艦隊これくしょん「艦これ」―荒海の槍騎兵―2「激闘南シナ海」   作:黒瀬夜明 リベイク

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第一章 怒れる追跡者
迫りくるもの


四連装砲塔搭載型戦艦ル級の放った巨弾が、輪形陣の中央に位置する南遣艦隊旗艦鳥海の後方に弾着した。見上げんばかりの水柱が十本も奔騰し、崩れ落ちた海水が、滝のような音を立てて海へと戻っていく。

「くぅっ!」

「鳥海!」

下から突き上げてきた爆圧が、鳥海を襲ったのか、鳥海が一瞬だけよろめいた。青葉が、鳥海がよろめく瞬間を目の当たりにし、思わず声をあげた。

今青葉は、第六戦隊第一小隊の僚艦である加古と、鳥海の右方を守っている。青葉が鳥海の右前方で、加古は右後方だ。

「十発か。全部の砲を向けてきやがったな」

青葉の後方を進む加古が、先程林立した水柱の数を見て呟いた。

「砲術、敵との距離分かるか?」

加古は、砲術科員の妖精を呼び出して尋ねた。すかさず「二三〇(フタサンマル)*1」と報告が上がった。

「ちっ、射程外なら、どうしようもないかっ」

青葉と加古が装備している「65口径10センチ連装高角砲」、通称「長10センチ高角砲」の最大射程距離は一万四〇〇〇メートル。明らかに射程外だ。

直後、敵弾が大気を鳴動させて落下してくる。昨夜――師走の十日に海南島の南東岸沖で何度も聞いた敵弾の飛翔音だ。

直後、今度は鳥海の左舷側正横に着弾し、長大な水柱が音を立てて奔騰する。心なしか、着弾位置が先程よりも近くなったように見えた。

「くそ、まずいな…」

主砲の長10センチ高角砲は射程外、鳥海を援護も今はまだできない。加古はもどかしそうに唸った。すると、青葉が徐に右手の艤装を上空へ向けた。

「加古、あの偵察機を墜とそう!」

「っ!そうか!」

加古の顔に笑みが浮かんだ。

今、南遣艦隊の上空には、四連装砲塔搭載型戦艦ル級の放った深海カモメ水偵が張り付いている。青葉はこれまでの経験から、上空の偵察機が四連装砲塔搭載型戦艦ル級に弾着位置を伝えていると判断したのだ。加古も遅れて、艤装を上空へ向けた。

長10センチ高角砲が旋回し、深海カモメ水偵へ照準を合わせていく。

砲術科員の妖精たちが、急ぎ敵機の測的を行っている間に、敵の第三射が飛来し、鳥海の右舷側に、壁と見間違わんばかりの水柱が奔騰する。

青葉も加古も、鳥海を見守ることしかできない。二人は自分たちが敵に狙われている時よりも、背筋が冷たくなる気がした。

やがて砲術科員の妖精が、「側的よし!」「方位盤よし!」「高角砲、射撃準備よし!」と報告を上げた。

「高角砲、撃ち方始め!」

「高角砲、射撃開始だ!撃て!」

青葉の一声に呼応するように、加古も長10センチ高角砲を放った。六番高角砲を失った加古ではあるが、砲声はその事を感じさせないほどに強烈だ。

青葉からは六発。加古からは五発の10センチ砲弾が、上空へと向かって飛び上がり、炸裂する。続けて二番砲が火を噴く。

加古は、高角砲を撃ちながら、深海棲艦の執念に舌を巻いていた。

(あいつらにそんなもんがあるのか知らないけど、あるとしたら見上げた執念だ)

昨夜の海南島沖での夜戦は、圧倒的に深海棲艦側が有利な状況だった。合流した深海太平洋艦隊と、深海東洋艦隊の戦艦の数は十二隻にも上った。

南遣艦隊は、金剛や榛名、愛宕に高雄、そして川内と七人の駆逐艦の艦娘たちが斃れたものの全滅をま逃れて離脱に成功し、魚雷攻撃によって敵戦艦一隻撃沈と、一隻離脱の戦果を挙げた。大きくはないが無視もできないだろう被害を受けた深海棲艦は、追撃を諦めると思っていたがそうではなかった。現に今、南遣艦隊は四連装砲塔搭載型戦艦ル級の追撃を受けているのだ。

加古が思考を巡らせている間にも、上空では10センチ砲弾が炸裂している。

(さっきは深海空要塞を墜としたんだ。偵察機くらい――)

加古が独り言ちた言葉とは裏腹に、上空の深海カモメ水偵は墜ちない。青葉と加古は、第三射、第四射、第五射と砲撃を続けるが、二人が放った10センチ砲弾が、深海カモメ水偵を捉えるには至らない。

