なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
上野国・岩櫃城で籠城していた真田昌幸に、主君・武田勝頼の死を知らせたのは、人質として新府にいた嫡男・信幸であった。
昌幸は、主君の最期が詳細に記されている手紙を震える手で読み続ける。
一度読んだ文を、読み返さぬ記憶力を持っているのに。
涙は出ない。いずれこうなると想像していたからだろうか?
それとも、己の忠誠心はこの程度だったのか。
「……織田が進軍して、わずかひと月足らずで、か」
ようやく振り絞って出した言葉に、信幸だけではなく次男の源二郎や英霊ボール『アオタ』や家臣たちが固唾を呑んで、昌幸がどのような決断を下すか見つめてくる。
「兄上、はっきり言ってくだされ。兄上の心は決まっているのではありませぬか? 心は織田にあると」
父が無言を貫くのに痺れを切らしたように、源二郎が口を開いた。
この源二郎。まだ元服前の小僧の分際で、軍議に紛れ込んでは妙に敵の心理を掴むのが上手いため、真田家の軍議にいるのが当たり前になっている。
今も昌幸が一番聞きにくいことを、代わりに言ってくれたのだ。
「ああ、俺はもう織田に降っている。だから無傷でここまで来れた」
断言して言う信幸の視線は父を貫いたまま。
設楽原で兄2人を殺され、織田と徳川への恨みを公言している父にはっきり言ったのだ。
斬り合いか、決別かの覚悟が全身から滲み出ている。
「兄上は誰に助けられたのですか? その話を聞いてから、俺も決めようと思います」
(こいつめ、ますます生意気になりやがって。小僧は黙って父に従ってろ)
と、信幸は思いつつも、新府にいた頃の武田家中と比較しても、源二郎ほど鋭い男はいなかったとも思い直し、語り出した。
「新府が炎に包まれる中、勝頼様が岩殿へ向かう行軍の中に俺はいた」
***
小山田信茂采配の火縄の銃声によって、岩殿城に近寄ることができなかった勝頼一行が天目山・栖雲寺に向かうと決めた瞬間、信幸は勝頼の前で片膝をついた。
「申し上げます! 我が姉が小山田一族の茂誠に嫁いでおり、あのような卑怯者の下で、怒りのあまり何をしでかすかわかりませぬ! どうか、ここで暇乞いを!」
「於国か。ハッハッハ、あいつはヤバい。今頃一人で信茂に斬り込んでるかもな。……わかった。達者でな、信幸」
「ハッ……御屋形様、ご武運を」
遠くなる勝頼の背中が見えなくなると、信幸は岩殿城に潜入を試みる。
甲冑と刀を捨て、農民に扮して月明かりが雲に隠れた夜の闇に紛れて城壁を飛び越えた信幸は、垣根から覗いた城下に物物しい厳重体制が敷かれているが、それはただの謀叛でないことにすぐ気づいた。
「おのれ茂誠め。妻とともに信茂様暗殺を企てるとは」
「奴らは赤児を抱えている! どこに隠れていようが赤児だ! 必ず泣くさ。その声を見逃すな!」
予想通りすぎて信幸は頭を抱えた。
(暗殺の結果はどうなった? いや、信茂が死んでいればここまで兵の統率はない。……失敗したか。さて、姉ならどこに潜伏するか……)
連中の言う通り、赤児を抱えての逃亡は不可能である。
早く見つけだし、城の外に脱出しなければ……。
焦燥感に駆られる信幸に策は一つ。
かくなる上は兵の一人を倒し、武具と防具を奪い連中の捜査網に加わり、姉夫婦を先に見つけるのみ。
そう思って飛び出そうとしたが、肩をがっちりと掴まれてしまう。
(この膂力……! なのに白い皺のない小さな手。……何者。……いや、まだ殺されていない。ここは舌先三寸で生き延びろ!)
「怪しい者でございませぬ。このようなことになって、親しい人の様子を見に来ただけの、しがない農民でごぜえます」
バッと平伏して早口で囁く信幸だったが、雲が流れて月光に反射する金属バットと、丈の短い袴から見える2本の細い脚を見て、絶句した。
「いやいや、絶対怪しいでしょ。私たちと同じように岩殿兵を睨んでたし」
軽い口調だが、威圧感が半端ない。
これが……音に聞こえし織田の戦姫。
「……なぜ、ここにいる、長谷川真昼」
「なぜって言われると困るけど、勝頼の遺体から織田に向けた遺言が……」
「待て! 遺体だと⁉」
「しっ! 声が大きいって!」
誰だ! こんな夜更けに男女の声だと⁉
密通か? 密通だな? こんな時に羨まけしからん。俺も混ぜろ!
抵抗するなら斬る!
