なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第207話 長谷川真昼、有岡城の崩壊を聞く

 毛利、本願寺からの兵糧支援が途絶え、有岡城は落ちるのを待つだけの城となっていた。

 すでに荒木村重の両翼、高槻城の高山右近と茨木城の中川清秀は織田に再寝返りし、有岡城からも続々と兵が逃亡。

 最盛期には1万5千の兵がいた荒木軍が、三分の一の5千まで減っている。

 それでも包囲軍は調略の手を緩めない。

 滝川一益を中心に、内応を表明した者を手厚く迎えていく作業を進めていった。

 

「ふわあ~。暇でござるな。もう攻めていいでござろう」

 

 人間無骨と名付けた常人には持てぬ金属バットで素振りしつつ、森長可は有岡城を見上げた。

 

「まあ待て。信長様は待っているのだ。村重が音を上げるのを」

 

 池田恒興が長可のスイング風圧を浴びながら、冷静に告げる。

 

「音を上げたところで処刑でござろうよ」

 

 長可のスイングスピードが早まり、風圧で陣幕が揺れる。

 

「そうでもない。信長様は許す」

 

「なぜでござる? 摂津にすら居場所がなくなるでござろう」

 

 そんな長可の質問に、恒興は冷酷に答えていく。

 

「本願寺が村重の処遇で態度を決めると、信長様は睨んでいるのだ」

 

「……それはまた、哀れな男でござるな。村重は」

 

 ブンッ!

 

 目一杯、長可はフルスイングしたのだが、運が悪いことに風圧が早馬に乗っていた伝令に直撃してしまった。

 

「……急報、急報! 村重から降伏の使者来たる! 諸将は信忠様の陣へ! ……グフッ」

 

 早馬に乗っていた伝令が地面に倒れ伏して白目を剥いてしまう。

 一応、命に別状なさそうで、少しだけ恒興はホッとした。

 

「来たか。よし、行くぞ長可」

 

「ちっ、降伏はつまらぬ。ちゅうか切腹もせぬとは武士としておかしすぎるわ、村重」

 

 2人が信忠の居る本陣に着くと、荒木軍の重臣・荒木久左衛門が平伏して許しを乞うていた。

 

「寛大な処置を……どうか……どうか先に降った高山右近殿や……中川清秀殿のような処遇を……」

 

 床机に座っていた信忠が立ち上がり、久左衛門に告げる。

 

「了解した。二刻の間に村重をここへ連れて参れ。生身でも首でも構わぬ。刻限が過ぎたら総攻撃を開始するとも、城内の者すべてに伝えよ」

 

「ハハア! 必ずやそういたしまする!」

 

 久左衛門の姿が有岡城に消えるのを見ながら、信忠の周りにいる諸将に安堵の吐息が漏れていった。

 

「これで摂津は安定、石山の本願寺が孤立。織田が制海権を握った現状、もはや維持できますまい」

 

 信忠の副官、斎藤利治が皆の気持ちを代弁するように呟いた。

 

「はてさて生身が来るか、首が来るか。……個人的には、首で来てくれたほうがホッとします」

 

 光秀もまた、内心で皆が思っていることを口から出した。

 

「光秀様! それがしは生身でござるよ。信忠様! 村重の処遇、それがしと一騎討ちして強ければ無罪、弱ければ死罪でよかろうかと!」

 

「これ、勝三(長可)。村重の処遇は父上が決める。勝手に死罪はマズイぞ」

 

「いえいえ信忠様! 勝負はやってみなければわかりませぬ!」

 

 やる気に満ちる長可を見て、全員が(長可が瞬殺するだけだろ)と、心の中でツッコんだ。

 

 やがて、刻限になり、有岡城の門が開く。

 期待の眼差しで見つめる織田諸将だったが、最初に痩せこけた兵、次に歩くのもままならぬ領民が出てきて、信忠たちは異変を察した。

 

「おのれ村重! 逃げたな! 恒興! 勝三!」

 

「はっ」

「しゃあ! キタコレ!」

 

「奴が逃げるなら尼崎か花隈だ。攻め落とせ!」

 

 池田恒興・森長可の部隊が慌ただしく進軍を開始していくと、道中で黒田の兵率いる真昼と鉢合わせた。

 

「どうしたの? なんかあったの!」

 

「おお! 真昼様。それがしはこれから一番槍せねばならぬので失礼。恒興様、説明よろでござる!」

 

