なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
私のフルスイング、孫一さんの火縄銃の轟音、顕如さんの右ストレートに左足から繰り出されたハイキックからのかかと落とし。
そのいずれもが廟に届かず空間が歪んで跳ね返され、私たちの攻撃は無効化されるだけと証明されてしまった。
「奇人変人が多いから、廟と英霊ボールの関係を紐解いたそうだな? 論理的に説明せよ」
手元で英霊ボール『センイチ』をお手玉のように投げては手の平に戻しつつ信長様は、ここ高野山の説明責任者の清胤さんに詰問していく。
「廟が出現するたびに、我々もあらゆる手段で破壊しようと試みました。残念ながら、信長様たちと結果は同じでした。……しかし」
そこで一旦区切り、清胤さんは別の廟に移動する。
そこは上杉謙信の廟だ。
「謙信公が長尾景虎と名乗られていた頃、現し世に嫌気が差し、ここ高野山を訪れたことがあります。……すると、彼の目の前で謙信公の墓が現れたのです」
「上杉謙信廟と書かれているが、その時に謙信は己の墓だと察したんかい?」
孫一さんの問いに、清胤さんは頷く。
「第一の奇人変人は上杉謙信公。彼の者はジッと己の廟を眺め、『これは俺だ。……ワンチャン、か』と呟きました。拙僧も当時、意味がわかりませんでしたが、英霊ボール大戦が始まって謙信公が手にした英霊ボールは『ワンチャン』」
謙信とワンチャンか。あの手取川をバットスイングで割った怪物白頭巾の悪夢を思い出し、私は身震いしてしまう。
「第二の奇人変人は拙僧らの主、真魚」
「ちょっと待て。真言の開祖の名前じゃねえか。700年以上前の名を受け継いでる話は聞いたことねえぞ」
出た名に顕如さんが即座に噛み付くけど、それについても清胤さんは淡々と返す。
「名を騙る偽物だと拙僧も含めて全員が思っています。……ですが、密教の知識はガチ。問答であの者に勝てる真言の者はおりませぬ」
大昔の人の名前をパクってる人か。そりゃ、奇人変人だわね。
「真魚様が申すには、廟が出現したと同時に毎回トチノキを自分は植えていたと主張しております。必ず一本を。謎ルールですがある時気づいたそうです。『なんでここに何本もトチノキが生えてんだ? 俺の摩訶不思議目撃記念の証なのに』と」
廟が現れるまでトチノキそのものもない。けれど、廟が現れるとトチノキもセットで現れるらしい。
「なんでトチノキは異界に巻き込まれてるのかな?」
私の素朴な疑問に顕如さんが答えてくれる。
「トチノキの葉はヤツデの葉と同じく天狗の団扇とも呼ばれている。異界と相性がいいんだろ」
天狗ねえ。そういやお母さん、天狗も数匹倒したことあるって言ってたっけ。
「なるほどな。己自身の行動を疑ったわけか。たしかに廟の周辺だけトチノキが群生してやがる。余所に生えてないのはわかりやすい」
信長様? それより先に、謎ルールしてる真魚って人の思考回路にツッコむべきじゃ?
「世界が巻き戻っている疑惑を持たれた真魚様は、謎を解くために全国各地に旅に出ました。そして確信したのです。『英霊ボールの存在っておかしくね?』と」
いや、それは最初に疑おうよ。だって喋って戦う白球だよ? 普通におかしい存在だろ。
「英霊ボール大戦は信長様と真昼様の活躍で終息に向かっています。……ですが、それならなぜ巻き戻るのか。英霊ボールどもの本質は戦いと勝利への渇望。だから永遠に戦国の世で戦いたいがため、リセットしてやり直しているのではないか、というのが真魚様が考えた推察でございます」
一礼してくる清胤さん。
筋は通ってるのか?
たしかに英霊ボールどもは全員面倒くさいし、戦にも絡んでくる厄介極まりない白球だ。
でも、私は前周回で時間を巻き戻した人を知ってる。
今の羽柴秀吉さん。正体は帰蝶様で、前周回の私だ。
……ただ、彼女は何度も繰り返しているわけではない。明応9年から戦国の世で一生懸命生きて美濃を攻略して、政略結婚で信長様に嫁いで本能寺で散っただけの存在。
野球の神を脅し、今まで英霊ボール集めた褒美を寄越せと脅迫して勝ち取ったやり直しの機会。
……でも、ちょっと待って私。これは秀吉さんがそう思い込んでるだけで、実際は英霊ボールどもも都合がいいから巻き戻ったとしたら?
