なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
信長様と帰蝶様だった秀吉さん(私)の馴れ初めを聞いて半兵衛君が失笑すると、秀吉さんは真っ赤にして慌てた。
「し、仕方がなかろう! そういうの、言われ慣れてなかったんだ!」
うん、わかるよそれ。めっちゃわかる。
もう理屈じゃないんだよね。美辞麗句もいらない。ストレートに「惚れたから一生側にいろ」なんて顔の良い男に言われたら、私だってコロッと惚れるよ!
「あっ、そうか。私かこれ」
私は自分で自分に深く納得した。私のストライクゾーン、今も昔もブレてないね。
「そうして私の、信長の妻としての生活が始まった。ただ、私は城の奥の間で大人しく待ってるようなことはしなかった。全部、信長様と同じ戦場に立っていた」
「だろうね。私だもん。おとなしくしてるわけないよ」
「ああ。……だが、美濃攻略までは本当に苦しかった。道三君の仇を討つまでに10年以上もかかったんだ。……その最大の原因は……」
秀吉さんの視線が、スッと半兵衛君に向けられた。
「僕ですね」
半兵衛君が、扇子を広げて涼しい顔で答える。
「ええ、半兵衛君は実に厄介。何度も何度も煮え湯を飲まされた。……でもそれは、仲間になったあとに誰よりも頼もしくなることと同義だった。以降は、皆も知っての通りだ。ここまでの歴史の流れに、大きく違うことはない」
秀吉さんはポンと自分の膝を叩いた。
「いや、あるのは木下藤吉郎が武功を立て、出世をし続けたこと。中国攻めの総大将に任命された、があるな」
私はハッとして身を乗り出した。
「……金ヶ崎の退き口でしんがりを志願したのも、帰蝶様の時もやったの?」
「いや、私はずっと信長様と一緒に逃げた。でも、半兵衛殿と十兵衛君が奮戦して防いだのは鮮明に記憶している。だから、あの時2人が志願するのは分かっていた」
「……そこに、秀吉殿の武功を積み重ねる計算があった、と」
半兵衛君の鋭い指摘に、秀吉さんは頷いた。
「ちょっと待って! じゃあ伊勢攻めの阿坂城で、龍興に重傷負わされたのも知っててやられたの⁉」
私の疑念に、秀吉さんはゆっくりと首を振った。
「いや……秀吉という存在のバグが噴き出した瞬間だったのだろう。あれは、私にとっても完全に計算外だった。帰蝶の時の伊勢攻めは、ずっと信長様の横にいて怪我もしていない」
そう囁く秀吉さんの瞳に、嘘の色は見えない。
彼女の一度経験した世界も、完全に同じレールの上を走っているわけではない。
登場人物が増えれば、予期せぬイレギュラーは必ず起きるのだ。
「では、訊ねます」
半兵衛君が、氷のような声で切り出した。
「元々の歴史の中国攻めの総大将は、誰です?」
「……半兵衛殿、あなただ」
「そうですか。そのあとは?」
「半兵衛君、そのあとって何⁉ まるでいなくなるみたいに……」
私が慌てて尋ねるが、半兵衛君は私を見ようとしない。
秀吉さんが苦しげに目を伏せる。
「……半兵衛殿は、後任に官兵衛殿を指名した。……信長様は最初は激怒したけど、全部知ったあとに官兵衛殿に任せたよ」
「……そうですか」
半兵衛君の答えは、あまりにも静かだった。
私は胸のざわつきを抑えきれず、必死に明るい声を出していく。
「よかった。いや、よくないか。でもさ、官兵衛さんは無事に有岡城から戻ってくるんだね。説得できるんだよね?」
「……ああ」
秀吉さんの生返事に、得体の知れない不安が募る。
「では、次の質問です。なぜあなたは過去に戻ったんですか?」
半兵衛君の直球の問いに秀吉さんは天を仰ぎ、深く息を吐き出してから私たちを真っ直ぐに見据えた。
「中国攻めが総仕上げに入り、信長様、私、小一郎、十兵衛君が、京の本能寺に宿泊していた時のことだ。障子の向こうが白く弾けた次の瞬間、炎と爆音が廊下を飲み込んだ。敵がいないはずの、畿内のど真ん中で」
「えっ……本能寺で⁉」
「……襲撃者の正体は?」
半兵衛君の問いに、秀吉さんは絶望に満ちた瞳で首を横に振った。
「分からない。暗闇と炎の中で、何が起きたのか全く見えなかった。……分かっているのは私を守るために信長様も十兵衛君も、目の前で散ったこと。そして炎の中から……英霊ボール特有の、エコーがかかった笑い声が聞こえたこと」
信長様と光秀さんが死んだ事実の重さに、私は息が詰まる。
「……私は、それまで集めた英霊ボールに願った。『ここまで英霊ボールを集めた褒美を寄越せ。できないならお姉ちゃんを降臨させてやる。野球の神ごときが私を召喚できたんだ。必ずお姉ちゃんを呼んでやる』と」
「……うわぁ、あのクソ神、めっちゃ慌てただろうなあ」
お姉ちゃんが戦国に来たら絶対まず国友村制圧して、令和の武器量産体制するだろうね。
あの人はそういうことをする。真顔で英霊ボールそっちのけで日の本を手に入れる方向に振り切ると思うよ。
「そうして私は信長様に輿入れの日に戻った。ただ戻ったんじゃない。私は正真正銘の斎藤帰蝶という枠組みの中に組み込まれていた。誰もが私を斎藤道三の娘として扱う。道三君本人も、それに疑問を抱かなかった。……何より、英霊ボールの存在がどこにもなかった。側にいるのは、首を捻る小一郎のみ」
秀吉さんの声が、微かに震える。
「本能寺で生き残っていたのは、私と小一郎、ヒロミツ、それと――ねね」
「ねねちゃん⁉ えっ? ねねちゃんってあのねねちゃんだよね?」
驚く私に、秀吉さんはクスッと笑った。
「そのねねで合ってるよ。生き残り、過去に戻った者に共通していたのが――」
「その、本能寺で滅んだ世界の記憶、ですか」
合点したように、半兵衛君が頷いた。
「ああ、これが褒美か。英霊ボール集めもない、平和なやり直し。……なら、私はあの本能寺の悲劇に備えよう。信長様を守るためには、ただの帰蝶ではダメだ。もっと軍権を持ち、歴史の表舞台で役に立てる存在に……」
「そうして、木下藤吉郎になったんだね」
「ああ。……そして今川上洛の直前。君が現れ、新たな英霊ボール大戦がスタートしたのだ」
「そこがわからないんだけど? どうして私が2人に?」
そんな私の疑問に、半兵衛君が淡々と答える。
「最初の真昼殿は過去に巻き戻り、帰蝶様として世界に認知されたのです。ならばそこから未来へ続きます。令和という時代にまで進んだ時、真昼殿が野球の神に呼ばれ、この世に送り込まれるのは、また必然のことかと」
「まあ、そういうことだろうね。まったく、厄介なことさ」
ポツリと呟いた秀吉さんの言葉で、部屋に重い沈黙が降りた。
一度目の人生で全てを失い、世界を滅ぼす覚悟で時を遡った私の執念が、帰蝶であり秀吉である彼女を創り上げ、私もまた歴史の必然として戦国に呼ばれたという意味。
野球の神め。再会したら絶対殴ってやる。