なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
上野国・岩櫃城で迫りくる北条氏邦軍に火計・偽計・夜襲で退けつつ、真田昌幸はこの状況はもう覆せぬと悟っていた。
「……浅間山め、ここで噴火するか」
人が相手なら万全を尽くせば道は切り開かれる。
天を相手にどうせよと言うのだ。
「昌幸様! 城門に氏邦殿が!」
真田譜代の臣、矢沢頼綱に呼ばれ城壁までいくと眼下に馬に跨ったままの敵将の氏邦と、側を浮遊する英霊ボール『スギシタ』が見えた。
『げっ、スギシタかよ。あいつとはやりにくいぜ』
昌幸の横で浮遊する英霊ボール『アオタ』が舌打ちする。
同世代の天才投手にして屈指の名コーチ。
スギシタによって開花した選手は多い。
「何用だ! 簡潔に述べよ!」
昌幸の大声に、氏邦も声を張り上げる。
「真田昌幸! 北条に降れ!」
「断る! 我が真田は武田と共に滅ぶのみ!」
即答する昌幸に淀みはない。
そこにスギシタが説得に加わる。
『アオタよ、テツハルのところへ来い。英霊ボール大戦、大正生まれの意地を見せようじゃないか』
『へっ。名球会の参加資格の昭和生まれ以降に、テツハルもあんたも参加資格がなかったから時代に拘ってんだろ。俺ぁ別に、成績でも参加資格なかったがな』
自嘲するアオタだが、心は変わらない。
このまま昌幸と共に散る覚悟だ。
「武田が大事はわからんでもない。俺も北条が大事だ。だがな、貴様が無駄死にすれば貴様に付き従う家臣と民も死ぬことを忘れるな!」
「忠告痛みいる! ……今日のところは去るがいい。いずれ俺の進退が分かるであろう!」
「……最良の判断を願っているぞ」
そう言い残し、氏邦はスギシタと去った。
『おいおいどうすんだ昌幸! このままじゃジリ貧は事実だ。高遠城の仁科盛信は信忠軍5万に包囲され、陥落は時間の問題だ。もう、信濃も甲斐も、ついでに駿河も支えきれんぞ』
焦燥するアオタに対し、昌幸は短く告げる。
「この岩櫃城に勝頼様を呼ぶ。仁科殿が持ちこたえている間に戦線を上野にし、私の采配で持ち直す」
『へっ! 勝とうと思ってるのがイカれてるぜ。でもお前ならやれるだろうよ。やれ! とことんにな!』
アオタに背中を押され、昌幸は新府城に早馬を飛ばす。
——ただし、その早馬が新府に着くことはなかった。
岩櫃城を見下ろす木に紛れた黒装束の影が一つ。
滝川一益の配下の忍び、霧隠才蔵によって阻まれていた。
***
信濃国・高遠城。
続々と主家を見放す武田家臣たちであったが、ここの城主・仁科盛信の許に裏切りも降伏も是としない者たちが集結していた。
その数、3000。
「盛信は勝頼の実弟。降伏勧告は受け入れないでしょう」
「利治、これは礼儀だ。武士として、筋を通さねばなるまい」
包囲を完成させた織田信忠率いる織田家。
信忠は高遠城へ降伏の使者を放つ。
当然ながら盛信は拒絶した。
「っしゃあ! いくぞ忠正!」
「おう、長可!」
「おい、勝三(長可)! 平八(忠正)! まったくあいつら、信忠様の下知を待たずに飛び出しおって!」
河尻秀隆が怒鳴る横で、信忠は苦笑して全軍に命じる。
「功をあの2人に独占させるな! 高遠城落城まで休まず進め!」
信忠も馬を走らせ、城門を目指す。
「信忠様に続け! 長可たちを追い抜け!」
利治も声を荒げながら、信忠めがけて飛来してくる矢を秀隆と金属バットで弾いていく。
瞬く間に門は破壊され、高遠城に織田軍が溢れかえる。
「クッソ、邪魔じゃ雑魚ども! 大将首寄越せ!」
「盛信出てこいやぁぁぁぁぁぁ!」
長可と忠正が武田兵を金属バットで血の海に変えていく中、迫りくる織田兵を槍で串刺しにしていた盛信の許にたどり着いたのは——
「綺羅びやかな鎧に、俺より若い見た目。貴様、織田信忠か」
「如何にも。……残念だ。降伏してくれれば、信玄公の血筋が織田で残っただろうに」
「フフフ、貴様が俺の立場で降伏したか?」
「フッ。するわけない」
盛信の長槍と信忠の金属バットがぶつかり、二撃目で長槍は鎧に弾かれ、金属バットは頭蓋を割った。
「嘘でござる! 大将が大将首を取るって反則でござるよ!」
「アーーーー、これだから信忠様は! 俺らを囮に使いやがりましたな!」
「まだ戦闘は終わっておらぬ! 気を抜くな!」
気づいた長可と忠正が駆けつけ、信忠は怒るも渋々と乱戦に戻る2人の背を見つめながら、微笑した。
信忠軍の総攻撃は手を緩めることなく続き、高遠城に籠城していた武田兵は仁科盛信を筆頭にことごとく討ち死にしていった。
この高遠城落城と、穴山信君が徳川に寝返った報を聞き、勝頼は愕然とした。
「一戦も交えず……雌雄が決するとは」
どこで選択肢を間違えた?
岡部元信の死からか?
景勝を支援し、北条との同盟が破棄された頃か?
長篠城を落とせず、設楽原に誘い出された時か?
……父の死後、3年は動かない遺言を守らなかったからか?
新府城に戻った兵は1000。
10分の9が逃亡してしまった。
「あなた」
聞こえてきた妻の声に、振り向いた勝頼は目を見開いた。
「なぜ、甲冑を着ている?」
薙刀を手にして額に鉢巻をする妻・桂の横に浮遊する英霊ボール『ワカダイショウ』に目を向けると、これが彼女の意思であると言うように柔らかいオレンジ色の光を放った。
「無論、最期まであなたの側で戦います」
桂の瞳に迷いはない。
勝頼は説得を諦めた。
(間違い続きだった俺の人生だ。最期にせめて、妻を北条に返して死のう)
勝頼は控えている家臣、小山田信茂に告げる。
「岩殿城に向かう。新府に火を放て」
「……昌幸が岩櫃で頑張っていますが?」
「いや、岩櫃は遠い。織田に追いつかれる恐れがある。ここは岩殿のほうが現実的であろう」
「はっ! 承知しました」
紅蓮の炎に燃えていく、武田の新拠点として発展していくはずだった新府城。
もし新府が完成していたら?
もし躑躅ヶ崎館のままで織田と対峙していたら?
いずれも、今より反撃に転じる可能性はあったはず。
(それもまた、俺の人生のミスのツケよ)
新府の炎は瓦礫となり、織田の追撃を遅らせるだろう。
「出立せよ! 武田の意地を織田に見せてやれ!」
震える声で鼓舞をする勝頼の声は、炎が燃えるバチバチバチという音にかき消されていった。