なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
私は今、とても追い詰められている。
目は目隠しで何も見えない。それなのに四方八方から獰猛な肉食獣に囲まれてるのが圧となって肌をひりつかせる。
手に持ってる2つの目。これを置く場所次第で私の運命が決まる。
ゴクリ。
暗闇なのに、豹のように闇で光る目がたくさん見える。
どこだ? どこに置けばいい?
ええい、荒い呼吸よ治まれ! うるさい心音よ鳴り止め!
この福笑い、絶対に負けるわけにいかないのだ!
「ここだ!」
はっ! あかん、間違えた!
「わ~い、これで真昼は江の奴隷ね~」
「江の奴隷は初の奴隷~」
「こ~ら、2人とも。真昼が困ってるじゃない。フフフ、この茶々が守ってあげるわ。真昼」
ひっ! ヤバい、このままだと幼女三連星の相手で私の睡眠時間がなくなる!
「あっ、逃げた!」
「お母様! 五徳お姉ちゃん! 小夜!」
「予想通り、そっちに逃げやがったわ!」
なっ⁉ 経路を読まれてる……だと。
目の前にお市ちゃんとおごとくちゃんが現れる。
……小夜さんと佐助君に馬乗り状態で。
「ペシペシ。逃さないわよ真昼。今度は私と福笑いしましょう。暗闇の布団の中で……フフ、ウフフフフフ」
何を福笑いする気だよ、お市ちゃん。
「駄目です、市叔母様。真昼と寝るのは私の役目。真昼も若い私のほうが興奮するし」
まるで一回興奮したかのように言わないでくれたまえ、おごとくちゃん。
ハアハアハア、このまま城に居たら追いつかれる。
ちくしょう、まともよりだったお犬ちゃんが再婚して、安土から居なくなったから暴走に歯止めがかかんないよ。
……まあ、お犬ちゃんが居ても笑うだけで止めてくれなかっただろうけどさ。
私は馬小屋に向かう。途中でちょうどいい盾、弥助君を装備して。
「ざけんな! あの恐ろしいデーモン姫たちとの争いに俺を巻き込むな!」
弥助君、身体が小刻みに震えてるね。安土に来て日が浅いのに、もう洗礼浴びたんだね。
「左義長の準備してたのに。クソッ。信長様に真昼に拉致されたからって報告するから……グフッ」
ふう、おとなしくなったか。
信長様には馬に蹴られて気絶した弥助を私が助けたって言っとこう。
とりま、町を駆け抜けるとするかな。
***
近衛前久が九州から京に戻ったと聞き、明智光秀はご機嫌伺いも兼ねて御所へと足を向けた。
「此度の九州への下向、御苦労様でございました。大友義鎮、島津義久の動向は如何でしたか?」
律儀に平伏する光秀に前久は愉快そうに扇子を開き、パタパタさせて風を送った。
ちなみに今は正月明けの真冬である。
前久の周囲で、勧修寺晴豊や冷泉為満ら公家たちが値踏みしているかのように光秀を見ている。
前久の横で英霊ボール『ネモト』が浮遊し、光秀の袖に隠れている英霊ボール『イシイ』を無言で威嚇していた。
「ホッホッホ、相変わらず律儀どすなぁ光秀はん。義鎮はんも義久はんも南蛮の珍味仰山奢ってくれましたさかい、満腹の日々でしたわぁ」
「それは何よりでございます。京でも前久様が御所望される品を、可能な限り取り寄せてみせましょう」
「そりゃあおおきに。楽しみにしてるで」
フフンと鼻歌する前久だが、平伏したままの光秀を冷ややかな目で眺め、口元に扇子を戻す。
「大友も島津も、ついでに龍造寺はんも、信長はんが毛利と四国平らげたら上洛して臣従すると誓詞したためはりましたえ」
ポンと書類の束を目の前に置かれ、光秀はふうっと息を吐く。
内容に、上洛した際に所持している英霊ボールも進呈すると書かれていたからだ。
島津家の『アキヤマ』と『クドウ』。
大友家の『ヒルマン』と『ヤスノリ』。
龍造寺家の『ノリフミ』と『イナオサマ』。