「ほら見つかっちゃった! センイチ!」
『いや小娘よ。何とかしてって言うようなセリフで儂を掴むな』
振り被った少女のフォームはしなやかで美しかった。
白い指先から放たれた英霊ボールが、こっちに向かってくる兵たちにデッドボールを食らわし、沈黙させる。
「ふう、一件落着」
「いや、何も落着してないぞ?」
いい仕事したかのように額の汗を掻く少女に、信幸は冷静にツッコんだ。
「いや、わかってるって。あ~あ、於国さんて人と信幸って人を探さないといけないんだけど、どこをどう探せばいいんだか……」
「……俺が信幸だ」
「マジで⁉ ……コホン。うん、そうだと思ってたよ。今の状況で小山田信茂側に殺気を放ってるんだもん。さすが私、目標半分クリア!」
このおなご、絶対俺を認識してなかっただろう。
と信幸は思ったが、全力で否定されても時間の無駄なのでやめた。
「才蔵。なんかわかった?」
真昼が口にすると、真上から全身黒装束の忍びが落ちてくる。
「いや。だが、於国とやらはヤバい女だそうだ。ならば貴様の思考と同じじゃないのか?」
「誰がヤバい女じゃ。……私なら、もう一度信茂を襲撃するかな?」
姉の性格を知っていると、本当にそうかもしれん。
信幸の足が城へと向かう。
「獲物がないのにどうするつもり?」
「決まっている。盾ぐらいにはなるさ。それよりも走りながら聞かせろ。御屋形様の遺言とは何だ?」
「まあ、簡単に言うと、『裏切り者の小山田信茂を織田がどう処遇しようがどうでもいい。が、間に合うなら姉を救出に向かった信幸を助けてほしい』って感じ」
「……御屋形様」
信幸の目に涙が溜まる。
ただし内心では、だからといってなぜ長谷川真昼が来ると思いながら。
「……安心しろ。小山田信茂の処遇は信忠様が決める。我が主・一益様の予測だと、このような裏切りに大激怒すると仰せだ。裏切りに美学がなかったな」
才蔵の淡々とした声を聞きながら城を目指していると、号泣する赤児をあやしながら岩殿兵と戦っている、槍を振るう男と薙刀を振るう女の姿が見えてしまった。
「……姉上。義兄上も。……マジか」
「おお、凄い! 女の人も戦ってる。才蔵! 私たちも加勢してとっとと脱出するよ!」
おりゃあああああと突っ込む少女と忍びに負けじと信幸も体当たりや体捌きで迫る敵を薙ぎ払い、姉の手を掴む。
「信幸! なぜ引っ張る! このまま信茂の許まで突っ走るぞ!」
「姉上! 信茂はもう命運尽きています! 義兄上も! 織田方の小山田への心証は最悪でございます。2人は北条へ落ち延びてくださいませ!」
「は? 敵に裏切り者の処断を任せる? てめえそれでもあたいの弟かよ」
「信幸殿! 信茂を討たねば、於国はずっと興奮状態のままなのです!」
「うわああああああああああん!」
赤児の泣き声が夜空に木霊する。
「いたぞ、こっちだ!」
それに惹かれるかのように、続々と敵が集まってしまう。
「茂誠さん、ヤンキー……じゃなかった、於国さん。奇襲に赤児の泣き声は邪魔だってわかってるのに連れてきたのは、片時も離れたくないから大事なんですよね? なら、その大事な赤児を大切に育ててください。北条領まで、私たちが護衛しますから」
「あ? 誰がヤンキーだコラァ!」
ビュン!
於国の持つ薙刀が金属バットで弾かれ、夜空の彼方へ消えていった。
「北条領まで、私たちが護衛しますから」
にこやかスマイルの真昼に、茂誠と於国は舌打ちしながら頷いた。
「ちっ! 武器の差で負けただけだ! あたいも金属バットを使いこなす!」
「あはは、再戦はいつでも受けますよ。てか年齢同じぐらいだし、タメ口でいいよね? クラスメイトのヤンキーそっくりだし」
「上等だコラァ! 今度敬語使ったらぶっ殺すぞ!」
「そのセリフ、令和で言われたことある!」
女2人の会話に信幸と茂誠はため息をつき、赤児はキャッキャと笑った。
***
「その後、本当に北条領まで護衛をしていただきました。俺はその場で跪き、織田への忠誠を表明したのです」
信幸の語りを聞き終わり、源二郎はゴクリとツバを飲んだ。
あの気性の荒い姉上を制圧するとは……長谷川真昼は噂に違わず恐ろしい存在だと。
「そうか……於国は無事か」
「父上! 設楽原の恨みがあるのは理解しております。ですが、もはや織田の覇道は止まりませぬ。ここはどうか、織田に降ってくださいませ!」
信幸の渾身の説得に、昌幸の覚悟も決まる。
「娘と息子を助けられたのだ。兄上たちも許してくれるだろう。アオタ、それでいいか?」
『まあ、手土産は必要だしな。しゃあねえ、回収されてやるとすっか。テツハルやスギシタに降るよりはほんのちょびっとだけマシよ』
「すまぬな、アオタ。……真田は織田に降る! 信幸! 源二郎! すぐに支度せい! 信長様に挨拶しに行くぞ!」
こうして武田最期の砦、真田家は織田に降った。
わずか数ヶ月後の出来事を想像すらせずに。
——【大型連勝でマジックを減らせ、伊賀・武田滅亡編】完
最終章【長谷川真昼最期の日、本能寺炎上編】に続く