BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
ジム戦を終え、疲労した体を引きずるようにしてユニフォームからジャージにキャスケットの姿に着替えた。
「つ、疲れた…」
明日に自身へと訪れるだろう筋肉痛を想像して、体を震わせながらスタジアムを出る。
「シアーン!」
「ひゃあ!?ユ、ユウリ!?」
そんな私を出迎えたのは、此方へと走って寄って抱きついてきたユウリの抱擁だった。
突然のことに頭が真っ白になり、思考が完全に停止した。
「くさバッジゲットおめでとー!凄かったね!シアンのグレイシア!」
「ぅあ、ありがとう」
そう言いながらユウリから離れ、驚きと今は同性だが意識してしまう事実に激しく動く心臓部分を片手で押さえる。
凄く心臓がドキドキしてる。
前も思ったんだけどこ、これが普通の女子のコミュニケーションなのかな………高校生の頃のクラスの女子もこんな感じだったような気がする。
「シアン?どうかしたの?」
「少し驚いちゃっただけ、その……応援してくれてありがとう」
「えへへ、友だちなんだから当然だよ!これでホップとマリィも、みんな草タイプのジム突破だね!!」
そう笑って嬉しそうにホップやマリィさんもターフスタジアムのジムチャレンジを勝利して終えることが出来たという報告するユウリ。
原作が上手く進んでいるからなのか、それとも目の前の友人と呼べるであろうみんながジムを突破出来たことを嬉しく思っているのか、気付けば私は笑っていた。
「おーい!ユウリ!待って欲しいんだぞ!」
ユウリが走ってきた方からホップの声が聞こえ、見ればホップとマリィが此方へと向かって走って来る姿が見えた。
え、二人ともまだターフタウンにいたの?
「ほ、ホップにマリィさん……」
「やったなシアン!一つ目のジム突破だぞ!」
「久しぶりやねシアン、ジム突破おめでとう」
ホップはまるで自分のことのように嬉しそうに、マリィさんはいつも通りの表情だが声色は明るい声でそう話す。
「あ、ありがとう」
「それにしても、アブソル以外にもグレイシアもゲットしてたなんて知らなかったぞ!」
「本当だよ!シアンって考えたら全く私たちの前で手持ちのポケモン出さなかったし」
「そ、そうかな?」
確かに基本的にガラルに来てから、外で自分のポケモンを出すのは少なかった気がする。
グレイシアともう一匹も、家の中だけで事が多かったかもしれない。
「ところでさ、マリィとホップはもう次の町に行くの?」
ユウリの言葉に、思わずハッとした。
ゲームだと二人は余り道中で特定の町にとどまることは少なかったイメージがある。
ゲームのシステム的に仕方ないのだろうけど、目の前の光景は現実。
どんな行動でも、原作崩壊の引き金となってしまいそうで少し心配だ。
「オレは明日に次の町に行く予定だゾ!」
「うちもやね」
現実的に考えたらジムチャレンジ期間は長い。
こうしてもう少しゆっくりしてから次の町に行くなんて事は、普通なのかも。
むしろ、ゲームだと短く描かれているがその地方を旅するなんてかなりの時間がかかって当然なのだ。
「だったらさ!メッセージでシアンの言ってたお菓子作って貰おうよ!」
思考に沈んでいた私は、ユウリのその一言で現実へと引き戻された。
「ふぇ!?」
こ、この後!?そ、そんな急に!?
