BRAVE STEP ―小さなお菓子屋さんを夢見て― 作:クレナイハルハ
バウタウン名物である市場は、夕方だと言うのに沢山の人で賑わっていた。
威勢のいい呼び声や、焼き物の香ばしい匂い。行き交う人の熱気が、空気を少しだけ重くしている。
サイトウさんと一緒に歩いているからか、凄く視線を感じるけど、頑張って気にしないで食材選びに集中する。
目を動かし、周囲にある市場の露店に並ぶ木の実を流し見る。
ゲームでは体力回復や毒の回復と様々な能力を持つ木の実だが、現実と同じで痛んだり腐ったり、熟していなかったりとする。
お礼に作るにしても、自分の趣味で作るのだとしてと木の実選びは同じだ。
お菓子によって熟している物とそうでないものを使って分ける必要がある。
「あの、サイトウさんは何か───」
「サイトウで構いませんよ」
「そ、そそそんな!?いきなりその、呼び捨ては……もう少しさん付けで許してください」
「そうですか……分かりました。いずれはコルニのように姉と呼ばれるよう、コミュニケーションを頑張りましょうか」
その言葉は冗談のようでいて、どこか本気の響きを帯びていた。
少しだけ残念そうな表情を浮かべるサイトウさんに、頭の中でハテナマークが増えていく。
おかしい、サイトウさんが私に姉と呼ばれたいといった発言をしたような気がする。
「サイトウさんは、その……苦手な木の実ってあったりしますか?」
「いえ、特にこれといってありません」
「良かった」
良かった、なら色々な種類のお菓子を作れそうだ。マカロンの他にもポフレとか、ガレットとか、色々と作りたいお菓子の案が浮かんでくる。
「そういえばサイトウさん、ジムの方は大丈夫なんですか?今はジムチャレンジ期間なんじゃ……」
「はい、今週は休みですので。オニオンさんと一週間ごとにジムリーダーを交代して運営していますから」
「そ、そうですか」
「ラテラルスタジアムに挑むなら、是非とも私の時に。コルニが褒めていた実力を見せて頂きたいですから」
「アハハ、どうでしょうか。私なんかにそこまで進めるか力は、ありませんよ」
自分のところにきて欲しいと願うサイトウさんの笑顔を思い出し、胸が痛くなる。
私はサイトウさんのいるジムへと挑むことはない。
だって私は負けるために、このジムチャレンジに参加しているからジムバッジも2個で終わる予定だ。
私はサイトウさんの期待を裏切るのだ。
サイトウさんの期待を裏切るだけで終わらない。
サイトウさんが親友だと言うコルニ姉さんの。
コルニ姉さんの人を見る目も。
コルニ姉さんの指導方法も。
下げてしまう。
私が全部、全部を裏切ってしまう。
「ぅあ、あそこのお店の木の実を買ってきます!」
「分かりました、ではここで待っていますね」
そんな気付きに、感じるストレスから逃れようと私はサイトウさんから逃げたのだ。
サイトウさんの期待からも。
分かっている、逃げられない。
それでも、私は逃げた。
矛盾している。
でも、それでも逃げることを選んでしまう。
それが………私だ。
自分のことが一番大事で。
誰かのために全部を投げ出せるような、そんな人間じゃない。
「す、すいません。ここの木の実の全ての種類を4つずつお願いします」
「あいよ!」
選んだ木の実を袋に詰めて貰い、袋を受けとる。
「ありがとうございます」
両腕に力を入れて抱え、お金を支払う。
袋を持って感じる木の実の重み。
当たり前だが、ゲームのように鞄にいくつもの物が入る訳ではない。
これと手持ちで可能な限りのおやつを作ろう、グレイシアの今日のおやつもまだだし。
ついでにしばらく分のおやつの作り置きできそうなものを作ってしまおうかな。
袋を両手で抱えてお店を出る。
クッキーとか、飴ならある程度は保存が………。
どんなお菓子を作るか、考えていた時だった。
「なぁ、嬢ちゃん」
そん声と共に、私の肩を誰かに掴まれた。
強く捕まれたからか、少しだけ肩に痛みが走り思わず顔がひきつる。
振り向けば三十代ぐらいのおじさんが立っていた。
「可愛いねぇ、ちょっと叔父さんとお茶でもしない?」
