なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
第246話 長谷川真昼、富士の山を眺める
真昼が於国夫婦を救出した同時刻。
高野山奥之院参道にて。
——ゴゴゴゴゴゴ
突如地鳴りが響き、新たな廟が誕生した。
報告を聞いた高野山の僧・清胤はすぐさま現場へ急行。
廟に刻まれている名と、トチノキが1本も生えていないことに長い白鬚に汗が滲む。
「これが英霊ボール大戦の終結か、はたまた新たな騒乱の始まりか」
元々あった、織田信長と長谷川真昼の隣同士の廟の真正面に現れた『長谷川真昼』と刻まれた廟を睨むように凝視し、清胤は信長との新たな廟が現れたら報告する約束を守るべく、高野山を包囲している織田信張に使者を飛ばした。
***
武田を完全に滅ぼし、論功行賞を済ませた信長様は家康さんの誘い……というより「折角の機会なので接待させてくだされぇぇぇぇ!」という懇願で駿河国へと向かっていた。
まあ、その家康さんの後ろで扇子で顔を隠していた近衛前久様の姿が見えたし、誰もが前久様が狸を脅してるってわかってるけどさ。
てか東国総責任者に一益さんが就任、家康さんに駿河加増、河尻秀隆さんが甲斐、真田昌幸さんが上野で一益さんの補佐、その他木曽義昌さんとかも加増されてるのまでは納得だよ?
でもさあ、勝三(森長可)を北信濃の大名にするってヤバくね?
あいつの親友の忠正君も岩村城の城主に出世したけど、あいつらただの戦闘狂だぞ?
きちんと領地経営できるか心配だよ。
「ウキー」
甲斐国から駿河国の国境に入ると、家康さんの妻になった旭ちゃんが立派な着物を着て迎えに来てくれた。
「久しぶり~、大丈夫? 家康さんにDVとかされてない?」
「ウキー、ウキキノウキー」
「うんうん、そっかそっか。……いや、夜の布団の中での詳細聞かされても困るよ」
まったく、これだからラブラブカップルは。
でもよかった。猿と狸の異種姦状態になってなくて。
「さあ信長様、真昼様、信忠様、前久様、光秀殿たちも我が徳川観光にようこそ! 決してご退屈させずに喋りまくりまするぞ!」
気合入ってるねえ、家康さん。
……何百枚にも重なってる紙の束を手にしてるけど、まさかあれを全部読む気か?
「まず、富士の山といえば役小角から語らねばなりますまい。それまで不思議な山、不死の山と呼ばれていて、山に登った者は二度と戻ってこない恐ろしき山でしたが、役小角がきえー! と奇声をあげながら毎日叫んでるとあら不思議、いつの間にか富士の山に人が入れるようになったのです。そもそもなんでそんな奇声をあげてたかと言うと……」
めちゃくちゃ流暢に喋りだしたぞ、家康さん。
あれ絶対リハーサル何十回もしたね。
表情でわかるよ、これでやっと苦労が報われるって目に涙まで溜めてるし。
あっ、家康さんの近くで控えている正信さんが小声で(早く噛め、噛んで恥をかけ!)って言ってるのが聞こえるよ。
あのクソメガネだな、このわけわからん話を家康さんにさせている黒幕は。
『家康め、随分と頑張ってるのう。誰も聞いておらんのに』
センイチも浮遊しながら欠伸を噛み殺していく。
『よく見いセンイチ。旭はキラキラしながら夫の晴れ舞台を見とるぞ。あと、そっちの弥助っちゅう異人も真剣な目をしてるやないけ』
家康さんの英霊ボール『ノムサン』もセンイチの横に浮遊して来てボヤいてくる。
「いや、弥助は一応信長様の近習だし、もし家康さんが無視されてる悲しみで発狂したら、即座に殴る態勢してるだけだよ?」
まあ、あいつは知識欲豊富みたいだし本当に聞いてるのかもだけど。
『ノムサンノムサン! 久しぶり! イシイだよ!』
おおっ、珍しい。あのナチュラル鬼畜、光秀さんの英霊ボール『イシイ』も浮遊してくるけど、尻尾をパタパタしてる幻影が見えるよ。
『このボケ、アホンダラ。お前なんも考えんで織田に付きやがって、センイチに協力しおってムカつくわ』
『まあまあお父さん。同じイーグルス監督3球の縁を喜ぼうよ。……プププ、ノムサンだって織田に付いてるようなもんじゃん』
『ギリッ!』
あーもう、なんで観光旅行で白球が空中で激突してるんだよ。
センイチも笑ってないで止めろや。
「街道に石が一つも落ちていない。この短期間で凄いな、家康殿」
空中での効果音無視して、光秀さんが感嘆して地面を見ている。
「しかし肝心の空模様が曇り空なのは残念ですなあ」
富士の山見学ツアー参加者の1人、筒井順慶さんは上を見上げている。
「義父上、玉は今頃何をしているでしょうな? ああ、早く帰りたい」
忠興君は脳裏に奥さんの玉ちゃんを浮かべている。
「家康殿、ご機嫌ですが、若干穴山信君殿がドン引きしていますな。駿河一国加増の御礼なのでしょうが、あそこまで頑張る必要はないのに」
「フッ。何事にも一生懸命なのが奴の美徳よ。徳川に降った武田の連中もいずれ慣れるだろうよ」
信忠君と信長様は、家康さんの背後にいる旧武田家臣たちを見ている。
みんな……もうちょっと家康さんの今している話に興味もとうよ。
私は我慢して、家康さんの狸顔に集中していくのだ。
「……というわけで浅間大社が富士の山の山頂に……」
あかん、気合い入れて聞いてみたけど、1ミリも興味もてないや。
やがて本栖湖付近まで進むと、ようやく空が晴れてきた。
「「「「「おお!」」」」」
この場にいる、私たち全員が感嘆した。
青い! そして白い! さらに本栖湖に反射して逆さ富士が見える!
