なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第83話 長谷川真昼、危険球を回避する

 金ヶ崎からの死の撤退戦を終え、泥人形のようになった私たちが京にたどり着いてから、数刻が経過した。

 私の心臓はまだ早鐘を打っている。

 

「……来ない。まだ来ないの?」

 

 門の前を行ったり来たりする私を、信長様は無言でバットを磨きながら見守っている。

 もし、あそこで皆が……秀吉さんが、光秀さんが、半兵衛君が死んでしまったら。

 悪い想像ばかりが頭をよぎる。

 お母さんも一回だけお父さんと別行動して、こんな気分を味わったことがあるって言ってたっけ。

 二度と味わいたくないって、お父さんが人身事故で今日は帰れないって連絡してきても、大雪で電車が止まっても、急な出張になったって言ってきても、お母さんは必ず次の瞬間にお父さんの横に立ってた。私とお姉ちゃんを連れて。

 お父さんは1人で寝ることは決して許されないの。って言ってきたお姉ちゃんの言葉に感動したっけ……あれ? この思い出、美談だよね?

 

 又左さんも成政さんもソワソワしている。

 執拗に迫る龍興を、なんとか躱し戻った2人の表情も暗い。

 

「ちくしょう。撤退戦じゃなければ、決着するまで戦ったのによ」

「斎藤龍興……今度はタイマンで勝負だァッ!」

 

 2人とも龍興に相当キレてるね。

 私はわかってるよ。口ではそんなことを言って、まだ帰ってこない秀吉さんたちの名前を言わないけど、頭の中じゃ早く帰って来いって思ってるの。

 

 重矩君も真っ直ぐ北を見つめている。

 無表情で冷静だけど、兄の半兵衛君を心配している気持ちが痛いほど伝わってくる。

 

 そうこうしていると朝霧の向こうから、ボロボロになりながらも整然とした足取りで近づいてくる集団の影が見えた。

 

「――戻りましたぞ! 信長様!」

 

 先頭を行くのは、泥だらけの甲冑を纏った一益さん。

 光秀さん、半兵衛君が続く。

 最後に秀長に肩を借りながら、それでも気丈に笑う秀吉さんの姿があった!

 

「秀吉さぁぁぁぁん!」

 

 私は迷わず駆け出し、秀吉さんに飛びついた。

 

「ぐふっ……! ま、真昼、傷に響く……けど、ただいま」

 

「よかったぁ……! 生きててよかったぁぁぁ!」

 

 私は秀吉さんの胸でわんわん泣いた。泥と汗と鉄の匂い。でも、生きてる温かい匂いだ。

 

「しぶとい奴らだ。……全員、生還だな」

 

 信長様がゆっくりと歩み寄り、力強く秀吉さんの肩を叩いた。

 

「秀吉、よくやった」

 

「はっ! 信長様の天下を見るまで、三途の川など渡れませんから」

 

「半兵衛、十兵衛、秀長も見事ぞ! 久助、大儀であった!」

 

 信長様の言葉に半兵衛君も、顔は泥だらけだけど涼しい顔で扇子を開いた。

 

「さて、9回裏が残っています。長政も、信長様を仕留めきれなかったことで苛立っているでしょう。急ぎ、次の攻撃に備えなければなりません」

 

 権六さん、長秀さん、恒興さん、家康さんたち先行して京に戻っていたメンバーも駆けつけ、互いの無事を喜び合う。

 

 でも、感傷に浸っている時間はなかった。

 信長様は即座に全員を集め、次なる采配を振るう。

 

「喜ぶのは早いぞ。半兵衛の言う通り、長政が裏切った以上、包囲網はすぐに狭まる。……俺たちは直ちに岐阜へ戻り、態勢を立て直す!」

 

「えっ、もう帰るの? せっかく京に集まったのに?」

 

「ここに長居すれば、四方八方から敵が湧く。岐阜へ戻り、攻撃の準備だ! そのために、京と周辺の守備を固めるぞ!」

 

 信長様は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「十兵衛! お前は京に残れ! 吉兵衛とともに義昭様と公家衆の手綱を握り、余計な口出しせんように見張ってろ!」

 

「はっ、承知いたしました。京の守備、この光秀にお任せを」

 

「久助! お前は伊勢だ! 嘉隆と協力し、北畠の残党と水軍を監視して一歩も動かすな!」

 

「御意。お任せあれ」

 

「久秀は大和へ戻れ。三好と筒井が騒がぬよう、得意の二枚舌で撹乱しろ」

 

 久秀さんは「ククッ」と喉を鳴らし、恭しく頭を下げた。

 

「悪巧みは任されよ。大和の地、盤石にしてご覧に入れましょう」

 

 京の守りを固めた私たちは、少数の手勢で岐阜への帰路を急いだ。

 目指すは近江の山中、千草峠。ここを抜ければ美濃への近道だ。

 

「はぁ、はぁ……。また山登り? 私の足、もう筋肉痛でパンパンなんだけど!」

 

 私が文句を言いながら山道を登っていると、不意に殺気が肌を刺した。

 

『……危ない! 信長、伏せろ!』

 

 センイチがが青白く発光し、信長様の前に飛び出す。

 

 ドォォォォォン! プシャー!

