なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
安土での信長様との謁見を終え、官兵衛さんは曲直瀬先生の勧めで松寿丸君たちと有馬温泉に湯治に向かった。
いいなあ、私も行きたい。
でも信長様から三木城攻めせっつかれたし、いつまでも秀吉さんを播磨不在状態にして三成ちゃんや小六さんたちに任せっぱなしなわけにもいかない。
中国攻め終わったらひと月ぐらい有馬温泉に引きこもろ。
***
戻った三木城包囲中の羽柴軍陣地。
「どうだ、三木城の様子は?」
秀吉さんの開口一番に、三成ちゃんが報告してくれる。
「……三木城の兵糧は、すでに底をついているはずです。ですが現状、別所側から降伏や交渉を求める使者は訪れておりません」
三成ちゃんの報告に、秀吉さんは深くため息をついた。
「そうか」
「秀吉殿。もう一度それがしを使者に」
三木城城主であり別所家当主・長治の叔父である重宗さんが片膝ついて進言してくるけど、秀吉さんは首を振る。
「いや、こちらから交渉に行くのは危険だ。向こうから使者が来るよう、城内へ矢文を放て」
秀吉さんの指示で、毎日のように矢文を放っていくも三木城から一切の音沙汰なし。
しかもこっちの射手を狙って矢を放ち返されるようになる始末。
10日ほどで、この作戦は断念された。
それからも数日間睨み合いが続いた頃、有馬温泉の湯治から官兵衛さんが戻ってきた。
馬から降り、杖と松寿丸君に支えられながら秀吉さんの本陣に姿を現す。
「ご迷惑をおかけしました。以降、正式に織田の一員として羽柴殿を支えます」
官兵衛さんの主君だった小寺政職さんは毛利に逃亡しちゃっている。
今まで小寺に遠慮があったのも一切なくなるのは、彼にとって足が不自由になった代わりに足枷が外れたことも意味する。
「うむ。これからよろしく頼む」
優しい笑みを浮かべ、官兵衛さんを迎え入れる秀吉さんは続けて口にする。
「官兵衛殿から見て現状をどう思う? 敵は未だに抵抗する気力がある」
「通常なら兵糧は底を尽き、耐えきれなくなった者が裏切るはず。それがない理由は二つ」
「二つ? 隠し道を疑い、重宗殿と茲矩殿に探らせているが……」
「それはそのまま探索を。もう一つは美嚢川から城へ通じる取水路を押さえ、川岸へ下りる道を土嚢と柵で封鎖します」
聞いていた諸将たちの顔色が変わる。
当然、私も顔色を変えた。
「官兵衛さん、水は……なかったら三木城に住んでる領民たち、みんな死んじゃうよ?」
飢えはまだ我慢できる。けれどそれは水があるから。
ただ我慢と言っても私なら数日が限度だ。それを1年以上やってる三木城の人たちが凄すぎる。
そこへ水も奪う。これはさすがに可哀想だ。中にはただの領民たちだっているのに。
「長治が即降伏すればいいだけ」
理屈はその通りだ。
官兵衛さんの策が効いたあと、即降伏の使者を……。
「……わかった。官兵衛殿、貴殿の策で行く。皆! 土嚢を作って三木城に繋がる美嚢川を堰き止めよ!」
秀吉さんの決議に官兵衛さんは杖をつき直し、深々と頭を下げた。
軍議が終わり、諸将たちが慌ただしく土嚢作りをしていく中、私は杖を支えに三木城を見つめる官兵衛さんに声をかけていく。
「即降伏してくれるかな? 別所の人たち」
官兵衛さんは目線そのままに囁く。
「長治はともかく、吉親がいる限り易易と降伏しないでしょう」
「え? ……水も失うのに?」
「いずれ三木城内部の怒りが吉親に向かいます。私が、そう仕向けます」
有岡城へ行く前と同じ、淡々とした官兵衛さんの声。
けれど以前あった生気のこもった瞳は見る影もなく、暗くなっていた。
これが……半兵衛君が言ってた、別人のように見えると言う意味。
なら私は信じるしかない。官兵衛さんの本質が変わってないことを。
だって、以降、正式に織田の一員になると言った時の官兵衛さんの表情、旧主の小寺政職を思い出したのか、すごく苦しそうだったから。
***
やがて三木城に直結する美嚢川が土嚢で埋まり、陸地も今まで以上に厳重な封鎖が敷かれていった。
「魚住の路、封鎖完了!」
「淡河、我ら羽柴軍以外の影、一つもなし」
「加古川に繋がる隠し道発見! 埋め立てました」
「美嚢川の取水路、遮断確認!」
本営である平井山の陣所に、次々と周辺区域制圧の報告が舞い込んでくる。
英霊ボールのセンイチ、ヒロミツ、ドンデンは何も言わず、ただ黙ってオオギのいる三木城を見つめていた。
***
包囲された三木城の内部。
城主・別所長治は、広間で厳しい顔をして座っている。
彼はまだ気丈に振る舞っていたが、周囲の家臣たちの顔には焦りが見え隠れしていた。
「案ずるな! 毛利の援軍は必ず来る! 石山本願寺も、このまま黙ってはいないはずだ!」
長治の叔父・別所吉親が、扇子を振り回して徹底抗戦を叫ぶ。
「織田の猿め、卑怯にも遠巻きに囲むばかりで攻めてこぬ! こちらの備えが堅固な証拠よ! 耐え抜けば、必ず勝機は訪れる!」
吉親の空元気な檄に、一部の家臣たちは「おおっ!」と声を上げるが、長治の横で鈍く光る英霊ボール『オオギ』は、冷ややかな関西弁で現実を突きつけた。
『……吉親はん、夢見んのもええ加減にしときや。制海権は織田、備前の宇喜多も織田、本願寺は石山からピクリとも動かん。……美嚢川潰された時点で終わったわ』
オオギの容赦ない言葉に、吉親が「なんだと!」と顔を真っ赤にする。
『怒るんなら精神論より現実な策を口にせんか。まだ雨を祈ったほうがマシや』
オオギに諭され、吉親は屈辱に耐えながら両手を地面につけた。
「……ならば我らはどうすればいい」
吉親が苦しげに問うと、オオギは一瞬だけ光を強くした。
『もう一択しかないわ』
それを耳にし、長治が深く息を吐き頷いた。
「羽柴は、それがしの死で納得してくれるだろうか」
毛利に付くと決断した責任は誰か? 毛利派だった叔父ではない。当主である己なのだから。
「なりませぬ! それだけは……長治様を犠牲にするなら、城を出て討ち死にするほうがマシ! だろ、皆!」
吉親の絶叫に、別所家臣たちも「その通り! 我らの意地、尾張の田舎者へ目に物見せてやりましょうぞ!」と叫んでいく。
それが本心ではないことを、若い長治でも気づいた。
城の中はまだいい。
水も食料も優先される。
けれど領民は限界に達していた。
すでに米櫃は空。
馬や牛は消えた。
犬や猫もいなくなる。
次に訪れるのは倒れたまま動かなくなる者。
我が子を交換して焼いて食う者。
草木を争奪し、斬り合う者。
死体を喰らう者。
もう三木城内部は崩壊の時を待つのみになっていたのだ。