なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第72話 長谷川真昼、終わらぬ延長戦へのプレイボール

 数十日間、私たちの心をドロドロに溶かし続けてきたあの呪わしい長雨が、嘘のようにピタリと止んだ。

 鉛色だった雲の隙間から、まるで試合終了の合図のように眩しい日の光が差し込み、大河内城の巨大な城門が重々しい音を立てて開いていく。

 

「……ゲームセット、だな。北畠具教」

 

 信長様がバットを肩に担ぎ、ぬかるんだ地面を踏みしめて城内へと歩を進める。

 出迎えたのは、返り血一つない純白の装束に身を包んだ剣聖、北畠具教。

 

「講和の条件承知した。……尾張のうつけと侮ったのが間違いだったわ」

 

 具教の傍らに透き通るような気品を放つ英霊ボール『ベットウ』が浮遊していた。

 

『……センイチ、これが君たちの野球か。城を壊さず、人を殺さず、ただ次代のロースターを奪い取る。……君たちの指揮官は、恐ろしい策士だ』

 

 ベットウボールの穏やかで気品のある声が響く。

 懐のセンイチが、いつになく殊勝な態度で震えた。

 

『……フン。負けを認めて潔くベンチを去るのも、レジェンドの矜持だろ。あの長雨とあんたの気品あるフリーズ、こっちの若手には刺激が強すぎたわい』

 

『雨……か。あの日の平和台の報いだったのかもな』

 

 ベットウは天候を利用してノーゲームにしてしまい、敵チームファンがグラウンドに乱入した過去を思いだす。

 騒動で総監督と監督が辞任し、ベットウが監督としての人生が突然始まる転機の事件。

 

『ラムネ瓶飛ぶ平和台……か。あれはあんたの責任じゃない。……ベットウさん、ゆっくり休め』

 

 センイチの声に、ベットウは眠りについた。

 私は具教さんから、光り輝くベットウを受け取る。

 ボールは驚くほど冷たくて、名門が滅びゆく哀愁のような、ずっしりとした重みがあった。

 力技で勝ったんじゃない。光秀さんの強制トレードという名の盤外戦術が、この剣聖とレジェンドを折ったのだ。

 

「籠城せず、ベットウとともに戦場で暴れていれば……いや、愚痴は言うまい」

 

 刀を握りしめて悔しそうに呟く具教さん。

 彼もまた、籠城に固執するあまりに戦局を見誤ったことを悔いてるようだった。

 

 そして――。

 いよいよ、不当なトレードが執行される時が来た。

 

「茶筅丸君……」

 

 信長様の次男、茶筅丸君が具教さんの前に歩み出る。

 今日から彼は織田茶筅丸ではなく北畠具豊を名乗り、この縁もゆかりもない城で生きていくことになる。

 私は伊勢の港で買い占めてきた、山のようなお餅の袋を彼の手に押し付けた。

 

「これ、お姉ちゃんからの差し入れ。寂しくなったら、これを食べて。織田家のマネージャーは、どこにいても君の味方だから。……いじめる奴がいたら、お姉ちゃんがバット持って殴り込みに来てあげるからね!」

 

 茶筅丸君は小さな手でお餅を抱え、涙を必死にこらえて、いつものお利口さんな笑顔で頷いた。

 

「ありがとうございます、真昼様。……父上を、そして奇妙丸兄上を頼みます。……北畠具豊、行ってまいります」

 

 幼い子供にこんな決意をさせるなんて、やっぱり戦国時代はクソゲーだ。

 信長様は一度も息子と目を合わせなかった。

 けれど背中を見せて立ち去る際、九鬼嘉隆さんにだけ聞こえる低い声でこう命じた。

 

「嘉隆。水軍の半分を、常にこの付近の海に置いておけ。……茶筅丸に指一本触れる奴がいたら、海ごと消し飛ばせ」

 

「はっ……お任せくだされ」

 

(……不器用かよ、信長様。それ、完全な過保護じゃん……)

 

 ***

 

 大河内城を後にした私たちは、急ぎ足で岐阜城へと帰還した。

 休む間なんてない。私の第一任務は、戦線離脱したあの人に会うことだ!

 

「秀吉さん!」

 

 岐阜城の奥の間。お香の匂いが漂う部屋に飛び込むと、そこには肩を深く包帯で巻かれた秀吉――帰蝶様の姿があった。

 

「ま……真昼? 泥だらけじゃないか。女の子がそんな格好で……ははは、相変わらずだね」

 

 ねねちゃんが献身的に甲斐甲斐しく看病する横で、秀吉さんはいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。

 生きてた。本当によかった。私は秀吉さんの布団に突っ伏して、子供みたいにわんわん泣きじゃくった。

 

「よかったぁ……生きてて本当によかったぁ! 龍興の野郎、次は絶対場外に放り込んでやる!」

 

「ウキー! ウキー!」

 

 秀長も隣で袴を噛み締めながら男泣きしている。

 

「まーったく、秀吉様は女の子なんですから、槍働きより頭脳を使わないと。わかりましたか? 秀吉様。槍働きは秀長たちに任せなさい」

 

 ねねちゃんは気丈に振る舞ってるけど、目が充血していて寝不足なのがわかる。

 必死に看病してたんだろうな。

 お父さんが体調不良で倒れ、看病するお母さんにそっくりだよ。

 ……お母さんは腰が充実していて、お父さんは元気になったけど精気吸われたみたいになってたけど。

 

 そこへ、背後から音もなく殺気が近づいてきた。

 

「……猿。致命的なエラーだ。当分の間スタメンから外す。全治するまで奥のベンチで大人しくしていろ」

 

 信長様だ。相変わらず冷たい言葉だけど、その手には京から取り寄せたという最高級の金平糖の箱が握られていて、それを乱暴に秀吉さんの枕元に放り出した。

 

「……はい、信長様。次は完璧な守備をお見せしますよ」

 

 秀吉さんがクスリと笑う。

 この主従……いや、この元夫婦も、野球という共通言語で絆が強まっているみたいだ。

 

 ***

 

 その日の夕暮れ、私は岐阜城のグラウンドに立ち、バットを振っていた。

 伊勢は平定した。茶筅丸君は遠くへ行った。秀吉さんは戻ってきた。

 

 でも、戦国の世はまだ終わらない。

 一益さんの報告によれば、斎藤龍興とキヨシボールは、伊勢の山中を抜けて逃亡したという。

 

『次の戦場で会おう』

 

 ……そんな不吉な言葉を残して。

 

『……小娘。いつになく殊勝じゃな。ようやく恋女房の自覚が出てきたか』

 

 懐のセンイチが低い声で囁いてくる。

 

『本願寺どもは野球の理屈も、データの裏付けも通用せん。命を捨てて突っ込んでくる信心という名のデッドボール攻めじゃ。心してかかれよ』

 

「上等だよ。誰が来ても、私が信長様の剛速球を捕ってみせるから。……なんてったって私は、世界一ブラックな野球チームのマネージャー兼恋女房なんだしね!」

 

 私は夕日に向かって、思いっきりバットを構える。

 ブン! と乾いた音が美濃の空に響き渡った。

 

 ――【海賊王に私はなる? 伊勢攻略編】完。

 

 【織田家激震、義弟長政裏切り編】に続く

 

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