なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
毛利、本願寺からの兵糧支援が途絶え、有岡城は落ちるのを待つだけの城となっていた。
すでに荒木村重の両翼、高槻城の高山右近と茨木城の中川清秀は織田に再寝返りし、有岡城からも続々と兵が逃亡。
最盛期には1万5千の兵がいた荒木軍が、三分の一の5千まで減っている。
それでも包囲軍は調略の手を緩めない。
滝川一益を中心に、内応を表明した者を手厚く迎えていく作業を進めていった。
「ふわあ~。暇でござるな。もう攻めていいでござろう」
人間無骨と名付けた常人には持てぬ金属バットで素振りしつつ、森長可は有岡城を見上げた。
「まあ待て。信長様は待っているのだ。村重が音を上げるのを」
池田恒興が長可のスイング風圧を浴びながら、冷静に告げる。
「音を上げたところで処刑でござろうよ」
長可のスイングスピードが早まり、風圧で陣幕が揺れる。
「そうでもない。信長様は許す」
「なぜでござる? 摂津にすら居場所がなくなるでござろう」
そんな長可の質問に、恒興は冷酷に答えていく。
「本願寺が村重の処遇で態度を決めると、信長様は睨んでいるのだ」
「……それはまた、哀れな男でござるな。村重は」
ブンッ!
目一杯、長可はフルスイングしたのだが、運が悪いことに風圧が早馬に乗っていた伝令に直撃してしまった。
「……急報、急報! 村重から降伏の使者来たる! 諸将は信忠様の陣へ! ……グフッ」
早馬に乗っていた伝令が地面に倒れ伏して白目を剥いてしまう。
一応、命に別状なさそうで、少しだけ恒興はホッとした。
「来たか。よし、行くぞ長可」
「ちっ、降伏はつまらぬ。ちゅうか切腹もせぬとは武士としておかしすぎるわ、村重」
2人が信忠の居る本陣に着くと、荒木軍の重臣・荒木久左衛門が平伏して許しを乞うていた。
「寛大な処置を……どうか……どうか先に降った高山右近殿や……中川清秀殿のような処遇を……」
床机に座っていた信忠が立ち上がり、久左衛門に告げる。
「了解した。二刻の間に村重をここへ連れて参れ。生身でも首でも構わぬ。刻限が過ぎたら総攻撃を開始するとも、城内の者すべてに伝えよ」
「ハハア! 必ずやそういたしまする!」
久左衛門の姿が有岡城に消えるのを見ながら、信忠の周りにいる諸将に安堵の吐息が漏れていった。
「これで摂津は安定、石山の本願寺が孤立。織田が制海権を握った現状、もはや維持できますまい」
信忠の副官、斎藤利治が皆の気持ちを代弁するように呟いた。
「はてさて生身が来るか、首が来るか。……個人的には、首で来てくれたほうがホッとします」
光秀もまた、内心で皆が思っていることを口から出した。
「光秀様! それがしは生身でござるよ。信忠様! 村重の処遇、それがしと一騎討ちして強ければ無罪、弱ければ死罪でよかろうかと!」
「これ、勝三(長可)。村重の処遇は父上が決める。勝手に死罪はマズイぞ」
「いえいえ信忠様! 勝負はやってみなければわかりませぬ!」
やる気に満ちる長可を見て、全員が(長可が瞬殺するだけだろ)と、心の中でツッコんだ。
やがて、刻限になり、有岡城の門が開く。
期待の眼差しで見つめる織田諸将だったが、最初に痩せこけた兵、次に歩くのもままならぬ領民が出てきて、信忠たちは異変を察した。
「おのれ村重! 逃げたな! 恒興! 勝三!」
「はっ」
「しゃあ! キタコレ!」
「奴が逃げるなら尼崎か花隈だ。攻め落とせ!」
池田恒興・森長可の部隊が慌ただしく進軍を開始していくと、道中で黒田の兵率いる真昼と鉢合わせた。
「どうしたの? なんかあったの!」
