なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
戦国稀代の英雄、武田信玄の死後、後を継いだ勝頼は長篠城を巡る攻防により、設楽原の地で信長率いる織田・徳川連合軍に大敗北を喫した。
しかしその後、反信長連合の恩恵をフルに利用し反撃に転じる。
上杉謙信の急死による養子2人の後継者争いで、勝頼は同盟者の北条氏政と対立。
氏政の実弟・上杉景虎は自刃し、勝頼が支援した景勝が上杉を継いだ。
甲相同盟は破綻したが、越後と強固な同盟を結べたことにより勝頼は北条領に進軍。
上野国を攻略し、甲斐・信濃・駿河を併せ、ここに信玄でも成し得なかった武田家最大版図を築いたのである。
対北条戦線は岩櫃城の真田昌幸。
対徳川戦線は高天神城の岡部元信。
対織田戦線は木曽福島城の木曽義昌。
この3人によって、各戦線を有利に進めていった。
が、岡部元信が徳川家康に攻められ敗死したことによって、武田有利の情勢は終わりを告げようとしていた。
(勝頼め、元信殿を見殺しにするか)
木曽福島城内で、義昌は思案していた。
高天神城救援に勝頼が動かなかったことで、最前線にいる国衆の心が武田から離れていっているのを、己も最前線にいる一人であるがため肌身に感じている。
(勝頼の魂胆は見えている。徳川相手に動かないことで、信長の印象を良くしようとしているのだ)
優勢な対北条に専念したい思惑が透けて見える。
(俺が元信殿にならないと断言できるか? 否、勝頼は俺をも捨てるだろう)
織田側の対武田最前線である美濃国は、織田信忠が率いて義昌と小競り合いを幾度となく繰り返しているが、岩村城陥落以降大規模な合戦にはなっていない。
それもそのはず、信忠や斎藤利治、森長可ら主力が別戦線に投入され、対武田に本腰を入れてなかったがためである。
その空気が変わったのは、岐阜城に滝川一益軍が入った一報からだ。
(救援に駆けずり回った信忠軍が伊賀以降、岐阜に留まったまま。そこに織田でも屈指の名将の一益が入る。どのようなうつけでもわかる答え合わせが来るわ)
義昌は織田にいる知人、遠山友忠へ書状をしたためた。
***
上野国・岩櫃城にいる真田昌幸の許に、北条からの使者が訪れてきたと報が入る。
「ふむ。何を言うか興味がある。通せ」
『いいんか、昌幸。北条の連中、降伏も和睦も一切考えてねえぞ。調略だったら会っただけで勝頼に疑われるぜ?』
昌幸の頭上で英霊ボール『アオタ』が警戒の言葉を口にするが、昌幸は意に介さない。
「疑われて一度新府に戻るのもまた良し。面と向かって諫言したいことが山程あるからな」
戦続きで武田の財政に破綻が迫っているが、勝頼は今が辛抱の時と民に増税を課した。
躑躅ヶ崎館から新府城に移るのも増税に拍車をかけているのだが、勝頼にとっては戦を有利にするためでも民にとってはたまったものではない。
もう一つ重大なのが岡部元信の見殺し。
高天神城失陥の重大性よりも、人は石垣の精神を忘れてはいけないことを何晩かけようが骨身に染み渡らせたいがためだ。
『まったく、ふてえ野郎だぜ。お前さんの立場と舌先三寸じゃなきゃ問答無用で処刑されるだろうよ』
アオタが苦笑していると北条の使者が姿を見せ、昌幸は微笑んだ。
「泰朝殿、ご健在な姿を見ることができ、嬉しく思います」
『まーだ現役で動き回ってるんかい。何が原動力なんだよ、泰朝のジジイ』
昌幸とアオタの挨拶に、朝比奈泰朝は白髪白髭、皺だらけになった皮膚だが相変わらず黒い鉄マスクを顔面に付けつつ、頬を緩ませた。
「昌幸殿、アオタ殿、敵対者と知ってなお親しみを込めてくれることに感謝します」
「して、何用ですかな? 北条へのお誘いでしたらお断りします」
