なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第59話 長谷川真昼、茶の湯を極める

 堺の豪商たちが集まる会合衆は、パニック映画の導入部みたいな有様だった。

 

「ひいいい! 織田の軍勢が、あの恐ろしい金属の棒を持って門の前に!」

「三好様に応援を頼もう! あの人たちなら、伝統的な槍と弓で追い返してくれるはず……!」

 

 怯えるおじさんたちの中で、1人だけ涼しい顔をしてお茶をすすっている渋いオジ様がいた。

 豪商・今井宗久。この人、目が笑ってない。完全にお金と利益の計算しかしてないタイプの顔だ。

 

「三好? ああ、あの夜逃げの達人たちのことですか。あんな負け犬に賭けるのは、銭をドブに捨てるようなものですよ」

 

「し、しかし宗久殿! 織田は野蛮だ! 規律だの九軍法だの、わけのわからない理屈で我らの自治を奪おうとしているのだぞ!」

 

 宗久は懐から白球を取り出し、卓の上に置いた。

 ボールは不機嫌そうなオーラを放ちながら、低く唸り声を上げる。

 

『……おい、誰が野蛮や。野蛮なのは三好とて同じやろ。宗久、降伏するなら織田家がよい。英霊ボールが多く集まっておるわ』

 

「「「ひえっ! 石が喋ったあああ!」」」

 

 腰を抜かす商人たちに、宗久さんは淡々と説明を始める。

 

「これは私が手に入れた英霊ボールで名はコウジ……。本人はニセコウジと呼ばれることを大変気にしておられるので、口の聞き方には気をつけるように」

 

『……おう。だがな、一つだけ言っておく。ミスター赤ヘルのコウジと儂を一緒にするな。あっちが大卒スターなら、儂は社会人上がりの苦労人じゃ。ニセコウジなんて呼ぶ奴は、一塁ベースに頭から突っ込ませてやるわ!』

 

「それよりコウジ殿、織田家にはそれほど多くの英霊ボールが集ってるのですか?」

 

 宗久が尋ねるとコウジボールは窓の外、織田軍の陣地を睨みつけた。

 

『……絶望的じゃな。あっちにはセンイチ、モリミチ、ノムサン、ミズハラ、赤ヘルコウジ、スギウラ、マサオ、タツナミ、マサヤス……控えめに言ってお手上げ状態じゃ。……真っ向勝負しても、あっという間に滅ぼされるのがオチよ』

 

 宗久は頷き、商人たちに向き直った。

 

「お聞きになりましたか。織田の持っている英霊の数が違いすぎる。三好は損切りし、信長様に降伏して我らが織田家の経済を握る……これこそが、堺が生き残る策です」

 

 商人たちは顔を見合わせ、やがて宗久の圧倒的な説得力とコウジボールの威圧感に屈した。

 

 ***

 

 数刻後、堺の城門がガラガラと開き、商人たちが白旗を掲げて出てきた。

 

「織田信長様。我ら堺の会合衆、軍門に降ります。つきましては、手土産としてこの『英霊ボール・コウジ』を献上いたしたく……」

 

 信長様は馬上から、宗久さんの差し出したボールをひょいと受け取った。

 

「フン、話のわかる奴だ。真昼、受け取れ。また新しい英霊ボールが増えたぞ」

 

「おお! 最近調子よく集まってるかも。でも名前がコウジって2つ目じゃん。えっと、コウジその2って呼んでいいですか?」

 

 私がキャッチすると、ボールが激しく振動した。

 

『その2言うな! 儂はオリオンズのコウジじゃ! 赤ヘルのコウジとは守備位置も性格も違うんじゃああ!』

 

『すまん、この小娘、こういう性格なんじゃ。許してくれい』

 

 どういう意味だよ、センイチ?

 

『しかし、コウジ、なぜ堺におるんや?』

 

 私のジト目を無視し、センイチがコウジその2に訊ねる。

 

『なぜと言われても、地元なんや。儂の実家のパン屋が、ホークスナインの溜まり場でな。……よくヤ◯ザ直轄のパン屋と間違われたわい』

 

『そっか。タツナミといいお前さんといい、地元に帰る連中案外おるもんじゃな。ヒロミツやコウジ(赤ヘル)のように動き回ってるのもおるし、みんな好き勝手しすぎじゃわい』

 

『儂の前でコウジ(赤ヘル)の話するなあああああ! しばくぞ、アホンダラアアアアア!』

 

『ああん? 先輩になんやその態度はああああああああ! お前があん時に儂の球をショートに打ったから、珍プレーなんて言葉ができたんじゃあああああ!』

 

『うっせええわああああ! あれはウーヤンがヘディングしたのが悪いんじゃああああ!』

 

『それはその通りじゃあああああああ!』

 

『儂もショートフライで本塁まで走ってアウトになったのに、なんで珍プレーにならないんじゃあああ!』

 

「あーもううるさい、わかったから大人しく寝てて」

 

 わけわからん口喧嘩するセンイチとコウジその2をゴツンとぶつけ、ようやく堺の町に平穏が戻った。

 まったく、ショートがヘディングってサッカーでもしてたのかよ。

 

「信長様、これで堺の美味しいスイーツ、食べ放題ですよね?」

 

「ああ、勝手にしろ」

 

 私にそう言って、信長様は宗久さんに振り向く。

 

「これから堺は織田軍専用の軍需拠点にする。いいな、宗久?」

 

「……御意に。織田家のお手伝い、喜んでお引き受けいたしましょう」

 

 宗久さんは不敵な目で微笑んだ。

 こうして日本最大の経済都市・堺は、織田家に自治をあっさり明け渡したのであった。

 

「よーし、堺もゲット! これで遠征費もバッチリだし、あとは美味しいもの食べて、ふかふかの布団で寝るだけ……え、お茶? 今から?」

 