令和より空気が綺麗だからかな? 澄んだ青空と湖の青、さらに大地の緑がめっちゃ芸術って感じがする!
毎年家族と一緒に行なってた、元旦富士登山全力疾走レースの時は景色楽しむ余裕なかったから心が洗われるよ。
「これが富士の山。……うむ、霊山と呼ばれるだけのことがある」
信長様もずっと視線を富士山にあてている。
城を建てるのに向いている土地以外の目をしてる信長様って、めっちゃレアじゃん。
「晴れてくれてありがとうござりまするぅぅぅぅぅぅ! よかった、よかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ウキー!」
家康さんと旭ちゃんが抱き合って喜んでる。
たしかに中々東国に来れない私たちのために、ここまで準備してくれたんだもんね。
よかったね、家康さん!
「前久様もどうです? 人生で初めて富士山見た感想は?」
私は、この富士山見学ツアーの仕掛け人である前久様の驚く顔を見ようと振り向いた……んだけど。
「あれ? 前久様、いなくね?」
どこ行っちゃったんだ? まさか我慢できずに登頂目指してるんじゃ?
「信長様、前久様がいないんですけど」
「……たしかにいないな。誰ぞ知っているか!」
信長様の問いに、後ろのほうから公家の恰好をした人が近づいてくる。
前久様と一緒についてきた勧修寺晴豊様だ。
「前久様は『家康はんウザいわぁ。もっと近くで見るさかい抜けるわ』と告げ、本栖湖到着前に抜けました。『晴豊はん、ほなよろしゅう』とも言い残し」
うわぁ……もう少しオブラートに包もうよ。
家康さんの真上の空だけ土砂降りになってるんだけど。
まあ、晴豊様の拳もめっちゃ力がこもってるし、尻拭い役にされて内心ブチギレてるね、これ。
「であるか。前久殿なら大丈夫だろ。このまま進軍するぞ。……家康!」
「は、はい……」
「引き続き、観光ツアーのガイド、頼むぞ」
「は、はい!」
おお、家康さんの真上の土砂降りが消えた。
さすが信長様、狸の使い方心得ているね。
にしても前久様もおとなげないなあ。
あれが最近太政大臣になってるって、朝廷大丈夫かよ。
あっ! でもこれで一緒に富士山登る約束流れたかも。
私が前久様のガイドやる必要なくなって助かったぜえ。
***
富士の麓にある、とある洞窟。
そこに入った前久を待ち受けていたのは浮遊する英霊ボールが2球と、黒い鉄マスクをしている男と北条の忍びのドン・風魔小太郎だった。
前久の懐から、英霊ボール『ネモト』が飛び出し、待っていた連中の前で浮遊する。
『以前より、帝は退位し、殿下に譲位したい意向を信長に相談しているが、信長は譲位に必要な金を出すことを渋っている』
「ホッホッホ、まあ信長はんの考えもわからなくはありまへん。今の帝やさかい、朝廷がまとまってるっちゅうのも事実や」
扇子をパタパタと自分以外に扇ぎながら、前久は続ける。
「なので北条はんが金と人、おまけに英霊ボールまで貸し出し許可してくれるなんて太っ腹やわあ。おおきに、ホンマ感謝でっせ。よろしゅう頼んます。……泰朝はん、小太郎はん、テツハルはん、スギシタはん」
『伊達や蘆名ら東北が、続々信長に恭順の意を示している。もはや北陸の上杉ぐらいだ。信長に抗しているのは』
『テツハルさんの言う通り、もはや東で戦は起こらぬ。けれど我ら英霊ボール、ただ黙って長谷川真昼に回収されるつもりはない』
洞窟の中で、英霊ボールどもが発光する。
「……使われてやる。太政大臣」
両拳を地面につけ、頭を下げる朝比奈泰朝を見ながら前久は満足そうに頷いた。