なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第89話 長谷川真昼、親分たちに目をつけられる

 姉川の戦いが織田・徳川連合軍の辛勝で幕を閉じた頃。

 摂津国、石山本願寺。

 難攻不落の要塞とも称されるこの巨大寺院の奥深き本堂で、歴史を揺るがす闇の軍議が開かれようとしていた。

 

 線香の煙が立ち込める薄暗い堂内。

 しかし、その中央にあるのは仏像ではない。

 鮮やかな深緑色の座布団に鎮座する、巨大な英霊ボール『ツルオカ』と、それをベースのような配置で取り囲む幹部たちであった。

 

「……浅井家、およびお市の方より密書が届いている」

 

 重苦しい沈黙を破ったのは、本願寺第11世宗主、顕如だった。

 彼は手にした書状を広げ、集まった面々に視線を走らせる。

 

「『信長は仏敵であり、世の秩序を乱す魔王である。我らと共に信長包囲網を結成し、これを挟殺せんと欲す』……とのこと」

 

 顕如は眉をひそめ、目の前の緑色のボールに問いかけた。

 

「親分、いかがなされますか? 西には『ミハラ』や『ヒロオカ』、『ネモト』に『ユキオ』、さらには『トシハル』や『オオギ』といった親分と覇権を争う強敵たちがひしめいております。東の信長に構っている暇がありますかな?」

 

 すると座布団の上の『ツルオカ』が、ドス黒いオーラを放ちながら重々しく明滅した。

 

『……グラウンドには銭が落ちとる。だが、それを拾うには邪魔な石ころを退けなきゃならん』

 

 ツルオカの声は、浪速の帝王のごとき貫禄に満ちていた。

 その周囲を固める三つのボール――『ヒロセ』、『アナブキ』、『トクジ』もまた、親分の意向を待ってブゥンと唸りを上げる。

 

『顕如よ。西のライバルたちとの決戦は重要じゃ。じゃがな……』

 

 ツルオカの光が、突如として激しい赤色に変わった。

 

『信長め、調子に乗りおって! ワシの可愛いエース『スギウラ』を『センイチ』で倒しただと! さらに宿敵『ミズハラ』まで倒したとはどういうことじゃ! それに我らを戦国の世に解き放った神から召喚された小娘よ! 信長の恋女房? ふざけるな……ワシらの英霊大戦の邪魔をしおってからに!』

 

 本堂の空気がビリビリと震える。

 さらにツルオカの怒りの矛先は、三河の方角へと向いた。

 

『それに家康じゃ! あのタヌキ、ワシに逆らった『ノムサン』を使役しておるそうじゃないか! あの裏切り者め! ホークスを追放された恨みで徳川につきおったか! 許せん、ワシの手で八つ裂きにして引退勧告を突きつけてやるわ!』

 

『親分への裏切りは許しまへんで!』

『必ずやオトシマエをつけさせます!』

 

 ヒロセやトクジたち親衛隊ボールも殺気立つ。

 そこへ目元を隠すように控えていた男が、スッと進み出た。

 かつて三河一向一揆を扇動し、今は本願寺の参謀として潜伏している本多正信だ。

 彼の懐には、知的な青い光を放つ英霊ボール『ノビタ』が収まっている。

 

「……顕如様、親分。僕としては開戦に大賛成です」

 

 正信がメガネのブリッジを上げて言い放った。

 

「信長の勢力拡大速度は異常値を示しています。今、叩かなければ手遅れになる。……伊勢長島での扇動準備も万端です」

 

 ノビタボールが冷静な口調で補足する。

 

『それに……師匠であるノムサンの相手は、愛弟子である僕に任せてください。恩返し……いえ、徹底的なID野球で引導を渡して差し上げますよ』

 

 不敵に笑う正信の横から、今度は本願寺の坊官、下間仲孝が歩み出た。

 彼の手には『アキヒロ』ボールと、なぜか一枚の色紙と筆が握られている。

 

「ちょっとお時間よろしいですか。……こうなれば、長年の宿敵・比叡山延暦寺と手を組むべきかと」

 

 その提案に、僧兵たちが「宗派が違う!」とざわつくが、アキヒロボールは気にせず仲孝の手を操り、色紙にサラサラと文字を書き始めた。

 

『僕もノムサンやセンイチさんには、現役時代にお世話になった身。あの熱血監督たちを相手にするには、比叡山の荒法師たちのパワーが必要です』

 

 アキヒロボールは書き上がった色紙を掲げた。そこには力強い文字で『必勝』と書かれている。

 

「これぞ予祝。先に祝い、現実を引き寄せるのです。すでに同盟成立のサインは書いておきました」

 

「うむ……だが本来、我らと信長の関係は良好。伊勢の件はあるが、京の信長政権は神仏の保護もしてくれてるからのう」

 

 顕如が腕を組んで考え込んだところ。

 

 ――バァァァァァン!

