なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
最後の打者、佐久間信盛さんを空振り三振に仕留め、マウンドで吠える信長様を余所に私はグリップを震える手で握りしめる信盛さんの後ろ姿を見つめていた。
「……信盛さん」
『何を言う気じゃ小娘。どんな言葉も屈辱にしかならんぞ』
ミットの中のセンイチが、いつもの口調で呟いてくる。
そんなことはわかってる。私だって部活の助っ人で色んな大会出たことあるけど、私に負けて二度と競技に姿を見せなくなった人も知ってる。
勝負の世界は綺麗事じゃない。けれど長年色んな戦場でお世話になったのに、一言も声をかけないのもおかしい。
私はセンイチを地面に投げて埋めてから口を開こうとしたが、先に大きな野太い声がグラウンドに響き渡る。
「お待ちくだされ!」
急ぎ馬で駆けつけて来たのだろう、馬がゼエゼエ言いながらへばってる横で権六おじさまが平伏して叫んできたのだ。
「右衛門尉(信盛)は信秀様の頃より二心を抱くこと一切なく、信長様にも忠義を尽くして参りました。秀貞殿も守就殿も真面目に政務に取り組み、問題になることを起こしておりませぬ。どうか、儂の功績に代えてでも……!」
権六おじさま……わざわざ進軍中の加賀から来てくれるなんて。
仲間の危機に駆けつける。普通なら美談の話だ。……相手が信長様じゃなければ。
「権六、貴様に知らせたのは五郎左(長秀)だな」
信長様の一言に、ベンチで書類手続きのために待機していた長秀さんも顔色を変える。
こんな大規模なイベントを、秘密裏に主催できる人材なんて限られている。
長秀さんは信長様から話を聞き、きっと青ざめて権六おじさまに報せたんだろうね。
これは信長様じゃなくても、すぐにわかっちゃうよ。
「五郎左は報せてくれたのみ。来てくれとも信長様に何か苦言を呈することも書いておりませぬ。来たのは、儂の一存!」
平伏している権六おじさまに、信長様は金属バットを一本持って近づいていく。
「加賀の攻略に大将がいない。これで攻略が遅れたらどう責任を取る気だ?」
バットの先端が権六おじさまの鼻に当たる。
「利家と成政で軍を二分して競わせております。失敗の責任は全て儂が持ちます」
「フッ。加賀は結果待ちにしよう。なら、とっとと帰れ」
「お待ちを! 右衛門尉たちの戦力外、撤回を! 老齢だからなら儂とて老齢。さらに秀貞殿の戦力外を世はどのように思われるかお考えを! 信勝様を担いで謀叛を起こした過去をほじくり返されたと噂されますぞ! この儂も、その時に謀叛した当人!」
一瞬上機嫌になった信長様だけど、しつこく食い下がる権六おじさまにイラッとしたようだ。
「クドい! 噂なんぞどうでもよい! 老齢だからと言ったな? 康長を見よ! 奴も老齢ながら三好残党軍との戦で功を立てているぞ。年齢が関係なければ過去も関係ない!」
権六おじさまは呆然とした。
信長様が単純明快に不要戦力を切り捨てたことを、ようやく理解したのだ。
「五郎左! 戦力外どもに今後を説明せよ」
信長様の声にベンチ裏から長秀さんが出てきて、淡々と説明していく。
「皆様の所領は没収、家臣団も解散になります。居住に制限もなければ、蓄財の没収もありません。ただ、叛乱されたらしかるべき対処をいたしますので、疑われることはしないでください。あと、仕官も制限はありませんのでご自由にどうぞ」
用紙に同意のサインして、一人、また一人とグラウンドをあとにしていった。
「守就さん!」
居ても立ってもいられず、私は去っていく人たちに駆け寄る。
かける言葉はまだ見つかってない。
守就さんは半兵衛君の親戚だったから、半兵衛君が生きてればこんなリストラなかったのにって慰める?
……いや、半兵衛君もノリノリでやってただろうから逆効果か。
「真昼殿か。達者でな」
「……これから、どうするんですか?」
「郷里で隠遁じゃな。……老いても現役、か。儂にはその根性なかったわ」
そう言って、守就さんの背中は見えなくなっていった。
「秀貞さん……」
次に声をかけたのは、尾張の頃から筆頭家老として戦より政務で信長様を支えた林秀貞さん。
「信勝様を担いだ謀叛を蒸し返されたほうが、まだよかったのかもしれぬな……」
「後悔してますか?」
信長様に従ったこと、信勝を最後まで担がなかったことを。
とまで言いかけて私は言葉を飲み込む。そこまで突っ込んで聞くべき立場じゃないから。
「天下泰平後も実力主義で行くと宣言されたのじゃ。各地の野心家は大喜びしてるじゃろう。信長様が正しいか、陰ながら見守っていきます」
秀貞さんも姿が見えなくなる。
この後、京で余生を過ごしていた秀貞さんだけど、気が抜けたのかこの日から僅か2ヶ月後に病に倒れ、そのままこの世を去ってしまった。
「……信盛さん」
最後に声をかけたのは、ずっと織田家でレギュラーを張っていた信盛さん。
「仕方あるまい。本願寺攻めの司令官に抜擢してくださったのに、功績を何も立てられなんだ」
「でも、あっちこっちに転戦して頑張ってたのに……」
「そこでも手柄がゼロ。……真昼殿や光秀殿、秀吉殿らの目覚ましい功績に焦ってたが、今後、焦る必要ない……のか」
信盛さんの背中が大きく震える。重圧から解放されたのに、いつまでも重圧を浴び続けていたかった本音混じりの嗚咽。
「以前より真言宗に興味がありましてな。坊主頭な余生を過ごすとするか」
そう言い残し、信盛さんの背中も見えなくなった。
「ったく。足軽から仕え直すと言う者を待ってたんだがな」
近習・小姓たちがグラウンドで久太郎君のノックを受けていく中、めり込んだセンイチを取り出しつつ信長様が呟いた。
「……それ、最初に言ったらよかったんじゃ?」
『他人に言われて気づくようじゃ失格よ。のう、信長』
「ああ。又左(利家)が追放されてなお、足軽働きで功を立てて復帰した実例があるのにな」
信長様? それはさすがに又左さんのようなアホだからできたことだと思うよ?
『そうともよ! 儂は最初に言ったぞ。魂を見せよとな』
センイチめ、嬉々としやがって。今度はマントル目掛けて投げ込んでやる。
「フッ。いずれ俺も歳に負けて引退する日が来るだろう。どこかで足軽をやるのが楽しみだ」
信長様? 余生の人生設計、間違ってますよ?
ていうか信長様が「足軽で雇ってください」って就職活動で現れたら、ほとんどの人たちが気絶すると思うね。
私はノックの音が響くグラウンドを見つめながら、信長様はどんだけ偉くなっても、根底が出会った頃と全く変わらないことに呆れると同時に、変わらないことが信長様の凄いところとアホなところだと改めて感じていくのだった。