なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
服部保長と百地丹波の死闘は常人では介入できない神速で繰り広げられていた。
高速で移動する2人に闇夜は姿を捉えられないし、足音の痕跡も残せない。
それなのにクナイがぶつかる火花が飛び散るたびに、葉が揺れ、大木が一本崩れ落ちる。
「焦りの色が見えてるぞ、丹波」
保長の嗄れた声が葉に乗って響く。
丹波を動揺させる一手だが事実である。
もはや英霊ボール『ハツ』は長谷川真昼に回収され、霧隠才蔵も敗れ、織田軍に捕らえられた。
さらに蒲生氏郷と滝川一益が比自山に軍勢を向けている。
上忍を多数失った伊賀に、百地丹波すら欠いては織田正規軍との戦いで勝ち目はないだろう。
「余裕の戯言を抜かすは忍びを捨てた証よ。千賀地をも見捨てたお前に負ける儂ではない」
服部保長は千賀地の地で生まれ、今も多くの親族が暮らしていた。
そこはもう、織田に蹂躙されて生きているものは存在しない。
丹波の身体が闇夜で白く光る。
視界に入った全てを喰らい尽くす巨大な獅子の姿となって。
「フッ。相変わらず真っ直ぐな男よ」
保長は両指の間に挟んだクナイを投げ捨て、腕をダラリと垂らした。
「無型の構え……愚かな! やはり忍びを捨てた貴様は、もはや我がライバルではない」
迫る獅子となった丹波の大口が保長を飲み込んだ。
バリバリモリモリムシャムシャ、ゴックン。
「……手応えはあった。滴る血も本物……なのになんだ? このあっさり感は?」
若かりし頃と違う老体であり、己と違って忍びの道を外れ、武家に仕えていたからこの体たらくになったのか?
いや、違う。己を足止めしていたクナイ捌きは己と同等だったのだぞ!
「ペッペ!」
吐き出した肉塊が右腕の形に変わる。
(しまった、依代だ。奴め、右腕を犠牲にして自らの分身を生み出しやがった)
そう思った直後、竜が上空で旋回するのが見えた。
ハツではない英霊ボールが隣で浮遊している。
『ガッハッハ、さすがは忍びどもよ! 竜にまで変化しよるとは思わんかったぞ!』
「そのダミ声、センイチとかいう信長の英霊ボールか! 貴様は平楽寺で照明をしているはず!」
驚愕する丹波に、センイチは得意げに語る。
『保長に教わった儂の分身の術、見事じゃろ?』
竜は落下し、獅子を食らうべく大口を開ける。
獅子もまた、逆に今度こそ食らうべく咆哮した。
勝負は一瞬で決する。
「……グハッ!」
丹波の心臓が背後から一突きされる。
胸から浮き上がる煌めく刃に、己の血が滴るのも見えた。
「保重……の仇!」
右腕を失ったばかりで多量の出血している福地宗隆だった。
「……不覚! 入れ替わっていたことに気づかなんだとは!」
刀が抜かれ、血飛沫が飛び散る。
「化かし合いは、こちらの勝ちだったな」
ふらつく宗隆を支え、人の姿に戻った保長は倒れ込む丹波を見おろしながら続けて問う。
「なぜ、鎖帷子を着けていなかった?」
「……くだらん質問だ。早く止めを刺せ」
クナイではなく刀を手にする保長に、最期まで意地が悪い男よと朦朧とする意識が、振り下ろされるのを確認して、途切れた。
***
平楽寺から比自山に撤退した伊賀忍軍であったが、百地丹波が戻らないことに動揺収まらず、すぐさま滝野吉政の居城・柏原城まで撤退。
そこで全軍集結した織田軍に伊賀忍者と親交深い申楽師・大倉五郎次が訪れてきた。
五郎次は、総大将の信雄君の前で毅然と述べていく。
「北畠様、ここで伊賀を尽く焦土にするは天下の喪失かと。申楽と同じく、人は極限の修行で一芸を手に入れる証拠が忍びどもでございます」
「わかった。一益、頼めるか」
「御意」
こうして申楽師を仲介にして、滝川一益さんが降伏勧告に赴いた。
伊賀忍側は吉政と森田浄雲が代表となり、伊賀忍側の降伏条件、今後信長様の戦には敵対しない、及び領民の安堵で交渉成立。
直後、五郎次と上忍どもは煙のように姿を消した。
なんなん? 突然現れた申楽師って。
いや、申楽師は知ってるよ? 能で踊る人たちのことだって。
「ねえ、あの五郎次って人、忍者が化けてたんじゃ?」
「真昼様、彼の者が化けた姿か忍びだったかはどうでもよいこと。伊賀にとっても我らにとっても、好都合な時期に現れてくれましたから」
もう、信雄君も大人になっちゃって。
そんなこんなで戦後処理をしていると、信長様と信忠君がやってくる。
今回は2人とも出番なかったね。
「ったく、おとなしくする気がねえのか忍びって連中は」
柏原城に入城した信長様は苦笑して、控えていた一益さんに呟いた。
「信長様の戦に敵対しない。この条件は守るでしょう。あとは天下一統すれば自然に傭兵稼業は廃業するでござります」