いずれも九州戦線で猛威を振るっている、厄介極まりない白球どもだ。
「真にありがたきこと。これで西国は毛利と長曾我部を降伏させるのみ。信長様の天下一統までの優勝マジックがこれで点灯しました」
「せやなあ。東も優勢やし、はよマジックなくして欲しいわぁ。……けどな」
そこで前久は光秀の耳元に口を当てる。
「謀叛には気いつけなはれ。足元はよく見んとなぁ」
「はっ。信長様の身は、この光秀が身命を賭して必ずやお護りします」
真っ直ぐに前久の目を見て口にする光秀に、迷いは一切ない。
「前久様、織田家一の忠臣である惟任日向守をあまりからかいなさいますな」
「ただ、松永久秀に荒木村重と謀叛が続いているのも事実。もう謀叛は勘弁ですなあ」
晴豊と為満が口を挟むと、前久は扇子で作る風を強めて高笑いする。
「ホッホッホ。野暮な言い方してしまいはったな。せやせや光秀はん、正月の安土でおもろい催し物をしたそうやな」
「はっ。左義長でございますな。たしかに今年の催しは私も慌てました」
左義長とは平安京の頃より行われている、正月行事で火を焚いて門松や書き初めを燃やし、無病息災と五穀豊穣を祈る恒例行事である。
「馬を走らせながら爆竹鳴らし、安土の民たちが熱狂したそうやないか。見たかったわぁ」
光秀の脳裏に、その日の光景が悪夢のように蘇る。
城から脱兎のごとく馬に乗って逃げ出した長谷川真昼に、追う五徳姫とその馬になっている夫の旧松平信康な猿飛佐助。
さらに市様も馬に乗って追いかけ、その後ろには茶々姫・初姫・江姫を乗せて四つ足で追う旧瀬名姫な猿飛小夜。
真昼殿は新たに信長様の近習になった弥助を盾にして疾走するも、黒い肌色を一目見ようと民たちがどんどん溢れる始末。
さらに——
「十兵衛、民に被害でないようにせよ」
と命じてきた信長様の爆笑顔。
光秀は一計を立て、爆竹を鳴らすことで安土の町を必死に逃げる真昼や追う姫たちに民が巻き込まれないようにしたが、逆にこれが民にウケたようだ。
安土の左義長はヤバい。馬を走らせ爆竹を弾けさせまくる。
来年はおらが町でも、という機運があちこちで上がっている。
「はっ。信長様も自ら馬に乗り、民たちの歓声に応えておりました」
「民たちが喜ぶんはええこっちゃ。信長はんはエンターテイナーやわぁ」
——発端は、真昼殿が福笑いで敗北し、姫たちのおもちゃになるのが嫌だから逃げたんだが。
とはついうっかりでも口にも言えない光秀であった。
「どやろ? 帝も見たがってはりますし、京でもやるんは?」
「……さすがに爆竹の使用は、帝の眼前ですと安全面から許可するわけにいきません」
「ホッホッホ。帝の安全言われたら、こっちも爆竹は諦めるわ。ほな、馬揃えはどうやろ?」
「馬揃え……源義経公が行った名馬披露会でございますか」
「せやせや。ほんじゃ頼みましたで、光秀はん。日にち決まったら報せてくれなはれ」
前久は立ち上がり、光秀の肩にポンと手のひら乗せてからその場を後にした。
帝に、決定事項として報告に行ったのであろう。
他の公家たちも立ち上がり、部屋から居なくなった。
『ふう。相変わらず自分のペースに持ち込む人だね、あの元関白様』
光秀だけとなり、袖からイシイが出てきて嘆息する。
「ただ、信長様にとっても悪い話ではない。馬揃えは天下泰平を民に報せるのに重要な儀式ではある。諸国に喧伝され、もはや織田に挑むは愚かと悟るであろう」
『に、しては十兵衛君、あんまり乗り気じゃなさそうだね』
イシイの直感に、光秀は苦笑した。
(義経公は馬揃え後、失脚した。……杞憂なのは分かっている。義経公は頼朝公という兄がいたためだ。信長様にもはや政敵はいない。……万が一あらば、私が義経公の役目を負えばいいだけだ)
光秀も立ち上がり、手紙を書くより自ら安土へ行くべく準備を始めた。