なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
摂津国で石山本願寺戦主力である荒木村重の裏切りを聞き、安土の陣所で信長は首を捻った。
「奴に義も理も信も条もないことは知っている。しかし、だ。ここで俺を裏切って奴に利があるか?」
村重が主君である池田勝正を追放した際、半兵衛から処刑を進言されたことがある。
しかし義理信条がなくても利で動く男、利を与え続ける限り利用価値があると判断し重用した。
事実、村重は結果を出し続け、信長は利で報いた。
重要拠点である摂津国任せるのは、それだけ価値があるからだ。
「思えば天王寺砦の際、木津川口に留まったのも伏線かもしれませぬ。あの時に期待していたのは織田の敗北だとしたら……」
堀秀政が発言し、蒲生氏郷も続ける。
「かの者は私と同じく宗易殿に茶の指導を受け、見事な点前を披露しますが茶で心穏やかな態度は建前のみ。滲み出るは野心。さらなる上を夢見たかと」
長岡忠興も口を開く。
最近、想い人の明智玉を妻に迎え、元服したばかりの若さに溢れている。
「播磨の毛利優勢、瀬戸内の毛利支配。本願寺がすぐ近く。これが村重に今が好機と錯覚させたかと。……先鋒ならお任せを。有岡を屠ってみせましょう」
信長は忠興を制し、もう1人控えている近習に目を向ける。
「仙千代、友閑と十兵衛に村重を説得するよう伝え、行動を共にせよ」
「はっ、承知」
万見仙千代は忠興より若いが才覚は近習の中で群を抜いている。
ただし実績は少ない。ここで経験を積ませようと信長は考えた。
「恐らく、説得は失敗するだろう。残りはその間に軍備を整えよ! ただし無理する必要はない。村重の妄想に付き合うほど他の者は愚かでもあるまいさ」
信長の命に、安土周辺が慌ただしくなっていった。
***
光秀さんたちが荒木村重の説得に失敗した情報が、私たちのいる姫路城にも届く。
「うへえ。これで三木城睨みながら、後ろの有岡城気にしなきゃいけないの? 地味にキツくね?」
姫路城の軍議の間で、私は愕然とする。
挟み打ちにされた状態って神経磨り減るよ。
秀長もストレスで頭皮に脱毛ハゲ部分できてるし。
ちなみに軍議の席に半兵衛君の姿はない。
今朝から体調優れず、風邪がぶり返した姿を私が見つけて無理やり布団に戻したのだ。
まったく、なんで熱があって動こうとするかね。
「有岡攻めは、信長様や他の諸将に任せるほかありますまい」
「だな。俺らが気にしてもしょうがねえだろ。三木城のみに集中よ」
「しかし有岡がいつまで続くか。信長様は他戦線の関係から持久戦にするつもりのようですぜ」
重宗さん、小六さん、小右衛門さんが次々に発言していく中、上月城の生存者である茲矩さんは無言のまま。
援軍を送らなかった私たちに言いたいことはいっぱいあるだろうに、命令あればなんでもしますって空気醸し出してる。
「茲矩さん、そんな緊張しなくていいからね。みんな結構自由に発言してるからさ」
「ありがとうございます、真昼様。しかし俺は若輩の身。しかも余所者。まずは皆様の信頼を勝ち取るのみでございます」
この人も爆弾だなあ。じゃあ三木城に突っ込んでと言ったら喜んで向かっちゃいそうだよ。
「茲矩殿、貴殿は私の部下ではなく、信長様の直臣である。余所者という発言は慎むように」
「ウキー」
秀吉さんの苦言に、秀長も鳴きながら気楽に気楽にと茲矩さんの肩を揉む。
うん、こういう時に便利だな、秀長猿。
すると官兵衛さんがスッと立ち上がって口を開く。
「秀吉殿。私に村重殿の説得の機会を」
「官兵衛殿が?」
「はい。かつて村重殿を説得し、織田に引き入れたのはこの私。理を説き、利を示し、戻る道を用意すれば、必ず引き返すはずです」
「でも光秀さんでも説得失敗したんだよ? いくら官兵衛さんでも難しいんじゃ……」
私が心配して口を挟むけど、官兵衛さんは声色一つ変えずに続ける。
「光秀殿より、私のほうが村重殿との付き合い長く、我が小寺家とも隣接している間柄ゆえ内情を知っております。それに……」
そこで官兵衛さんは一拍おいて、私たちの顔を見つめてくる。
「我が主・小寺政職様からも、村重殿を説得せよと命を受けています」
政職さんねえ。あの人、自分で行けばいいのに。
でも、そう言われたら誰も反論できない。
官兵衛さんは厳密に言えば織田家の人間ではなく、小寺家から織田家に出張してるような存在だ。
無理やり引き止めることはできない。
「ふむ……頼んだぞ、官兵衛殿」
秀吉さんは腕組みをしながら了承した。
「はっ。必ずや、村重殿の目を覚まさせてご覧に入れます」
官兵衛さんは一礼し、すぐさま有岡城へ向けて出発した。
『おーん、ほんまに行くんか、官兵衛。なんか嫌な空気やで』
「だからこそ行くのです。淀みを無くすために」
さらに空を見上げ、ドンデンにだけ聞こえるように囁いていく。
「半兵衛殿が生きている間で盤石に。……織田の天下を」
***
軍議が終わり、私は別室で床に伏せる半兵衛君の看病をしていた。
「今日は……何かありましたか?」
「もう、病人は気にしないでいいから。まあ、そう言っても半兵衛君、別の人に聞きそうだから教えてあげる。……光秀さんが村重の説得に失敗したんだって」
「……でしょうね。信長様も、軍備と誰が内通するか裏取りをするだけの準備でしょうから」
「早く終わればいいけど、信長様も長期化させる気かもって」
「毛利水軍をどうにかしない限り、無理攻めは被害を拡大させます。正しい判断かと」
「私としては早く終わってほしいよ。……官兵衛さんもそう思ってるみたい」
「官兵衛殿が?」
「うん。『私なら村重殿を説得できます』って有岡城に向かっちゃった。政職さんの命令だって。……どうしたの? 半兵衛君」
私の言葉に、青白い顔をしていた半兵衛君に驚愕の表情が浮かび上がる。
「いけません……官兵衛殿を、止めなさい」
「え? でも、官兵衛さんなら説得できるって」
「それが、いけないのです」
半兵衛君はふらつきながら立ち上がってしまう。
「寝てなきゃ駄目だって!」
「それどころではありません。毛利と別所の真意が読めた」
「……真意って」
「小寺政職殿もすでに毛利に寝返ってます。官兵衛殿を殺させるために有岡城に向かわせたのです」
「……え」
半兵衛君は、そこで激しく咳き込んだ。袖で口元を押さえながら、それでも歩き出す。
「早く……官兵衛殿を呼び戻さなければ……!」
半兵衛君の切羽詰まった声に、私はゾクリと背筋が凍るのを感じた。