「おお! 真昼様。それがしはこれから一番槍せねばならぬので失礼。恒興様、説明よろでござる!」
「おい、長可! ったく、あいつは。……真昼様、村重が有岡城から逃亡しました」
「……は?」
「私も追撃しますので、これにて」
「恒興さん! 官兵衛さんは!」
「まだ見ていません!」
走る恒興の声が遠くなっていくも、真昼でも状況は把握できた。
善助と太兵衛と頷き合い、真昼たちは有岡へとさらに全力で馬を走らせていった。
***
開城の少し前の刻限、有岡城内。
織田軍による長きにわたる包囲と兵糧攻めにより、城内の空気はすでに限界を迎え、死の匂いがそこかしこに漂っていた。
「そうか。信忠は降伏を受け入れたか」
「ははっ! これで我らの命が繋がりまする」
村重の眼前で平伏する荒木久左衛門の目に涙が浮かぶ。
これで辛い日々が終わる。あとは主君の村重が生身のまま信忠の陣に行くか、首になるかの違いだ。
「開城の準備せよ。俺も準備する」
そう言い、村重が奥の間へ消えて二刻が過ぎようとしていた。
もうすぐ刻限、開城せねば織田の総攻撃が始まってしまう。
「遅い……遅すぎる。殿……いや、村重はどこで何をしている」
焦燥に駆られる久左衛門が走り回っていると、隠門の番をしていた兵が慌てて駆け寄ってくる。
「申し上げます! 村重様! 数名を連れ、『尼崎城の兵と合流して状況を打破する』と告げ……」
言い終わる前に、久左衛門はその兵を切り捨てた。
「おのれ村重! ふざけおって!」
絶叫する久左衛門もまた、責任を恐れて隠門から姿を消した。
以降、この者の姿を見た者はこの世にいない。
***
城の奥深く、陽の光が一切届かない地下の土牢。
冷たく湿った暗闇の中で黒田官兵衛は壁にもたれて座っていた。
暗闇と同じ色の虫が這い回り、時折官兵衛の身体を蠢くが彼が反応することはない。
かつて播磨の切れ者と謳われた姿は見る影もなく、髪は伸び、髭もボウボウ、満足な食事も与えられぬ影響から痩せこけている。
さらに狭い牢内で満足に身動きが取れなかったため、足の関節は動かなくなり、意識は混濁し、生きているのか死んでいるのか、もはや己では判別できない。
頭上から微かに響いてくる、城内の狂乱と怒号。
官兵衛はひび割れた唇をわずかに動かし、上を見上げる。
官兵衛の横で、英霊ボール『ドンデン』が薄っすらと明滅した。
『おーん……上の方がえらい騒ぎになっとるな』
ドンデンの元気のないボヤキに、官兵衛は声を出そうとするも、音にすらならない。
(有岡が落ちたか。村重はどうなった? 半兵衛殿は? 松寿丸は? 播磨は……どうなった……)
無音の暗闇なのに上空の喧騒が徐々に鎮まると、遠くから人の声が聴こえてくる。
幻聴にしては、やけに切羽詰まった必死な叫び声だった。
「官兵衛さーん! どこにいるのー!」
この声……真昼殿か。戦国の世の異物なのに、当人が全力で生きている不思議な生命体。
「殿! 殿ぉぉぉぉぉぉぉ! 死んでいたらお供仕りまするぞ!」
善助か。相変わらず声がデカい。いつも感情を露わにし、部下が一人増えただけで大喜びする愚直一直線の存在。
「殿! 気付けの酒を樽ごと持ってきましたぞ! 命の水ですぞ!」
太兵衛か。まだ20歳過ぎたばかりなのに酒ばかり好みおって。今の私に酒樽持って救出に来る根性、天才か馬鹿か判断に迷う。
松明の炎が近づいてくるも、迷宮のように設計された土牢で真昼殿たちは迷っているようだ。
『おーん……ここや……こっちへはよ来い』
ドンデンの弱々しい声が官兵衛の耳に入る。
せいぜい、この官兵衛がいる土牢の中に届くだけの音響のはずだ。
なのに松明の炎の揺らめきが止まり、3つの声が重なる。
「「「あっちだ!」」」
官兵衛の頬に、乾いたはずの涙が零れていった。