なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
ふらつきながら、左側の顔を真っ赤に染めた信長様はバットを構えてプレイを再開させるけど、私はマウンドにいる泰朝とカネヤンに野次を飛ばす。
「狙ったの? 信長様の頭部に。……だとしたら、私は集めた英霊ボールをノックしてでも、あんたらを倒す」
私の憎悪を込めた問いに、泰朝の鉄仮面は無表情のままだ。
奴はカネヤンを左手に握りながら、信長様に闘志を燃やしている。
「フッ。落ち着け真昼。……俺も投手だからわかるさ。俺を抑えるなら徹底的な内角攻めよ。内角の側に人の身体があるんだ。ぶつかることだってあるさ」
バッターボックスの信長様が余裕の笑みを浮かべて、泰朝とカネヤンを凝視しながらラスボスを擁護しやがる。
「そりゃあ、まあ、内角攻めは必要だし、手元が狂うことはよくあるけど……」
そこまで呟くと、カネヤンが濃淡色に発光してきた。
『デッドボールじゃこっちの負けなんじゃ! こっちは投げられた瞬間の泰朝の焦りと、儂が現役の時に当てた頭部デッドボールを思い出したわ。……癪だがヒロミツに助けられたわい』
「……現役でも当てたことあるんかい。その人は大丈夫だったの?」
ヘルメットがあったとしても、砲弾くらった衝撃あるだろうし。
信長様の状態が大事ないか確認するためにも、その被害者がちゃんと立ち上がったか気になるよ。
『応。儂の時代もヘルメットなしで焦ったが、左耳血まみれで一塁に歩いていって、その後も試合に出てたわ』
「ヘルメットなかったんかい。昭和って……あんまり参考にならないのかも」
私がなんの参考にもならなかったとため息ついていると、カネヤンがボソッと続きを囁く。
『翌日の試合も普通に出て、儂がホッとしていたら試合中に「太陽がグルグル回っとる」と言って倒れたんよ。あの時は青ざめたわ。一応、その後もそいつは選手続けたし、長生きしたから儂、なんとかセーフやった』
「おい、やっぱり頭は危ないんじゃん」
ジト目で睨んでから、信長様に視線を戻す。
今は動けても、信長様も突然倒れる危険があるのだ。
前兆を感じたら、強引に代打私をするしかない。
『マサヤスさんとのエピソードやな。……頭部死球、ブチもやられたもんよ』
『オレも内角攻めで骨折したことがある。こればかりは強打者の宿命だ』
センイチとヒロミツも、これで怒っていたら試合が成立しないとばかりに補足してきた。
『僕も死球めっちゃ与える投手だったからカネヤンの気持ち、凄くわかる。……まあ、サインでぶつけたこともあるけど』
イシイ、また余計なひと言を。
ヒロミツやテツハルら打者出身者が殺気立ってきちゃったぞ。
「さあ、そろそろ投げろ泰朝。場面はとことん熱い場面なうえに、炎も迫ってるんだ」
「ああ。スリーボールからの三振。必ず奪う」
泰朝が投げるフォームは、とてもしなやかで、カネヤンを放つリリースポイントが左腕も左指も伸びきっていた。
ゴッツーン!
『ストライク!』
モリが受け止めると同時にセンイチが宣告する。
外角低めいっぱいのストレートだ。
信長様のバットが空を切った。
振り遅れてる! 怪我の影響じゃない。見逃してもストライクの、最高のウイニングショットだ。
——真昼。勝負も勝ち目がないとわかっただろう。さあ、過去へ。
ちっ。まだいるのか誘惑の声。
同時に、業炎の向こう側から声が聞こえてくる。
「信長様! 真昼様!」
「ああクソ! なんで押し返すのじゃ! 弥八郎、炎を消す策は!」
「ちっ。メガネのフレームが燃える。さすがにこれ以上進んだら、家康様が狸の丸焼きになってしまう」
「真昼! 秀吉様は⁉」
「父上、真昼だけでもこっちに送って」
「ドンデン殿や他の英霊ボールは? 先に中へ入ったはずじゃ⁉」
向こう側からは、私たちは黒い影が揺らめいているように見えてるのかも。
私がそう見えるように。
光秀さん、無事だったんだね。でも蘭丸君たちがいないということは……。
家康さん、まさか堺から来てくれるなんて。
正信さん、さすがに狸の丸焼き見たくないから主君を押さないでね。
ねね……ちゃん。ありがとう。帰蝶を、秀吉を、私を支えてくれて。
おごとくちゃん、ごめん。私は信長様の側にずっといるって決めたんだ。
重矩君、情報サンキュー。英霊ボールがこっちに向かっていたのに来ていないなら……可能性は。
他にも三成ちゃんたち羽柴のみんな。
徳川のみんな。
佐助、小夜さん、才蔵までいる。
生きてここまで辿り着いたのがいる。それだけで胸が込み上げてくると同時に、近場にいて、この場に来れなかった信忠君たちは……。
ギュイイイイイン!