「おお!それは楽しみだぞ!前に食べたケーキは凄く上手かったし!」
「へぇ、そうなんだ。楽しみにしとるよ?シアン」
私をおいてトントンと話が進んでいく……でも、メッセージで勇気をくれたんだから良いかな。
それに、グレイシアのおやつにマカロンを作る予定でもあったし。
材料は買えばたぶん、作れる。
問題は調理する場所だ、うーんポケモンセンターの調理場とか借りれるのかな。
「わ、分かった。がんばって作るよ……でも材料を買いに行くから少し時間かかるよ?」
「オッケー!それじゃ、早速買い出しだ!行くよ、シアン!私早くシアンのお菓子食べたい!!」
そう言ってユウリが私の手を引いて走り出す、当然手を掴まれている私はユウリに腕を引かれて走り出してしまう。
「へ!?ちょ、私少し疲れたから走るのは──」
腕を引っ張られ、走ることに何処か既視感とデジャヴを感じていると、そんな私達を追いかけてマリィとホップも走って追いかけてきた。
「その、ジムチャレンジでたくさん走ったから、今から走るのは!?ちょ、お願い誰か止めてぇぇぇ…………」
こうしてジム戦が終ってそうそうに私はお菓子を作るために必要な材料を買い出しにみんなで向かうのだった。
ユウリ達とオレンの実やヒメリの実といった様々な木の実を購入した私はポケモンセンターの調理場を借りてお菓子を作っていた。
流石は農家の多い町、どの木の実も美味しそうで品質も見た目も素晴らしかった。
オレンの実はほんのりとした甘みと優しい酸味。
ヒメリの実は香りが強く、焼き菓子にすればきっと良いアクセントになる。
「……よし、これなら」
軽く潰してペースト状にした木の実を、生地に少しだけ混ぜ込む。
普通のマカロンじゃなくて、“この世界の材料で作るマカロン”。
それがなんだか、ポケモンの世界に来たことを改めて実感できて少し嬉しかった。
「よし、上手く焼き上がりますように……」
本で読んだ手順を小さく呟きながら確認し、マカロンの生地を乗せたクッキングシートをオーブンへと入れる。
扉を閉めると、静かな熱が中に満ちていく。
「シァ……」
気が付けば、ボールから出たグレイシアがオーブンの前に座り込んでいた。
ガラス越しに中をじっと見つめている。
まるで、焼き上がる瞬間を一秒も見逃さないと言わんばかりに。
「ふふ、焼き上がるのはまだだよ?」
思わず苦笑しながら声をかけるが、グレイシアはぴくりとも動かない。
じぃー……っと。
ただひたすらに、オーブンの中を見つめ続けてい
る。
その真剣さは、さっきのバトルと同じくらいで。
少しだけ可笑しくて笑ってしまう。
「……そんなに楽しみなんだ」
そう呟くと、グレイシアの尻尾がわずかに揺れた。
「シアンはお菓子作りが好きと?」
オーブンの様子を確認していると、モルペコを抱えたマリィさんが隣にしゃがみ込み、同じようにガラス越しに中を覗きながら聞いてきた。
「う、うん。私の夢はポケモンでも食べられるお菓子やケーキを作るお菓子屋さんだから」
「ふふ、可愛らしい夢やね。どうしてジムチャレンジに参加しとると?お菓子が夢ならジムチャレンジに参加しとるのは可笑しいんじゃない?」
「ぅえぁ、その、ちょっとね………」
さすがにローズ委員長に推薦され逃げるに逃げれず、負けて失望して貰うために参加してます……何て言えないし取り敢えず笑って誤魔化す。
「まぁ、がんば。ウチ、結構アンタの夢好きやけん、応援する」
すると、マリィさんはあんまり詮索せずにそう言いながらモルペコを肩に乗せて元いた場所へと戻っていった。
私にとってこのジムチャレンジは、あくまでも負けるための旅だ。
ジムバッジだって、前にヤローさんの所で貰ったくさバッジとルリナさんのところの水バッジだけの予定だ。
後は様々な町を周ったり、ワイルドエリアに引きこもりジムチャレンジの期間が終わるまで待つだけ。
そう言えば、ゲーム通りだと次は5番道路を通ってルリナさんの居るジムであるバウタウンへ向かう。
私はどうしようかな?
