なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第25話 長谷川真昼、鉄壁の守備に阻まれる

 森部での大勝利の余韻も冷めないうちに、私たちは一気に墨俣砦へと押し寄せた。

 ここを落とせば稲葉山城は目と鼻の先。

 織田家野球部の勢いはもう誰にも止められない!

 

「真昼、トスだ! 高く上げろ!」

 

「了解っ! 藤吉郎さん、場外ホームラン頼んだよ!」

 

 私のトスしたボールを、藤吉郎さんと小一郎が次々とバットで弾き返す。

 カキーン! カキーン! カキーン!

 夕闇に高く舞い上がる白球の群れ。

 

「な、なんだあの球体は⁉ 流れ星か⁉ 凶兆か⁉」

 

 砦を守る斎藤軍の兵たちが、空を見上げて口をポカンと開けている隙に、信長様率いる本隊が怒涛の進軍を開始!

 上空のボールに気を取られている間に、織田軍は砦の門を突破しちゃった。

 

「あわわわ! 織田の妖術だぁぁ! 逃げろ、火を放てぇ!」

 

 パニックに陥った敵兵たちは、砦に自ら火を放って逃走していった。

 ……うん、拍子抜けするほどあっさりだね。

 

 燃え上がる墨俣砦を背に、信長様がニヤリと笑う。

 

「ふん、チョロいもんだ。このまま一気に稲葉山まで駆け抜けるぞ!」

 

 ところがどっこい、稲葉山城を目前にした街道で急に辺りが深い夜霧に包まれた。

 冷たい空気と肌を刺すようなプレッシャー。

 霧の向こうから、松明の明かりと共に整然とした軍勢が姿を現した。

 

 中心に立つのは月光を背負って儚げに佇む美少年、竹中半兵衛君だ。

 彼に背後から、西美濃三人衆――氏家直元、安藤守就、稲葉良通率いる軍勢も姿を現した。

 

「出迎えか? ご苦労さん。わざわざ手持ち兵全軍で出迎えたぁ気が利くじゃねえか、半兵衛」

 

 信長様が馬上で軽口を叩く。

 だけど半兵衛君はぴくりとも動かない。

 彼の手元で鈍く光るモリミチボールが、冷徹な波動を放っている。

 

『モリミチさん、やっぱ眠っておらんか』

 

『木曽川以来じゃな、センイチよ。さあて、儂の鉄壁とセンイチの闘志。どっちが上か勝負ぞ』

 

『旗印の二頭立波……まさかあやつもと思ったがおらんか。そりゃそうよな。3年連続最下位やったし。……翼の折れたエンジェール♪』

 

『ププッ……コホン。センイチ、それ以上やめい。際どいネタは自重じゃ自重。儂は貴様と違って、ドラゴンズファンを敵にしたくないのじゃ』

 

 2つのボールも睨み合う。目がないのに。

 

「……無駄口は不要ですよ、モリミチさん。さて尾張の皆様、ここから先は、それがしたち美濃国の守備範囲内。どうぞご遠慮なく攻撃してきてください」

 

 半兵衛君が静かに宣告すると、三人衆の軍勢が機械的な精密さで展開を始めた。

 右も左も、裏道も。全ての進軍ルートが、一分の隙もなく封鎖されていく。

 モリミチの鉄壁の守備理論を軍略に転用した、完璧なカバーリング。

 

「……ほう。ホームラン以外にヒットコースがねえってか」

 

 信長様が思わず舌を巻く。

 確かに、どこを攻めても瞬時にバックトスで刺されるような、絶望的な布陣だ。

 

 睨み合いが続き、夜が深まっていく中、私はたまらず叫んだ。

 

「直元さん! 覚えてるよね? 大垣城でのこと! 私、義龍さんから『帰蝶さんを、美濃を頼む』って託されたんだよ! 義龍さんの想いを踏みにじる気なの?」

 

 直元さんの肩がビクッと揺れる。

 私は続けて半兵衛君に食い下がった。

 

「半兵衛君だってそうだよ! 龍興って人から疎まれてるんでしょ? 意見を聞いてもらえないんでしょ? そんなブラック企業さっさと辞めちゃいなよ! こっちに来て、一緒に野球しよ? ……こっちも24時間営業のブラック企業だけど」

 

 後半はボソッと呟く。

 けれど2人は無言。

 半兵衛君は頬をピクリとも動かさない。

 笑わない上に、女の子の言葉を無視するのは美少年としてどうなの?

