なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
信長が安土で溜めていた仕事を片付けている頃、京でも太政大臣・近衛前久が真面目に仕事を——使える公家に割り振り、本人は自室で呑気に和歌を作っては相棒である『英霊ボール』ネモトと添削を楽しんでいた。
それでも立場上、前久がいなければまとまらず、また、前久が反対しない案件でも他から断固拒否と言われれば、否決されてしまうのが宮中政治である。
今目の前にいる明智光秀が訪れているのも、その否決された件の織田家からの異議申し立てである。
「ホッホッホ、ご足労すまんどすなあ、光秀はん」
一礼してくる光秀に扇子をパタパタ扇ぎながら、前久は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、これが我が役目なれば」
「光秀はんは当分戦には行かんのどすか?」
「はい。東海での接待の返礼として、家康殿が上洛する手筈となっております。私が総責任者として受け持つこととなっております」
「ホッホッホ、そらまた御苦労様どす。家康はんも光秀はんが総責任者なら楽しみにしとるやろうなあ。どやろ? うちも同席してええやろか?」
「はっ! お望みなら」
「ホッホッホ、冗談どす。主役の家康はんがビクビクしちゃいはるやろし」
そこまで言って、前久の顔が真顔になる。
「暦の件なあ、帝は特に反対はしておらんで」
信長が上洛して朝廷と関わった際、困惑した一つに京と尾張・美濃での暦にズレがあることであった。
さらに信長は英霊ボール『センイチ』から未来で使われているグレゴリオ暦や、南蛮人のフロイスやオルガンティノから極めて正確なユリウス暦の仕組みも知った。
これを取り入れたいと常々考えていたが、足利義昭には議論されずに却下され、朝廷にも長い間議論にされて結果は出ていなかった。
「毎年ほぼ同じ気候で月日が重なる。まあ、反対する理由は伝統という縛りや」
「……あとは、信長様に対する抵抗でもありますな」
光秀の囁いた言葉に前久は苦笑する。
九分九厘、当たりだからだ。
「今一度、議題として提出します。天下一統は来年にも達成するでしょう。この暦なら、近い将来にリーグ戦を開始することも可能でございます」
「野球のリーグ戦なあ。遠国の遠征は大変やろ? なあ、ネモトはん」
『せやな。移動手段が馬と船だけでは日程組むのも大変や。なら今の暦でも別に構わんのやないか?』
『ちょっとネモトさん! 全然違うでしょ! 閏月なんて最悪だよ。同じ日付で全然違う結果が起きちゃうんだよ! 記録員が混乱しちゃうでしょ!』
光秀の袖口から英霊ボール『イシイ』が出てきて抗議するが、ネモトにギロリと睨まれ(目はないのに)慌てて定位置に引っ込んだ。
「移動手段がネックなのは当然であり、審判をできる存在も不足しております。当面は年に一度安土に集め、トーナメント戦をしたいと信長様は考えております」
「さすが信長はん、現実的やなあ」
「次の段階で畿内リーグ、関八州リーグ、九州リーグのようにし、日の本一決定戦を行なう仕組みにするつもりでございます」
光秀の説得に前久は、うんうんと頷く。
この太政大臣に特に反対する理由はない。
「反対されたのは殿下だとお聞きしました。そのことに諫言した四条隆昌様、冷泉為満様、山科言経様が勘気に触れたとの噂ですが……もう一つ、その御三方が名指しされたのは、とある女房を信長様と帝が殿下に相談なく顕尊殿との御婚儀に賛同されたため、その女房の親族である御三方に勘気が向いたとも……」
「光秀はん、噂や」
とぼけた口調ではない前久の返答に、光秀は口を噤んだ。
「失礼しました。信長様からはもう一つ、暦の件が解決すれば速やかに譲位後の御殿建設と、殿下の即位式を大々的に行なうとの仰せでございます。殿下にもこのことをお伝えくださいませ」
「そらありがたいこっちゃ。信長はんは応仁以後、譲位する帝はおらんかったから不要だろと常々言ってはったが、ようやっと折れてくれはったどすなあ。応仁以後って単に朝廷に金がなかっただけやのになぁ」
扇子を口元につけ、ホッホッホと前久は笑った。
「それでは失礼いたします」
そう言って去った光秀に、残った前久は大きく伸びをする。
「……殿下を説得なぁ。まあ、無理やな」
『冷泉為子か。言い方は悪いが、女房衆の中でも特に愛した恋女房だったと聞く』
御殿のほうに向いて浮遊し、ネモトも囁いた。
「恋の恨みっちゅうんは知ったこっちゃあらへんが、殿下も事情を伏せて信長はんに恋女房を預けたんは愚策や。信長はんはそういったの驚くほど鈍いお方やしなあ」
『為子本人も御所から追い出されたと自覚し、顕尊も喜び、帝も喜び、顕如も喜び、信長も良縁と後押ししたんや。もう覆せんわ』
「せやなぁ。ところでネモトはん。光秀はんからの言伝を殿下に伝えるやろ? どう伝えたら、光秀はんに恨みが向くか文面考えといてほしいわぁ」
『顕尊と為子を引き合わせたのは長谷川真昼やし、家康も来る。前久は元々嫌われとるし……ちょうどええわな。こんな感じでどうや?』
——明智光秀が為子の婚姻を正当化したうえ、暦に従わなければ即位支援をしないと圧力をかけてきた。
「さすがネモトはんや、おおきに。それにプラス、うちも積極的に光秀はんを後押ししてたにしよか」
扇子をバッと広げ、満面の笑みを浮かべて前久は続ける。
「為子はんは殿下の恋女房やった。真昼はんは信長はんの恋女房。ホッホッホ、同じ恋女房でも、後者がバッテリーの意味って面白すぎるわぁ」
高笑いする前久にネモトは苦笑する。
『お前の笑いのツボ、やっぱり嫌いやないで』