なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
始まった本願寺との和睦交渉。
緊張感と和やかさが混在した、いい雰囲気でスタートしようってとこだったんだけど……。
相手方の本多正信さんが持つ英霊ボール『ノビタ』が、こっちの光秀さんが持つ『イシイ』に殺意のオーラをぶつけてきやがったのだ。
「ちょっとイシイ、なにしたの?」
小声で訊ねる私に、イシイは『う~ん』と唸る。
『なんかしたっけ? 仲良かったし、よく食事も一緒に行ってたよ。あいつケチでね。先輩なのに全然奢ってくれなかったよ。……だから会計の前によく逃げたっけ』
おい。十分なんかしてるじゃん。
「でもそのくらいでこの殺意? てかノビタも、イシイの先輩ならそのくらいでキレないで。正信さんもノビタを鎮めてくれないかな?」
英霊ボールはしょうがない。こいつらは殺意の波動がデフォルトで設定されてるんだし。ならここは持ち主を説得するほうが早い。
「ん~。僕にメリットないから拒否します」
このクソメガネ、少しは場の空気を読もうとせんか。どうせ回収されるなら掻き乱してやる、ってのが見え見えだぞ?
『ノビタ。儂も気になる。話せ』
本願寺のドン、英霊ボール『ツルオカ』の鶴の一声に、全員の視線がノビタに集まる。
『ふう。……しゃあない。イシイはまったくわかってないようだから話すよ。ねえアキヒロ、優勝が決まった瞬間どうする?』
『当然、マウンドへダッシュするね』
『センイチさんも胴上げ投手の経験あるよね? その時どうしました?』
『マウンドで駆け寄ってくるキマタさんを待ってたわい! ありゃあいい。抱きついたキマタさんの温もりと涙、忘れられん。あれがバッテリーの醍醐味よ。儂の生涯最高の思い出のひとつじゃ!』
センイチの声が潤んでる。本当に嬉しかったんだね。
『ですよね! ……なのにこいつは……イシイは……僕が歓喜の瞬間、マウンドのシンゴに駆け寄ったら、ベンチから猛ダッシュしたこいつが先にシンゴに抱きついてたんだ!』
ザワッ。英霊ボールどもの空気が変わる。
『それも一度じゃない! 日本シリーズでも!』
ザワワ。
『しかもこいつ、僕がスワローズを去る時、後を頼んだぞと抱擁したら任せてよと言ってきたのに、新しい友達作りに行くねとあっさりFAでライオンズに移籍しやがったんだ! 理由がおかしいんだよ、なんで友達作りなんだよ!』
もう、イシイを擁護する空気は残されていなかった。
『……ヤバいやっちゃな、ネモト二世。儂も元捕手や。ノビタの気持ちようわかるわ』
前久様の英霊ボール『ネモト』もドン引きしてるよ。
『寝業師に言われたくないよ!』
イシイの絶叫が木霊するけど、これなんの話だっけ?
「コホン。英霊ボールたちの仲も暖まったことだし、そろそろ本題といきますか」
妙向尼さんの冷静な声に、顕如さんたちも頷いて座る。
貞勝さんと光秀さんによる信長様の条件確認と、本願寺側による石山退去だけは頑なに拒否の構え。
わかっちゃいたけど、難航しそうだ……。
話し合いが平行線になって、打開の糸口が見つからなくなってきた頃合いで、ふと顕如さんが無駄話を提案してきた。
「少し本願寺らしく問答をしようか。テーマは御仏だ。貴殿らの御仏に対する意見を聞かせてくれないか?」
問答? 要は授業かな? ヤバい、眠っちゃうよ。
最初に挙手したのは貞勝さんだ。
「それがしは御仏に救われております。夜中、布団に入っても書類が脳裏にこびりついて離れない時、御仏が一つ、御仏が二つと数えると眠れるんです」
「不眠に御仏の群れか。貞勝殿は御仏の使い方を独自に進化させたようだな」
その使い方で怒らないでいいのか? 顕如さん。
次に発言したのは光秀さんだ。
「私は、御仏とはルールだと思っています。経典に何をするか書かれているゆえ、それを元に門徒をどこで捕らえられるか紐解けました」
「なるほどな。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。光秀殿はそう解釈するのか。フフフ、面白い」
……うん。光秀さんはルールブック熟読するの好きだもんね。
それで相手を捕らえるって、大ボス目の前にして言うセリフかそれ?
