なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

28 / 151
第28話 長谷川真昼、忍者に疑問を抱く

 三河東条城。

 三河湾を一望できる高台にあるこの城は今、不気味な静寂に包まれている。

 月明かりだけが差し込む天守閣の最上階。

 欄干に腰掛け、夜風に吹かれている一つのボールがあった。

 ヒロミツだ。

 義龍の死後、主を持たずに旅を続ける孤高のボール。

 

『ヒロミツか。勝負よ、と言いたいが、お主、今は主なしか。わざわざ会いに来るとは相変わらず律儀な男よ』

 

 ヒロミツの背後、床の間の掛け軸の前に鎮座している白いボールが声をかけた。

 朝比奈泰朝が新たに手に入れた英霊ボール、スギウラだ。

 冷静で品格のある、透き通った声色。

 

『スギウラさんがノムサンを倒したと耳にして訪ねたまで。……あのID野球の申し子をどうやって屈服させたのか、興味があった』

 

 ヒロミツは振り返りもせず、夜景を見つめたまま淡々と返す。

 

『力でねじ伏せたまで。泰朝という男の執念と、儂の右腕があれば造作もない』

 

 スギウラが静かに答える。右腕と言ってもボールだから腕はないが、自信が漲っていた。

 

『どうよ? 泰朝に仕えぬか? ノムサンも手に入れた今、我らは無敵ぞ』

 

 スギウラが勧誘するが、ヒロミツはフッと自嘲気味に笑った。

 

『ありがたい申し出だがお断りする。しばらく旅をして戦国の世を楽しむわ。……俺は縛られるのが嫌いなんでね』

 

『相も変わらぬ異端児よ。名球会を儂の名前を出して拒否しおった頃のままか』

 

 スギウラが苦笑する。

 

『スギウラさんが入会できない名球会に意味なんぞない。ただ、それだけよ。記録より記憶、俺は俺の道を行く』

 

 ヒロミツの言葉にスギウラは一瞬沈黙し、哀愁を漂わせた。

 

『……旅してツルオカの親分の噂を耳にしたら知らせてくれ。裏切り者のノムサンの処遇は親分に任せたいからな』

 

『ま、気が向いたらな。……じゃあな、伝説のアンダースロー』

 

 ヒロミツは欄干を飛び、夜の闇へと消えていった。

 

 ***

 

 さて、こちらは三河への旅路を進む私たち救出部隊。

 案内役の保長さんの先導で、街道を外れた獣道を進んでいるんだけど……。

 

「保長さん、おじいちゃんなのに速すぎない⁉」

 

 私がゼエゼエ言いながら文句を言う。

 だって、腰の曲がった白髪のお爺さんだよ?

 なのに山道を飛ぶように進んでいくんだもん。

 私が「おじいちゃん、足腰大丈夫?」って手を貸そうとしたら、残像を残して数メートル先に移動して「お気遣い無用でござる」なんて言われちゃったし。

 

「伊賀の抜け忍か。甲賀とは勝手が違うな」

 

 一益さんが対抗意識を燃やして、木々の枝を軽やかに飛び移っていく。

 忍者ってすごいなあ。

 

「ねえ、保長さんも一益さんも凄腕の忍者なのに、どうして伊賀や甲賀の地元から尾張や三河に来たんですか?」

 

 休憩中、おにぎりを頬張りながら私は素朴な疑問をぶつけてみた。

 だって地元愛とかないのかなって。

 すると2人は顔を見合わせ、全く同時に口を開いた。

 

「「飯を食うため」」

 

 ……ハモった。しかも即答。

 あまりの即物的な答えに私がポカンとしていると、隣で秀吉さんが苦笑いしながら教えてくれた。

 

「真昼、伊賀も甲賀も山奥で土地が痩せているのだよ。多くの人を養うだけの作物が採れん。だから彼らは腕を磨き、傭兵として他国へ出稼ぎに出るしかないのだ」

 