「な、なんなのあいつ!?」

堪りかねた青葉が毒づいた直後、青葉が放った10センチ砲弾が炸裂し、深海カモメ水偵が黒煙を噴き墜落し始めた。

「くそ、水偵に手こずっちまうとはな」

加古が艤装を下ろしながら、悔しそうに呟く。

「あいつ、凄い勢いで回避行動取ってたから。それが理由かもね」

青葉が、敵機の行動について考察を述べていると、後方からの砲声が止んだ。直後、後部見張り員妖精が「敵戦艦、沈黙!」と報告を上げた。

観測機なしでの砲撃は効果が薄いと判断したのだろうが、南遣艦隊については好都合だ。

「少し時間が稼げたな」

「そうだね…」

加古が青葉に微笑を向けた。観測機を狙うのはいい判断だな。と言いたげな笑みだった。だが、稼げた時間は僅かだった。再び、後部見張り員妖精が「左一七〇度より新たな観測機が接近!」と報告した。

「もう来やがったか!」

「観測機を引き付けてから撃墜するよ!加古、側的に入って!」

「任せろ!」

青葉と加古が新たに表れた深海カモメ水偵の測的を始めた。だが、今回の深海カモメ水偵は違った。加古の肩に乗っていた艦橋見張り員妖精が、「敵観測機、右に旋回しています!六戦隊を迂回する模様!」と報告した。

「しまった!あいつ、青葉たちを回避する気だ!」

(奴らも馬鹿じゃない!)

加古は舌打ちをしながら口内で呟いた。新たな深海カモメ水偵は、青葉と加古の対空砲火を回避するべく、大きく円弧を描いて前へ出ようとしている。直後、「側的よし!」「方位盤よし!」「高角砲、射撃準備よし!」と砲術科員の妖精たちが伝えてきた。

「(やるしかない!)撃ち方始め!」

加古はそれでも、長10センチ高角砲を放った。数秒遅れて青葉が発砲し、上空で10センチ砲弾が炸裂する。しかし、炸裂した10センチ砲弾が敵機を捉えることはない。加古と青葉が第二射を放つが、こちらも同様だ。

「くそぉ、あそこは射程外だ!」

青葉が焦った表情で右手に握った艤装を下ろす。加古は悔しそうに歯を食いしばり、未だに艤装を向けたままだ。

直後、「敵戦艦、発砲!」と後部見張り員妖精が伝えた。大気を鳴動させて、敵弾が飛翔し迫ってくる。やがて鳥海の前方に水柱が奔騰し、鳥海がその中に突っ込む。水柱が崩れる音に鳥海の声はかき消されてしまったが、数秒後には鳥海が姿を現した。

すると、通信員を務める妖精が加古の耳元までやって来て、「鳥海より受信!『各艦ハ、我ヲ省ミズ避退セヨ』です」と告げた。

鳥海の意図を加古と青葉は瞬時に理解した。機関が損傷し、足の遅くなった自分を置いて逃げろ。という事だ。鳥海を除く、南遣艦隊残存部隊の艦娘たちは最大戦速が発揮可能だから、全速で逃げれば助かる。

だが加古は、その報告を聞いた直後、口元にニヤリと笑みを浮かべた。まるで悪戯を企んでいる子供のような笑みだ。

「おーい青葉、今鳥海から何か言ってきたみたいだけど、聞き取れたかぁ?」

加古が、前を行く青葉に向って声をかけた。語尾の方が、何処か間延びしたような喋り方の加古に、青葉は一瞬だけ驚いたが、振り返って加古の顔を見た瞬間、彼女も口元にニヤリと笑みを浮かべた。

「いやー参ったなぁ!実は今、青葉の無線機も故障中なんだよねぇ!」

「奇遇だなぁ、あたしのとこもだよ!」

何処か演技でもしているような、わざとらしい会話をする加古と青葉。だが二人は、今から何をしようとしているのかは分かった。

「呉に戻ったら、工廠の人たちに文句を言ってやらないといけないね!」

「だな!」

青葉と加古の二人は、鳥海と南遣艦隊残存部隊を救うため四連装砲塔搭載型戦艦ル級に対して勝算の無い戦いを挑もうとしているのだ。口では陽気に振舞っていても、その内には覚悟決めた炎が揺らめいていた。

「行くよ加古!面舵一杯――」

だが直後、異変は起こった。加古の肩に乗っていた艦橋見張り員が、「敵観測機、反転!離脱していきます!」と歓声交じりの報告を上げた。青葉と加古が上空に目を向けると、深海カモメ水偵が唐突に南遣艦隊残存部隊の上空から離れていく。

付近に対空射撃の爆煙は観測されない。

直後、深海カモメ水偵の発する風切り音をかき消すように聞こえてきたものがあった。

それは力強いエンジンの爆音だった。

遠くの空から、「ソレ(・・)」は現れた。青葉は歓喜の声をあげた。

 

零戦だ!

 

*1
二万三〇〇〇メートル

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