なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
勧修寺晴豊は困惑していた。
本能寺で織田信長と話し合ったあと、なぜか勧修寺邸に公家どもが集まった。
ここまではいい。よくあることだ。どうせ集まったんだから解散しないのは。
問題なのはもう夜更けなのに、近衛前久、一条内基、四条隆昌、冷泉為満、山科言経らが帰らないのだ。
優雅に和歌を詠んでは添削し合って盛り上がっている。
「……あの、前久様。そろそろ解散してはいかがでしょうか? 明日に差し支えます」
「ホッホッホ。うちは無官やさかい、どうでもええわな。晴豊はんも暇でっしゃろ? 信長はんとの問題も8月までお預けなんやから」
晴豊が意を決して口にするも、前久はけんもほろろで返した。
「ですなあ。何か大問題でもない限り、我々も暇になる。……明日、何かあるのかな? 晴豊殿」
関白である内基の暢気な呟きに、晴豊の額に汗が滲む。
「前久様、関白様。晴豊様は殿下のお身内。おそらく明日、そちら方面で何かあるのでは?」
「いやあ、お羨ましい。妹君の晴子様……おっと、阿茶局様が国母になるのはもはや確定事項。いずれ朝廷は晴豊様を中心に回っていくでしょう」
「我々も晴豊様と仲良くしないといけませんなあ」
隆昌、為満、言経も柔らかく告げてくるが目は笑っていない。
当然だ。親族の為子が殿下の女房衆だった3人なのだ。
どこまで知っているのだ、こいつら。
そもそもなんで知っているのだ?
だがもう遅い。今川残党軍と複数の英霊ボールによって、事を覆せるはずがない。
恋女房沙汰に関わった者すべて、消え去るのみ。
——近衛前久も含めて。
「と、ところで!」
晴豊の声は裏返った。
「コホン。前久様は、信長様が三職のいずれを選ぶと思っておりますかな?」
「はてなあ。永遠に答えが聞けんのは残念どすな」
「……は?」
晴豊は耳を疑う。それではまるで、こちらの筋書きをすべて知っているようではないか。
「本能寺で信長はんが選択しはっていたら。真昼はんが帝か殿下の女房衆になってくれはったら。近衛邸を利用しなかったら。色々思うことはあるわなぁ……なーんてな」
前久が見せてくる狂気の笑みに、晴豊の背中が凍る。
「我々が英霊ボールを、長谷川真昼に譲渡したことも決断だったのかね? 晴豊殿。いや、貴殿の背後の御方は。……おっとこれは失敬。私もサダヨシから『奴め、ずっと安全地帯に潜伏しているな』とだけ言われていたのみ」
内基の瞳も愉悦が含んでいる。
己の行動が、連鎖的にこれから起きることに繋がるのに高揚しているのだ。
「私には何のことだかさっぱり……」
「ええってええって、晴豊はん。あんさんの妹はんと冷泉為子はんの確執、為子はんと顕尊はんの婚姻の起因となった真昼はんと信長はんへの怒り、織田方として強硬な態度で朝廷に圧力をかける光秀はん、ついでに織田とようつるんでいたうち。まとめて消し去る好機と誰かさんが考えるのも自然や」
「だ、誰かさん……」
「そ、誰かさんや。よう動きはるわな」
前久は扇子をパタパタと晴豊へ扇いだ。
「……信長様の甲州征伐後、富士遊覧中に消えた前久様が誰かさんと会っていたと、チラと私も耳にしています」
晴豊には疑念がある。このこちら側の兵力。誰かさんはどうやって手に入れた? なぜ実行できる? なぜ朝比奈泰朝が出てくる? なぜ九州や北条にいる英霊ボールが出てくる? それを可能にしたのは前久な可能性はないか?
富士遊覧で北条領の近くに行っただけではない。
先年、実際に九州に行き、島津・大友・龍造寺と会ったのはこいつしか存在しない。
「ホッホッホ。誰かと会っていたとわかったら、教えてほしいどすわあ」
「……一体、何が望みなんだ? なぜそう動く?」
ボソリと囁く晴豊に、前久は扇子で自らの顔を隠す。
「いくらうちでも、誰かさんから『カネヤン』は奪えんやん? なら、動いてもらうしかあらへんやん? なぁ、内基はん?」
「ええ。108の英霊ボールを前久様の手元に置くため、これは致し方なきこと」
「ホッホッホ。共倒れが理想やが、誰かさん側が勝つやろ。せやけど一度認知されたカネヤンに、英霊ボール大戦を逃れる術はあらへん! 必ずうちが108の展示物の1つにするんや!」
「展示物……」
「そや? 眠る球体を飾るのを想像しただけで、ニヤニヤが止まりまへんわぁ」
晴豊は驚愕顔のまま、残る3人に顔を向ける。
目が物語っていた。勧修寺家との権力争いに敗れた現状、近衛前久側に付いたほうが快楽に浸れる。
ただ、それだけの理由と。
「なんでうちは近衛邸に帰るわけにいかんから、一晩お邪魔するで。……おっ! ええ句が頭ん中に浮かんだわ」
「ほほう? どのような句ですか?」
すかさず内基が合いの手を入れると、前久は天井を見上げた。
「たつねても、たまのありかは、たまゆらも、たもとのつゆに、たれかやとさむ」
「「「「おお!」」」」
晴豊以外から感嘆の声が漏れ出る。
「五句すべて『た』からとは、さすが前久様」
「魂、玉、露、宿す……フフフ、英霊ボールを連想しますなあ」
「なのに悲恋にも悲劇にも詠める。いやはや、これを超える作が作れるか。我々にとっては酷ですなあ」
——尋ねても、あの美しい白球の行方は分からない。ほんの少しの間だけでも、私の袖の露に宿ってくれないものか。
「……この、化け物め!」
晴豊が小さく呟いた罵声は、盛り上がる前久らの耳に届きはしなかった。