バスの揺れに合わせて、小さく身体を預けながら海馬七罪は窓の外を眺めていた。
「なぁ海馬! 今日の訓練ってさ、結構ガチなやつだよな!」
「ガチじゃない訓練のほうが少ないだろ」
「いやそうなんだけどよ! なんかこう……雰囲気がさ!」
切島のテンションに、七罪は小さく息を吐く。
「事故前提で動け。救助訓練はそういうもんだ」
「うわ出た、現実的なやつ!」
「現実で動くのがヒーローだろ」
軽く返しながら、視線をクラスへ向ける。
「……緑谷」
「あ、海馬くん!」
「指、まだ無理だろ」
「え、いや、だ、大丈夫! 動くし!」
「“動く”と“使える”は違う」
「うっ……」
「無茶するな。次壊したら今度は戻らないかもしれないぞ」
「……うん」
少しだけ強めに言うと、緑谷は素直に頷いた。
その時。
「緑谷ちゃん」
蛙吹の声が響く。
「あなたの個性、オールマイトに似てる」
「え!? あ、えっと……」
空気が止まる。
七罪は静かに口を開く。
「似てるってだけだろ」
「海馬ちゃん?」
「オールマイトは戦って壊れてない。そこが決定的に違う」
「……ケロ、それもそうね」
「ご、ごめん緑谷ちゃん!」
「ううん! 大丈夫!」
緑谷がほっとした顔で七罪を見る。
「海馬くん、ありがと」
「別に庇ったわけじゃない。事実を言っただけだ」
「それでもだよ」
「……そうか」
軽く視線を逸らした。
バスがゆっくりと停車し、エンジン音が静かに落ちていく。
「着いたぞ、降りろ」
相澤先生の声で、クラスが一斉に立ち上がった。
「よっしゃああああ!!」
「テンション高いわね上鳴!」
「いやだって見ろよ外!!」
「怪我すんなよ」
七罪は淡々と一言。
「それ毎回言ってね?」
切島が笑う。
「毎回必要だから言ってる」
「雑!」
外へ出た瞬間──
「うおおおおおおお!!」
歓声が上がる。
目の前に広がるのは、巨大なドーム型施設。
水が渦巻くエリア、瓦礫の山、燃え続ける炎、降り続く雨。
「すっご……!」
「これ全部災害再現!?」
「やば、テーマパークじゃん!」
「……よく出来てるな」
七罪は静かに全体を見渡す。
「もう分析してんのかよ」
上鳴が呆れる。
「構造把握は基本だ」
「いやまず感動しろよ!」
「必要ない」
「ブレねぇな!」
その時。
「皆さん、ようこそ」
穏やかな声が響く。
視線を向けると、宇宙服のようなスーツの人物が立っていた。
「おおお!!」
「13号先生だ!!」
「本物!?」
緑谷と麗日が前に出る。
13号が軽く頭を下げる。
「私は13号です。本日は救助訓練に来てくれてありがとうございます」
「よろしくお願いします!!」
「13号先生! 質問いいですか!?」
「ええ、どうぞ」
「個性ってブラックホールですよね!? どれくらい──」
「緑谷、近い」
「え!? あ、ごめん!」
七罪の一言で緑谷が下がる。
13号は少し笑った。
「私の個性は“ブラックホール”。触れたものを吸い込み、分解する力です」
「分解って……やばくないか?」
切島が言う。
「ええ、とても危険です」
空気が少し引き締まる。
「ヒーローの力は、一歩間違えれば人を傷つけ、命を奪います」
「……」
クラスが静かになる。
「だからこそ、皆さんには“使い方”を学んでほしいのです」
「はい!」
緑谷が頷く。
「……いい話だな」
七罪が小さく呟く。
「お、珍しく素直」
「聞くべき話は聞く」
「はいはい優等生」
その時。
ぴょん、と芦戸が前に出る。
「ねぇ13号先生!」
「はい?」
「相澤先生と付き合ったりしないんですか!?」
「「……は?」」
一瞬で空気が凍る。
「お前急に何言ってんだ!?」
上鳴がツッコむ。
「いやだって雰囲気あるじゃん!」
「どこに!?」
一方で。
13号と相澤は完全に固まっていた。
「…………」
「…………」
「……そ、そういうのは」
13号が視線を逸らす。
「同僚だ」
相澤もぶっきらぼうに言う。
だが。
二人とも、ほんのり顔が赤い。
「えー絶対なんかあるって!」
「ない」
「即答!?」
「即答だ」
「怪しい〜!」
「やめろ芦戸」
「海馬もそう思うでしょ!?」
急に振られる。
「……」
