なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
安土に到着した徳川家康さん一行を、私と光秀さんが城下前で迎え入れた。
家康さんは目視できる安土城の高さに度肝を抜かれているようで、口を呆けてあんぐりしている。
「いやはや美しい。これだけ美しいのに何万の兵を配備して、迫りくる敵を屠るのに最適な道幅と計算され尽くした狭間の位置」
「いや、家康さん。なんで攻め落とす視線で見てるんですか?」
「……ハッ! これは真昼殿、とんだ御無礼を。攻め落とすなんて滅相もありませぬ。ただ単に一武人として、信長様の凄さを改めて理解したのです」
恐縮そうに汗を掻く家康さんに、奥さんの旭ちゃんが布巾で拭いていく。
相変わらず仲よくて心和むよ。猿と狸のバカップル。
「ハハハ、それこそが狙いでもあります。優れた人物ほど安土城を見て信長様に逆らう愚かさを悟る。家康殿は真に良い反応で嬉しく思います」
光秀さんの朗らかな声に、家康さんの背後にいる穴山信君さんや本多正信さんたちが一礼してくる。
他にも酒井忠次さんや石川数正さん、本多忠勝君ら徳川の主要面子勢揃いだ。
「ちっ。家康が気づかなければ、この僕が口にして気づかなかった家康を笑い者にできたのに」
正信さんが小声で、ぶつくさなんか囁いてるけど相変わらずだなあ、このメガネも。
「それじゃあ信長様が待ってるんで、天守まで行きましょう!」
「あっ、真昼殿、お待ちを」
ん? 狸のクセにやけに真剣な顔してるじゃん。
「この家康、信長様に一生のお願いの儀がござりまする」
深くお辞儀してくる家康さんを見て、私と光秀さんは顔を見合わせたのだった。
***
「ほう? 家康め。それを望むか。よかろう、存分に叶えてやる!」
光秀さんから説明されて、信長様は邪悪な笑みを浮かべてこう付け足すのだ。
「者共! 安土スタジアムに向かうぞ!」
ってなわけで、マウンドには信長様がセンイチを手にして内外野に徳川の皆さん。
光秀さんが審判で、バッターボックスに入ったのが私。
ん? 信長様の恋女房なのに、私がキャッチャーじゃないのどうしてかって?
それが今、私の後ろで英霊ボール『ノムサン』を頭上に乗せながら座っている家康さんの願いの正体だったのだ。
「フフフ、家康よ。加減はせぬぞ!」
いやいや信長様? それってバッターボックスにいる私に言うセリフだと思うんだけど?
「望むところでござりまする! 遠慮なくスライダーも投げてくだされ!」
え? 家康さん。ノーサインで信長様に好きなように投げさせる気?
死ぬよそれ。キャッチャーマスク粉砕されちゃうぞ?
「家康! サインは貴様が出せ! 指が1本でストレート、2本でスライダー、3本でカーブ、4本でシュートよ」
「そ、それがしが決めてよろしいので? くっ……ご無理を快諾してもらっただけではなく、信頼までされるとは。ありがたき幸せでござりまするぅぅぅぅぅ!」
いや、家康さん。信長様、めっちゃ首振って来るから基本投げたい球は信長様の意思になるよ?
——それに。
「フッ。真昼よ。真剣勝負だ! 必ず抑える!」
あかん、接待野球で家康さんのミットを揺らすべきだと思ってたけど信長様の目がマジだ。
私も本気を出さないと、なぜ真剣にやらぬって思ってくるよアレ。
「了解です! さあ来い信長様! 私以外のキャッチャーで、どう私を打ち取るか配球楽しみにします!」
思い出すなあ、キャッチャー家康さんでバッター私。
あの時はささやき戦術にやられて、2打数1安打1三振だったっけ。
その時の相手ピッチャーは泰朝。
そういやあの鉄仮面、今何してるんだろ?
『センイチよ。まさか戦国の世で主同士がバッテリー組むとはな。やれやれ、球体人生、こういうことがあるからおもろいわ』
『ノムサンとはリーグも違ったからのう、オールスターでもなかったわな。ホークス追い出された時、セリーグに来なかったのが悪いわ』
『おいこらセンイチ。貴様がパリーグ来んかったのが悪いわ』
信長様の手元と家康さんの頭の上で白球が喧嘩すなよ。
『アハハ。セパ両方でプレーした僕が正しいってことだね』
光秀さんの袖口からイシイが出てくるけど、これ以上話をややこしくしないでくれたまえ。
「プレイ!」
さすが光秀さん。騒ごうとする白球どもを強制的に黙らせる勝負開始を宣告してくれた。
さあ、信長様&家康さんVS私の1打席勝負の始まりだ。
左打者である私に、信長様のスライダーやカーブは私の身体めがけて変化する。
これを怖がって見逃して、ストライクにされたら話にならない。
臭いコースは手を出さないと。
それに信長様のストレートは160キロ台。変化球に意識し過ぎると振り遅れてしまう。
シュートは逆方向への変化で、スピードもないから内側に入れば私にとって一番打ち易い球となるけど、それは信長様は分かってるはず。
さらに信長様は真っ向勝負のストレート主体のピッチングスタイル。
よし、ここはストレート待ちで変化球はスライダーとカーブに対応、あとは四隅のどこに投げてくるかどうかの読み合いだ。
信長様、振り被って……ん? 首を振らない……だと?