「なるほど……切実な就職事情があったんですね」

 

 忍者も生活かかってるんだね。なんか夢が壊れたような、逆に親近感が湧いたような。

 私のお父さんは就職する気なかったけど、お母さんに無理やり就職させられたって裏事情、お姉ちゃんから聞いたことあったなあ。

 それはそれで、拒否したらお父さん、一生地下で飼われる人生だったかもだから、命を繋ぐためだったそうだけど。

 

「さて、休憩は終わりだ。行くぞ」

 

 信長様が立ち上がる。

 背中にはバットとボールが入った袋を背負い、ピクニック気分で鼻歌交じりだ。

 『人間50年~♪』って敦盛をロック調にアレンジして歌ってるけど、音程が微妙にズレてるのが気になる。

 

「信長様、救出作戦ですよ? もうちょっと緊張感を……」

 

「ハハハ! 竹千代の奴、泣いてるかなあ。それともタヌキ寝入りか? 想像するだけで笑えてくるわ」

 

 楽しそうだなあ、もう。

 秀吉さんと秀長が「いつものことだ」と諦め顔でおにぎりを食べているのがシュールだ。

 

 そして私たちは三河と尾張の国境、矢作川のほとりに到着した。

 対岸は三河国。ここを渡れば敵地・吉良の勢力圏だ。

 

「……川向こう、警備が厳重です。泰朝の兵に加え、吉良の兵も巡回しています」

 

 偵察から戻った一益さんが報告する。

 すると私の懐で、センイチがブルブルと震えだした。

 

『微かだが……スギウラの気配がする。この川を越えさせまいとする結界のようなプレッシャーじゃ』

 

 ボールが気配だけで結界を張るって、どんなオカルトだよ。

 

「ねえ、忍者さんたちの術でドロンと消えて渡れないの?」

 

 私が提案すると、保長さんが首を横に振った。

 

「相手に強力な術者がいる場合、術は通りにくいのでござる。スギウラ殿と申す英霊ボール、百地のクソジジイと同じ格がありますな」

 

 英霊ボール、忍者キラーの性能まであるの? 万能すぎでしょ。

 

「なら、正面突破……と言いたいが、竹千代が人質だ。策を用いるぞ」

 

 信長様が珍しく慎重なことを言う。

 

「この辺りの漁師に変装して紛れ込むのはどうでしょう? 私、網打ちは得意でございます」

 

 秀吉さんが機転を利かせた提案をする。

 なるほど、漁師なら川を行き来しても怪しまれないかも?

 

「秀吉さんはいいけど、信長様のオーラ、変装で隠せる?」

 

 私がもっともな不安を口にすると、信長様はニヤリと笑った。

 

「俺は漁師の息子役か。悪くない。真昼、お前は獲れたての魚役だ」

 

「はい⁉ なんで私が魚⁉」

 

 人間としての尊厳を無視する配役に私が抗議したけど、結局、魚の臭いを誤魔化すために魚籠を背負わされる羽目になった。

 臭い! 磯臭いよ!

 

 夜闇に紛れ、小舟でこっそり川を渡る私たち。

 対岸に到着すると、闇の中から無数の光る目が見えた。

 松明じゃない。何か、もっと異質な……。

 

「……出ましたな。三河名物、三河武士の頑固な兵たちじゃ」

 

 保長さんが低く呟く。

 頑固そうな兵士たちの向こう、東条城の方角から、空に向かって青白い光が立ち昇るのが見えた。

 

『来るぞ……伝説が』

 

 センイチの声が震えている。

 伝説のアンダースロー、スギウラ。

 そして捕らわれのタヌキ、元康さん。

 

 私は魚籠の臭いに耐えながら、隠し持ったバットを握りしめた。

 

「上等、上等。伝説だろうがなんだろうが、ただのボール。悪さをしているならきっちり締めないとね」

 

『……小娘。我ら英霊を悪ガキ扱いするのはやめい』

 

 似たようなもんじゃん。

  

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。