七罪は一瞬二人を見る。
状況、空気、周囲の視線。
そして。
「……その話は後にしろ」
「えー」
「今は訓練前だ」
淡々と、だが少しだけ強めに言う。
「空気が緩みすぎてる」
「……」
クラスが少し静かになる。
「切り替えろ」
「……はい」
芦戸も少しだけ真面目な顔になる。
その沈黙の中。
「……」
13号がちらりと相澤を見る。
相澤も一瞬だけ視線を返す。
ほんの短い間。
「……その」
13号が小さく口を開く。
「今回の訓練が終わったら……その、少し時間を」
「……」
クラスが一斉に静かになる。
相澤は少しだけ間を置いて──
「……ああ」
短く答えた。
「え!?!?」
「マジ!?」
「今のそういう流れ!?」
上鳴が叫ぶ。
「やっぱりじゃん!!」
芦戸がガッツポーズ。
「お前のせいだぞ」
相澤がぼそっと言う。
「え、私のおかげじゃないですか!?」
「違う」
「違くないでしょ!?」
「……」
13号は少しだけ顔を赤くしたまま、軽く咳払いする。
「で、では訓練の説明に戻りますね」
「はい!!」
クラスが妙に元気よく返事をする。
七罪はその様子を見て、小さく息を吐いた。
「……余計なノイズが増えたな」
「いやイベント発生したぞ今!?」
「関係ない」
「冷てぇ!」
その時。
七罪の視線が中央へ向く。
「……?」
違和感。
ほんの僅かな“ズレ”。
「海馬?」
切島が気づく。
「どうした?」
七罪は答えない。
目を細める。
一点を見据える。
「おいどうしたって」
「なんかあんのか?」
「……」
沈黙。
次の瞬間。
ズズズッ……
中央に、黒い霧が滲むように現れ始めた。
「お、おお?」
「なにあれ?」
「演出じゃね!?」
上鳴が笑う。
「そうそう、こういうサプライズ的な!」
「リアルだなー!」
「最初から始まってるパターンか?」
クラスの数人がざわつく。
だが──
「……違う」
低い声。
全員の空気が一瞬で変わる。
相澤先生が前に出る。
その目は完全に戦闘のそれだった。
「動くな」
「え?」
「先生?」
「訓練じゃない」
一言で、場の空気が凍る。
「は……?」
「え、マジで?」
「冗談だろ……?」
七罪が一歩前に出る。
「……ああ」
短く肯定する。
「ヴィランだ」
「は!?」
「ここに!?」
「なんでだよ!?」
黒霧がゆっくりと広がる。
中から現れる人影。
明確な“敵意”。
「……確定だ」
七罪が静かに言う。
「空気が違う」
「え、ちょ、ちょっと待てよ!」
上鳴が声を荒げる。
「これマジのやつ!?」
「マジだ」
相澤が即答する。
「13号、生徒を守れ」
「はい!」
「先生一人で!?」
緑谷が叫ぶ。
「問題ない」
「でも相手多いですよ!?」
「数は関係ない」
その言葉と同時に。
ゴーグルを装着する。
「プロを舐めるな」
空気が完全に戦闘へ切り替わる。
「……」
七罪は霧を見据える。
「厄介だな」
「海馬……どうする?」
切島が聞く。
「まずは散らされる」
「は?」
「ワープ系だ」
「マジかよ!?」
「来るぞ」
その瞬間。
黒霧が一気に膨張する。
「させませんよ」
低く、静かな声。
「私の役目は──貴方達を散らすこと」
足元が消えた。
「え?」
「な、なんだこれ!?」
「引っ張られる!!」
地面に立っている感覚がなくなる。
身体が、下に沈む。
いや、どこに落ちているのかも分からない。
「ちょっと待てって!!」
「うわああああ!!」
視界が歪む。
音が遠のく。
上下も距離も、全部壊れる。
「海馬!!」
誰かの声がした。
だが、七罪はその時すでに理解していた。
「……来たか」
左目に、青い粒子が灯る。
「──『暴食』」
空間に触れる。
正確には、“空間の繋がり”に触れる。
「……これだな」
黒い流れ。
ワープの“通り道”。
それを──
喰らう。
ズンッ──
「っ!?」
「え……?」
「止まった……!?」
七罪の周囲。
ほんの数メートルの範囲だけ。
沈み込みが、止まる。
「なに……これ……?」
尾白が戸惑う。
「足が……抜けた……?」
飯田が驚く。
「海馬君……まさか……!」
障子も気づく。
七罪は一歩踏み出す。
「動くな」
低く言う。
