艦隊これくしょん「艦これ」―荒海の槍騎兵―2「激闘南シナ海」 作:黒瀬夜明 リベイク
炎上する深海珊瑚海水鬼に向けて、輪形陣の内側へ突入を開始した五航戦の艦攻隊。
翔鶴艦攻隊は横一線に展開し、海面すれすれの低空を、対空砲火をものともしない勢いで深海珊瑚海水鬼目掛けて突っ込んでいく。
翔鶴艦攻隊隊長の「
もし真珠湾作戦が予定通り実行されていれば、五〇番陸用爆弾を抱えて敵飛行場に水平爆撃*1を敢行する予定だった。
だが、深海太平洋艦隊の比島回航が艦攻隊の役割を大きく変えた。
九一式航空魚雷を搭載し、敵艦へと雷撃を敢行するのだ。
艦攻乗りの妖精たちは特に「大物食らい」の気質が強く、水平爆撃なんかより敵艦を沈めさせてください!などと言う輩が少なくない。
そんな「一之瀬」は、翔鶴艦攻隊の搭乗員妖精たちをなだめる立場にあるが、自身も敵艦――ましてや鬼級の空母という「大物」に雷撃を行うことに胸が躍っていた。
深海棲艦戦と対空砲火で数機が撃墜されたが、翔鶴艦攻隊は二〇機以上が健在だ。
「一之瀬」は「外す道理など無い」と口中で呟いた。
後方からは護衛の駆逐艦や巡洋艦が対空砲火を撃ってくるが、「一之瀬」は気にも留めない。
「一之瀬」は眼前で炎上する深海珊瑚海水鬼を見据えた。
深海珊瑚海水鬼は、まるで苦悶するかのようにゆっくりと動いている。
「隊長、敵艦の行き足が鈍っています!」と偵察員の「磯部」が注意を喚起した。
深海珊瑚海水鬼は、艦爆隊が急降下爆撃を行っている間は、さかんに対空砲火を撃ち上げ、急速に転回していたが、今ではそれが見られない。
もくもくと立ち上る火災煙と黒煙が、深海珊瑚海水鬼の周辺で滞留しているのが、れっきとした証拠だった。
「一之瀬」はすかさず、「チャンスだ!」と声を張り上げた。先程は、「外す道理など無い」と呟いたが、前言撤回だ。
「これで外したら、艦攻隊長失格だ!」と「一之瀬」は叫んだ。
深海珊瑚海水鬼の進行方向から未来位置を読んで飛行していたが、眼前の深海珊瑚海水鬼はほとんど静止目標だ。
静止目標となった深海珊瑚海水鬼の中央付近を狙えば、確実に命中する。
それと同時に、照準器の白い環が深海珊瑚海水鬼を捉えた。
双頭の深海魚を思わせる飛行甲板は、火災煙によって覆われて視認できないが、巨大な煙突のような物体はその姿を晒している。
それよりも前方を狙えば、本体である人型の部分に命中させられる。「一之瀬」は「
静止目標に近い相手なら、遠距離からの投雷でも命中しそうだが、戦場に絶対はない。
目一杯距離を詰めて、必中を期すのだ。
その間にも、「一之瀬」の九七艦攻は、目標との距離を詰めていく。
「一之瀬」が「
火災煙を隠れ蓑にして、艦攻隊に近づき投雷を阻止しようとする動きに「一之瀬」の目には映った。
吸い寄せられるように向ってくる深海棲艦戦に「一之瀬」は、「墜ちてたまるか!」と機体を左右に振った。
それと同時に、深海棲艦戦の両端に発射炎が閃いた。
青白い火箭が噴き伸び、「一之瀬」機の右主翼をかすめ、二、三発がかすったらしく、コックピットに鈍い音が響いた。
深海棲艦戦の一番機はそのまま、風を捲いて離脱し、二番機が「一之瀬」機に襲いかかった。
二番機の両端に発射炎が閃くが、「一之瀬」機はこれも回避してみせた。
先程とは違い、コックピットに音は響かなかった。
だが直後、風防ガラスが一瞬真っ赤に染まった。
電信員席の「土方」が「
