なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
静まり返った姫路城の奥の間。
蝋燭の火がパチパチと爆ぜる音だけが響く中、秀吉さん――いや、一度目の人生を斎藤帰蝶として生き、今は羽柴秀吉を名乗る私でもある存在は、どこか遠い目をして淡々と語りだした。
「私が初めてこの戦国に降り立ったのは、明応9年、山城国だった」
「……えっ? 明応9年っていつ?」
私がぽかんとして尋ねると、半兵衛君が扇子をパチンと鳴らして即答してくれる。
「今から78年前ですね」
「ななじゅうはちっ⁉」
私は目玉が飛び出そうになった。
78年前って、おじいちゃんおばあちゃん世代どころの騒ぎじゃないよ!
「突然の出来事に、私はひとまず職探しと、当時の権威だった足利幕府を頼ろうとしたんだ。……が、まあ当然、怪しい小娘なんてと拒否されたよ」
秀吉さんは苦笑いしながら肩をすくめた。
「その時、一緒に就職失敗して意気投合したのが小一郎――今の秀長だ」
「ちょっと待って! 秀長⁉ あの猿、随分長生きじゃない⁉ 猿の寿命ってそんな長いの⁉ まあ、私も戦国来てから全然年取ってないけど!」
なんなの、あの猿? もしかして超重要人物……じゃない、超重要猿物だったりするのかよ。
「秀長本人も、いや、本猿か。秀長も自分のことは猿だとしかわからないらしい。話を戻すよ。私たちはその後、松波庄五郎という油売りの少年と出会い、一緒に働き、英霊ボールを集め、敵を謀略や戦で屠りつつ、時を過ごした」
「ほへえ……苦労したんだね、私。……ん?」
私は頭を抱えた。
油売り。松波庄五郎。小一郎。……な~んか、うっすら記憶あるような?
ああ、あれだ。龍興が死んだ直後に見た胡蝶の夢。
あれは本当に、私の深層心理に刻まれた一度目の記憶の残滓だったのかも。
「私が最初に所持した英霊ボールは『ヒロミツ』」
「ヒロミツって……義龍さんが持ってた⁉」
「ああ。ヒロミツには随分助けられた。無愛想で、ぶっきらぼうだが、芯に熱いものがある。最高の私の相棒だった」
遠い目をする秀吉さん。ホント、色々あったんだね。
『はっきり言え、秀吉。貴様、ヒロミツとまだ繋がっているな』
センイチの一言に、秀吉さんは無言で頷いた。
『ヒロミツは、今どこに?』
モリミチが訊ねる。
「義龍死後、全国各地の情報収集及び、可能な限り英霊ボールの回収をしてもらっている」
「……義龍さんの死後、消えて行方不明だったのも、秀吉さんの指示?」
「ああ、真昼。その通りだ」
秀吉さんはそれだけしか言わない。
でも、なんとなくわかる。
帰蝶だった私が義龍の急死を知っていたとしか思えない。
なら、知っているならどうする?
庄五郎の孫で、道三の息子の最期。
そんな義龍の側に大事な相棒を預ける。
彼の心が安らぐように。
私でもそうするよ。
「貴女の言い方ですと、ヒロミツもまた、同じように前の世界を記憶してるように聞こえますね」
しんみりする私に冷水を浴びせるように、半兵衛君が囁いた。
「……それについては後述する」
「わかりました」
秀吉さんの真剣な目に、半兵衛君は引き下がる。
彼もわかってるはずだ。
もうここから先、彼女が嘘を言わないことに。
「私たちは美濃に拠点を移し、陰謀と謀略渦巻く世界で必死に生き延びた。やがて庄五郎は病で没し、庄五郎の息子の新九郎君が英霊ボール集めの後を継いでくれた」
新九郎の名前が出て、半兵衛君の頬がピクリと動く。
「私と新九郎君は、守護の土岐頼芸と英霊ボールを巡る血みどろの争いを制し、ついに美濃一国を手に入れるまでに到った。……そうして、新九郎君は『斎藤道三』と名を変えたんだ」
「斎藤道三⁉ それって帰蝶さんのお父さん⁉」
「ああ。私もやはり今の真昼と同じく歳を取らなかったからな。近しい人は私の正体を知っていたが、時とともに私を道三の娘と認識する者たちが増えていった。私も道三君も、いちいち説明するのが面倒だったのもある。率先して否定することはしなかった」
「それで、斎藤帰蝶になったんだね」
私が納得して頷くと、半兵衛君が冷徹な声で注釈を入れてきた。
「……帰蝶、或いは胡蝶。なるほど、道三様は珍しい名を与えるものだと思っていましたが、これも言葉遊びでしたか。帰は『鬼』。蝶は『腸』。胡蝶は夢か幻か。……下剋上で美濃一国を乗っ取った方の相棒に、これ以上なく相応しい名です」
鬼と腸……つまり内臓⁉
なんちゅうグロテスクなネーミングセンス! 道三君、絶対性格悪かったでしょ!
「……否定はしない。私は邪魔する者を多く殺した。でないと、自分が殺されちゃうからね」
秀吉さんは寂しそうに微笑んだ。
彼女の笑顔の裏に、どれだけの血と泥と絶望があったのか。
「うう~っ……苦労しすぎでしょ、私ぃぃぃ!」
私はたまらずボロボロと涙を流して号泣した。
自分が経験していないはずの痛みが、胸を締め付ける。
そんな私を見て、秀吉さんはクスッと微笑んでくれる。
「続けるよ。やがて、美濃の姫として振る舞う私の許に一通の手紙が届く。織田家の平手政秀殿からの手紙だ」
「平手政秀って信長様の世話係だった人だね」
手紙の内容はこうだったそうな。
『――織田と斎藤、両家の繁栄のために、当家世継ぎ織田三郎信長と、斎藤道三御息女帰蝶様との縁談をお願いしたい』
よくある姻戚外交。まさかそれに、自分が関わってたなんて。
「……正直に言うよ。げっ⁉ あの大うつけで奇想天外奇天烈な行動してるっていう、あの信長と⁉ って思ったさ」
「いや、まあ、うん。今でもそう思うよね。常識通じないし」
「フフフ、まったく」
深く同意する私に、秀吉さんはクスクスと笑い声を立てた。
「でもね、私はまあ、見合いの席なら油断している信長を殺して織田家を崩壊させるチャンスとも思ったんだ。道三君も、私が合図すれば兵を動かし、一気に那古野の織田家を屠る準備をしていた」
「ゴクリ……」
「でも――」
秀吉さんの瞳が、遠いあの日を思い出すように優しく細められた。
「花嫁候補を待たせるなんて、悪即斬で一突きしてやる。そうやって短刀を隠し持って待っていた私の前に、ドタドタと走ってくる着崩れした男の子がやって来て、開口一番こう言ってきたんだ」
『惚れた。一生俺の側にいろ』
「……なんて言うから、『は、はい』と答えるしかなかった。……一応、私好みのイケメンでもあったからな」
プッ。
隣で聞いていた半兵衛君が耐えきれずに吹き出し、私はちょっとだけ半兵衛君を睨んでいくのだった。