艦隊これくしょん「艦これ」―荒海の槍騎兵―2「激闘南シナ海」 作:黒瀬夜明 リベイク
急速に海面化へと引きずり込まれていく深海珊瑚海水鬼は、呻き声をあげていた。
自分の運命は決した。しかし、ただでは終わらない。
「…私ハネ!沈ンダッテ…勝ツンダヨ!…オ前タチニ、ソノ意味ガ!オ前タチニ…!」
沈み行く深海珊瑚海水鬼の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
果たして深海珊瑚海水鬼の不敵な笑みは、現実の物となって第一航空艦隊に襲いかかってきた。
「零戦は間に合わない。みんな、全力で阻止するよ!」
古鷹の号令を受けて、一航艦の護衛を担う艦娘たちから「応!」の掛け声が上がった。
深海珊瑚海水鬼が沈み始めている頃、一航艦はこの日四度目の空襲を受けようとしていた。
空襲を仕掛けてきたのは、深海棲艦攻。深海棲艦が運用する艦上攻撃機だ。
この時直掩の零戦隊は、急降下爆撃機を警戒して高度三〇〇〇メートルから四〇〇〇メートルの空域で待機していた。
零戦は軽快な運動性能を誇るが、急降下を得意とする機体ではない。海面付近の低空へ舞い降りるには相応の時間が掛かってしまう。
「零戦が駆けつけるまで、私たちで赤城たちを護るしかない…測的、急いで!」
古鷹がけしかける勢いで砲術科員の妖精に指示を飛ばした。
やがて「敵雷撃機、右九〇度から一八〇度。距離
古鷹は右腕の艤装を右舷側に向けた。
古鷹の長10センチ高角砲が水平に近い角度で砲身を傾け、砲塔内の妖精たちは仰角ハンドル、旋回ハンドルを握りしめ、10センチ高角砲弾を抱えて、射撃の時を険しい表情で待っている。
時を同じくして、「測的よし!」「全高角砲、射撃準備よし!」と報告を上がった。
「撃ち方始め!」
古鷹の大音声の叫びに呼応して、長10センチ高角砲が右舷側に向けて発射炎を閃かせた。
二秒の間を置いて、各砲塔の二番砲が発射炎を閃かせる。
六基の長10センチ高角砲が二秒おきに、一番砲、二番砲、一番砲と発射炎を閃かせ、10センチ高角砲弾を秒速一〇〇〇メートルの初速で叩き出す。
やがて深海棲艦攻の前方で高角砲弾が炸裂した。
先程の対空戦闘では、深海棲艦爆を片っ端から撃墜した経験がある。今度も撃墜できると古鷹は確信していた。
しかし、深海棲艦攻は僅かによろめいただけで、速度を落とすことなく向かってくる。
続いて二発目、三発目、四発目が炸裂するが、結果はこれまでと同じだ。
高角砲弾は深海棲艦攻の前方で炸裂するばかりで、撃墜機は出ない。
「な、なんで!?」
古鷹は一瞬だけ困惑の声をあげた。だがすぐにその原因に思い当たった。
「信管の調整を長めに取って!」
古鷹は砲員妖精たちにも聞こえるような大声で指示を飛ばした。砲員妖精からは「信管の調整を長めに取ります!」と応答があった。
10センチ高角砲弾が目標の手前で炸裂する理由は、時限信管の調整ミスが原因だと古鷹は理解したのだ。
(間に合って!)
時限信管の調整と並行するように、長10センチ高角砲は砲撃を続ける。
古鷹の前後でも砲声が轟き、輪形陣の右方を固める第三戦隊の霧島、第八戦隊の利根、そして十七駆の磯風、浦風、谷風、浜風が対空戦闘を開始した。
「なんてしつこい奴らだよ!」
「ぼさっとするな谷風!」
(あの子たちに先を越されたら、防巡の名折れになっちゃうな)
主砲を振り立て、対空射撃を行う十七駆の四人を見た古鷹はそんなことを考えていた。
重巡だった時であれば、絶対に考えることの無かったことだろう。
通算九回目の砲撃で、ようやく成果が出た。高角砲弾が深海棲艦攻の面前で炸裂し、火を噴いた深海棲艦攻は、滑り込むようにして海面に墜落した。
「次!」
古鷹は即座に目標を変えた。
長10センチ高角砲が射弾を放ち、新目標へ向かって一飛びする。深海棲艦攻との距離が詰まった為か、砲弾が炸裂するまでの時間はかなり短くなっている。
一射ごとに、信管の調整を行う砲術科員の妖精たちの苦労が思いやられたが、細かい時限信管の調整はそのまま射撃の精度と結びつく。
古鷹は、そんな彼ら妖精たちを信じて、引き金を引いていた。
新目標への直撃弾は、第三射で決まった。
10センチ高角砲弾が直撃したのか、深海棲艦攻は一瞬でバラバラになって砕け散った。
「やったぞ!敵機撃墜なのじゃ!」
「浜風、一機墜としました!」
事ここに至り、利根と浜風がそれぞれ一機ずつの深海棲艦攻を仕留めたようだ。
それの続くように古鷹が三機目の深海棲艦攻を撃墜する。
突進を続ける機体の真上で炸裂した高角砲弾が、操縦系統を司る部分を破壊したのか、文字通り、叩き落されるようにして海面に激突した。
しかし、長10センチ高角砲で撃墜できたのは三機で限界だった。深海棲艦攻は間近に迫っていた。
「機銃、射撃開始!」
古鷹の号令を受けて、艤装の右肩や、腰回りに補強増設で装備された25ミリ三連装機銃が火を噴いた。
25ミリ三連装機銃が水平に近い角度まで仰角を下げ、射手兼俯仰手妖精が引き金のペダルを踏み、給弾員妖精が次の弾倉を抱えて敵機を睨む。
古鷹に続くように、十七駆、利根と霧島も機銃による射撃を開始した。
25ミリの機銃弾が敵機を撃墜すべく、真っ赤な塊となって深海棲艦攻に向っていく。
古鷹は深海棲艦攻が撃墜される光景を期待したが、25ミリ機銃の火箭に捉えられる深海棲艦攻は一機も無い。
風切り音を発しながら、古鷹の正面と後方を抜け、輪形陣の内側へと侵入していく。
「し、しまった!」
古鷹は咄嗟に体の向きを変え、輪形陣の内側方向を向いた。
顔から血の気が引いたような気がした。
25ミリ三連装機銃がなおも射撃を続けたが、命中する様子はない。
輪形陣の外側で撃墜できた深海棲艦攻は、十五機の内五機だけで残りの十機を対空砲火を物ともせず、空母目掛けて突っ込んでいく。
古鷹の脳裏に、魚雷が命中し大火災を起こす一航艦の空母たちの姿が浮かんだ。
(そんな、ここまでなの…!)