「おい、長可! ったく、あいつは。……真昼様、村重が有岡城から逃亡しました」

 

「……は?」

 

「私も追撃しますので、これにて」

 

「恒興さん! 官兵衛さんは!」

 

「まだ見ていません!」

 

 走る恒興の声が遠くなっていくも、真昼でも状況は把握できた。

 善助と太兵衛と頷き合い、真昼たちは有岡へとさらに全力で馬を走らせていった。

 

 *** 

 

 開城の少し前の刻限、有岡城内。

 織田軍による長きにわたる包囲と兵糧攻めにより、城内の空気はすでに限界を迎え、死の匂いがそこかしこに漂っていた。

 

「そうか。信忠は降伏を受け入れたか」

 

「ははっ! これで我らの命が繋がりまする」

 

 村重の眼前で平伏する荒木久左衛門の目に涙が浮かぶ。

 これで辛い日々が終わる。あとは主君の村重が生身のまま信忠の陣に行くか、首になるかの違いだ。

 

「開城の準備せよ。俺も準備する」

 

 そう言い、村重が奥の間へ消えて二刻が過ぎようとしていた。

 もうすぐ刻限、開城せねば織田の総攻撃が始まってしまう。

 

「遅い……遅すぎる。殿……いや、村重はどこで何をしている」

 

 焦燥に駆られる久左衛門が走り回っていると、隠門の番をしていた兵が慌てて駆け寄ってくる。

 

「申し上げます! 村重様! 数名を連れ、『尼崎城の兵と合流して状況を打破する』と告げ……」

 

 言い終わる前に、久左衛門はその兵を切り捨てた。

 

「おのれ村重! ふざけおって!」

 

 絶叫する久左衛門もまた、責任を恐れて隠門から姿を消した。

 以降、この者の姿を見た者はこの世にいない。

 

 ***

 

 城の奥深く、陽の光が一切届かない地下の土牢。

 冷たく湿った暗闇の中で黒田官兵衛は壁にもたれて座っていた。

 暗闇と同じ色の虫が這い回り、時折官兵衛の身体を蠢くが彼が反応することはない。

 

 かつて播磨の切れ者と謳われた姿は見る影もなく、髪は伸び、髭もボウボウ、満足な食事も与えられぬ影響から痩せこけている。

 さらに狭い牢内で満足に身動きが取れなかったため、足の関節は動かなくなり、意識は混濁し、生きているのか死んでいるのか、もはや己では判別できない。

 

 頭上から微かに響いてくる、城内の狂乱と怒号。

 官兵衛はひび割れた唇をわずかに動かし、上を見上げる。

 

 官兵衛の横で、英霊ボール『ドンデン』が薄っすらと明滅した。

 

『おーん……上の方がえらい騒ぎになっとるな』

 

 ドンデンの元気のないボヤキに、官兵衛は声を出そうとするも、音にすらならない。

 

(有岡が落ちたか。村重はどうなった? 半兵衛殿は? 松寿丸は? 播磨は……どうなった……)

 

 無音の暗闇なのに上空の喧騒が徐々に鎮まると、遠くから人の声が聴こえてくる。

 幻聴にしては、やけに切羽詰まった必死な叫び声だった。 

 

「官兵衛さーん! どこにいるのー!」

 

 この声……真昼殿か。戦国の世の異物なのに、当人が全力で生きている不思議な生命体。

 

「殿! 殿ぉぉぉぉぉぉぉ! 死んでいたらお供仕りまするぞ!」

 

 善助か。相変わらず声がデカい。いつも感情を露わにし、部下が一人増えただけで大喜びする愚直一直線の存在。

 

「殿! 気付けの酒を樽ごと持ってきましたぞ! 命の水ですぞ!」

 

 太兵衛か。まだ20歳過ぎたばかりなのに酒ばかり好みおって。今の私に酒樽持って救出に来る根性、天才か馬鹿か判断に迷う。

 

 松明の炎が近づいてくるも、迷宮のように設計された土牢で真昼殿たちは迷っているようだ。

 

『おーん……ここや……こっちへはよ来い』

 

 ドンデンの弱々しい声が官兵衛の耳に入る。

 せいぜい、この官兵衛がいる土牢の中に届くだけの音響のはずだ。

 なのに松明の炎の揺らめきが止まり、3つの声が重なる。

 

「「「あっちだ!」」」

 

 官兵衛の頬に、乾いたはずの涙が零れていった。

 

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