なんで私⁉ 野球知識皆無のJKが戦国時代で野球を広め、信長の恋女房になってしまう件~   作:ハムえっぐ

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第97話 長谷川真昼、インフィールドフライに憤慨する

 摂津から京を飛び越え、全力で馬を飛ばした強行軍。

 私の脚はもう棒を通り越して、何度も酷使されてヒビが入った金属バットみたいにカチカチで、一歩動くたびに悲鳴を上げていた。

 

 でも、止まれなかった。止まるわけにいかなかった。

 琵琶湖のほとり、坂本まで辿り着いた私たちの目に飛び込んできたのは、夕闇に沈む宇佐山城の周囲を埋め尽くす凄惨な死体の山だった。

 

「……嘘、でしょ」

 

 冷たい雨が降り始めた。

 泥と焦げた匂いと鉄の匂いが鼻を突く。

 城門の前に、一本のバットが突き立てられていた。

 それは三左さん自慢の十文字バット。

 穂先は無惨に折れ、血に濡れてドス黒く輝いていた。

 

 槍の傍らに、3人の男が横たわっていた。

 

 1人は信長様の弟の信治様。

 1人は、まだ元服したばかりで、私に「真昼殿、煎餅食べますか?」って笑ってくれた長男の傅兵衛可隆君。

 そして――。

 

「三左、さん……?」

 

 私の膝が、ガクガクと震えて地面についた。

 いつも「真昼様、信長様をお頼み申す」って真っ直ぐな瞳で口にしていた、織田家で唯一、信長様とエースの座を争う気概を見せた三左さんが……。

 

 三左さんの顔には、もうあの優しい笑みはなかった。

 3万の敵をたった千で迎え撃ち、それでも一歩も引かなかった男の凄絶な最期の顔。

 

「嫌だよ……。起きてよ、三左さん。可隆君も……。九回裏の逆転劇、見せてくれるんじゃなかったの?」

 

 私の声は、雨音にかき消された。

 9回裏なんてなかった。これは野球じゃない。

 一度アウトになったら、二度と打席には立てない。交代も、代打も、再試合もない。

 これが戦国。これが、私が迷い込んだ世界の現実。

 

 私の隣で信長様がゆっくりと馬を降りた。

 泥だらけの着物が、雨に濡れて重く垂れ下がっている。

 信長様は三左さんの遺体に近づくと、折れたバットをそっと握った。

 

 泣くのか、と思った。

 怒鳴り散らすのか、と思った。

 

 でも、信長様は何も言わなかった。

 ただ、氷のように冷たく、深淵のように暗い瞳で、三左さんの顔をじっと見つめている。

 

『……三左よ。見事な火消しじゃった。あの世でゆっくり休め』

 

 懐のセンイチが、震えるような声で呟いた。

 

「……三左。……傅兵衛。……九郎(信治)。無茶しやがって」

 

 信長様の声は、驚くほど静かだった。

 

「……是非もなし」

 

 短く呟いた信長様は、比叡山に向けて空気を切り裂くような殺気を放つ。

 

「真昼。泣くのは後だ」

 

 信長様が私を振り返ることもなく、冷徹な声で告げる。

 

「奴らは比叡山へ逃げた。仏罰とやらを盾に、あの山を安全なベンチだと勘違いしているらしい」

 

 信長様が空を見上げる視線の先にある比叡山延暦寺。

 神仏の加護に守られた、不可侵の聖域。

 

「森可成殿を討ったのは、今川の遺臣、朝比奈泰朝とのこと。氏真を北条に預け、今川再興を目指して上杉の元へ向かったと聞いていましたが……」

 

 秀吉さんからもたらされた情報に胸がざわめく。

 私が戦国に来て初めて戦った相手。

 再戦も勝利し、英霊ボールを2つも彼から回収した。

 私が勝ったことで、泰朝は主家すら失い、人生の目標を私や信長様に挑むとしたのなら……三左さんたちが死んだのは私のせいでもあるのだ。

 

「信長様……まずは比叡山を調略すべきかと。連中の持つ荘園の支配を認めれば、まだ可能性はあります」

 

 半兵衛君は冷静に策を進言してくる。

 

