべて霧消したのと同時に。
「鶴千代(氏郷)、どう見る?」
信長の問いに、控えていた氏郷は淡々と答える。
「越後が織田領になるは時間の問題だと。景勝と景虎が一致団結しないのは愚かの一言」
「ああ、そうだな。その通りよ。フフフ、権六(勝家)に早急に越中まで進軍するよう伝えよ! 景勝と景虎、勝ったほうを喰らうためにな」
そう言いつつ、信長は壁を殴った。
「結局、俺と直接対決なしか。地獄で獄卒率いて待ってろよ」
***
一報は私たちのいる姫路城にも届く。
「あの白頭巾の人間辞めたおっさんが……病で?」
手取川をバットスイングで割った怪物だよ、あれ。
しかもほんのちょっと前の話。
あんなのが病で死んだなんて信じられないよ。
——ザザッ。
あれ? 一瞬だけ砂嵐のように何かが脳内で見えた。
どこかの山の上からの景色。
目の前でぴょんぴょん飛び跳ねてやる気をアピールしてるのは秀長?
隣で笑みを浮かべてくるのは……上杉謙信?
なんだこれ。
体験してない記憶なのに、実際にあったかのような?
デジャブってやつかな?
「上杉謙信は酒好きで有名。さもありなん」
秀吉さんは淡々と受け入れたようだ。
『ワンチャンが行方不明? ふむう』
センイチ的には英霊ボールが気になってるようだ。
「織田にとってこれ以上ない朗報かと。北陸の情勢がたった1人の死で劇的に変化します」
官兵衛さんは表情を変えずに、あくまで合理的に戦況の好転を喜んでいるけど、私はそんな気分になれない。
「戦場でどんなに無敵でも病気には勝てないんだ。信長様が言ってたように人間だったんだね。……今でも人間じゃないって思ってるけど」
すると、ずっと無言だった半兵衛君から音がする。
いつもなら感想と今後の越後情勢はこうなると言うのに、何も言わないまま。
「コホッ」
「半兵衛君……大丈夫? なんか、顔色悪いよ?」
謙信が人間じゃなかったみたいに、半兵衛君もそうだ。ずっとあらゆる局面で策を出して、私や信長様を救った人間じゃないかのような頭脳の持ち主。
「……ええ。ただの風邪ですよ、真昼殿」
「じゃあ休む! はい、布団に直行!」
「フフフ。大袈裟ですね、真昼殿。……まあ、お言葉に甘えますか」
「もう、体調悪いなら無理しないで! 半兵衛君がいなくなったら困るんだから。ね? 秀吉さん」
「ああ、真昼の言う通りだ。半兵衛殿、ゆっくり休んで体調を整えてくれ」
「ええ、明日には治しますよ」
半兵衛君は、ジッと秀吉さんの顔色を覗った。
秀吉さん、謙信の死を聞いた時より顔色悪い?
「秀吉さんも風邪? なら今日は休む! あとは私や三成ちゃん、官兵衛さんに任せて!」
私の提案に官兵衛さんも頷く。
「じゃあ……お言葉に甘えるかな」
***
半兵衛は布団に入り、天井を見つめていく。
布団の横で英霊ボール『モリミチ』が、低い声で問いかける。
『半兵衛。謙信の死を聞いた時の秀吉の顔、どう思う?』
「驚かない者は二通りしかいません。何も考えていないか、考えすぎているか」
『秀吉は、後者じゃろうな』
「ええ。ですが……」
半兵衛はそこで言葉を切った。
燭台の火が揺れ、部屋が一瞬暗くなる。
「僕の病も知ってますね。おそらく、死期も」
『悪人……ではないか』
「まあ、僕らにとっては」
『少し眠れ、半兵衛。無理せず、明日以降も生きることを考えるのじゃ』
「クスッ。無理しないといけない場面は無理しますよ。モリミチさんたちと稲葉山城を乗っ取った、あの時のように」
半兵衛はフッと息を吐き、燭台の火を消した。