あれはゲームだからそう進行するように設定されている。
でも目の前の現実は違う。
どの町に行こうと、どのジムからジムチャレンジするかは自由の筈。
この後ホップとユウリはバウタウンに向かうだろうけど、マリィさんはわからない。
取り敢えず、ここからはユウリ達との行動をずらしていこうかな。
そうすれば、ローズさんとは出会わないで済む。
それに、ずらしていえばきっとジムチャレンジ期間が終わるときまでこうして会うこともない。
会うたびに、真剣にジムチャレンジへと挑むみんなと違い負けるために旅をしているという罪悪感を感じなくて済む。
ジムに挑んでいない事もバレないだろう。
そんな事を考えているとオーブンから焼き上がった事を知らせるチン!と言う音が鳴った。
私はオーブンからマカロンを取り出す。
「……できた」
ゆっくりと扉を開けると、ふわりと甘い香りが広がった。
オレンの実の優しい甘さと、ヒメリの実のほんのりとした香ばしさが混ざり合った、どこか懐かしくて、それでいてこの世界らしい匂い。
「シァ……!」
グレイシアの目が、ぱっと輝く。
さっきまでじっと我慢していたのに、今はもう隠しきれないといった様子で一歩前に出てくる。
「まだ、だよ。ここからが最後の仕上げだから」
少しだけ笑いながらそう言って、私は手早くマカロンコックを皿の上に移していく。
さくり、とした手応え。
ひび割れもなく、綺麗に焼き上がっている。
「……よかった、上手く焼けた」
小さく息を吐いてから、軽く扇いで冷やす。
全体が冷えたのを確認した私は、一つのモンスターボールに手を伸ばした。
「出てきて、
腰のベルトからもう1つモンスターボールをとって、モンスターボールを開く。
「マ、マホ?」
テーブルの上に現れたのはマホイップ。
よつばのアメ細工を使って進化させた、ミルキィ抹茶姿のマホイップだ。
マホイップはおずおずと近付いてくると、近くに置かれたマカロンを見て嬉しそうな笑顔を見せる。
この子は、私がガラル地方に引っ越してからゲットしたポケモンだ。
お菓子屋さんになるために、そして前世でその可愛らしいデザインに引かれていた私に、躊躇いはなかった。
マホイップの出したクリームで作ったスイーツはとても美味しく、パティシエ達からの憧れの一品。
見つけたマホミルにお菓子をあげたら、この子が懐いてくれて、無事ゲットしたのだ。
少しだけ人見知りな性格で、私の夢を理解して一緒にお菓子作りをしてくれる、そんな大切なポケモンだ。
「マカロンにマホイップのクリームを使いたいの。お願いして、良いかな?」
するとマホイップは少しだけこちらを見上げてから、控えめに体を揺らした。
「……マホ!」
その声は小さいけれど、どこか誇らしげで。
まるで『任せて』と言っているみたいだった。
マホイップはこくりと小さく頷く。
ふわり、と。
その体から、なめらかな抹茶色のクリームがゆっくりと溢れ出し近くに置いたボールの中に入っていく。
スプーンで少しだけ掬って、口に含む。
ほんのりと甘くて、だけど奥に深みのある香り。 オレンの実ともヒメリの実とも違う、“マホイップ自身の味”。
「……すごいなぁ」
思わず呟く。
何度見ても、この光景には慣れない。
マホイップのクリームを丁寧に絞り袋へと移し、冷ましたマカロンの殻へと乗せていく。
くるり、と円を描くように。
ひとつ、またひとつと重ねていくたびに、 マカロンが完成していく。
最後のひとつを重ねて、軽く押さえる。
完成したマカロンは、ほんのりと緑がかったクリームが覗く、 この世界ならではの一品だった。
ユウリ達にご馳走する分、グレイシアにあげる分を分ける。
「出来たよ」
グレイシアの食べる分を乗せた皿をグレイシアの前に差し出す。
「シァ!!」
グレイシアは待ってましたと言わんばかりに、皿に盛られたマカロンへと飛び込んでいく。
マカロンを口一杯に頬張るグレイシアの尻尾が、小さく左右に揺れている。
「……ふふ」
その様子に少し笑ってしまう。
「ジムバトル、お疲れ様。グレイシア」
「シァァ……♪」
明らかに機嫌が良くなったグレイシア。
さっきまでダイマックス相手に戦っていたとは思えないくらい、 『幸せぇぇ……♪』と呟いてるのが伝わるほど、満足そうに目を細めている。
そんなグレイシアの様子に、マホイップが少しだけ誇らしげに胸を張っていた。
「マホ……♪」
自分のクリームが使われたことが嬉しいのか、 ほんのりと体が揺れている。
「……ありがとう、マホイップ」
そう言って頭を撫でると、マホイップは少しくすぐったそうに身をすくめた。
