──雄英入学、数ヶ月前──
崩壊しかけた廃墟。静寂の中、砂埃だけがゆっくりと舞っている。
中央に立つのは、海馬七罪。
右目は赤。左目は黒。
ゆっくりと息を整える。
七罪[単体じゃない……全部繋げる……]
七罪[戦場は止まらない……だから俺も止まるな……]
七罪「……行くぞ」
■ 開始〈怠惰 → 嫉妬〉
左目が黄色に変わる。
空気が重くなる。
半径20メートルに、怠惰の領域が広がる。
七罪は歩き出す。
七罪[まず“場”を作る……動きを削る……]
そのまま、左目が白へ移行。
嫉妬を重ねる。
黄色と白の粒子が混ざる。
七罪[全体を鈍らせて……その中で“選ぶ”……]
視線を一点に集中。
特定対象のみ、さらに弱体化。
七罪「……捕まえた」
■ 接近〈憤怒〉
左目が赤く燃える。
同時に黒が混ざる。
複合発動。
七罪は地面を蹴る。
──ドンッ!!
一瞬で間合いを詰める。
だが今回は違う。
七罪[出力……抑えろ……! ]
拳を振る。
瓦礫の一部だけを正確に破壊。
衝撃は最小限。
七罪「……制御成功」
■ 中距離制圧〈暴食〉
瓦礫が崩れ、破片が飛ぶ。
七罪は手をかざす。
左目が青に変わる。
七罪「……吸え」
黒い粒子が渦を巻き、すべてを飲み込む。
破片、砂、衝撃。
完全吸収。
七罪[これで……被害は広がらない]
一歩踏み込む。
七罪「……返す」
吸収した瓦礫を高速射出。
──ドォン!!
壁が砕ける。
七罪[攻防一体……使える]
■ 分身〈傲慢〉
左目が紫に変わる。
同時に、分身を一体生成。
七罪「……挟むぞ」
本体が前へ。
分身が横へ回り込む。
時間差攻撃。
斬撃、蹴り、体術。
七罪[同時じゃない……ズラせ……読ませるな……]
分身が囮になり、七罪本体が背後を取る。
七罪「……取った」
一撃。
分身が消える。
■ 戦況判断〈強欲・思考」
七罪は一瞬動きを止める。
七罪[ここで強欲……使うなら……]
七罪[相手の切り札か……それとも即戦力か……]
手を握る。
七罪「……判断が遅いと終わる」
すぐに思考を切り替える。
七罪[今は不要……次に繋げる]
■ フィニッシュ(複合制圧)
左目が完全に黒へ染まる。
黒い粒子が空間を支配する。
七罪[全部使う……制御しろ……]
+
+
+
+
同時発動。
空気が重く歪む。
七罪は踏み込む。
鈍化した空間の中で、自分だけが動ける。
七罪「……終わりだ」
一閃。
瓦礫が崩れ、戦場が静まる。
■ 終了
黒い粒子がゆっくりと消える。
左目が元の黒に戻る。
静寂。
七罪はその場に立ったまま、呼吸を整える。
七罪「……はぁ……っ……」
膝に手をつく。
七罪[まだ……重い……]
七罪[でも……繋がった……]
顔を上げる。
七罪[単体じゃ足りない……全部で一つだ……]
ヒミコの記憶。
転弧の記憶。
七罪[守るなら……この形だ……]
拳を握る。
七罪「……なってやるよ」
小さく笑う。
七罪「最強最高のヒーローに」
廃墟の中、黒い粒子の残像だけが、静かに揺れていた。
──雄英入試、筆記試験──
春の柔らかな光が差し込む教室。整然と並べられた机と椅子、その一つに海馬七罪は静かに腰を下ろしていた。
周囲には同年代の受験生たち。緊張した空気が漂い、紙の擦れる音や小さな息遣いがやけに響く。
七罪はペンを指先で軽く回しながら、問題用紙が配られるのを待つ。
七罪[……まずは筆記……ここで落とすわけにはいかない]
七罪[ヒーローになるなら、頭も必要だ]
試験官の声が響く。
「──開始」
その瞬間、空気が張り詰める。
七罪はすぐに問題用紙をめくる。
視線が走る。
七罪[……把握]
全体を一瞬で読み切る。
難問、応用、計算、倫理、戦術理論。
七罪[解ける]
七罪[時間も余るな]
迷いはない。
ペンが紙の上を滑る。
カリ、カリ、カリ──
一定のリズム。
止まらない。
七罪[優先順位……難問から処理……]
七罪[時間配分……残りを逆算……]
最初に難しい問題へ取り掛かる。
思考は冷静。
感情は入らない。
式を組み、理論を繋ぎ、答えへ到達する。
七罪[……通る]
すぐに次。
無駄な確認はしない。
確信があるからだ。
周囲では、手が止まる音。
ため息。
焦り。
だが七罪のペンは止まらない。