 女の子に困ってない自慢ですか? でもお姉ちゃんの話だと、女の子に困ってないイケメンは、どんな女の子にもペラペラ喋りまくるから要注意って言ってたっけ。

 ということは半兵衛君、普通に私を無視してる⁉

 ちょっとそういうのはやめようよ。全人類同じ空の下で同じ空気を吸ってるんだよ!

 

「おい、半兵衛」

 

 信長様が鋭い声で問いかける。

 

「ヒロミツはどうなった? 義龍の側にいたボールよ」

 

「……さて」

 

「ほう、少し表情が揺らいだな。貴様も持っておらなんだか。全く、白球どもは自由気ままよ」

 

 半兵衛君の表情から、即座に信長様が口ずさんだ。

 

 半兵衛君の脳裏に義龍様が事切れた直後、ヒロミツボールが闇へと消え去った時の映像が流れる。

 世継ぎの龍興がヒロミツを欲していたが、ボールが明確に拒否した形。

 偉大な主を失った天才を繋ぎ止める力が、今の美濃になかったのか?

 いや、力がないのは龍興が重用する主力。

 控えの我らが力を天下に示し、必ずや義龍様の盟友ヒロミツをこの手へ!

 

 織田軍と斎藤軍の睨み合いはしばらく続いたけれど、唐突に幕切れた。

 

「……退くぞ。睨み合いは埒が明かねえ」

 

 信長様が馬の首を返したのだ。

 

『妥当な判断よ。ダブルヘッダーは避けるのが得策。向こうはリリーフ陣まで万全、対するこっちは森部から疲弊しとる。ここは没収試合じゃ!』

 

 懐のセンイチが、悔しそうに告げる。

 

『センイチのくせに生意気よ。今度は互いに万全で激突しようぞ』

 

 モリミチの声が背中に届く夜霧の中、ゆっくりと撤退を開始した。

 何度も後ろを振り返ったけれど、霧の向こうの半兵衛君たちの影は、最後まで動かなかった。

 

(半兵衛君……直元さん……)

 

 墨俣を落とした喜びは、いつの間にか消えていた。

 美濃の守備は想像以上に硬い。

 これを崩すには、ただバットを振るだけじゃ足りないんだ。

 

 私は撤退する藤吉郎さんの背中を見つめながら、美濃の人たちと藤吉郎さんを仲良くさせなくっちゃと気合を入れた。

 

 ***

 

 美濃からの撤退の数日後。

 私は清洲城の吉乃さんの部屋で、溶けたスライムみたいにゴロゴロしていた。

 

「はー……戦争疲れた。マジで疲れた。やっぱ畳の上で美味しいお茶飲んでるのが一番だね~」

 

「お疲れ様でした、真昼さん。お怪我がなくて何よりです。さあ、どうぞ」

 

 吉乃さんが淹れてくれたお茶の香りが鼻をくすぐる。ああ、浄化される……。ここだけ令和のイオンモール並みに平和だよ。

 吉乃さんマジ天使。

 そんな癒やしのひとときをぶち壊すように、近江のお市ちゃんから手紙が届いた。

 

『真昼へ。長政様ったら、私が条件に出した脛毛処理のために、毎日毛抜きで一本ずつ抜いてるのよ。痛い痛いって泣きそうな顔が可哀想で、ついつい私が抜いてあげてるの。可愛いでしょ? 追伸、早く会いに来なさい。逃げたら処刑よ』

 

「……惚気かよ! てか毛抜きって! 剃るんじゃなくて抜くの⁉ 拷問じゃん! 長政さん、愛が重すぎて沈没しそうだよ……」

 

「ふふ、お市様もお幸せそうで何よりです。真昼さんも良い殿方はいないのですか?」

 

「いないいない! 私の王子様はどこー? 戦国時代ってイケメン多いけど、みんな癖強すぎなんだもん。お父さんみたいに強くて普通っぽい人がいいんだよぉ!」

 

 私は天井を仰いで嘆いた。私のストライクゾーン、どんどん狭くなってない?

 

「あら? もうそろそろ申の刻ですよ? 藤吉郎さんとねねさんの祝言が始まる刻限でございます」

 

「あっ、マジだ。じゃあね吉乃さん。参加できないの残念だけど、後でお話とお土産持ってくるからねー」

 

 そう言ってダッシュする私は、あっという間に清洲城下の足軽長屋にたどり着く。

 

「セーフ」

 

『アウトじゃ小娘』

 

 うっさいよ、センイチ。

 

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