「今、無理に動くと引きずられる」
「は、はい!」
「了解だ!」
「……」
七罪はさらに集中する。
「範囲を維持……」
青い粒子が強く揺れる。
その時。
近くで。
「……すみません……!」
13号が膝をつく。
スーツが破損し、動きが鈍い。
「13号先生!」
「まずい……このままだと……!」
再び、引きずられる力。
「くっ……!」
七罪が舌打ちする。
「……範囲、拡張」
左目の青が一段強くなる。
「入れ」
短く言う。
「この中に寄れ」
飯田が即座に反応する。
「全員、海馬君の近くへ!」
「了解!」
「急げ!」
尾白と障子が13号を支える。
ズズッ──
その瞬間。
他のクラスメイト達が一斉に沈む。
「うわああああ!!」
「助けて──!!」
「切島あああ!!」
声が消える。
次々と、姿が消える。
完全に、別エリアへと飛ばされていく。
だが。
七罪の周囲だけ。
空間が歪みながらも──
耐えている。
「……なるほど」
黒霧の声が変わる。
明確な驚き。
「私のワープに……干渉している?」
霧がわずかに揺れる。
「複数人を同時に……?」
七罪は答えない。
ただ集中する。
「……維持……」
足元の黒を削るように、喰らい続ける。
「化け物か……?」
尾白が思わず呟く。
「集中しろ」
七罪が短く言う。
「まだ終わってない」
その瞬間。
黒霧の圧が変わる。
「対象を……固定」
ズンッ──
「っ!!」
今度は、強制的な力。
完全な転移ではない。
「……なるほど」
七罪が呟く。
「無理に飛ばさないか」
「え……?」
飯田が聞く。
次の瞬間。
ドンッ!!
全員の身体が地面に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「ここは……!」
視界が戻る。
そこは──中央広場。
最初の地点。
「……配置変更」
黒霧が静かに言う。
「飛ばせないなら……残す」
その先。
無数のヴィラン。
その中心に。
死柄木弔。
そして──
「くっ……!」
単独で戦っている相澤先生。
すでに何人も倒しているが、数が多い。
「先生……!」
飯田が叫ぶ。
「……やはりか」
七罪が立ち上がる。
黒霧が言う。
「予想外です」
明確な驚き。
「学生が、ここまで私の個性を防ぐとは」
七罪は視線を向ける。
「完全じゃない」
淡々と返す。
「だが、止められる」
死柄木が笑う。
「はは……」
首を掻きむしる。
「マジでムカつくな」
ゆっくりと手を上げる。
「じゃあさ」
視線が七罪に刺さる。
「お前から壊す」
空気が一変する。
七罪は構える。
左目の青が揺れる。
「……来るぞ」
七罪の一言と同時に。
「潰せ」
死柄木弔が軽く手を振る。
その合図で──
ヴィラン達が一斉に動いた。
「うおおおおお!!」
「行くぞォ!!」
「囲め!!」
「っ……!」
「数が多すぎる!」
尾白が構える。
「どうする海馬!?」
「前に出るな」
即答だった。
「は?」
「無駄に消耗する」
七罪が一歩前へ出る。
左目に青い粒子。
「まず削る」
「削るって……どうやって!?」
「見てろ」
静かに言う。
次の瞬間。
七罪の足元に黒い粒子が広がる。
「──『傲慢』」
紫の粒子が混ざる。
左目が黒に染まる。
複数使用。
空間が歪む。
「なっ……!」
尾白が息を呑む。
七罪の手に、黒い剣が生成される。
さらに──
背中から黒い翼が展開。
「飛ぶのか!?」
「いや」
七罪が低く言う。
「制圧する」
ダンッ!!
地面を蹴る。
一瞬で距離を詰める。
「はっや!?」
尾白の声が遅れる。
ドゴォッ!!
最前列のヴィランが吹き飛ぶ。
「ぐあっ!?」
「なんだこいつ!?」
「学生じゃねぇのかよ!」
七罪は止まらない。
「──邪魔だ」
ブンッ!!
黒剣が振るわれる。
だが斬撃ではない。
衝撃で吹き飛ばす。
「殺さない……!」
飯田が気づく。
「制圧に徹しているのか!」
「当然だ」
七罪が言う。
「ここは“訓練場”だ」
その言葉と同時に。
背後から攻撃。
「死ねぇ!!」
鉄パイプが振り下ろされる。
だが──
「遅い」
ガシッ。
七罪が片手で受け止める。
「なっ!?」
「力の差、理解しろ」
ドンッ!!