七罪[“迷う時間”が一番無駄だ]
七罪[わからない問題はない……全部解く]
中盤を超える。
既に大半が埋まっている。
七罪は一度だけ手を止める。
七罪[……確認]
見直し。
ミスを潰す。
計算のズレ、記述の抜け。
すべて拾う。
七罪「……よし」
小さく呟く。
残り時間はまだ十分以上ある。
周囲をちらりと見る。
まだ半分も進んでいない者が多い。
七罪[……関係ない]
視線を戻す。
再度、全体をチェック。
七罪[穴はない]
七罪[満点だ]
ペンを置く。
静かに背もたれに体を預ける。
七罪[筆記は問題ない……次は実技]
七罪[ここからが本番だ]
窓の外に目を向ける。
春の空は高く、青い。
七罪[待ってろ……]
七罪[今度こそ……ちゃんと守る]
その瞳には、穏やかさと同時に、強い意志が宿っていた。
──
──雄英入試、実技試験──
広大な実技試験会場。無機質な建物群が並び、コンクリートの地面がどこまでも広がっている。受験生たちがそれぞれの場所で待機し、緊張と高揚が入り混じった空気が漂っていた。
海馬七罪は、その一角で静かに立っている。
腕を軽く組み、周囲を観察する。
七罪[……人、多いな……]
七罪[能力もバラバラ……連携は期待できない……]
七罪[なら、自分で全部やるしかない]
視線が自然と動く。
個性の雰囲気、体の動き、立ち方。
戦えるかどうかを、無意識に判断していく。
その時──
少し離れた場所で、慌てた動きが目に入る。
小柄な少年が、何かに引っかかるようにしてバランスを崩した。
七罪[……危なっ]
反射的に体が動く。
七罪は一歩踏み出し、その少年の腕を掴んで支える。
七罪「っと、大丈夫か?」
少年は目を丸くして七罪を見る。
緑色の髪、どこか気弱そうな表情。
出久「は、はいっ! す、すみませんっ!」
慌てて頭を下げる。
七罪は軽く手を離す。
七罪「いや、怪我してないならいい」
出久はまだ少し緊張した様子で立ち直る。
出久「ありがとうございます……! あの、僕……つい足がもつれて……」
七罪「緊張してるんだろ」
出久「は、はい……! やっぱり雄英の試験って思うと……」
七罪は少しだけ笑う。
七罪「まぁな。でも、焦ると余計ミスるぞ」
出久はその言葉にハッとする。
出久「……あ……はい……」
少しだけ呼吸を整える。
出久[この人……落ち着いてる……]
出久[なんか……安心する……]
七罪は少年を一度見てから、視線を前へ戻す。
七罪「名前は?」
出久「え、あっ! 緑谷出久です!」
七罪「海馬七罪」
短く名乗る。
出久「か、かいばさん……!」
七罪「七罪でいい」
出久「な、七罪くん……!」
少しぎこちなく言い直す。
七罪は小さく頷く。
七罪「お前、ヒーロー志望なんだろ?」
出久「も、もちろんです! 絶対に……なりたくて……!」
その目は、さっきまでの弱さとは違う光を持っていた。
七罪はそれを見て、わずかに目を細める。
七罪[……いい目してる]
七罪[怖がってるけど……折れてない]
七罪「じゃあ大丈夫だな」
出久「え?」
七罪「その目してるやつは、簡単には諦めねぇよ」
出久は驚いたように七罪を見る。
出久「……あ……」
少しだけ、表情が柔らぐ。
出久[この人……すごいな……]
出久[なんでそんなに……自信があるんだろう……]
七罪は肩の力を抜きながら言う。
七罪「まぁ、無理はすんな。死ななきゃ何とかなる」
出久「そ、それはちょっと怖いですけど!?」
思わずツッコミが出る。
七罪は少し笑う。
その時──
スピーカーからアナウンスが響く。
「──実技試験を開始します」
空気が一気に張り詰める。
受験生たちの表情が変わる。
七罪は前を向く。
七罪[来たか……]
拳を軽く握る。
七罪[ここからが本番]
横を見ると、出久も必死に前を見ている。
七罪「……出久」
出久「は、はい!」
七罪「死ぬなよ」
出久「はいっ!」
七罪は小さく頷く。
七罪「じゃあな」
一歩、前へ出る。
その背中は、もう完全に“戦う者”のものだった。
出久はその背中を見つめる。
出久[七罪くん……]
出久[すごい……強そうだ……]
試験開始の合図が鳴る。
その瞬間──
七罪は地面を蹴った。
──ドンッ!!