「であるか。……人選は任せた」

 

「……承知しました」

 

 去ろうとする半兵衛君の後を追う。

 交渉なら私を指名してと伝えるために。

 ……でも。

 

「真昼殿。今は信長様の隣にいてください」

 

「……え?」

 

「僕の献策に、入念に人選を打ち合わせするのが普段の信長様なのです。……それがなかった。それだけ、信長様は衝撃を受けているのです」

 

「……わかった。半兵衛君も気をつけて」

 

 宇佐山城に入ると、三左さんの奥方のえいさんや、まだ幼い勝三君の泣き声が聞こえてくる。

 私は泥だらけの手で顔を覆い、ただ、冷たい雨に打たれ続けた。

 

 ***

 

 降りしきる雨の中、浅井・朝倉・比叡山連合軍はすでに比叡山に到着していた。

 

「……義兄上がもう摂津から戻ったか。本圀寺の時といい、金ヶ崎の時といい、機動力が凄まじいな」

 

 浅井長政が、宇佐山城方面を見下ろす。

 

「奴の電光石火と判断力はたしかに当代随一かもしれん。ただ、織田領は広範囲になりすぎた。全戦線に、奴が直接現れるのは不可能よ」

 

 隣で冷淡に言い放ったのは、朝倉軍の山崎吉家。

 

「霧に煙る巨大な霊峰を包囲するがいい、信長。貴様がここに釘付けされる時間が長引けば長引くほど、各戦線は我ら信長包囲網が有利となる」

 

 そこまで言って、吉家は腕を組んだマスク姿の大男に視線を向けた。

 

「……泰朝殿、貴殿はこれからどうする? ここに残っても、戦にはならぬぞ?」

 

「俺の目的は長谷川真昼ただ1人。その瞬間を待つさ」

 

「貴殿が献上してきた英霊ボールアリトウ。……どうだ? ナッシーを手に入れたのは貴殿のおかげ。アリトウを持ってみぬか?」

 

「いや……英霊ボールはもうどうでもよい。復讐者に相応しくはない」

 

 泰朝の返答に、吉家も長政もフッと自嘲気味に笑みを零した。

 

 そこでガヤガヤと浅井軍の背後から一陣の風のような殺気が迫った。

 半兵衛が差し向けた織田軍の使者に、比叡山延暦寺の僧兵たちが立ちふさがったのだ。

 

「止まれ! 此処より先は不殺の聖域、天台座主の治める神聖なる霊峰なり!」

「武器を収めよ、仏敵ども! 此処へ踏み入る者は、永劫の地獄へ堕ちると思え!」

 

 黄金の袈裟を纏った僧兵たちが、書状を携えた織田家使者を威嚇する。

 彼らの背後で悠々と山を登っていく浅井・朝倉の兵たち。

 

 半兵衛君が送った使者は、交渉すらできずに引き返すしかなかった。

 

「そうですか。向こうは宇佐山を攻撃したにも関わらず、こちらから攻撃すれば仏敵認定する腹づもりですね」

 

 報告を聞いて、半兵衛君は腕組みをする。

 

『こっちの攻撃は全部インフィールドフライ認定か。やりおるわい。審判買収された不正試合のようじゃ』

 

 モリミチも憤慨する。

 

「包囲しても、比叡山側は攻撃せず、こちらが包囲を解けば追撃して我らは壊滅。……状況は最悪ですね」

 

 秀吉さんの分析に、半兵衛は頷いて返す。

 

「一益殿と嘉隆殿に、伊勢長島を注視するよう伝令を。秀吉殿は長秀殿と合流し、甲賀の六角に備えてください」

 

「了解した」

 

「勝家殿、恒興殿、政尚殿、成政殿、利家殿はこのまま比叡山の包囲を」

 

「「「「承知」」」」

 

「石山の戦線には村重殿と久秀殿に加え、信盛殿に援軍を。美濃の利治殿に、武田の動向を探るように動いてもらい……京の光秀殿と貞勝殿に、至急上様を動かすよう依頼します」

 

 半兵衛の指示に、織田家諸将は重苦しい雰囲気の中、動き出した。

 

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