古鷹はこみ上げてくる絶望感に唸った。だが彼女が目を見開いた時、上空から黒い影が舞い降りた。
黒い影から放たれた真っ赤な火箭が、深海棲艦攻を舐めた。と思った瞬間、深海棲艦攻は力尽きたように海面に滑り込んだ。
「零戦だ!」
磯風が声をあげた直後、古鷹は大声で叫んだ。
「射撃中止!同士討ちになる!」
古鷹の号令が輪形陣全体に届いたのか、それまで撃ち上げられていた高角砲弾と機銃弾がぱたりと止んだ。
輪形陣の内側に突入した深海棲艦攻に、二機の零戦が正面から仕掛ける。
深海棲艦攻とすれ違う寸前に、零戦の両翼に発射炎が閃き、真っ赤な火箭が深海棲艦攻に突き刺さる。
黒い塵を捲き上げながら、深海棲艦攻は海面に叩き落とされた。
続く二機目が、エンジン部分に命中弾を受けたのか、火を噴きながら墜落した。
後方から食らいついた零戦が、獰猛な肉食獣のように深海棲艦攻を追い、20ミリ弾を叩き込む。
主翼に当たる部分を破壊されたのか、深海棲艦攻は錐揉み状に回転しながら墜落して、波間に消えていく。
機体を左右に振って、零戦の猛攻を回避しようとする深海棲艦攻もいるが、零戦は逃がさない。
零戦の主翼に発射炎が閃く度、深海棲艦攻は一機、また一機と撃墜された。
やがて最後の一機が撃墜され、深海棲艦攻は完全に姿を消していた。見張り員妖精が、「敵雷撃機、全機撃墜!」と歓声交じりに報告を上げたが、古鷹は喜べる気分ではなかった。
彼女は呆然と、輪形陣の内側を見つめていた。
「こんなんじゃ、駄目だ…」
古鷹は唇を噛み締めた。直掩の零戦が何とか間に合ったおかげで、敵雷撃機の投雷を防ぐことは出来たが、それ以前の古鷹の対空射撃はお世辞にも良いとは言えない。
第一波から第三波までは、深海棲艦爆を片っ端から撃墜した古鷹だったが、深海棲艦攻は深海棲艦爆よりも鈍足な機体であることを失念してしまい、古鷹の撃墜は三機という結果に終わってしまった。
急降下爆撃機と雷撃機の違いが原因だったのだろうか。古鷹は思考を巡らせていた。
(もしかしたら、訓練で横須賀航空隊の九七艦攻に相手を務めてもらったのが原因?古鷹も含めて、砲員妖精さんたちが九七艦攻の速度に慣れ過ぎていたのかな?)
古鷹は横須賀での訓練のことを思い出していた。
言い訳になるかもしれないが、砲弾の時限信管を調整する砲員妖精たちが、九七艦攻の速度に慣れてしまい、信管の調整を短く取ってしまったのかもしれない。
(現に、戦闘開始直後は、砲弾が機体の手前で爆発してたし…もしかしたら、それが主な原因かも)
しかし古鷹は、砲員妖精たちだけの落ち度だとは思わなかった。
古鷹自身も訓練をするが、各種艤装に配置されている妖精たちは古鷹が訓練させなければならないのだ。
対空射撃は見越し射撃だから、目標の位置をはじめ、速度と進路を正確に計算しなければならない。
その古鷹が九七艦攻の速度に慣れてしまえば、妖精たちも自ずと九七艦攻の速度を意識してしまう。
「だとしたら、目標の速度計算を正確にしなくちゃ…この戦いが終わったら、桂木砲術長と、桃園砲術参謀に訓練計画の見直しを――」
そこまで古鷹が口にした時、海面付近で動きがあった。
輪形陣の内側を見やった古鷹が目にしたのは、フルスロットルでエンジンを轟かせ、上昇していく零戦隊の姿だった。
「な、なに!?」
古鷹が叫んだ時、輪形陣の後方で五航戦の援護に当たっていた霧島が叫んだ。
敵降爆、五航戦に接近中!