昌幸の毅然とした釘の刺し方に、泰朝はゆっくり首を横に振った。
「実は訂正がございます。それがし、北条家を辞しましてな。今は素浪人の身分でございます」
『は? ついに隠居かよ。でもならなんで岩櫃に来るんだ? 故郷なら西だろ西』
アオタの指摘に泰朝は不敵に笑みを浮かべる。
「もう元信も死に、今川再興を夢見ているのは俺だけだろう。氏真様も家康のところで過不足なく暮らしている。……諸行無常、世は信長のものになろうとしている」
昌幸は相槌を打たない。
けれども、もうこの流れを覆すことはできないとも理解している。
「昌幸殿は武田に殉ずるのかね?」
ふと口にした泰朝に、昌幸は即答する。
「無論」
「そうか。もしそうでないのならば、貴殿を旅仲間に誘おうと思っていたのだがな。残念だ」
泰朝の目はギラついている。
昌幸もアオタも異様な雰囲気を醸し出す老体に、唾を飲むしかない。
「これから何処へ?」
昌幸の問いに、泰朝は短く返答する。
「安心しろ。武田に興味はない」
そう言って泰朝は岩櫃城を後にした。
『言ってくれるじゃねえか、泰朝のジジイ。おいどうする昌幸? 放っておくんか? 北条氏政はどケチで有名だぞ? 泰朝のジジイをすんなり手放すわけねえ。ぜってー裏があるぞ!』
「武田に興味がないと言われた以上、拘束する理由もない」
去りゆく年の離れた友の行く末を案じつつ、なぜか昌幸は冷や汗を頬に流した。
***
「ホッホッホ、いやあ楽しみですわあ、富士の山を見んの」
安土城の大広間で上機嫌で口ずさむのは、朝廷のお偉いさんである近衛前久様だ。
相変わらず胡散臭い口調して変なことを口走ってくるけど、この人が持ってきた帝からの命令書に、集った光秀さんや長秀さん、順慶さんや久太郎君に氏郷君、忠興君もゴクリと唾を飲んでいく。
「者共、聞いた通りだ。帝より朝敵武田勝頼を討てとの命が下った。直ちに岐阜にいる信忠を総大将に進軍せよ! プレイボールだ!」
立ち上がった信長様の言葉に、私もついにこの日が来たと武者震いしている。
だってあれだよ? この武田との決戦後に本能寺があるって秀吉さんから教えてもらったばかりだし。
裏ボス前のラスボス戦が始まった気分だよ。
……まずはこの戦で死なないようにしなきゃ。
「武田に残ってる英霊ボールは、ワカダイショウとアオタだね。何とか持ち主も無事に回収したいけど……」
私が決意してると前久様が近づいてくる。
もう、来なくていいのに。
「真昼はんは富士の山を登ったことあるそうやな。道案内頼みますわぁ」
「……えっと、これ戦で行くんであって、富士山登る暇があるかはわからないんですけど」
「ええってええって。なければ作る。それだけですやん」
それだけって言われてもねえ。
この時代、富士山も女人禁制だって聞いたんだけど?
あっ、スキップしながら去りやがったよ前久様。
もうこれ、あの人の中で確定事項になってそう。
「信長様、前久様自由すぎません? なんで今回の戦に付いてこようとまでしてるんです?」
「わざわざ勝頼を朝敵にする大義名分まで俺にくれたんだ。接待しないわけにはいくまい」
信長様は金属バットを磨きながら、私の質問に答えてくれる。
「てか、なんで朝敵ってのに? 信長様が戦乱終わらせる手助けしてるってことなのかな?」
この前も前久様は「信長はん、征夷大将軍にならへんか? 帝からのお願いや」とか言ってたし。
まあそれは、信長様は「義昭と同じなあ……」とか呟いて断っちゃってるけど。
だから、朝廷は役に立つよアピールでもしてるのかな?
「さて勝頼、どこまで抵抗できるかじっくり見てやろう」
金属バットを磨き終えて担ぎ上げた信長様は、東の方角を見つめながら囁いた。