腹に一撃。
ヴィランが沈む。
「す、すげぇ……!」
尾白が思わず呟く。
「今のうちだ!」
飯田が動く。
「障子君、13号先生を!」
「任せろ!」
障子が即座に動く。
「尾白君は援護を!」
「おう!」
連携が回り始める。
その様子を見て。
黒霧が静かに言う。
「……統率まで取れるとは」
「厄介ですね」
死柄木が苛立つ。
「うるせぇな……」
首を掻きむしる。
「だったらさ」
一歩前に出る。
「俺が直接やる」
空気が変わる。
「……来るぞ」
七罪が呟く。
視線がぶつかる。
死柄木と、七罪。
「お前」
死柄木が笑う。
「さっきからムカつくんだよ」
「そうか」
七罪は淡々と返す。
「俺もだ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間──
ドンッ!!
再び正面から激突する。
死柄木弔の手が一直線に七罪の胸元へ伸びる。
「今度こそ──終わりだ」
ガシッ。
確実に触れる。
五本の指が、完全に。
だが。
何も起きない。
黒い粒子の装甲が、静かにそれを受け止めている。
「……は?」
死柄木の動きが止まる。
「だから言っただろ」
七罪が低く言う。
「届かない」
ドンッ!!
至近距離からのカウンター。
「ぐっ……!」
死柄木が弾き飛ばされる。
地面を滑りながら距離を取る。
「……クソが」
立ち上がる。
首を掻きむしる。
「なんだよそれ……」
視線が七罪に突き刺さる。
「チートかよ……」
七罪は一瞬、間を置く。
そして。
「ああ」
あっさりと肯定する。
「チートだな」
「……は?」
死柄木が固まる。
「否定しねぇのかよ」
「事実だからな」
淡々と返す。
「強い個性は、それだけで理不尽だ」
「使えるなら使う、それだけだ」
沈黙。
一瞬の静寂。
そのあと──
「……はは」
死柄木が笑う。
だが、その笑いは明らかに歪んでいる。
「いいじゃん」
首を掻きむしる。
「そういうの、好きだわ」
ゆっくりと後ろへ手を振る。
「黒霧」
「はい」
「アレ出せ」
黒霧が一瞬だけ沈黙する。
「……よろしいのですか」
「いいから」
「コイツ、普通じゃねぇ」
七罪がわずかに目を細める。
「……何を出す気だ」
黒霧の霧が、ゆっくりと開く。
「──来なさい」
その奥から。
ズズッ……
重い足音。
空気が変わる。
圧が、違う。
「……なんだ、あれ」
尾白が思わず呟く。
「人……なのか……?」
飯田も言葉を失う。
現れたのは。
露出した脳。
異様に膨れ上がった筋肉。
感情のない目。
「────」
声にならない声。
「……なるほど」
七罪が呟く。
「それが切り札か」
死柄木が笑う。
「そうだよ」
「オールマイトを殺すために用意したやつだ」
「脳無」
その名前が落ちる。
「っ……!」
飯田の表情が変わる。
「対オールマイト用……!?」
「そんなものを……!」
死柄木が指を差す。
「潰せ」
瞬間。
ドンッ!!
地面が砕ける。
脳無が消える。
「っ……!」
七罪の視界から、一瞬で消失。
次の瞬間。
ゴォッ!!
目の前。
「──速いな」
七罪が呟く。
ドゴォンッ!!
拳が叩き込まれる。
だが──
ガキンッ!!
黒い装甲がそれを受け止める。
衝撃が地面に流れる。
「……ほう」
七罪の足元がめり込む。
だが、崩れない。
「それでも、届かない」
脳無は止まらない。
連続で拳を叩き込む。
ドガガガガガ!!
「くっ……!」
尾白が叫ぶ。
「押されてる!?」
「いや……違う!」
障子が見抜く。
「耐えている……!」
七罪は一歩も引かない。
「……硬いな」
低く呟く。
「だが──」
左目の黒が強く揺れる。
「壊せないわけじゃない」
脳無の拳を掴む。
ギリッ……
「──捕まえた」
死柄木が笑う。
「いいねぇ」
「そのままやり合えよ」
七罪が一言。
「望むところだ」
そのまま。
力と力が、真正面からぶつかり合う。
七罪の第一ヒロイン
-
渡我 被身子
-
芦戸 三奈
-
葉隠 透
-
八百万 百
-
耳郎 響香
-
蛙吹 梅雨