 

 本堂の重厚な扉が、何者かによって蹴破られた。

 

「ぜっこうちょおおおおおおおお!」

 

 静寂を切り裂く大音声と共に、青色の発光体が転がり込んできた。

 姉川で敗れ、次なる戦いの場を求めてやって来た斎藤龍興だ。

 手には相変わらずハイテンションに輝く英霊ボール『キヨシ』が握られている。

 

「ヒャッハー! ここで信長討伐の相談をしてるって聞いたぜ! その役目、俺に任せろ! 俺の『キヨシ』が火を噴くぜ! 雰囲気だけで勝ってみせる!」

 

 龍興が土足で畳に上がり込む姿を見た瞬間、正信の『ノビタ』と仲孝の『アキヒロ』が、あからさまに青ざめて後ずさりした。

 

『げえっ! キヨシさん!』

『あのテンション、絡まれると面倒くさいんです……!』

 

 キャッチャー出身の頭脳派ボールたちが震え上がる。

 龍興は意気揚々と祭壇へ近づこうとしたが――そこでピタリと動きを止めた。

 

 目の前には、緑の座布団に座る大親分『ツルオカ』。

 ギロリと睨む本願寺顕如。

 そして本願寺の軍事司令官・下間頼廉と、彼が懐から取り出した、ドスを利かせた声を放つ英霊ボール『ポッポ』。

 

 昭和パ・リーグのコワモテ2大巨頭が、龍興を睨みつけていた。

 

『……ああん? 騒がしいのが来たのう』

『喝だ、喝! ハリーを呼べい! 鉄砲玉の教育がなってねえぞ!』

 

 ポッポボールが凄んだ瞬間、キヨシボールの光がシュンとしぼんだ。

 

『げ、げえええっ! ツルオカの大親分に、ポッポの親分⁉ 昭和のパ・リーグの武闘派監督ツートップじゃないっすか!』

 

「や、ヤバいの? キヨシ……ぶっちゃけ顕如も頼廉も怖い……」

 

 龍興の膝がガクガクと震える。

 

『ホークスの大親分のツルオカ……。そのホークスでツルオカの若頭を務め、引退後はオリオンズとファイターズで親分と呼ばれ、野球より拳で一時代を築いた修羅……逆らったら……即死……!』

 

 キヨシの声も震えていた。

 さらに、ツルオカたちに敗れたのだろう無数の英霊ボールが、ツルオカの腹の中で眠っているのを確認してしまう。

 

『マユミ……スパイチュ……カツヒロ……フクラ……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏』

 

 怯える龍興とキヨシに、親衛隊ボールたちが間を取り持つ。

 

『ポッポ兄貴、ハリーは監督やってませんから、この争いは不参加ですぜ!』

 

『おい、キヨシ! テメエが世話になったハリーの親分のポッポに挨拶せんかい!』

 

 ヒロセとトクジが殺気を放つと、キヨシの震えは縫い目が見えないほど高速化する。

 

『ヒエッ! ジャイアンツに入団した時に、後楽園球場のロッカー裏でボコボコにされた悪夢が蘇る……申し訳ございませんでした! 以後、忠誠を誓います! ほれ、龍興! 頭下げんかい!』

 

「す、すいません、調子乗りました……靴脱ぎます……」

 

 絶対的なヒエラルキーの前に、絶好調男も形無しである。

 龍興は土下座して平伏した。

 下間頼廉が龍興の参加を許すと、ポッポの荒げた声が響き渡る。

 

『ガタガタ抜かしてんじゃねえ! 要は、信長と長谷川真昼がこの英霊ボール大戦の邪魔だってことだろ! 根性見せろや根性! センイチなんぞ、ただの小童じゃ!』

 

 その言葉に野洲河原で苦渋を舐めた鈴木孫一も、『オニヘイ』を撫でながら頷いた。

 

「へっ、違いねえ。オニヘイもあの時の借りを返したくてウズウズしてやがる。鉄壁の守備で織田の攻撃を完封してやるぜ」

 

 場は決した。

 顕如は数珠を握り潰さんばかりの勢いで立ち上がり、本堂に響き渡る声で宣言した。

 

「そうだな……信長は二条御所の建設に石仏を石垣に使い、あまつさえ南蛮文化を積極的に保護し、長谷川真昼なる異物を恋女房にしている! これは伝統ある仏教への冒涜である!」

 

 袈裟の右肩を脱いだ顕如から、阿弥陀如来の刺青が威圧感たっぷりに剥き出しになり、背後でツルオカ親分が緑色の光を爆発させる。

 

『総員、プレイボールじゃあ! 浅井、朝倉と合流し、信長包囲網を完成させよ! 仏敵信長と長谷川真昼に、地獄を味わわせてくれるわ!』

 

「「「応ッ!」」」

 

 石山本願寺から放たれた檄文は、瞬く間に伊勢長島、比叡山、そして各地の一向宗門徒へと伝播していった。

 信長を倒せ、長谷川真昼を倒せという宗教的情熱と、「ノムサンを倒せ」「センイチを倒せ」というプロ野球界のドロドロとした遺恨がミックスされた、史上最大にして最悪の包囲網が信長に襲いかかろうとしていた。

 

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