宝太郎とりんねが入ったホテルから離れた公園。そこに設置されている雨避け用のベンチに、四月一日康祐と穂積杏那は座らされていた。理由は明白。例のラブホテルに彼らも入ったからだ。本来の理由としては、宝太郎達をつけ狙う不審者を尾行する為のものだが、それでも男女二組の高校生がラブホテルに入ることはいかんせんまずい事態だ。ミナトは康祐達をジロリと睨みつけていた。
「全く……お前らまであのホテルに入ってたら世話ないだろう?」
ミナトの説教に、康祐と杏那は「す、すいませんでした……」と謝るしかなかった。
「しかし、よくあの男に目をつけていたな……」
「実は……一ノ瀬と九堂のデートを覗いている時に、途中でその不審者を見つけたんです」
感心するミナトに、康祐が口を開く。
「その不審者、よく観察してみたら一ノ瀬君と九堂さんに対しての視線が妙な感じがしたんです」
「なんというか……近い例えならストーカー、みたいな。でもストーカーにしては
「それでもしものことを考えて、一応一ノ瀬君達の様子も見つつ、その不審者にも注意を向けていたという訳です……」
話を聞き終えたミナトは、「ふう」と息を
やはり一ノ瀬とは別の方向で無茶をする────。
過程は違えど、結果的に正解のルートをたたき出す康祐と杏那に、内心ミナトは感嘆した。
「つまりお前達は、あくまで奴のことを一ノ瀬と九堂をつけ狙う不審者という認識でしかないんだな?」
確認の意を込めた問いをするスパナに、康祐達は頷いた。
「逆に不審者以外の何者でもないと思いますよ? 掲示板でもあからさまに不審者じみた書き込みをしてましたし」
ほら、と言いながら杏那は自分のスマホを開き、
「話を戻すが……お前達は今回、幸いにも不審者を撃退できたわけだが、もしもの事が起きたらどうするつもりだったんだ?」
「それなら、うちの両親のどっちかを呼ぶつもりでした。両親ともに警察に属しているので。と言っても、すぐに来てくれそうなのは母の方ですね。父は捜査一課の刑事なので」
話題を戻し、追及の言葉を並べるスパナに康祐は考えていたプランを話す。康祐の目を見定めるように見つめるスパナに、杏那が「もしかして疑ってます?」と割って入った。
「まあ簡単に信じろと言うのもどだい無理な話ですけど、康祐の両親は本当に刑事さんですよ? ミナト先生も面談の時に会いましたよね?」
「あ、ああ……確かにそうだな。四月一日の母親は……広報課、だったか。そこに所属していると言っていたな」
どこか苦い雰囲気を見せるミナトを不思議に思いながらも、スパナは一拍置いて「そうですか」と納得したようだ。
「とにかくだ。お前らと一ノ瀬達がラブホに入ったなんて知れ渡ったら学校の評判が悪くなる。まだ学生のお前らには早い場所だという事を自覚するんだな」
「すみません……反省文でも掃除の罰でもなんなりと受けますので……」
「本当に、すみませんでした……」
頭を下げる康祐と杏那に、ミナトは十秒程見つめて「いや、もういい」と抑えた。
「お前らに反省文や掃除の罰を与えると、先に入っていた一ノ瀬と九堂の方にも何かあったんじゃないかと邪推されかねないからな。この事は内密にしておく」
「あ、ありがとうございます」
「すみません……ありがとうございます」
今回のことを水に流すとしたミナトに、康祐と杏那はぺこりと九十度頭を下げた。
「もうこんな時間だ。お前らは早いとこ帰るんだな……ふわああ……」
欠伸をするミナトに、康祐と杏那は内心申し訳なく思った。だいぶ疲れが出ているようだ。スパナも疲れていたのか、凝り始めた肩をトントンと叩いている。
「じゃあな四月一日、穂積。明日は学校なんだしもうすぐ学園祭なんだから、これ以上面倒事は起こしてくれるなよ……」
「あ、はい…それじゃあまた明日です」
「また明日……」
気怠げに手を上げながら去るミナトに、スパナも無言でついていく。そんな二人を見届けると、康祐と杏那も帰る事にした。
四月一日家へ帰宅する道すがら。家主の息子である康祐と杏那は肩を落としながら歩いていた。さすがに担任のミナトに説教されては、生徒である二人も意気消沈してしまうというものだ。
「はあ……今日は疲れたな」
「出歯亀なんてするもんじゃなかったわね……」
今日の宝太郎とりんねのデート後の出来事に、二人は大きくため息を吐いた。
「そういえばよ……例の不審者を撃退した時、なんか
「え? わたしは康祐がソイツにヘッドロックしている時になんか蜂みたいなのが見えたんだけど……?」
「へえ……大丈夫だったのか? 杏那、刺された事はないにしても、基本蜂は危険だろう?」
心配そうに訊く康祐に、杏那は「それが……」と言い淀んだ。
「あの時わたし、プロレスの審判みたいにカウントしてたでしょ? その時にその蜂を見たんだけど、なんかメカメカしい感じがしたのよ。チラッとその蠍も康祐の足元を歩き回ってたのを見たけど、その蜂みたいに生き物じゃなくて、メカみたいな感じだったの」
「なんだそりゃ? あーでも……確かに言われてみればそんな感じだったような……」
杏那の話に康祐は首を傾げるも、思い返せばそうだったような気もする。
しかし今回の件が母に知られると……そう考えただけで。