ぞわぞわ!と、背筋を何かが通り震えるような気持ち悪さを感じて体が震える。
こういった事の後は嫌でも想像が付く。
最悪な未来を想像しそうになり、腰に付けた1つのボールが揺れ動くいたのを感じる。
大丈夫、大丈夫だからと言う思いを込めて片手でボールを撫でながら震える口を開く。
「ご、ごめんなさい、私はその……」
そう言いって断りサイトウさんと待ち合わせした場所へ逃げようとしたその時だ。
「黙って付いて来いってんだよ、ぁあ?」
周囲のざわめきが、遠くなる。
そんなドスの聞いた声が聞こえた声と共に、更に肩に力が入ったのか。
さっきよりも強くズキンと肩が痛むのを感じた。
可笑しい、体が動かない。
体型も、髪型も、服装も。
全てが目の前のおじさんとは違うはずなのに、何故か幼い頃の記憶が繰り返し脳内に浮かび上がる。
特徴的なRのマークがついた黒い服。
もう問題ないはずの、おでこの傷が痛む。
体が震えて、なんでか呼吸が安定しない。
その時だ、ベルトのモンスターボールがまるでこじ開けられるように大きく揺れ、地面に落ちた。
そして落ちたボールが開く。
「ゥ゙ゥ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ア゙!!」
モンスターボールから光が弾けるように溢れ出し、アブソルの姿を形作る。
その瞳は、明確な怒りに染まっていた。
攻撃して、殺してしまうのではないかと言う程に怒り、牙を剥き出しにしていた。
アブソルは強く地面を蹴り付け、肩を掴む男へとその前足を振り上げる。
男は驚きの余り私から手を放す。
その拍子に私は、手を離された事への安心感から地面に座り込む。
力が抜けてしまったからか、購入した木の実が入った袋が手からこぼれ落ちていた。
「うぅ」
痛む肩を押さえながら、アブソルの方を見る。
振り上げたハクの足が男性の前を通り過ぎた。
当たらなかった事に、私は安堵した。
「ウ”ゥ”ゥ”ゥ”ゥ”………」
アブソルは唸り声をあげながら鋭い眼光で尻餅を付いた男へとゆっくりと近付いていく。
その顔からして、次は逃がさない。
次こそは当ててやると、そう言っているようだった。
「ひ、ヒィ!?」
男はアブソルの攻撃からか、尻餅を付いて地面に座り込んでいる。
恐怖を感じた顔をしている、動けない。
いや、腰が抜けて動けないのだろう
その後のアブソルの行動は、私だけじゃない。
その場にいた人々にも簡単に想像できた。
アブソルは男へと前足を振り上げる。ハクは容赦なく鋭い爪を男へと振り下ろそうとして──。
「だめ!止めて!アブソル!!」
私は痛む肩を気にせず走った。
アブソルと男の間に入り、アブソルの体をぎゅっと抱き締める。
痛む肩の方で、アブソルが振り上げた足が振り下ろされないよう押さえて動きを止める。
痛い、怖い、でもアブソルにそれだけは許しちゃいけない。
「ウ”ゥ”ゥ”ゥ”ゥ”ゥ”!」
いつもの鳴き声からは考えられない程に低く。
恐怖を感じる鳴き声をあげながら、身を捩り私から離れ男へと迫ろうとする。
そんなアブソルを離さないように、抱き締める。
アブソルはだんだんと抱き締める私を振り払おうと踠く、それをどうにか止めようと私は口を開いた。
「大丈夫、大丈夫だから!お願い、アブソル!」
そう必死にアブソルへと話しかけながら、体を撫なでて必死に宥める。
「大丈夫だよ、私は大丈夫だからっ!お願い、落ち着いて!」
市場だからか沢山の人が、私たちを囲むように集まり何やら話している。
沢山の声とシャッターを切る音が聞こえる。
そんな周りの人達に対してもハクは更に唸り声を発し続ける。
時間が経過し アブソルはようやくゆっくりとその振り上げた前足をゆっくりと下ろした。
表情を見ればアブソルがボールから出たときの顔よりも落ち着いた物になったことを確認して抱き締めていたアブソルから手を離した。
「アブソル、ありがとう」
「……ソル」
尻餅をついた男性や周りの人たちが、何故か私を睨んでいるような気がする。
なんで?私、被害者なのに?
誰も、見てなかったの?
私が掴まれてたこと。
事情を知らない人……私の肩を掴んでいたことを知らないの?
