ナイトメアにレクイエムを   作:AZ

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ナイトメアにレクイエムを

 

「さぁ、エミリー。Youtubeはもうおしまい。早く寝ましょう?」

 

「うん、わかった」

 

 エミリーはタブレットを充電スタンドに戻して、グレースの後に続きながら洗面台へ。

 鏡には、二人が並んで歯磨きをする姿。グレースが先に磨き終わると、彼女はエミリーのお口チェック。

 磨き残しがあれば、ブラシを借りて最後の仕上げをしてあげる。

 

 エミリーは、この、グレースに最後の仕上げをしてもらう時間が何となく好きだ。

 お口の中を入念にチェックして、磨き残しがなかったら褒めてくれる。

 今日は奥歯がちょっと残ってたので、グレースが磨いてくれる。

 すっきりしたお口の中は、とっても清々しい。

 

 歯磨きも終わって、ようやく眠る時間。

 グレースがベッドメイクをしてくれているから、メアリーはお気に入りのベアーを両腕で抱きしめながら待っている。

 

 ベッドメイクが終わると、「いいよ、おいで!」とグレースが言ってくれる。

 エミリーは、そのままジャンピング・ベッドイン。ばいんばいんとベッドの上で跳ねるエミリー。そしてグレースが掛布団で包んでくれる。

 

「わぁ! 食べられちゃう!」なーんて冗談を言いながら、二人で就寝間際のひと時を愉しむ。

 

 やがて、二人でひとつのベッドへ。しかしエミリーはまだ眠たくないみたいで、絵本を読んでとグレースにせがむ。

 

 グレースは、昔よく、母・アリッサ・アッシュクロフトに読んでもらっていた、絵本をエミリーと一緒に。

 

 (この本、昔は怖くてやだってよく言ってたっけ、それで、母さんに抱き着いてよく寝てたんだ)

 

 そんな回顧の念に酔いつつ。ページを開く。

 

 

『昔むかし、 幼い少女がお母さんとベリーを摘みに出かけました……』

 

 

■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇

 

『欲深い娘だ 受けた恩も返さずに……』

 

 そこまで読み終えた時、グレースの耳に聴こえるのは、エミリーの反応ではなく、くぅくぅと静かに囀る音。

 どうやら、お話の続きを夢の中へ見に行ったらしい……こんな物語の続きではちょっと難ありかもしれないが。

 

 グレースも、エミリーの後を追うべく、絵本を閉じて読書灯へ手を伸ばす。

 ……その前に、ナイトスタンドの引き出しを弾く。そこには一丁のハンドガン。

 

 マガジンは抜いて横に置いてあり、チャンバーにも弾は入ってない。

 でも……これは、手放すことはできない。

 

 ……事件からしばらくの間。あの、追いかけられる恐怖が、幾度となくフラッシュバックした。

 眠っていても、夢の中で何度もあいつらに殺された。

 刃物で肉を割かれ、首をもがれ、丸のみにされ、身体を食いちぎられる……。

 

 その度に、夜中に叫び声をあげ、何度も泣き、何度もエミリーを心配させた。

 

 DSOのシェリーとのカウンセリングでそのことを話した。

 疑いようのない、PTSDだと言われ、専門家の診察を受けても、そのように診断された。

 

 この手のPTSDは、直ぐには治らない。長く、付き合っていくしかない。そう言われた。

 

 拳銃を暫く眺める。もうあいつらが襲ってこない保証など、どこにもない。

 その限りは、拳銃を手放せない日々は、終わらないのだ。

 

 きっと、母さんも、こんな夜を何度も過ごしてきたのだろう。

 アッシュクロフト家の、呪い。終わりのない、呪い。

 

 拳銃を手にしたまま、エミリーを見る。

 ベアーを手にしたまま、か細い寝息を立てるこの子。

 

『エミリー・アッシュクロフト』

 

 ……この子には、同じ思いをさせる訳にはいかない。

 

 この呪いは、私の代で終わらせなければいけない。

 拳銃を握るのは、私で最後にするべきなんだ。

 

 そんな儚い祈りを込めて、ナイトスタンドへ拳銃を戻し、読書灯を消す。

 

 ゆっくりと、ベッドに身を沈め、瞼の裏でエミリーを求める。

 柔らかく、暖かい少女の柔肌。

 

 シャンプーの香りが、グレースの心を癒してくれる。

 

 ぎゅ、と抱きしめる腕に少し力が入る。

 

 ……時折、邪な考えが過ることがある。

 エミリーがもし、何かの拍子に、再びBOW化することがあったら。

 

 その時私は、エミリーを撃つことができるのか。

 私はあの時、撃てなかった。きっとまた、次もそうだろう。

 

 ……その時は、大人しく、素直に殺されよう。

 エミリーのやりたいように、やらせてあげよう。

 

 私は彼女に手を掛けられない。だったら、……。

 

 それが、本当の愛なのか……? そうやって、いつも葛藤に苦しむ。

 

 いいよ、エミリー。この先はどうなるかなんて分からないのは私もあなたもそうなの。

 だったら、二人で、いつまで続くか分からない、この平穏を共に過ごそう。

 

 その時まで、来るその時まで、ナイトメアにはしばらくさよならだ。

 

 やがて、微睡の波がグレースを襲う。

 しずかに、少女の柔肌に触れながら、ゆっくり落ちていく。

 

 二人だけの、夢の世界へ。

 

 二人の小さな、安息の寝息。それこそが、過ぎた悪夢(ナイトメア)へ捧げられる、唯一のレクイエム。

 

 もう少しだけ、この幸せが、続きますように……。

 

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