ゴッツン!
泰朝の外角から内側に入るドロップに、信長様のバットがまたしても空を切った。
これでフルカウント。
——さあ、今だ! カネヤン、テツハル、スギシタ、モリ以外の真昼が持っていない英霊ボール、ドンデンやボビー、九州の英霊ボール、毛利の英霊ボール、ヒライシら東北の英霊ボール、上杉のシンゴらも儂の腹の中!108のうち長谷川真昼は100球以上集めたのだ! 次の周回なら、必ずコンプリートできる!
「……っさい」
——え?
「うっさい! 次の周回次の周回ってうっさいんだよ! 私はこの周回で生きた。全周回の記憶もある!」
——だからこそ、その記憶を活かし……。
「今を全力で生きて、全力で死んだ人生をなかったことにするなんて私が許さない! 私はもう二度と、他人の人生を弄ぶつもりはない!」
半兵衛君から、官兵衛さんを有岡城に向かわしてしまって激怒された記憶が甦る。
——……なぜ、官兵衛殿を行かせたのです。あなたはどうなるか知っているはずだ。
——よろしい。生きて戻るとしましょう。仮にそうだったとして、それが今回も当てはまると、なぜ言い切れるのかと聞いているのです! 答えなさい、羽柴秀吉。……いえ、長谷川真昼!
うん、その通りだよ。半兵衛君。私は官兵衛さんの信念を利用しようと考えてしまった。
前回、死ななかったから、今回も死なない。
ただそれだけの理由で。
あんな思いは二度とごめんだ。
——この戦国の世は俺たち戦国の世で生まれた者の物よ。好き勝手に掻き乱す奴は誰だろうと許さん!
——次が最期の勝負よ。真昼は二度と時を巻き戻す誘惑に乗るなよ。……俺が負けても、英霊ボール大戦の勝者がカネヤンになろうともだ。
うん、わかってる。信長様の言葉をなかったことにするなんて、傲慢でしかない!
「弥助! わかったんでしょ⁉ 遠慮はいらないからやっちゃって!」
炎の外側の影が一つ動き、影の一つの腹を思いっきり殴った。
「ウキ……グフッ」
「ウ、ウキ⁉」
「ウキャキャ!」
「ウキウキウキー!」
殴られた者の口から球体がボロボロ零れ落ち、そいつの許へ旭ちゃんと長浜猿軍団が、慌てて命乞いをするかのように弥助に平伏していった。
「羽柴秀長。最後の最後で詰めが甘かったな」
弥助は、驚く家康さんたちの前で淡々と口にしていく。
「ウ、ウキ……(いつから儂を疑って……)」
「羽柴秀長が本物の猿だって知った日から、だなあ。あんたさっき、みんなが懸命に戦ってる最中に本能寺から出てきたな。ドンデンたちが突入した直後、ゲップしながらなあ」
「……ウ……ウキー……ウキキキ?(まさか、今更。20年以上織田家で功を立てていた儂を疑い監視していた……だと?)」
「何言ってるかわからんが一つ言っておく。猿は政治も軍事もできねえんだよ!」
雷が落ちたかのように、秀長が項垂れたのが見えた。
そうなのだ。弥助が近習になって、真っ先に疑ったのが秀長の存在。
私やねねちゃんに根掘り葉掘り秀長の過去を聞き、やがて他の猿は秀長に鍛えられたからグレーよりの白。秀長は味方だけど、周回に関与が濃厚と結論づけていたのだ。
あとは証拠を押さえるのみ。
……まあ、この猿を使えるからと出世させたの信長様だったから、みんな何も言えなくなってたんだよねえ。
「言い逃れはできないよ、秀長。ドンデンたちを自分が確保したって言っちゃったのが敗因だね」
「……ウキー」
「でも、ありがと。私を……帰蝶であり、秀吉だった私をずっと支えてくれて」
「ウキー!」
秀長の号泣が聞こえる中、泰朝も信長様も、ただ笑った。
泰朝の左腕が唸りをあげ……カネヤンがど真ん中から足元に落ちていく!
カキーン!
信長様の神主打法から振り抜いたバットは、ゴルフスイングのようにカネヤンに当たった。
「……やった。どう見てもホームランでしょ。……っしゃああ! さすが信長様!」
カネヤンが炎に包まれる本能寺の天井にぶつかり、落ちて戻ってくる。
『負けた負けた! 儂ら全員回収せい! 最期にひと言だけ言うぞ! 儂の球速は190キロじゃ!』
「……最期まで、織田信長と長谷川真昼に叶わなかった、か。……だが、悪い気分ではない」
信長様の胸に抱きついた私の耳に、カネヤンと泰朝の敗北宣言が届いたのだった。
次、最終話!