 堺の降伏を見届けた直後、今井宗久さんが「上洛のお祝いに」と、不敵な笑みを浮かべて私たちを案内したのは、静まり返った小さなお茶室。

 そこに、一際異彩を放つ格好している田中宗易さんと津田宗及さんが、まるでバッターボックスでピッチャーを待つ打者のような張り詰めた空気で座っていた。

 こっちの選抜メンバーは信長様、私、秀吉さんと秀長だ。

 

「……真昼、粗相をするなよ」

 

「わかってるって、信長様。でも、この正座……中学の修学旅行で現地の高校生男子をボコボコにして、1時間正座させられたトラウマを思い出すよ」

 

 思い出すぜえ。あの長谷川の妹がやって来たああああ、妹は姉よりちょっとだけ優しいようだ、という現地民の感想。

 ……お姉ちゃん、一体どんだけ暴れたんだよ。

 

 私は膝の感覚が失われていく恐怖と戦いながら、お茶が点つのを待つ。

 狭い。この四畳半もない空間、デッドボールを避けるスペースすらないよ!

 

 私が足の感覚と戦ってる間、隣に座る秀吉さんの目は、いつになく鋭くなっている。

 

(……この狭さ。もし袖の中に暗器を隠していれば、一突きで信長様の喉元に届く。茶碗に毒を塗ることも容易い。……今井宗久、この茶会、暗殺の手法ではないだろうな?)

 

 秀吉さんは懐の脇差に指をかけつつ、表向きは完璧な所作で応じる。

 彼女の指先は無駄なく、流れるような動きで茶器を扱っていく。

 あまりの優雅さに、田中さんの眉がピクリと動いた。

 

「……見事。木下殿、そのお点前、乱世の者とは思えぬ静謐さですな」

 

「滅相もございません。規律を学べば、指先一つにも理が宿るものです」

 

 秀吉さんが優雅に返す隣で、さらに堺衆を驚愕させる異常事態が発生した。

 秀長が、誰よりも深く、誰よりも完璧な角度で一礼したのだ。

 

 トクトクトク……。

 

 秀長は小さな手で茶筅を振り、黄金比のような泡立ちの茶を点てていく。

 田中さんと津田さんは、目を剥いて絶句した。

 

「……さ、猿が……公家ですら忘れた真の礼を……?」

 

「ウキー」

 

 秀長が丁寧にお茶を差し出すと、室内はもはや静寂を超えて真空状態だ。

 

「礼とは相手を敬うと同時に、隙を見せぬ守りの型。あの猿……いや秀長殿は、すでに茶聖の域に達しているようだ」

 

 今井さんも感心しきりだ。

 

 信長様もまた、田中さんが点てた茶碗をひょいと手に取ると、秀長に負けず劣らずの作法を披露する。

 

 すると、今井さんたちが平伏した。

 

「……恐れ入りました、信長様。あなたが茶の湯の道も心得ているとは……感服する以外、何も言うことはありませぬ」

 

 宗久さんが冷や汗を流しながら頭を下げる。

 

「ハッハッハ、茶会の失態を喧伝しようとでも考えていたか?」

 

「当然でございます。茶の道も知らぬ御仁に、命を預ける気は毛頭ございませぬゆえ」

 

 ふう……なんかよくわかんないけど、今日も信長様が完封勝利ってことね。

 

(……あれ? みんな私を見てるよ? この流れ……私も作法を見せる流れ⁉)

 

 心臓の音が鳴り響いてるのがわかるよ。

 恥を掻くのは嫌だけど、もっと嫌なのは秀吉さん、秀長、信長様が作った流れを断つこと。

 

 田中さんが私へのお茶を準備するけど、秀吉さんの目が鋭く光った。

 

(湯を煮えたぎらせて何のつもりだ、田中宗易。……まさか、狙いは真昼か⁉)

 

 秀吉さんは信長様へ視線を送る。けど、信長様はスルーした。

 

 張り詰めた空気が重い。なんかよくわかんないけど、流れを維持しなきゃ。

 ええい……ままよ。えっと……回してから飲むんだよね?

 

「ゴク、ゴク、ゴク……ふう。結構なお点前でした」

 

 よし、完璧! どや、私の礼儀作法!

 よかった~。私も流れに乗れたよ。

 

「熱湯を一気に?」

「……恐ろしい。茶聖の範疇どころか、人の範疇を飛び越えとる」

 

 あれ? 田中さん? 津田さん? なんでドン引きしてんの?

 このくらいの熱さ普通でしょ? 私のお母さんなんて、沸騰している鍋汁一気飲みできるぞ?

 秀吉さん、なんで嘆息しつつ、ホッと胸をなで下ろしているの?

 

(真昼は気づいてないが、熱湯で恥をかかせようとするとは、田中宗易、油断ならぬ男だ。……それにしても信長様は、真昼が飲み干すと信じていたようだ。やれやれ、私はまだまだ信じる心根が足らなかったな)

 

 緊張した空気が緩和され、今井さんが不敵に笑いだした。 

 

「長谷川真昼……堺衆の心を砕きなさったか。ふふっ、これはこれでおもろい」

 

 あの~、今井さん? 間違った作法だったら教えてもらいたいんですけど⁉ 

 

 何はともあれ、こうして経済都市・堺は、物理的にも精神的にも織田家に支配されたのである。

 めでたしめでたし?

 

「よーし! これで資金源は手に入れた! 三好の残党を掃討し、一旦岐阜へ戻るぞ!」

 

 信長様の号令に、私は新しく手に入れたコウジボールをポケットに突っ込み、今井さんから貰ったお土産のカステラを頬張った。

 ふう……やっぱりお茶よりカステラだよねえ。

 

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