地面を蹴り抜き、一直線にロボへ突っ込む。
七罪「……よし、まずは様子見だな」
最初の一体が腕を振り上げる。
七罪「遅いって」
踏み込み、拳を叩き込む。
──バゴォン!!
装甲が歪む。
七罪「っ……やっぱ硬ぇな」
顔をしかめつつも、すぐに視線を下げる。
七罪「でも関節は別だろ」
膝へ蹴り。
バキッ!!
崩れる。
七罪「はい一体」
そのまま蹴り飛ばす。
背後から別のロボ。
七罪「うわ、来た来た」
振り向きざまに手をかざす。
左目が青へ。
七罪「……飲め」
ロボの腕を吸収。
七罪「よし」
そのまま腕を振る。
七罪「返すぞ」
──ドォン!!
別のロボへ直撃。
七罪「お、いいなこれ」
少し口元が緩む。
さらに二体。
七罪「……数で来るか」
一瞬考える。
七罪「じゃあ、こっちだな」
左目が紫へ。
黒い粒子が手に集まる。
七罪「分身は無し……武器優先」
片手剣が形成される。
七罪「これの方が速い」
踏み込む。
一体目の攻撃を避けながら──
七罪「まず一体!」
斬る。
──ザンッ!!
関節が切断される。
七罪「よしよし」
すぐに反転。
七罪「次!」
横薙ぎ。
センサー破壊。
機能停止。
七罪「やっぱ剣楽だな……」
そのまま壁を蹴る。
七罪「上から見るか」
跳躍、翼展開。
七罪「っと……」
少しだけ揺れる。
七罪「まだ慣れねぇなこれ」
すぐに安定。
下を見下ろす。
七罪「……結構いるな」
ロボの群れ。
七罪「まとめていくか」
一瞬だけ思考。
七罪「いや……分身出したら武器消えるな」
小さく舌打ち。
七罪「じゃあこのまま行く」
急降下。
七罪「もらい!」
剣を振り下ろす。
──バキィッ!!
頭部破壊。
七罪「ナイス」
着地と同時に次へ。
ロボの腕が振り下ろされる。
七罪「っと危な」
剣で受け流す。
火花が散る。
七罪「力任せだなほんと」
懐に潜る。
七罪「ここだろ」
突き。
内部へ貫く。
停止。
七罪「……よし」
さらにもう一体突進。
七罪「しつこいな!」
横に避ける。
手をかざす。
左目が青へ。
七罪「……飲め」
突進エネルギーごと吸収。
七罪「……よし」
振り抜く。
七罪「返す!」
──ドォン!!
吹き飛ばす。
七罪「はぁ……」
軽く息を吐く。
七罪「悪くねぇな、今の」
その時──
ドゴォォォォン……!!
地面が揺れる。
七罪「……なんだよ今の……」
振り向いた先、視界いっぱいに広がる巨体。
七罪「……でけぇな、おい」
0ポイントロボ。
受験生たちが一斉に逃げ出している。
七罪「まぁ、普通はそうなるよな……」
そう言いながらも、足は止まったまま。
視線が横へズレる。
瓦礫の下、動けない受験生。
七罪「……あー……見えちまった」
小さく息を吐く。
七罪「……仕方ねぇな、ほんと」
肩を回す。
左目が黒く染まる。
七罪「助けてから考えるか……!」
翼を展開。
──ドンッ!!
地面を蹴り、一直線に飛び出す。
その瞬間──
別方向から飛び出す影。
七罪「……は?」
緑の髪。
さっきの少年。
七罪「出久……!?」
出久が空中へ跳び上がる。
腕を振りかぶる。
七罪[あいつ……やる気かよ!? ]
一瞬の驚き。
だが、すぐに口元が上がる。
七罪「……いいじゃん」
黒い粒子が腕に集まる。
七罪「じゃあ、合わせるぞ!」
粒子が形を成す。
拳を覆う──ガントレット。
七罪「これなら……ぶち抜ける!」
加速。
空中へ。
七罪「行くぞ!!」
出久「うおおおおおおおおッ!!」
七罪「ぶっ壊すッ!!」
──ドォォォォォンッ!!!
出久の一撃がロボの上部を粉砕し、
同時に、七罪のガントレットがコアへ叩き込まれる。
重なる衝撃。
巨体が歪む。
装甲がひしゃげ、内部構造が露出する。
七罪「まだいける!!」
そのまま追撃。
七罪「砕けろォ!!」
──バキィィィン!!