「母さんの怒った顔が目に浮かぶなぁ……」
「お母さん、淡々と静かに怒るからね……」
肩を震わせる杏那と康祐。母親であると同時に彼女は警察官でもある。さすがに知られたらあとが怖いなんてものではない。
「ほーう……わたしに知られるのがそんなに怖いのかい?」
後ろからその声を聴いた時、二人はぞくりと身震いがした。恐る恐る振り向いてみると、静かに微笑む女性が佇んでいた。
「康祐……杏那ちゃん……高校生のアンタらがラブホテルに入ろうなんて早いんだよ!!」
女性にしてはドスの効いた声が、夜道の中に響いた。康祐と杏那は思わずビクッと身体を震わせ、反射的に「ごめんなさい!」と頭を下げた。
「ごめん母さん! 一ノ瀬と九堂をつけ狙う不審者がいたから……嫌な予感がして追いかけていて……」
「はあ……わかったよ。話はミナト先生から少しだけど訊いている。詳細は家に入ってから訊くから」
母さんと呼ばれた女性……
●
四月一日家の自宅に知華が先に入り、康祐と杏那も後に続こうとした時だった。玄関で靴を脱いだ知華が、チラリと二人に視線を向けた。
「ところで、康祐と杏那ちゃんの周りを彷徨いてるソレはなんなのさ?」
「ソレ?」
「康祐の足元、杏那ちゃんの首近く」
知華の指摘に、二人はそれぞれ言われた箇所を見回す。すると、康祐の足元には蠍型のメカが。杏那が首周りをぺたぺた触ると、そこには蜂型のメカが飛んでいた。
「あ、あれ? こいつ……ホテルで見かけたヤツだ」
「な、なんでここにいるの……?」
ラブホテルで不審者にヘッドロックをかましている時に見かけたメカが、何故ここにいるのだろうか。まさか自分達についてきたのか。
「自律型メカってヤツかな? なんだか懐いてるみたいだね」
蠍と蜂のメカをしげしげと眺める知華に、二人は「え?」と漏らす。言われてみればそうかもしれない……とそれぞれの徘徊するメカを見て少し思った。
「…………まあ、一緒に入れてあげなよ。多分害はないだろうし」
二機のメカをあっさりと招き入れる知華の様子に、彼女の職業柄を考えると少しだけ疑問に思いながらも、そのまま二人と二機は四月一日家へ入っていった。
四月一日家のリビングルーム。そこでは康祐と杏那が正座をして、知華はソファに座って対面していた。
「さて、念のために訊くよ? なんで康祐と杏那ちゃんがラブホテルに入ったのか……」
ムスッとした表情で、二人に問いただす。康祐達は気まずそうに顔を逸らした。
三十秒ほど顔を様々な方向に向け、二人はなんと言おうか考えを巡らせる。と言っても、そこで起こった出来事をそのまま話すしかなかった。
「ふーん……まあアンタらの事だから、そこは信じるとするよ。で、今二人の周りを彷徨いているメカもその時に見かけたと」
二機を一瞥すると、知華は二人に視線を向き直す。知華からすれば、言いたい事は一つだけだ。
「とりあえず、二人とも好奇心が出過ぎ。不審者を見かけたら110番。康祐、アンタ誰の息子だかその辺自覚しなよ? 杏那ちゃんもわたしらにとっちゃ娘みたいなもんなんだから、康祐につられないこと。わかった?」
「はい……すみませんでした……」
「ごめんなさい……」
女性なりにドスの効いた声がリビングに静かに響き、二人は頭を下げる。そんな二人の様子を見て、これ以上の説教は不要と判断した知華は優しげに微笑んだ。
「さ、後は軽い晩飯におにぎりでも作っておくから……その間杏那ちゃんは風呂に入ってきな。康祐は杏那ちゃんの次にね」
「はーい。じゃあ康祐、先にお風呂入ってくるから」
「おう。折角だから明日の教科書の用意とかしておくよ」
知華の指示に杏那は風呂場へ行き、康祐は自分の部屋へ月曜日の時間割を確認しに行った。
そんな二人を見て、知華は自分の周りに鎮座する二機のメカに視線を変えた。この二機のメカに、知華は見覚えがあった。写真越しでしか見覚えはなかったが、十数年前に起こった地球外生命体と戦った戦士が使用していたアイテムに酷似していたのだ。自分の記憶が確かならば、とある企業に秘匿されているという情報が入ってきているはずだ。
「もしこれが本物なら、杏那ちゃんの体に刻まれているはず……風呂上がりに訊いてみるか」
腹を括った知華は、数十分後に風呂から上がるであろう杏那に訊ねることにした。一方、風呂場内にて。杏那は鼻歌を歌いながら、身体を洗っていた。
「新時代は〜、こ〜の未来だ〜♪ 世界中ぜんぶ、変え〜てしまえば〜♪ 変えてしまえば〜♪ ……ん? あら?」
口ずさみながら身体についたボディーソープの泡を洗い流していると、自身の胸部に痣のようなものが浮かび上がっているのがわかった。この形は────。
「んーー……これって……なんだか蜂みたいな、痣? 模様? あのホテルに入ってから、蜂に妙な縁があるわね……」
特に気にする事なくそのまま身体についたボディーソープの泡を流し終えると、そのまま浴槽に身を委ね、杏那は口ずさんでいた歌の続きを歌い始めるのだった。
そして後日、二人に逆恨みした不審者が康祐達を街外れの廃工場まで追い詰めた際に、ミナトの取り押さえと件の二機のメカのおかげで事態を解決できたのは、別のお話。
次回、学園祭準備篇
元スレとはかけ離れた展開を今の所予定しています。