どうして?どうして?
『トレーナーがポケモンで襲わせた』
『ポケモンの管理が出来てない』
『勝手にボールから出てくるなんて』
『もしかして高いレベルのポケモンを買ったのか?』
そんな根も葉もない言葉が聞こえてくる。
「シアンさんっ!」
そんな声が聞こえて、振り向けば人混みを掻き分けてサイトウさんが此方へと向かってきた。
走ってきたのか、それとも人混みを抜けるのが大変だったからか汗をかいているのが見えた。
「大丈夫ですか!?それにこの状況は……」
「その……」
どう説明するべきか、どうすれば分かって貰えるか必死に考えていると。
「きみ、話を聞かせて貰えるかな?」
聞いたことのない女性の声、アニメで見るようなジュンサーさん。そしてゲームのように目がきらきらしてない、ふつうのおまわりさんが立っていた。
「わ、私!その、あの人に肩を掴まれてっ…連れて、かれそうになって。それでアブソルが、私を守ろうとっ」
今さら恐怖がぶり返してきたのか、震える口でどうにか言葉を紡ぐ。
「嘘をつくなっ!お前が、お前がアブソルで俺を」
遮るように聞こえてきたおじさんの言葉に、ジュンサーさんとおまわりさんは困った様子を見せた。
明確に私の肩を掴んだおじさんのことを見ている人はいないのかも知れない。
ここは市場、町のように監視カメラなんてないから。
どう説明すべきか迷っていると、私のポケットに入っていたスマホロトムが飛び出した。
そして先程のおじさんに声を掛けられた時の声と、断ろうとした時に言われたドスのきいたおじさんの声。
モンスターボールが開く音や、アブソルが怒った様子の声。
アブソルを必死に宥めている私の声が再生された。
きっと、スマホの中のロトムが録音していてくれたのだろう。
「なるほど、状況は理解しました」
「くそっ」
逃げようとするおじさんだったが、即座におまわりさんに取り抑えられ手錠をかけられた。
そんな中でジュンサーさんは、安心させるように私を抱き締めて頭を撫でてくれた。
「怖かったわね、もう大丈夫よ」
少し先、市場の先に停められたパトカーに抵抗しているおじさんが連行されて行くのを見つめる。
こんなに騒ぎになったし、なんだったら誘拐されかけたことになるのかな。
ニュースになっちゃうかな?
嫌だな、お父さんにお母さん。
コルニ姉さんやユウリ達に心配されちゃう。
「いっ」
少しだけ肩が痛み、思わず声が漏れた。
「大丈夫ですか!?シアンさん!」
「だ、大丈夫です……ちょっと肩が痛いですけど」
「見せてください!」
そう言いながらサイトウさんがジャージの肩の部分をずらし、肩を出す。
見れば、少しだけ痣になっているのが見えた。
後が残らないで綺麗に、なるべく早く治る良いなぁ。
そんなことを思った。
「これなら冷やせば問題ありません、すぐにポケモンセンターに戻りましょう!」
「え、でも……」
サイトウさんの言葉に、思わずジュンサーさんを見ればジュンサーさんは頷き口を開いた。
「サイトウさんの通り、まずは治療です。後でポケモンセンターへとお伺いしますので、その時に今回の事件についての詳細を教えて下さい。スマホロトムが録音してくれた音声もそのまま提出して貰えれば、証拠になるわ。大丈夫よ、そこまで時間はかからないわ」
「は、はい。分かりました」
そう答えアブソルをボールへと戻したあと、私はサイトウさんに手を引かれてポケモンセンターへと向かう。
……今日の一件がニュースで発表されないと良いな。
もしユウリ達が、もし今日の私の話を聞いたら心配しちゃってジムチャレンジに集中出来ないかもしれないから。
と、そんなことを考えた。
そういえば私、サイトウさんへのお礼を作るために市場へ出掛けたんだったな。
「その、お礼なんですけど絶対に作りますから」
私の言葉にサイトウさんは歩みを止めず、だが少しだけ驚いた様子で目を此方へと向けた。
「シアンさんのお礼は楽しみですが、まずは肩の部分をジョーイさんに視て貰い、大丈夫だったらでお願いします」
「……そう、ですね」
そう、少しだけ困った様子で話すサイトウさん。
その声と表情はまるで、何か私へと聞こうとして、迷っているような……そんな感じがした。
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