なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~ 作:ハムえっぐ
上洛の準備という名の修学旅行計画に浮かれている小牧山城。
「真昼! 遅れるなよ。京都の土は、尾張や美濃より硬いかもしれんぞ!」
愛用の金属バットを肩に担ぎ、馬上で不敵に笑う信長様。
対する私は、パンパンに膨れ上がった荷物を背負って胸を張った。
「準備万端ですよ! 手作り『るるぶ京都・戦国版』に着替えにお菓子、あと皆さんの枕も予備で入れておきましたから!」
「……貴様、家出でもする気か? 馬が潰れるぞ」
「大丈夫です、私の足の方が馬より馬力ありますから!」
そんな騒がしい私たちの元へ、奥座から見送りに現れた吉乃さんが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
顔色は朝の光に透けるほど白かったけれど、瞳は温かな陽だまりのような光だ。
「信長様。……これ、お持ちください」
吉乃さんは信長様の装束の乱れを優しく整えると、小さなお守りを手に握らせた。
信長様は一瞬、照れくさそうに顔を背けたが、すぐに吉乃さんの手を強く握り返した。
「……ふん。すぐに帰る。土産に京で一番の反物でも買ってきてやるからな」
「まあ、楽しみにしておりますわね」
吉乃さんはクスクスと笑い、次に私の手をそっと両手で包み込む。
「真昼さん。……あの方は自分の限界を忘れて投げてしまうことがあります。どうか、あなたが隣で支えてあげてくださいね」
「吉乃さん……。任せてください! 美味しいお菓子、いっぱい買ってきますね! 吉乃さんの分は特大サイズで!」
私が元気に答えると、吉乃さんは本当に安心したように、深く頷いた。
「ええ……。信じていますわ」
ふと、冷たい風が吹き抜け、吉乃さんが小さく肩を震わせた。
「……さあ、行ってらっしゃいませ。気をつけてくださいね」
「ああ。行ってくる!」
「行ってきまーす!」
信長様が馬に乗り、私も駆け出す。
何度も後ろを振り返ると、城門に立つ吉乃さんの小さな姿が、いつまでも私たちに向かって手を振っていた。
***
私たちは意気揚々と出陣し、木曽川の河野島付近を通過しようとしていた。
「えへへ、京に着いたら何食べようかなぁ。信長様、金平糖買ってくれますかね?」
「お前は食い気ばっかりだな。まあ、義秋様のご機嫌次第だが、買ってやらんこともない」
「吉乃さんや奇妙丸君たちに、お土産買わなくっちゃね~。又左さん、荷物持ちよろしくです!」
「なんで俺⁉ お前のほうが力持ちだろうが!」
「まつちゃんの分も買っていいですから」
「……しゃあねえなあ。わかったよ」
さすが又左さん、チョロい。私のほうが力持ちと言った報い、ねねちゃんの分も持ってもらうことで許すとしますか。
「ウキーウキーキー」
「わかってる、秀長。竹阿弥父上、仲母上、旭殿の分だな」
そんな風に、秀長と秀吉さんも馬上でのんきな会話を交わしていたが、唐突に平和は終わる。
風切り音と共に、何かが信長様の兜をかすめた。
ヒュンッ! カンッ!