第二中隊の三番機の搭乗員妖精「高峰」を機長とする九七艦攻は、深海棲艦戦の銃撃を避けきれず、被弾炎上したのだ。
「高峰」以外の偵察員妖精「
「一之瀬」は「了解」とだけ返し、前を見据える。
斃れた部下を悼んでいる暇はない。
「投雷し、敵艦を沈める事が部下への何よりの供養だ」と「一之瀬」は口内で呟く。敵艦との距離は、もうほとんどなかった。
「一之瀬」は投下レバーに手を掛け――「用意、てぇっ!」と叫ぶと同時にレバーを引いた。
九一式航空魚雷が切り離された九七艦攻が、ヒョイと摘まみ上げられように浮き上がるが、「一之瀬」はすかさず操縦桿を前へ倒し、高度を下げる。
「一中隊、全機発射!」と「二中隊も発射を確認!」と「磯部」と「土方」の報告が続く。
「一之瀬」はエンジンスロットルを開き、深海珊瑚海水鬼の上空を右舷側から左舷側へと抜け、全速で離脱にかかった。
噴き上がる火災煙と黒煙が、プロペラの風圧に巻かれて後方へと吹き飛び、「一之瀬」は一瞬だけ深海珊瑚海水鬼の艦上を見ることが出来た。
双頭の深海魚を思わせる飛行甲板は無数の大穴を穿たれていて、鋼材のようにも見える物体が飛行甲板上に散乱している。
「分かり切っていたが、発着艦は不能だろうな」と「一之瀬」は呟いた。
「一之瀬」機が左舷側へと飛び出すと、前方に無数の九七艦攻が見えた。
「島崎」隊長が率いる瑞鶴の艦攻隊だ。
瑞鶴艦攻隊の九七艦攻は、「一之瀬」の目の前で次々と機体を翻して離脱していく。
「一之瀬」が離脱を図るべく、左の水平旋回を掛けた時、「敵一番艦に、水柱一本……二本確認!」と「土方」が声を弾ませて報告を上げた。
「一之瀬」は「後続機、どうか?」と尋ねると、「全機、本機に後続しています!」と「土方」が報告した。
「一之瀬」は「了解!」と「土方」へ返答すると、前方を見据えた。
左舷側へ抜けた後も、護衛の深海棲艦がさかんに対空砲火を撃ってくる。
海面すれすれの低空を進む「一之瀬」の九七艦攻の頭上を無数に曳痕が、後方へと吹き飛んでいく。
「一之瀬」は翔鶴艦攻隊を誘導し、護衛艦艇の間を抜ける。
敵駆逐艦の艦尾方向から、輪形陣の外側へと飛び出した「一之瀬」機だが、すぐには高度を上げない。
後方からは、なおも対空砲火が向かってくる。敵の射程外へ脱出するまでは、現在の高度を維持するのだ。
やがて敵弾が止み、「一之瀬」は九七艦攻の機首を引き起こした。
高度三〇〇〇メートルまで上昇し、眼下の敵艦隊の様子を伺う。
そこには「一之瀬」が思い描いた通りの光景が広がっていた。
輪形陣の中央に位置する二隻の空母が、黒煙を捲き上げながらその場に停止している。
時折爆発が起こり、火災煙を吹き飛ばすが、すぐに新しい煙がそれを覆いつくす。
航跡は一寸も伸びておらず、黒い重油のような液体が海面を覆っているように見えた。
「土方。魚雷の命中本数は確認したか?」と「一之瀬」が質問すると、「三本までは確認しましたが、それ以降は火災煙に遮られて確認できませんでした」と、「土方」は答えた。
「一之瀬」は頷きながら、「分かった」と言った。
「三本命中では、沈み切るか分からないな」と「一之瀬」は呟く。本当なら、撃沈確実。と報告したいところだが、今は判明していることを伝えるしかない。
「一之瀬」は「土方」に「母艦宛、打電しろ。『我、敵空母一ヲ雷撃ス。魚雷命中数、三本以上。今ヨリ帰投ス。
程なくして、「一之瀬」の駆る九七艦攻の電信員席から報告電が飛んだ。