決定打。
0ポイントロボが崩壊を始める。
巨体が傾く。
七罪「……っ、崩れるぞ!」
瓦礫が降る。
その中で、出久の体が力尽きて落ちていく。
七罪「おい、マジかよ!」
すぐに翼を広げる。
急降下。
七罪「落ちんな!!」
ギリギリでキャッチ。
七罪「……っぶねぇ……」
衝撃を殺して着地。
出久は気を失っている。
腕はボロボロ。
七罪「……やりすぎだろ」
少し呆れたように笑う。
七罪「でもまぁ……根性あるな」
視線を上げる。
崩れ続ける0ポイントロボ。
七罪「……まだ残ってるな」
左目が青へ。
七罪「片付けるか」
ガントレットを解き、手をかざす。
黒い粒子が広がる。
七罪「……全部、飲め」
瓦礫、鉄塊、崩壊する巨体。
すべてが渦に巻き込まれ、吸い込まれていく。
ギギギ……と音を立てながら圧縮され、消失。
完全沈黙。
七罪「……よし」
手を下ろす。
七罪「これで二次被害もなし、っと」
出久を見下ろす。
七罪「ほんと……無茶するやつだな」
少しだけ柔らかく笑う。
七罪「でも、嫌いじゃねぇよ」
空を見上げる。
七罪「……悪くねぇな、今回」
静かに息を吐いた。
──
──視聴室、教師陣──
薄暗い視聴室。壁一面のモニターに、実技試験の映像が映し出されている。
教師たちは同じ部屋に集まり、それぞれの視線を画面へ向けていた。
爆音が響く中、ひときわ大きな影が映る。
0ポイントロボ。
その前で──
二人の受験生が同時に動いた。
プレゼント・マイク「YO!! 来たぞ!! 問題児ゾーン!!」
身を乗り出す。
マイク「……って、おい! あの緑のやつ!」
緑谷出久が走り出す。
止まらない。
迷いもない。
ただ一直線に。
マイク「ちょっと待て!! あいつ止まる気ねぇぞ!?」
出久は跳ぶ。
考えていない。
ただ“助ける”という一点だけで動いている。
相澤「……無我夢中だな」
相澤消太がぽつりと呟く。
相澤「状況判断も、戦術もない」
相澤「ただ突っ込んでるだけだ」
マイク「いやいや無茶すぎるだろ!! 死ぬぞあれ!?」
その瞬間──
もう一つの影が動く。
七罪。
マイク「……あっちは冷静だな」
七罪が加速する。
出久を見ている。
ロボも見ている。
全体を把握した上で──動く。
相澤「……いや」
首をわずかに振る。
相澤「あれも衝動だ」
マイク「は?」
相澤「ただし、質が違う」
相澤「“突っ込む”衝動と、“成立させる”衝動だ」
次の瞬間──
──ドォォォォォンッ!!!
出久の一撃が上部を砕き、
七罪のガントレットがコアを叩き潰す。
マイク「うおおおおおおお!! 同時ヒット!!」
セメントス「即興とは思えない精度だな……」
エクトプラズム「対照的デスネ。片方ハ無我夢中、片方ハ状況把握」
ロボが崩壊する。
その中で──
出久が落ちる。
完全に力尽きている。
マイク「やっぱりだ!! 落ちた!!」
七罪が即座に動く。
空中でキャッチ。
リカバリーガール「ほらね。あの子、ちゃんと見てるよ」
相澤「……ああ」
相澤「無我夢中の方は、自分すら見えてない」
相澤「だが、もう一人は──全部見えてる」
その後。
七罪が手をかざす。
瓦礫が吸い込まれていく。
マイク「……出たよまた!! 全部消すやつ!!」
セメントス「崩落の危険も完全に排除したか」
エクトプラズム「戦闘後ノ処理マデ完璧デスネ」
静かに座っていた校長が口を開く。
根津「実に面白い対比だ」
根津「無我夢中で突き進む者」
根津「そして、それを成立させる者」
マイク「なんかコンビみてぇだな!」
相澤「……まだコンビじゃない」
小さく否定する。
相澤「だが──」
一瞬、言葉を選ぶ。
相澤「相性は悪くないな」
モニターには、
倒れた出久と、それを支える七罪の姿。
根津「どちらも未完成」
根津「だが、どちらも“ヒーローの原石”だ」
リカバリーガール「無茶する子と、それを支える子……ね」
マイク「うわぁ、クラス入ったら面白くなりそうだな!!」
相澤は小さく息を吐く。
視線は外さない。
相澤「……ああ」
静かな肯定。
その一言で十分だった。
この瞬間、視聴室にいる全員の中で──
二人の名前が、強く刻まれた。
──