「フッ。忍びらしい化かし合いを言葉でするか。大義であった久助(一益)。貴様と信雄、鶴千代(氏郷)、保長がいなければ、短期間で伊賀を平定できなかったであろう」
「はっ! ありがたき幸せ」
「しかし父上。織田ではなく父上の名での条件。父上に何かあれば忍びどもは手のひらを返すでしょう。十分に注意してくだされ」
信忠君の心配に、信長様は相変わらずこう言うのだ。
「ならば、その時は信忠が再び忍びどもを抑えるがいい。それだけのことよ」
もう、信長様ったら。息子の不安に思う気持ちぐらい汲み取ってやろうよ。
「信忠! 俺の名代として伊賀の民を慰撫し、諸将を労え!」
「ハハッ!」
信忠君は一益さんを連れて出ていき、私とセンイチ、保長さんだけが信長様の許に残った。
ちなみに、おごとくちゃんと佐助君はさっさと安土に帰ってる。
才蔵を破った殊勲者なのに自由すぎるけど、おごとくちゃんは姫が身分だし普通に考えたら当然だよね。
……まあ、一番の理由が、才蔵を破った忍びとして続々忍びどもが集まって手合わせを申し込んできてウザかったからなんだけど。
「ではこちらへ」
保長さんの案内で柏原城の一室に入る。
そこに3人の男がいる。
1人は正座して姿勢を正しくしているが、右腕を失った福地宗隆さん。
もう1人は壁に背をもたれかけ、立って腕組みしている霧隠才蔵。
最後の1人は布団の中にいる百地丹波だ。
「フッ。宗隆よ、仇討ちはもういいのか?」
信長様の問いに、宗隆さんは平伏して答えてくる。
「息子の死は、戦場でのこと。武士になった息子の選択ゆえ、元より丹波殿への恨みはございませんでした。我が狙いは、伊賀がこのままでは織田によって滅ぶこと。伊賀者どもに、世の流れを骨身に染み渡らせたいのみ」
「フッ。であるか。ならばこれからも織田で伊賀を変えよ! 失った右腕分以上の報いを与えてやる」
「ハハッ! 必ずや期待に応えまする」
「才蔵! 貴様は久助の配下になれ! 拒否権は与えん」
「ちっ。……敗者だ。従うさ」
ふう。こいつが駄々こねたり脱出試みないでよかったよ。
……信長様、私を追っ手にしそうにしてたし。
「でもいいんですか信長様。こいつライバル見つけたとか言ってまた裏切りそうですけど?」
私が口を挟むと、才蔵は邪悪な笑みしてきやがる。
「生涯のライバルは1人のみよ。同じ陣営なら、楽に襲撃できる」
おいおい、こいつ発想がヤバすぎるよ。
安土の友達に遊びに来る感覚で忍び勝負しようと考えてやがる。
「他に被害を出さないなら許す! ただし、職務に手を抜くのは許さん!」
そう言った信長様に、才蔵は跪く。
「俺が忠誠を誓うのは丹波様のみ。ですが認めましょう。主としてありがたき方だ。信長様」
次に信長様の視線は布団の中にいる丹波に向く。
「心の臓をずらして致命傷を避けるか。無茶苦茶だな、爺」
「それこそが忍びの修行よ。……どうだ信長、驚いたか? これは貴様にも真似できまい」
「真似したくもねえよ。どうだ? 生きている感想は?」
「……あの時、保長も宗隆も儂を仕留める気であったのは確か。その後、そこにいる小娘が止めたことは聞いた。……どうして止めた? 小娘」
そう、保長さんが刀を振り下ろした刹那、私が「ちょっと待ったー!」とハツを投げて刀を弾いたのだ。
「どうしてって……まあ、命が尊いとか言う気はないですけど……」
私は、ただ私の都合のみを口にする。
「ハツと約束しちゃったんで。丹波も殺させないって。それなのに死なれたら寝覚め悪いですし、伊賀の忍びも『仇討ちだ』とか言って襲ってきそうだからです」
「ハツ……か」
「ハツは感謝してましたよ。球体に忍術教えてくれてって」
私の言葉に、丹波は寝返りを打って顔を隠す。
なんだ? ひょっとして泣いてるのか?
「丹波よ! 伊賀の降伏内容は聞いておるな。貴様を特別視する気はない。怪我が治ったら安土に来るがよい。仕事を与えてやる」
「……ちっ。ふざけた男だ。織田信長は」
丹波の声は、震えていた。
「保長さんはこれからどうするんです?」
私はもう1人、去就不明のお爺ちゃんに声をかける。
「儂は隠居の身ゆえ、気の向くままに」
おお! 信長様が舌打ちしてる。
うん、保長さんは家康さんの配下の正成君に家督を譲ってるもんね。
さすがの信長様も、他家の隠居を好き勝手にするのを自重しているようだ。
隠居か~。これって使えるかも。
「はい! 信長様! 私も隠居したいです!」
「却下だ」
信長様? 冷静に即答しないで?
『隠居っちゅうのは家督を譲る相手がいてこそやろ。小娘、誰もおらんやろ。それただの引退や』
センイチまで冷静にツッコむな~。