 ドォォォォォン! カキン!

 

 轟音と共に、二発の銃弾が信長様を襲った。

 一発は馬の首を貫き血飛沫をあげ、もう一発は信長様の眉間へ――!

 

「信長様ぁぁぁぁ!」

 

 スローモーションの世界で、信長様に向かった弾丸はセンイチに当たり弾かれ、信長様の頬を掠めて背後の木を粉砕した。

 

 ドサッ!

 馬が死に、落馬する信長様。

 

「ちっ……外したか! 殺ったと思ったんやけどなぁ!」

 

 茂みから現れたのは、巨大な鉄砲を構えた狙撃手、杉谷善住坊。

 それと、執念深い亡霊のような男たちが姿を現した。

 

「信長! 貴様の運もここまでじゃ!」

「六角の意地、思い知れ!」

 

 六角承禎と義治だ!

 観音寺城を追われた彼らが、鉄砲傭兵を雇って待ち伏せしていたのだ。

 

「……痛ぇじゃねえか。ビーンボール投げやがって……!」

 

 信長様がゆらりと立ち上がる。

 頬からは血が流れているが、その目は爛々と燃え上がっていた。

 

「乱闘案件だぞコラァ! 審判がいねえからってやりたい放題しやがって!」

 

 信長様は金属バットを引き抜き、吠えた。

 

「権六! 右衛門尉! 出番だ!」

 

「おうよ! 待ってましたぁ!」

「遅れ馳せながら!」

 

 後方に控えていた柴田権六勝家さんと、佐久間信盛さんが飛び出してきた。

 

「貴様らはここに残り、六角の残党を根絶やしにしろ! 完膚なきまでに叩き潰し、二度とマウンドに上がれぬように引退勧告を突きつけてやれ!」

 

「御意! フルパワーで粉砕します!」

「我らのバットの錆にしてくれよう!」

 

 権六さんの剛スイングが杉谷善住坊を襲い、信盛さんが六角兵を薙ぎ払う。

 その隙に、私たちは強行突破で峠を越えた。

 

 ***

 

 命からがら岐阜城へ帰還した私たちは、休む間もなく緊急軍議を開いた。

 大広間に広げられた地図は、絶望的な色に染まっている。

 

「……状況は最悪ですね」

 

 半兵衛君が扇子で地図を指し示す。

 

「北には裏切った浅井と越前の朝倉。南には六角残党、西に三好三人衆。本願寺の動向も怪しく、龍興も変幻自在に動き回り、東の武田もいつ襲って来てもおかしくない状況」

 

『四面楚歌どころじゃないわ。オールスター戦で、他の11球団連合と対戦する羽目になった気分じゃ』

 

 センイチが深いため息をつく。

 完全に包囲されている。逃げ場なし。

 

 でも、信長様は不敵に笑った。

 

「上等だ。敵が多いなら、全員まとめて相手してやる」

 

 信長様は立ち上がり、残った戦力を見渡した。

 

「ここにいる全戦力を持って、裏切り者の長政と義景を正面から叩き潰す!」

 

 その言葉に、一番に立ち上がったのは家康さんだった。

 

「信長様! 徳川軍に先鋒をお任せくだされ!」

 

 家康さんが、熱い瞳で訴える。

 

「先の戦での先鋒の約束がまだ果たされておりませぬ。三河武士の意地、そして何より……旭殿への愛のため! ノムサンのデータ野球で浅井の足を止め、必ずや勝利を捧げてみせまする!」

 

「フン、いいだろう。狸の恩返し、期待してるぞ」

 

 信長様の許しと同時に、半兵衛君が地図の一点を指し示す。

 

「決戦の地は姉川になるでしょう。浅井家は勇将多く、また、朝倉家も一向一揆鎮圧戦で活躍した猛将多し。諸将方、決して油断なさいますな!」

 

「「「「おお!」」」」

 

 そんな大合唱起こる織田家臣団だけど……あっ、半兵衛君の顔、私に向いているよ。

 これ、絶対私に激戦の場所へ配置する気満々でしょ。

 姉川……姉。

 どうかお姉ちゃんが召喚されちゃって、川を泳いでませんように。

 

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