次に発言したのは妙向尼さん。
「民は救いを求め、飢えて苦しむ者は米と同じほどに、すがる言葉を欲するのです。それを具現化させたのが御仏であり宗教。私も御仏の教えがなかったら夫の死で発狂していたでしょう」
「嬉しい言葉だ。本願寺に出会ってくれて感謝する」
頭を下げる顕如さん。
問答って言ってたけど、みんなの考え聞いてるだけみたい。
これなら私も眠らないで発言できそうだよ。
「はい! それがしは御仏がいるなら戦ってみたいでござる!」
うん、勝三は黙れ。
「俺もよ。気が合うな、森長可」
えぇ……それも肯定するんか顕如さん。
「うーん。御仏なぁ。火ぃ吹いたら笑い転げはるわぁ」
前久様、何言うてはりますの?
「そいつはいいですな。どうせなら雷も落としてもらいましょう」
あかん。なんで顕如さんもノリノリで終末論者みたいに言うんだよ。
視線がまだ語ってない私に集中する。くそう、勝三と前久様の前に発言したかったぜえ。
「私が御仏に思うことはただ一つです。いるならとっとと戦乱終わらせろや! 存在するのにこの惨状放置してるなんて性格悪すぎ、ぶん殴ってやる……かなあ」
「御仏がこの世に降臨するのは56億7000万年後と言われている。残念ながら、極楽浄土から現世はそのくらい遠いのだ」
「って! なんで私だけ勉強みたいな回答⁉」
「フフフ、冗談よ。56億なんちゃらは弥勒菩薩。阿弥陀如来様はいつも我らの側におられる。クソほど役に立たんがな」
うわぁ……宗主がそんな発言していいんか?
まあ、戦に敗れたんだからそう思うのもわかるけど。
「私は御仏はいると思います」
「ほう、何故そう思うのか」
「顕如さんの阿弥陀如来の刺青、門徒たちは顕如さんを阿弥陀如来の化身と思って行動してたのもあるんじゃないかなあって。……ホント厄介でしたから。門徒兵の強さ」
「フフフ、俺が阿弥陀如来か。悪くない答えだ。……しかしそれで俺は多くの門徒を極楽浄土という死地に送った。だとしたら阿弥陀如来は随分と極悪非道の存在だな」
「……そうかもしれません。でも、それは今まで織田と敵対してたから。これから織田と仲良くすれば戦がなくなって、どんどん顕如さんを心の拠り所にして生きていく人が増えると思うんです。さっきのイシイの話じゃないですけど、新しい友達が増えるように」
『お嬢さん、まさにそれ』
イシイは黙っててくれたまえ。
「友が増える、か。イシイのように既存の場を離れ、新天地にて……」
顕如さんが腕組みをして瞳を閉じ、上を見上げる。
私たちは次に出る彼の言葉を待つ。
きっと、答えが出たのだから。
「……わかった。石山を退……」
おお! こんなに早く説得成功大勝利!
だと思ったら、顕如さんの言葉は途中で途切れてしまう。
「ちょっと待ったああああああああああ!」
襖が開き、血走った目をしている若い坊主が乱入してきやがったのだ。
「父上は信長に屈するのですか! ざけんなクソ親父がああああああ!」
父上? 顕如さんの息子かよ。ゴツいガタイそっくりじゃん。やっぱり刺青してんのか?
「教如……ちっ。誰だ縛ってた縄を解いた馬鹿は」
あの~、顕如さん? 今、とんでもない発言した気がするんですけど?
本願寺教如。
顕如の嫡男で次期本願寺宗主を継ぐ存在。
彼の乱入で、私たちの交渉に不穏な影が広がっていった。