「敵襲! 敵襲です! 斎藤龍興軍、後方および側面より急接近!」
伝令の兵士が転がり込むようにして叫ぶ。
河川敷の湿った風が一瞬で凍りついた空気に変わる。
「講和したはずだろ⁉ 義秋様の顔を立てて! 信じられぬ……こんなことをすれば、美濃が天下の笑いものになるのがわからぬのか!」
光秀さんが信じられないという顔で立ち上がる。
私も持っていたお手製のるるぶ京都を川に落としてしまった。
「それが……講和は油断を誘う罠だったと! 龍興は義秋様を奉じず、義栄を支持すると!」
「おのれ龍興……! 生き恥を晒してでも俺の首を欲するか!」
信長様がギリリと歯噛みする。
ここは河川敷。足場は悪く、隠れる場所もない。
相手は万全の準備を整え、待ち伏せしていた斎藤軍。
『いかん! ブレイザーとフトッサンじゃ! ……信長、逃げよ!』
センイチが、斎藤軍の頭上で禍々しいオーラを放つ2つの英霊ボールを見て絶叫する。
戦場は地獄絵図と化した。
ブレイザーの知略による的確な包囲網が、逃げ場のない河原で私たちを締め上げる。
フトッサンの怪童パワーで強化された兵士たちの投げる石礫や槍が、大砲のような速度でこちらの兵を吹き飛ばしていく。
「危ないっ!」
私は反射的に金属バットを振るい、飛来した槍を叩き落とした。
ガキンッ! と重い衝撃が走る。
「な、何これ……! 重い……!」
人間が放てる重さじゃない。
周りを見ると、兵たちが次々と即死している。
こっちは修学旅行気分で、武器よりも着替えを多く持っているような状態。勝てるわけがない。
「チッ、野球道具が重りになるとはな! 捨てて走れ! 川を渡って退却だ! 道具に執着するな! 命を執着せよ!」
信長様の悲痛な命令が下る。
泥に足を取られ、動きの鈍った荷駄隊が狙い撃ちにされていた。
私は唇を噛み切りそうなほど悔しがりながら、背負っていた荷物を川に投げ捨てた。
楽しみにしてたのに。みんなで京都に行くはずだったのに。
私たちは泥水を蹴立て逃げていく。
背中に捨ててきた道具と、守れなかった兵たちの悲鳴が突き刺さっていた。
***
命からがら小牧山城へ逃げ帰った私たちの誰もが呆然としていた。
いつもアホな又左さんも秀長も息を切らしてへたり込み、成政さんや恒興さんたちも泥のように地面に突っ伏している。
「十兵衛様……我が甥龍興のこの愚行、美濃の国人衆たちもついていけますまい」
「ええ、そうです、帰蝶様。……龍興は斎藤の名を、美濃の誇りを汚しました。ですが、信長様が生存したのは奴の誤算でしょう。……私も甘かった。心の何処かで、道三様の孫の龍興が信長様と共に歩むのを夢見ていたようです」
光秀さんと秀吉さんも暗い顔をして、生まれ故郷の方角に鋭い眼差しを向けていた。
そうして重苦しい空気の中、さらなる絶望が追い打ちをかけてきた。
「……信長様!」
加治田城主の佐藤忠能さんが、涙ながらに駆け寄ってきた。
「娘の……八重緑が! 人質として斎藤家に送っていた八重緑が、裏切りの見せしめに長良川の河畔で磔にされると! 加治田城も、長井道利によって陥落してしまい……」
頭が真っ白になった。
八重緑ちゃん。あの日、無邪気に「野球をやってみたい」と笑った女の子。
彼女が大人の都合で殺される?
「……場所は?」
私の口から出た声は自分でも驚くほど低く、冷たかった。
「真昼、無理だ。軍は壊滅状態、君も今戻ったばかりで……」
秀吉さんが止めようとするけれど、私は首を振った。
「疲れてません。私、まだ全然走れます」
嘘じゃない。身体は有り余るエネルギーで熱いくらいだ。
恐怖はもちろんある。さっきの地獄みたいな光景はトラウマだ。
でも、それ以上にムカつく気持ちが爆発しそうだった。
「ふざけんな、って感じです。そんなの絶対ダメ。……一益さん!」
私は一益さんに向き直った。
「……私を忍術の駒にしてもいいです。……ですから力を貸してください」
一益さんは私の目をじっと見て、ふっと口元を緩めた。
「……承知。忍びの誇りにかけて」
私は近くにあった予備の金属バットを一本掴み取った。
泥だらけの手でそれを握りしめ、私と一益さんは処刑場へと走り出す。
「者共、真昼と久助だけに働かせるな! 動ける者は加治田城奪還に向かうぞ!」
そんな信長様の号令を、背中で聞きながら。