ズバン!
私のバットが空を斬り、家康さんのミットにセンイチが納まった。
「ストライーク!」
初球、外角から内に入るカーブか。
意外な配球だったかも。
信長様、振り被って……やはり首を振らない!
ど真ん中のハーフスピード。これは曲がる!
バシン!
「ストライーク! カウント、ノーボールツーストライク!」
くっ、まさかシュートとは。スライダーだと思って手を出さなかったのは失敗した。
「信長様、儂のサインに首を振らないとは……タイム! 目にゴミが入りまして……」
ささやき戦術っていうより、ガチで感無量してるよ家康さん。
まったく、狸のクセに感受性高すぎでしょ。
「ウキー……」
ベンチから旭ちゃんが両手を組んで夫の晴れ舞台を祈ってる。
まあ、接待なんだから負けてもいいんだけど、かすりもしないのは悔しい。
ここはせめて三振だけはしないようにしなきゃ。
家康さんのタイムの隙に素振りをしながら作戦を練ってみる。
信長様は家康さんに任せてる。なら、家康さんの配球を読むべき?
家康さんは信長様のスライダーを受けたがっていたけど、まだ1球もない。ここで勝負球にしてくる?
それとも信長様なら遊び球なしの3球勝負で、最後はストレートを望む性格を信じるべきか。
「プレイ!」
光秀さんの声に、私はバッターボックスに戻る。
どうせなら打ちたい。どうせなら勝ちたい。
信長様に!
信長様、振り被って……やっぱり首を振らない!
なら私は、自分の信じるスイングをするだけ!
ガキン!
「うおおおおおおおお!」
ファーストの忠勝君の横を抜けた!
1塁に走ってセーフ!
「あー、長打は無理だったよ。手、めっちゃ痺れてる」
ライトの正信さんからセンイチが返ってきて、これにて1打席勝負、私の勝ちで終了!
「さすが真昼殿じゃ……内角低めのストレート、悪くないと思ったのに……」
三振を捕るのを夢見ていたとがっくり項垂れている家康さんだけど、表情は妙に晴れやかだ。
「フッ。おそらく真昼なら外角低めを要求しただろう。だからこその内角だったんだがな。真昼! どうして内角を対応できた?」
信長様は敗因の分析に余念無さすぎでしょ。
これって家康さん歓待のために開かれてるんだけど。
「うーん。1球目と2球目は完全に予想外されたんで、3球目は信長様が一番力が籠もって投げられるストレートで三振狙ってくると予想して、でも家康さんはコースを変えるかもって思ったぐらいです」
「であるか。家康!」
「はい!」
「来年開催予定の安土杯、この悔しさを糧とせよ! 俺も糧とする!」
「ははっ! 必ずやご期待に添えまする!」
来年開催予定……か。必ず、そうさせないと。
私もいつになく真剣に思考してると、家康さんがノムサンを手のひらに乗せて近づいてきた。
「信長様、真昼殿……ノムサンを」
「え? このタイミングでどうして⁉」
私は驚く。家康さんとノムサンも今川上洛戦の頃からの仲なのに。
「東国で信長様に臣従表明する諸大名は、家康が英霊ボールを所持していてはこちらも渡すわけにはいかぬと警戒するでしょう」
『それに信長陣営に大半の英霊ボールが回収されとるんや。これ以上儂が家康のところにおっても、家康に利はないわ』
……そっか。もう、そういう段階なんだよね。
『お疲れ様じゃノムサン。先に休め。最後の1球の栄誉は儂がいただくがな』
『ほざけセンイチ。信長に出会ったのがセンイチの幸運なだけや』
『お疲れ様、ノムサン。僕にとってノムサンはお父さんみたいだったよ……』
おお、珍しい。あのイシイもグズってるよ。
「よかろう。見事であったノムサン! よくぞここまで家康を支えてくれた! 礼を言う!」
『天下人から直々に言われる終わり、悪うないわ。……世話になったな家康。三河・遠江・駿河を守れよ』
「う……グズ……ありがとうございましたノムサン。ID野球の精神、我が徳川家が必ず代々に残していきますぞ」
こうして、英霊ボール『ノムサン』も私の手のひらで眠りについた。
そうだ、以前回収したツルオカにノムサン回収したら隣に置けって言われてたっけ。食うからって。
この日の夜、そっと置いてみた。
バリバリモリモリムシャムシャ。
……おお、白球が白球食べるの、初めて見たよ。
『zzz……ペッ!』
あっ、吐き出した。よかったねノムサン、これでツルオカも許してくれたみたいだよ!
『怒……zzz』
『イラッ……zzz』