根底が全部崩れてしまう。
「ねえセンイチ。時間、巻き戻してるの?」
『アホ言うな小娘。んなことできるなら負け戦のたびに巻き戻っとるわ! ちゅうか、負けても次にどうやって対策練るか考えるのも戦の醍醐味やろ!』
私の質問に、センイチは真っ赤になって反論してきた。
ご尤もで。負けず嫌いのセンイチならそう言うと思ったよ。
「上位互換がいるってことか? ツルオカの大親分からは、そういった類は聞いたことねえな」
「俺も長いことオニヘイといたが初耳だ。しっかし初めて出会った頃からウマが合うとは思ってたが、今まで何度も組んでたってことか? その記憶も欲しいぜ」
顕如さんと孫一さんの相棒だった英霊ボールも、今は私が回収済み。
2人とも懐かしそうに空を見上げた。
「御託は理解した。が、その真魚とやらはどこだ? それと右衛門尉(信盛)を重傷にした経緯もまだ聞いておらぬ」
信長様の厳しい口調に、清胤さんは覚悟したかのように息を一つ大きく吐いてから答えてくれる。
「真魚様は逃げました。どうも本人も曖昧なのですが、信長様と真昼様の名前を聞くたびに青ざめるのです。恐らく、繰り返される過去で何度も金属バットで撲殺されてるんだろう、と言ってガタガタ震えていましたので」
おいこら、人を信長様と一括りにするなよ。
てか、逃げ足早すぎるだろ。
「佐久間信盛殿については最初に申し上げた通り、信長様と真昼様の廟を見て、過去に何度も戦力外通告の果てに高野山に流れ着いたトラウマを刺激されたのか、取り乱して真魚様に過去へ戻りたいと胸ぐらを掴まれたため、やむなく実力行使を……」
「ホントですか? 麻袋に詰めて重傷者を運ぶなんて、どうかしてると思いますけど? てか、どこに運ぼうとしたんです?」
私はムスッとして訊ねる。
信盛さんを止める方法なんて、他にいっぱいあったはずだ。
「そいつはこうだろ? 平井近辺に放置し、そこでまだ息があれば止めを刺して孫一に罪をなすりつけ、織田内部に亀裂を生じさせる。俺とて右衛門尉の死体が織田領で発見されれば徹底的に調査はする。お前らの思い通りに孫一を疑ったかどうかは別だがな」
信長様の読みに、清胤さんは無言を貫いた。
天下泰平を遅らせたいから信長様と孫一さんの仲を割こうとする、か。
えげつないけど、戦国の世の策略なんてどこもかしこもこんなもんだし今さら怒ってもしょうがない。
でも。
「今後二度と信盛さんに手を出さないと約束してください。それで私は許します」
私の力強い眼差しを浴びて、清胤さんは「約束します」と頷いてくれた。
『うむ。小娘の殺気も中々さまになってきたわい。威圧感で四球もぎ取れるレベルよ』
おいこらセンイチ? 乙女に威圧感は禁止だぞ。
「ちょっと待て真昼。まだ約束は早えよ。鈴木孫一とも約束しろ。反信長を支援しないとな」
「俺からもいいか? 阿弥陀如来を大日の輪の中に入れるんじゃねえ。別枠で敬え」
孫一さんはともかく、顕如さんのは宗教派閥的に無理じゃね?
今度は無言で頷きもしない清胤さんを見て、信長様は決断を下す。
「孫一は引き続き雑賀の反織田と戦え。顕如は鷺森で何かあればまた報せろ。……清胤!」
「……」
「織田は高野山を包囲する。天下一統を遅らせる理屈は理解したが、俺の邪魔をするなら容赦はせん!」
「……残念でございます」
絞り出すような声で、清胤さんが一礼してくる。
「戦闘になるかは知らん。さらなる廟が出現したら報せろ。通行の許可はせぬが、兵糧は恵んでやる」
「……なんと」
驚愕する清胤さんを尻目に、信長様は私に振り向く。
「真昼、帰るぞ!」
「えっと、平井でゆっくりしてからですよね?」
「明日の同時刻には安土にいるぞ!」
そんな信長様の無慈悲な声を耳にして、私は入れるものなら自分の廟の中に逃げ込みたいと、ほんのちょっとだけ考えたのでした。