なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
第224話 長谷川真昼、リストラを目撃する
顕如たち本願寺のお偉いさんが石山から去り、私は一旦完成間近の安土へと戻ってきた。
信長様はセンイチと自室に引き篭もって、何かをしてる。
私から言えるのは絶対ヤバいこと考えてるってだけ。
だって鶴の恩返しの主人公のように、そ~っと襖開けて覗いたら、信長様は目をキラキラさせて筆を走らせ、センイチも眩く光って上機嫌にしてたから。
『ドラゴンズ時代、タイガース時代、イーグルス時代、このリスト作成の瞬間は高揚したわい。いつの世でも楽しいのう』
「フッ。良い制度よ。今後も定期的に開くぞ、センイチ」
『応とも!』
「むっ、誰だ!」
ふう危ない。そろそろ気づかれるかもとダッシュしてたから難を逃れたぜぇ。
鶴なら正体見られたんで帰りますだけど、信長様の場合引きずり込んで仕事押しつけてくるからね。
触らぬ信長様に祟りなしだよ。
私が石山にいる間も天下の流れは休むことなく動いていて、上杉謙信の死後に起きた養子2人の争いにより景虎を支援した北条氏政と、景勝を支援した武田勝頼の関係が急速に悪化。
代理戦争と化した越後は景勝が勝利を収め、氏政は甲相同盟を破棄した。
しかし勝頼は好機とばかりに北条領に進軍を開始、上野国・沼田城を武田の真田昌幸が攻略、佐竹義重ら北条周辺の国衆たちと反北条大同盟を結んだことによって、まさかの関八州の覇者が劣勢で押されてるのだ。
危機感を覚えた氏政は家康さんに仲介を頼み、信長様に臣従を宣言。
「関八州を手放さずに何が臣従よ。武田とケリをつけるまでの仲よ。英霊ボールの一つもよこさずふてぶてしい男だ、氏政」
って信長様の感想だけど、どこか嬉しそうだ。
腹に一物ある人のほうが好きだもんね、信長様。
家康さんも北条が味方になり、本多正信さんが帰参したことで守勢から攻勢に反転。
以前奪われた高天神城へ進軍を開始。優勢に進めている。
北陸の権六おじさま率いる織田軍も、謙信死後の上杉軍を加賀で敗走させている最中だ。
西でも秀吉さんが長水城を攻略。その後、小六さんの追撃により城主の宇野一族を自害に追い込み、播磨が平定された。
光秀さんも藤孝さんと丹後に攻め入り、一色家を降伏。
三好康長さん主体で四国の旧三好軍の切り崩しも進んでいて、織田と友好関係を結んでいる長曾我部と隣接する日も近い。
互いに利用し合う遠交近攻策は、隣接した時点で破綻する。
今までずっとそうだったし、信長様と長曾我部元親の取次をしていた光秀さんもサバサバしていて、関係亀裂後の元親の動きを睨んでるけど、義理の妹が元親の奥さんの利三さんは悩んでるみたい。
利三さんもややこしい家庭環境してるなあ。お母さんの再婚相手が旧将軍家のお偉いさんで、幕府滅亡後に義父が土佐に行っちゃうなんて。
荒木村重逃亡後の摂津は池田恒興さんが任され、朝廷の近衛前久様は九州に遊びに旅立っている。
表向きは大友と島津の争いの仲介らしいけど、「接待楽しみやわあ」とか言ってやがったし、何しに行ったんだか。
私は自室に戻り、秀吉さんから届いた手紙を読んでいく。
『毛利戦線は私に任せ、真昼はそのまま信長様の側であの日に備えてくれ。次に何が起きるかは教えない。大丈夫、真昼ならできる。君は私なのだから』
うーん。信頼されるのは嬉しいけど、ちょっとはヒント欲しいよ。
「本能寺……か」
ボソッと呟く私。
戦国時代に来て随分時間が経ったけど、あとどのくらいで本能寺なんだっけ?
「本能寺がどうかしたか?」
「おわっ! 無音で乙女の寝所に入らないでくださいよ、信長様」
まったく、相変わらず神出鬼没なんだから。
……まさかまた、ここから仕事のお時間じゃないだろうな?
「明日、久し振りに野球をするぞ」
「おおっ! めっちゃ久し振りじゃないですか。相手は誰です?」
主力の面子で安土にいるのって長秀さんだけだし、近習組でやるのかな?
「トライアウトよ」
それだけ言って信長様は出ていった。
トライアウト? ラグビー用語かな?
***
安土のグラウンドのホームベース後方でキャッチャーミットを構え、マウンド上でセンイチを持ちながら土を蹴っている信長様を見つつ私は愕然とした。
ネクストバッターボックスで老齢のおっさんたちが数十名、青ざめた顔でバットを握りしめているのだ。
私が知ってる顔もいる。というか長年レギュラーの佐久間信盛さんもいる。
他にも尾張衆筆頭の林秀貞さんや、西美濃三人衆の安藤守就さんまでいる。
みんな本来なら、安土にいないはずの面子だ。
「よいか者共! 先刻告げた通り、戦力外を覆したくば俺の球をヒットせよ!」
『当日即トライアウトなんて、ついとるぞ。理屈はいらん。魂を見せよ!』
信長様とセンイチの声に、信盛さんたちが悲壮感極まりない表情でグリップを握りしめていく。
「えっと、戦力外ってもしかしてリストラのこと? ちょっとちょっと、信長様もセンイチも突然すぎね? しかも告げたのが先刻は酷くね?」
私が鳩の豆鉄砲くらったかのように唖然としていると、センイチが真っ赤に発光してこう言ってきやがる。
『何を言うか小娘! プロ野球はこういうもんじゃ! 野球界ではこんな話がある。同僚で牛丼屋に食事に行って談笑していたら一人の携帯が鳴り「明日スーツ着て事務所に来てね」と告げられる。みんな理由を即理解する。クビじゃとな』
えっと、ここ戦国の世であってプロ野球界じゃないんだけど?
『一人の電話が終わり、泣き崩れるのを見て皆が事情を察する。もう食事に談笑はない』
ヒエッ。そんな食事会、永遠に参加したくないよ。
『さらに次の人物の携帯が鳴る。そいつが終わればまた次の携帯が。次から次へと順番に鳴っていくのじゃ』
センイチ? もはや怪談の類になってるんだけど。
『その食事会に参加していた一人だけ、今か今かと携帯が鳴る恐怖に震えたが、そいつだけついぞ鳴らんかった』
生き残ったってこと? 食事の味、しなかっただろうなあ。
『ちなみに実話じゃ』
念を押さなくていいよ、センイチ。もう空気がその食事会並みになってるんだからさあ。
「というわけだ。戦力外に退職金も居場所も与えんのがいい。実力の世界はそういうもんよ」
信長様? 今までで知った野球のネタで一番嬉しそうじゃね?
「しかも再チャンスの機会がある! 者共! 諦めるなよ」
久太郎君や鶴千代君たち近習組が守備に就いていく。
おっ、蘭丸君もいるぞ。内外野7人に選ばれるなんて凄いじゃん。
「プレイボールだ!」
振り被る信長様のフォームと投げるセンイチはいつもよりキレも重さも段違い。
ガチで投げて信盛さんたちのバットに当たるはずもない。
結局、成功者は現れないままトライアウトは終了してしまった。