夢中で食べているグレイシア、取りあえずユウリ達の分を渡しに行かないと。
「シアン!そろそろ──わっ!良い匂い~♪」
「確かにいい匂い……」
「うらら~♪」
「良い匂いだな、もう出来たのか?」
そう思っていた時だった、調理室の扉が開いた。
振り返ると、部屋に広がるマカロンの匂いに、笑顔を浮かべるユウリ。
そんなユウリに続いてホップとマリィも入ってくる。
人見知りのマホイップはビクン!と体を震わせ三人の視線から隠れるようにテーブルを移動し私の背中へと隠れる。
「うん、出来たよ」
「わぁ!美味しそうって!ってまた私たちの知らないポケモン!?」
マカロンを渡そうと動いたからか、背後に隠れていたマホイップがユウリ達に見つかる。
すると指差されたミルクは即座に私の背中へ隠れると、チョコりと私の背中から顔を出して首を傾げる。
「クッ!!………見た目だけじゃなくて、仕草まで可愛いなんて!」
「だ、大丈夫か?ユウリ……」
「うらら~?」
そう言いながら胸を押さえるユウリと、静かに胸を押さえているマリィに心の中で同情する。
うん、分かるよ。
私もゲームで初めてマホイップと羽のおもちゃで遊んだときに余りの可愛さにやられちゃったし。他のポケモンとかけっこしていつも負けちゃう姿とか、ゆっくりと此方に歩いてくる仕草とか、全部が本当に可愛いんだよね。
「可愛いポケモンだな」
「ま、マホイップってポケモンだよ」
そう言うと、ホップはスマホロトムのポケモン図鑑でマホイップを検索し始めた。そして見つかったのか画面に触れる。
『マホイップ、クリームポケモン。信頼するトレーナーにはクリームでデコレーションした木の実を振る舞ってくれる。身体からホイップされたクリームを出すことができ、その味はマホイップが幸せを感じるほどに深みが増していく。このクリームでデコレーションしたスイーツはとても美味しく、マホイップを仲間にすることはパティシエの憧れ。』
スマホロトムからマホイップの図鑑説明が読み上げられる。
「この子を仲間にするのがパティシエの夢……それなら、シアンにぴったりなポケモンやね。もしかしてこのお菓子……」
「うん、マホイップのクリームを最後にトッピングしたんだ」
「それじゃあ早速食べようよ!」
目を輝かせながらワクワクとした様子で話すユウリに思わずクスリと笑ってしまう。
なんか、反応が妹みたいに感じてしまう。
長男のホップに、長女の私。
次女のマリィと末っ子のユウリ。
何故かそんな想像をしてしまった。
「そうだね、それじゃあどうぞっ」
少し緊張しながらマカロンの乗った皿を差し出す、みんながマカロンを手に取り、口に運ぶ。
「んー!!すっごく美味しいよシアン!!」
そう言ってゲームのカレーでリザードン級を食べたときと同じくらいの笑顔で笑うユウリに嬉しくなる。
うまく作れて良かった。
「あ、ありがとう」
見ればホップやマリィもユウリと同じように美味しそうに食べてくれていた。
「これがマホイップとシアンの作りたいお菓子なのか?」
「うん。そうだね、でももっと沢山のお菓子を作りたいと思ってるよ」
まだ、人間が食べれてポケモンが食べられないお菓子も存在する。
私はポケモンみんなが人と同じ美味しいお菓子が食べられるようにしたい。
ポケモンもトレーナーも笑顔になるような、そんなお菓子屋さんになりたいのだ。
「そう遠くない未来でシアン、ガラルのどっかにお店開いてそうやね」
「もしそうなったら!皆でシアンのお店に食べに行こうよ!」
「アハハ、気が早いよ二人とも。でもその、お店を開けたら良いなぁ……」
でも、その前にローズさんの件やブラックナイト、シーソーコンビの件を乗り越えないと行けないんだよね。
はぁ、考えてみればどうなんだろうか、確かに自分の店を持つのは夢である。
実際は、そのときに成らないとわからない。
お店を立てるのに必要な金額や、店を運営するための人手とか。
色々と考えないと行けない。
そんな事を考えながら、私は皆と雑談を楽しむのだった。
ラテラルタウンにあるラテラルスタジアム。
ゴーストタイプのジムリーダーオニオン、格闘タイプのジムリーダーサイトウが週毎に入れ替わるという特殊なジムだ。
そんなラテラルスタジアムから一人の少女が出てきた。
「ふぅ、明日からはオニオンさんがジムリーダーですし、せっかくのオフです。久々にバウタウンに出掛けましょうか……確か美味しいスイーツ店が来るとか………ふふ♪楽しみですね」
褐色の肌に灰色の髪が特徴的な彼女はそう呟きながら、歩き出した。
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