なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第81話 長谷川真昼、梟雄の本音で命拾いする

「はぁ、はぁ……もう無理。足が棒、いやバットみたいにカチカチだよぉ……」

 

 金ヶ崎からの決死の逃避行。

 私たちは雨に打たれ続けて泥まみれになりながら、険しい朽木谷の山道を歩き続けていた。

 お風呂に入りたい。甘いものが食べたい。ふかふかの布団で泥のように眠りたい。

 JKの三大欲求が満たされないまま数時間、ようやく私たちは山間にある館の灯りを目にした。

 

「信長様。ここが朽木谷の領主、朽木元綱の館です」

 

 先導していた松永久秀さんが、汗一つかかずに足を止める。

 さすが戦国の梟雄、体力お化けかよ。

 

 久秀さんが門を叩くと、すぐに兵士たちが現れ、やがて館の主が出てきた。

 私は身構えた。こんな山奥の領主だ。どうせ熊みたいな髭面の大男か、意地悪そうな古狸が出てくるに決まってる。

 

「夜分遅くに失礼つかまつる。松永殿の案内とあれば、拒む理由はございませぬ」

 

 でも現れたのは、爽やかな風のような青年だった。

 涼しげな目元、スッとした鼻筋。鎧を着ていなければ、令和の表参道でもスカウトされそうなレベルのイケメンだ。

 

「……えっ? イケメン?」

 

 私の警戒レベルが一瞬でゼロになった。

 イケメンに悪い人はいない。これ、お母さんとお姉ちゃんも言ってたし、私の美学だから。

 悪い人だったら、顔面変形させればいいだけだもんね。

 

「信長様、よくぞご無事で。この朽木元綱、全霊をもって京への道をお守りいたします」

 

 元綱さんは信長様の前に恭しく跪いた。

 その姿も絵になるねえ。

 

「うむ。頼むぞ、元綱」

 

 信長様は短く応え、私たちは館の中へと通された。

 

 案内されたのは奥座敷。

 久しぶりの畳、屋根、そして何より布団!

 

「やったー! 虫に刺される心配なく寝れるよ!」

 

『小娘、お前を刺そうとする虫がおらんじゃろ』

 

「なんか言った? センイチ?」

 

 私はお風呂いただいて、ダイブするように布団に突っ込んだ。

 ご飯は喉を通らない。……みんな……無事かな……。

 瞼が鉛のように重い。信長様は壁に背を預けて腕組みしてるし、久秀さんも油断なく座ってるけど、私はもう限界。

 

「おやすみなさーい……グゥ」

 

 私は一瞬で意識を手放した。

 

 ***

 

 ――ザッ。

 

 微かな衣擦れの音と、肌を刺すような冷たい気配。

 屋敷を武装した兵士たちが取り囲む。

 中心に立っているのは朽木元綱。

 表情は信長に跪いた姿とは別人のように冷酷で、野心に満ちている。

 

「……信長殿。悪いがここで死んでもらおう」

 

 元綱が槍の穂先を掲げる。

 

「朝倉・浅井に貴殿の首を差し出せば、朽木家は安泰。織田信長を討ったとなれば、我が名は日の本全土に轟くだろう」

 

 ヒュンッ!

 

 風のような速さで屋敷から人影が飛び出し、元綱の懐に飛び込み、喉元に切っ先鋭い短刀を突きつけていく。

 

「……動くな」

 

 地獄の底から響くようなドスの利いた声。

 松永久秀の声だ

 元綱の兵たちが、あまりの迫力に動揺して足を止める。

 

「俺に恥をかかすなよ、元綱。俺が案内した客だぞ」

 

 久秀が元綱の耳元で囁く。

 元綱のこめかみから、冷や汗がツーっと流れる。

 

「ま、松永殿、正気か?」

 

 元綱は震える声で問い返す。

 

「貴殿は稀代の梟雄ではないか。将軍義輝公を弑し、東大寺の大仏殿すら焼いた男……。なぜ、ここで落ち目の信長にそこまで肩入れする? ここで信長を殺せば、貴殿もまた乱世の主役に戻れよう! 共に天下を動かそうではないか!」

 

 元綱の誘惑に久秀は「クックック」と喉の奥で笑った。

 

「梟雄、か。……たしかに、俺は生き残るためなら何でもする。主殺し? 神仏の破壊? ああ、やったとも。必要ならばな」

 

 久秀は元綱の身体を掴む腕に力を込める。

 短刀が元綱の首の皮一枚を切り、赤い血が滲んだ。

 

 久秀の瞳から、普段の飄々とした色が消えた。

 そこに宿っていたのは、凄味のある真剣な光。

 

「だがな、元綱。……俺は見たいのだ。信長が創る天下静謐を」

 

「天下……静謐……?」

 

 元綱が息を呑む。

 天下静謐。つまり、完全なる平和。

 一番似合わない単語が、一番似合わない口から出てきたことに元綱は混乱した。

 

「そうだ。古い権威にすがり、足の引っ張り合いをするだけの旧態依然とした連中には、真の平和など作れん。俺のような悪党がのさばる世の中を終わらせられるのは、毒をもって毒を制す、あの信長だけよ」

 

 久秀は屋敷を見上げる。

 

「俺はこの目で、乱世の終わりというやつを見てみたい。そのためなら、俺は喜んで信長の犬になろう。……それが俺の悪巧みよ」

 

 空気が変わった。

 殺気立っていた屋敷を囲む兵たちに、不思議な静寂が降りる。

 元綱は久秀の気迫と言葉の重みに完全に圧倒されていた。

 

「……悪巧み……か」

 

 元綱の手から槍が離れ、床にカランと音を立てて落ちた。

 

「……わかった。松永殿がそこまで言うなら……賭けてみよう。貴殿の眼力に」

 

 元綱はそっと手を挙げ、兵たちに武器を引くよう合図した。

 包囲が解かれ、信長と真昼の窮地は去った。

 

『天下静謐か。優勝、日本一を目指して戦う選手の願いを叶える醍醐味。信長よ、これこそが最高の瞬間よ。長いシーズン、大敗試合も多くある。切り替えろよ。死以外は次があるんじゃ』

 

「ったく。どいつもこいつも、日の本一を目指すか。気の遠くなる話よ」

 

「グゴー……ムニャムニャ……イケメンは正義……」

 

 何も知らない真昼の寝言を聞き、信長が、ふっと口元を緩め、ゆっくりと目を開け、去っていく朽木兵への緊張を解いた。

 

 ***

 

 夜明けと同時に私たちは、朽木元綱さんの護衛により、京へ向けて出発することになった。

 元綱さんは爽やかな笑顔で護衛兵を出してくれる。

 

 朽木谷を抜け、京はもうすぐそこだ。

 私たちの逃避行は、終わりを告げようとしていた。

 

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